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通りに出ても、妹の姿はなかった。

でも行先は、一つしかないと分かっていた。

間に合って欲しい。

空の馬車が通りかかるのを悠長に待っている時間はなかった。

私は走り出した。

目的地は、あの診療医の自宅だった。

妹はあいつと手紙のやり取りをしていたから場所を知っているはずだ。

私もその住所をしっかりと記憶していた。

妹があいつに手紙を送っていることを知ったとき、なぜか私は、その住所を脳裏に刻みこんでいた。

私の悪い予感は、往々にして当たる。

私は早い段階で、あいつのことを疑っていたのだろうか。





私はあいつが住む家にたどりついた。

「えっ……」

開いた口が、ふさがらなかった。

あいつは家の前にいた。

家の前の通りで、小さな、おもちゃみたいな自転車を押していた。

その自転車の上には、くりくりの目をした、天使のような男の子がのっていた。

彼の乗る自転車を、あいつは後ろから支えていた。

幸せそうに。満たされた顔で。

そして傍らには、同じような表情をした女性が立っていた。

彼女の腕の中にはさらに幼い子、まだ自分の足で立つこともできないだろう子が抱かれていた。

欠けているもののない、幸福な家庭。

そんな絵のようだった。

妹にやったことを考えると、狂気の沙汰としか思えなかったけれど。

建物と建物の間からすすり泣きが聞こえた。

私はそこに近づいた。

「帰ろう」

私は彼女の肩を抱いて、そう言った。

「私たちの家に、帰ろう」
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