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不倫してる妻がアリバイ作りのために浮気相手とヤッた直後に求めてくる話
しおりを挟む妻が不倫している証拠をはっきりと突きつけられてからの日々はあっという間だった。
その可能性を示唆されてから、あらゆる精神的動揺、葛藤、懊悩の末にとうとう諦めと割り切りに至るまであれほど永く感じたのに比べればなんとも短い体感時間であったことか。
もうはっきりと心の整理さえついてしまえば、後は淡々と機械的に処理をするだけのことだった。
弁護士と探偵と、三者で顔を突き合わせては必要な書類やエビデンスを確認し、次の手はずが何なのかを話し合うということを繰り返していく。
そうして諸々の煩わしい手続きが一部の隙も無いほどに整い、結末を迎える準備がすっかりできたので、後はその瞬間に備えておくだけであった。
もしかしたら己を再び襲うかもしれない精神的肉体的な負荷を想定し、身構えておくだけ。
もういつでも大丈夫。
準備万端よーいどん。
やるべきことを全てやり終えたような達成感すらあった。
もはや自分が担うべき責務の何もかもを完璧にやり遂げた満足感と余裕。
離婚の調整、前準備というものも所詮、他の雑多な社会的事務手続となんら変わらないのだ。
心の整理させついてしまえばどうということもない。
もう本来的な意味での愛情などほんのわずかにも残っていないのだから。
ここに至るまでの時間できちんと清算し、完全に滅殺して除菌することができた。
アレはもう妻でも恋人でもない。
家族でもなんでもない。
かつてそうだったものの残滓でしかない。
自分にとっては「人間」と認識することすら難しい、生存行為を繰り返す物理的現象の一つに過ぎない。
食事に呼吸に排泄に睡眠に、生物ならば大抵のものが必須とする行為を自分のすぐ横で発生させる、とても煩わしいけれど命の危険はないからそのままにしておく程度のものでしかない。
だからソイツが不倫相手とホテルに行ったと数度目の報告を受けた翌日に、自分に対して接触をはかってきたのにもさほど驚きはない。
どういうつもりなのか、その意図と目的をはっきりと理解できたし、さすがにその図々しさと厚かましさ、利己的で破廉恥な醜悪さにうんざりしたけれどさほど心は揺れることもない。
単に好奇心のようなものがすべてだったと思う。
ようは怖いもの見たさ、こんな状態になったときの「女」というものがどんな風なのか、興を覚えただけというか。
妻に不倫された上に、アリバイ作りで求められることなど、おそらく最初で最後であろう。
自ら再びこんな経験をしようなどとは二度と思わないだろうし、繰り返すことは絶対にしない。
同じ過ちを繰り返せるほど人生は長くもないし、愚かになれる余裕もない。
事の善悪、正否を超えて得難い体験であることは間違いなかった。
夜、空々しい白けた気分を押し隠しつつ、早々とベッドに入るとさほどの時も置かずに横に来る。
そして本来ならそのまま背中を向けてぐうぐうと寝入るはずが、ぴったりと身を寄せてくる。
ねえ。
とても甘ったれて媚びた響き。
それでいて隠しようもない高飛車で不遜な傲慢、こちらを見下して馬鹿にしきった嘲りと侮蔑。
この世のありとあらゆる醜さと邪悪さを詰め込んで煮詰めてどろどろにしたような声。
凄まじい不快感だった。
およそ、こんな音を発する生物がいるなんてとても信じられなかった。
これが人間であるわけなどない。
それ以外の何かであることだけは間違いない。
ああ、こちらに向けた瞳の輝き。
爛々と、炯々と。
不倫相手に胎(なか)出しさせたことの辻褄を合わせようとする女の業そのもの。
およそ、不貞の結晶たる他の男の子供を亭主に我が子と押し付ける精神とは考えも想像も及ばなかった。
その心的挙動、どんな優越と快感があるのか、どれだけエゴにまみれた自己愛の極致なのか。
しかし今まさに己の体をはい回る手指の動きのおぞましさに耐えているこの時、とうとう自分は目の当たりにしたのだと思う。
女という存在が己の生存欲求に従って、ただ自分にとって都合のいい状況をよりより良い状態をひたすら無心に脇目もふらずに追い求めようとする禍々しくも真っすぐで純粋な姿。
倫理とか道徳とかいうあらゆる社会的規範、小賢しい後付けの仕組みなんてこれっぽっちも気にかけず、全力で命を全(まっと)うしようとする自由な在り様。
これは生存競争なのだ。
正しく、資源獲得の競争原理に従って齎された闘争行為そのものなのだ。
そう理解させられた瞬間、今相対しているものが自分よりもはるか上位の存在であることを叩きつけられた。
彼女こそが恐るべき脅威の捕食者であり、己が脆弱で矮小な生態系の下層存在でしかないことを全身で感じ取って大悟した。
決定的な敗北感。
絶対的強者を前に抗いようなどない。
何時しか己の肉体は、あれほどあった嫌悪感とおぞましさをよそに生理的反応で応えてしまっていた。
本能のままに貪欲に蠢き収縮を繰り返し、「お前が持っているものを全てよこせ早く出してしまえ」と問答無用で急かすように理不尽な要求を突きつける場所に言われるままされるがまま、何もかもを解き放ってしまっていた。
ある程度のところで拒絶しようなどという、理性的なプランなど跡形もなくなっていた。
その時にはこれまでの準備の諸々だとか法廷で始まるだろう争いの行方だとか、もうどうでもよくなっていた。
………
すべてを任せている弁護士からの報告には一応、目を通していた。
裁判自体は滞りなく始まり、今も続いている。
あの夜のことも、今のところ特に不利な要素にはならずに済んでいるらしい。
自分が勝つのは確実なんだろう。
法廷闘争として負ける要素はどこにもなくて、すべて順調、不安はないと力強い言葉だけを弁護人は送ってくれている。
でもそんな話にいちいち心動かされることはなかった。
今後何がどうなろうと、特に感慨を持つことはないのだろうと思う。
予定通りこのまま勝ち得たとしてもどんな喜悦も高揚もないだろうし。
たとえドラマティックな大逆転劇の末に敗北を喫したとしても嘆きも悔しさも怒りもない。
仮にあの女と浮気相手が何もかもを失いこちらがその相当分をどれだけ奪ってやったとしても関係なかった。
法律とか賠償とか、社会的地位とか名誉とかもはや全く関係ない、純粋な生き物としての優劣をああも叩きつけられるように目の当たりにさせられて、思い知らされた無力感と空虚が消えることはない。
そしてその末に至ってしまった絶望的なまでの心の激痛と、相反するような肉体の感覚。
絶対的喪失感が齎した、無限の解放感。
もう以前の自分に戻れないことだけは確かだった。
それだけ尋常じゃない影響を、不可逆的な変質変容をあの一事が己に与えてしまったことだけは間違いなかった。
了
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