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誰……?(マリルノ視点)
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アルダタさんはしばらく茫然としていました。
しかし、ふっと、我に返ったように、私の目を見据えてこう言ったのです。
「何を言っているんですか」
それは今までのアルダタさんからは聞いたことのない、冷たくて、取り付く島もない声でした。
「えっ……」
薄暗闇の中で、アルダタさんの表情が歪みました。
この人は誰。
私の背中に、悪寒が走りました。
「あれが私の本心? とんでもない!」
アルダタさんの目は、獣のように光っていました。
バウウェルが喉の奥で唸っています。
突然のアルダタさんの変化に、私は固まりました。
「急に手紙を書けと言われたから、文字の練習として書いたまででですよ。だいたい、使用人である私があなたのような令嬢に求愛するはずがないでしょう……全く、冗談の分からない方ですね」
「バウッ、バウッ!」
「だめ!」
私は今にもアルダタさんに飛びかからんとするバウウェルを抑えつけました。
バウウェルのものすごい力で、私の体ごと前に進みました。
「だめ!」
私の声は、ほとんど金切り声になってしまいました。
バウウェルは我に返ったように私の顔を見ました。
そして涙で濡れ始めた頬を、おろおろした様子で舐めました。
しかし涙は、次から次へあふれてきました。
アルダタさんが近づいてきました。
顔を上げられない私は、その足音を聞いていました。
あの穏やかで熱心だった、生徒としての彼からは想像もできないような、乱暴な足音。
そして彼は、私に言いました。
「あなたの言う通り、もう授業などできませんね。全て終わりです」
「バウッ!」
あっ……
そう思った瞬間には、もう手遅れでした。
バウウェルは私の腕をすり抜けて飛び、アルダタさんの腕に、鋭く噛みつきました。
「うっ……!」
「バウウェル!!」
私はアルダタさんとの間に入って、バウウェルの口をこじ開けました。
アルダタさんに敵意を剥き出しにするバウウェルも、私のことを噛むことはできず、彼の腕をようやく離しました。
「アルダタさん……!」
痛みに彼は、うずくまっていました。
私はすぐに自分のポケットからハンカチを出し、彼の傷口に押し当てました。シャツの上からでも、彼が出血をしていることは明らかでした。
「触るな!」
しかし彼は腕を振って、私を吹き飛ばしました。
「きゃっ!」
私は思わず、尻もちをつきました。
彼ははっと顔を上げ私を見ました。その一瞬だけ彼の瞳に、普段通りの彼、配慮があって、物腰の柔らかいアルダタさんが姿を現したのです。
しかしその瞳はすぐにまたかげり、憎悪に覆われてしまった。
「あなたのその善人ぶった態度が、ずっと嫌で嫌で仕方なかったんですよ……
二度と私に近づかないでください!」
頭が真っ白になりました。
バウウェルの鳴き声が、随分遠くに聞こえます。
アルダタさんは、血を流した腕を庇いながら、私に背を向けてどこかへ行ってしまいます。
私が少しでも力にならないと。このハンカチで、まずは彼の血を止めないと……
でも頭も体も、全く働かないんです。
拒絶されてもなお彼に関わろうとする勇気が、私にはなかったのです。
これは罰なんだ。
婚約者がいながら浮気心を持った私を、神様は許してくださらなかったのだ。
優秀な教え子と、密かに魅力を感じていた異性。
私はその両方を一度に失いました。
しかし、ふっと、我に返ったように、私の目を見据えてこう言ったのです。
「何を言っているんですか」
それは今までのアルダタさんからは聞いたことのない、冷たくて、取り付く島もない声でした。
「えっ……」
薄暗闇の中で、アルダタさんの表情が歪みました。
この人は誰。
私の背中に、悪寒が走りました。
「あれが私の本心? とんでもない!」
アルダタさんの目は、獣のように光っていました。
バウウェルが喉の奥で唸っています。
突然のアルダタさんの変化に、私は固まりました。
「急に手紙を書けと言われたから、文字の練習として書いたまででですよ。だいたい、使用人である私があなたのような令嬢に求愛するはずがないでしょう……全く、冗談の分からない方ですね」
「バウッ、バウッ!」
「だめ!」
私は今にもアルダタさんに飛びかからんとするバウウェルを抑えつけました。
バウウェルのものすごい力で、私の体ごと前に進みました。
「だめ!」
私の声は、ほとんど金切り声になってしまいました。
バウウェルは我に返ったように私の顔を見ました。
そして涙で濡れ始めた頬を、おろおろした様子で舐めました。
しかし涙は、次から次へあふれてきました。
アルダタさんが近づいてきました。
顔を上げられない私は、その足音を聞いていました。
あの穏やかで熱心だった、生徒としての彼からは想像もできないような、乱暴な足音。
そして彼は、私に言いました。
「あなたの言う通り、もう授業などできませんね。全て終わりです」
「バウッ!」
あっ……
そう思った瞬間には、もう手遅れでした。
バウウェルは私の腕をすり抜けて飛び、アルダタさんの腕に、鋭く噛みつきました。
「うっ……!」
「バウウェル!!」
私はアルダタさんとの間に入って、バウウェルの口をこじ開けました。
アルダタさんに敵意を剥き出しにするバウウェルも、私のことを噛むことはできず、彼の腕をようやく離しました。
「アルダタさん……!」
痛みに彼は、うずくまっていました。
私はすぐに自分のポケットからハンカチを出し、彼の傷口に押し当てました。シャツの上からでも、彼が出血をしていることは明らかでした。
「触るな!」
しかし彼は腕を振って、私を吹き飛ばしました。
「きゃっ!」
私は思わず、尻もちをつきました。
彼ははっと顔を上げ私を見ました。その一瞬だけ彼の瞳に、普段通りの彼、配慮があって、物腰の柔らかいアルダタさんが姿を現したのです。
しかしその瞳はすぐにまたかげり、憎悪に覆われてしまった。
「あなたのその善人ぶった態度が、ずっと嫌で嫌で仕方なかったんですよ……
二度と私に近づかないでください!」
頭が真っ白になりました。
バウウェルの鳴き声が、随分遠くに聞こえます。
アルダタさんは、血を流した腕を庇いながら、私に背を向けてどこかへ行ってしまいます。
私が少しでも力にならないと。このハンカチで、まずは彼の血を止めないと……
でも頭も体も、全く働かないんです。
拒絶されてもなお彼に関わろうとする勇気が、私にはなかったのです。
これは罰なんだ。
婚約者がいながら浮気心を持った私を、神様は許してくださらなかったのだ。
優秀な教え子と、密かに魅力を感じていた異性。
私はその両方を一度に失いました。
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