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アルダタの痕跡を追って(マリルノ視点)
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私たちが訪れたのは、使節団の方々が泊っていたという宿でした。パージさんが国王様にナテナ行きの許可を取る際、この宿の名前と住所を聞いていてくださったのです。
道ですれ違った現地の方が丁寧に教えてくださったおかげで、私たちは迷うことなく、その宿に着くことができました。
建物の前まで来ると、心臓がきゅっと苦しくなるのを感じました。
『ここに、アルダタさんが……』
早く会いたいという気持ちと、いきなり連絡もせずに来てしまったので、会ったら何と言おうかと考える気持ち。
手紙が行き違いになったのは、単に、アルダタさんが仕事で忙しくて配達屋さんのところへ行けなかったからかも。あるいは何かの行き違いで、受け取れなかっただけなのかも。
実際にアルダタさんに会える可能性が目の前まで来ると、私の頭の中にそんな思いがよぎりました。
『でも、私の思い過ごしであるなら、それが一番いいに決まってる』
私は考えなおしました。たとえ私が恥をかこうとも、全て自分の考え過ぎであり、悪い予感は気のせいだったということが、一番、良い結果には違いないのです。
「行きましょうか」
「はい」
私はパージさんに促され、石でできたその建物の中に足を踏み入れました。
「帰っていない?」
「ええ。三人いらっしゃったと思いますが、ここしばらく、こちらには帰っておられません」
「一度も?」
「ええ」
私はパージさんと顔を見合わせました。
「それって……いつ頃からですか?」
宿の主人は、台帳をめくりました。
「ああ。ちょうど二十日ほど前のことですね」
二十日!?
私はぎょっとしました。
「えっと……他の宿泊施設に移られたとか、そういうことでしょうか」
「いえ、それはないと思います。荷物も置かれたままですし。
料金は先に払っていただいた分がまだ十分に残っていますので、他のところに移られたということはないかと思いますが」
宿の方は淡々とそう述べられました。
外国に滞在して、他の宿も取らず、二十日も留守にするということが果たしてあり得るのでしょうか。
私の心の中が、ざぁっと不安に満たされました。
ただ、三人揃ってというのが気になる点ではあります。
ということは、仕事で帰れない事情を抱えてしまって、それにつきっきりになっていたら二十日も経ってしまったということがあるのでしょうか。
あるいは、ナテナで知り合った方のところに泊まらせていただいて、ということなのでしょうか。
「そうですか……どこかへ行くとか、何かおっしゃっていたことはございませんか?」
「いや、あの日はどうでしたかな……ああ、ちょっと待ってください」
すると宿の方は、受付の奥へ引っ込んでしまわれました。そしてもう一人別の方を連れて、戻ってこられました。
お二人はよく似ておられました。親子なのかもしれない、と私は思いました。
「ああ、あの、ヨーランドから来られたという三名のお客様ですね?」
出てこられた若い方が、そう言われました。
「はい、そうです。あの方々を今、探していまして」
「そうでしたか。
ええ、あの日は私が受付を担当していましたよ。よく覚えています。
最初、一人の方がどこへ行かれたか分からなくなったということで、あとの二人がそれを探しに行くとおっしゃって出て行かれたんです。
ですから、もしその一人が先に戻ってきたら、ここで待っておくように言ってくださいと、私、伝言を頼まれましてね」
「!」
「それで」
パージさんが話を促しました。
「そう、それで、結局そのままですよ。三人ともかえってこず、今日まで日が経ってしまったというわけで。
お荷物も預かったままでございますが、お金をいただいておりますから、私どもとしましては、ええ、その頂いているお金分は、かえって来なくても泊まって頂いているという形になっておりまして……」
お店の人はお支払いのことを気にされているようでしたが、私たちはその点を追及する気持ちはないので、さらっと流します。
「そうですか。その、彼らが行かれた場所については、何もご存じありませんか?」
宿の方は首を捻り、苦笑いを浮かべました。
「そうですね、それはちょっと」
「そうですか……
分かりました、ありがとうございました」
私とパージさんは、宿の外へ出ました。
「どうですかね」
「どこに行かれたのでしょうか……」
私は額に手当てて考えました。
宿に帰ってきていないということは、どこかに行かれたということ。
しかしどこへ……
考えても、思いつくことはありません。
「ひとまず、あてのあるところへ行ってみましょう」
「わかりました」
私たちは、可能性のあるところを一つ一つずつ回ってみることにしました。
最初に来たのは、ナテナの中心にある広場です。アルダタさんの手紙によれば、ほとんど毎日ここへきて、ダイナさんという教師の方の授業を受けられていたようです。
それならば、今日も何らかの授業が行われているはず……
しかし実際に行ってみると、授業のために集まっている人の姿など、どこにもありませんでした。
道ですれ違った現地の方が丁寧に教えてくださったおかげで、私たちは迷うことなく、その宿に着くことができました。
建物の前まで来ると、心臓がきゅっと苦しくなるのを感じました。
『ここに、アルダタさんが……』
早く会いたいという気持ちと、いきなり連絡もせずに来てしまったので、会ったら何と言おうかと考える気持ち。
手紙が行き違いになったのは、単に、アルダタさんが仕事で忙しくて配達屋さんのところへ行けなかったからかも。あるいは何かの行き違いで、受け取れなかっただけなのかも。
実際にアルダタさんに会える可能性が目の前まで来ると、私の頭の中にそんな思いがよぎりました。
『でも、私の思い過ごしであるなら、それが一番いいに決まってる』
私は考えなおしました。たとえ私が恥をかこうとも、全て自分の考え過ぎであり、悪い予感は気のせいだったということが、一番、良い結果には違いないのです。
「行きましょうか」
「はい」
私はパージさんに促され、石でできたその建物の中に足を踏み入れました。
「帰っていない?」
「ええ。三人いらっしゃったと思いますが、ここしばらく、こちらには帰っておられません」
「一度も?」
「ええ」
私はパージさんと顔を見合わせました。
「それって……いつ頃からですか?」
宿の主人は、台帳をめくりました。
「ああ。ちょうど二十日ほど前のことですね」
二十日!?
私はぎょっとしました。
「えっと……他の宿泊施設に移られたとか、そういうことでしょうか」
「いえ、それはないと思います。荷物も置かれたままですし。
料金は先に払っていただいた分がまだ十分に残っていますので、他のところに移られたということはないかと思いますが」
宿の方は淡々とそう述べられました。
外国に滞在して、他の宿も取らず、二十日も留守にするということが果たしてあり得るのでしょうか。
私の心の中が、ざぁっと不安に満たされました。
ただ、三人揃ってというのが気になる点ではあります。
ということは、仕事で帰れない事情を抱えてしまって、それにつきっきりになっていたら二十日も経ってしまったということがあるのでしょうか。
あるいは、ナテナで知り合った方のところに泊まらせていただいて、ということなのでしょうか。
「そうですか……どこかへ行くとか、何かおっしゃっていたことはございませんか?」
「いや、あの日はどうでしたかな……ああ、ちょっと待ってください」
すると宿の方は、受付の奥へ引っ込んでしまわれました。そしてもう一人別の方を連れて、戻ってこられました。
お二人はよく似ておられました。親子なのかもしれない、と私は思いました。
「ああ、あの、ヨーランドから来られたという三名のお客様ですね?」
出てこられた若い方が、そう言われました。
「はい、そうです。あの方々を今、探していまして」
「そうでしたか。
ええ、あの日は私が受付を担当していましたよ。よく覚えています。
最初、一人の方がどこへ行かれたか分からなくなったということで、あとの二人がそれを探しに行くとおっしゃって出て行かれたんです。
ですから、もしその一人が先に戻ってきたら、ここで待っておくように言ってくださいと、私、伝言を頼まれましてね」
「!」
「それで」
パージさんが話を促しました。
「そう、それで、結局そのままですよ。三人ともかえってこず、今日まで日が経ってしまったというわけで。
お荷物も預かったままでございますが、お金をいただいておりますから、私どもとしましては、ええ、その頂いているお金分は、かえって来なくても泊まって頂いているという形になっておりまして……」
お店の人はお支払いのことを気にされているようでしたが、私たちはその点を追及する気持ちはないので、さらっと流します。
「そうですか。その、彼らが行かれた場所については、何もご存じありませんか?」
宿の方は首を捻り、苦笑いを浮かべました。
「そうですね、それはちょっと」
「そうですか……
分かりました、ありがとうございました」
私とパージさんは、宿の外へ出ました。
「どうですかね」
「どこに行かれたのでしょうか……」
私は額に手当てて考えました。
宿に帰ってきていないということは、どこかに行かれたということ。
しかしどこへ……
考えても、思いつくことはありません。
「ひとまず、あてのあるところへ行ってみましょう」
「わかりました」
私たちは、可能性のあるところを一つ一つずつ回ってみることにしました。
最初に来たのは、ナテナの中心にある広場です。アルダタさんの手紙によれば、ほとんど毎日ここへきて、ダイナさんという教師の方の授業を受けられていたようです。
それならば、今日も何らかの授業が行われているはず……
しかし実際に行ってみると、授業のために集まっている人の姿など、どこにもありませんでした。
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