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第24話 英雄の証明
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「はわ~」
その階層に転移したときマールがそんな声を出したのは、故郷の森を思い出したからだった。
だがよく見てみれば、下草も木々も、その合間を埋める蔦も、ずっと密度が濃い。
そう、第9層はまさに密林だった。
「でも、かなりおかしいよね」
呟いたのはサージだ。6人の中で、都市育ちはリアとカルロスであるが、前世の知識を合わせると、リアも田舎の林や森を知っている。
「小さな虫がいないな。鳥や獣の声も聞こえない」
リアのイメージの中の密林とは、そこが違う。何より気温が高くない。
「迷宮の中であることは間違いないですね」
マールの目には魔力の動き、つまり魔物の動きが見えている。視界は悪いが奇襲を受けることはない。
小さな普通の毒蛇がいたりして、それがむしろ危険だったりする。
解毒の魔法が活躍し、マールのナイフも役に立った。
「ちょっとおかしいですね」
今度はカルロスが言ったのは、この階層には、最初に侵入した時以外に壁が見られないということだった。
頭上には葉が茂り、光源が定かではない。生まれたときから迷宮にも似た都市に住んでいた彼だから、疑問に感じたのだ。
「じゃあちょっと魔法で確かめてみるよ」
サージは意識を集中して、これまでに使ったことのない魔法を構成する。本来迷宮で使うような魔法ではないのだが、この階層では有効だろう。
自分を中心として、空間を把握していく魔法だった。障害物に触れるたび、その先はあやふやになっていくのだが、壁らしきものには当たらない。
10分以上もかけてサージが突き止めたのは、ここが円を描く広大な空間だということだった。
「それで、中央が開けてる。多分沼があるみたい」
中央以外にも水場がいろいろとあるらしい。襲ってくる魔物も、水辺に住むようなトカゲや両生類が多い。
正直、魔物の強さは8層の方が上だった。
「中央にヒュドラがいるわけか…」
リアはギグと共に先頭に立ち、山刀で道を作っている。ギグには同じ山刀を渡してある。
「ヒュドラに関しては、災害指定生物ですので、詳細な調査がされていますね」
ルルーが説明してくれたヒュドラの特徴は、大体前世で想像されていたものと同じであった。
八つの頭を持つ蛇。その吐息は毒の息であり、その血液もまた毒である。
凄まじいまでの再生能力を持ち、頭を落としても早ければ数分で生え変わってくる。
体長はまちまちであるが、だいたいにおいて一口で馬を飲み込むほどの大きさがある。
「すると、この刀では断ち切れないかな…」
リアの刀の刃は、およそ70センチ。腰に差して抜き打ちするにはちょうどいい長さだが、それほどの大物相手には苦しいだろう。
そう思って魔法の袋から取り出したのは、オーガキングからもらったもう一本の刀だった。
これはオーガが両手で使うような刀――前世風に言えば野太刀であり、刃渡りがリアの身長ほどもある。リアの膂力なら扱えなくはないのだが、体重の軽さは如何ともしがたく、今までは死蔵してあった。
だがついに日の目を見そうである。
「今宵の虎徹は血に飢えておるわ」
物騒な呟きを残して、一行は中央の沼へと向かった。
森が開けて、大きな沼が現れた。
足元の土は固く、戦闘には適していると言えるだろう。だが沼との距離があまりないのが難点か。
「あっちにおあつらえ向きの場所があるな」
左手に少し進んだ所に、広場のようになった草地がある。まるでそこで戦えと言われているような…いや、実際、そこが戦うための場所なのだろう。
さすがに水の中でヒュドラと戦って勝てるわけがない。リアでさえ、それは無謀だと思う。水の中では刀で何かを斬ることは難しい。
移動した一行は沼の中を見つめるが、待っていてもヒュドラが出てくるわけではない。
「…ひょっとして、今のうちに鏡を探せばいいんじゃね?」
サージがぽんと手を打つが、肝心の鏡がどこにあるのか分からない。おそらく沼の中心なのだろうが、長く伸びた水草が、視界を遮っているのだ。
「濡れていくのは嫌ですね…」
ルルーが本当に嫌そうに言うが、道がなければそうするしかないだろう。
「じゃあ調べてみるよ。道と鏡があればいいんだね」
また空間把握でサージが調べていく。地味な割りに魔力の消費が多い、使いづらい魔法である。
ちょうどこの広場の反対ぐらいに、細い道が一本、沼の中央にある小さな島に続いているのが分かった。おそらくそこに鏡があるのだろう。
「でもヒュドラを倒さないと、危なくて近寄れないよね」
結局は倒すしかない。ならば、どうやっておびき出すか。
「適当に魔物を狩って、その血でおびき出したらいいだろう」
水辺で巨大ワニを殺し、とりあえず食事にする。ワニの肉は美味かった。
「よし、余りはくれてやるぞ。さあ来い、ヒュドラ!」
血を流し続けるワニの半身を、沼に浸ける。
血が広がっていく。どうやらこの沼には他の魔物は住んでいないらしく、おこぼれを期待してやってくるものはない。
やがて、水面に影が差す。
ざばりと音を立てて、巨大な蛇の頭が現れる。
ざばりざばりと、蛇の頭が現れる。
八つ頭の蛇。
「で、でかい…」
思わずカルロスがうめく。そのまま馬を飲み込んでしまうというのも誇張ではないだろう。
水辺の町を一匹で滅ぼすという災害指定生物。小国であれば軍隊が総がかりでかかるほどの圧倒的な暴力。
「火球!」
リアの魔法がヒュドラに炸裂する。全くダメージを受けた様子もなく、煙の中から頭が現れる。
「作戦通りに行くぞ!」
野太刀をかついでリアが叫ぶ。おうと応える声がする。
長い戦いが始まった。
ギグの得物は戦鎚から戦斧に変わっていた。打撃系の武器では、ヒュドラにダメージを与えても、肝心の首を飛ばすことが出来ないからだ。
多少慣れないところはあったが、器用に扱って首を断とうとする。それに向かって牙を向けてくる首を、カルロスが盾で受け止める。時折マールが矢を、ヒュドラの目に向けて放つ。
三人がかりで一つずつ首を攻撃していく。
リアは自前の太刀に炎をまとわせていた。傷口を焼けば、ヒュドラの治癒が遅れるのは知られている。だからそれで首を落とそうとするのだが、他の首の攻撃で、上手く機会が作れない。
斬っては焼いて、斬っては焼いて。それでも少しずつは治癒されていくので、なかなかこちらの攻撃も、有効な打撃を与えられない。
それでも武器を持ち替えておいたのは正解だった。刀の長さでは、与えるダメージはさらに少なかっただろう。
ルルーとサージは、治癒と火魔法を使い分けていた。ギグとカルロスが与えた傷を、炎の魔法で焦がしていく。鱗に直接の炎は効かないようだが、さすがに傷口にまではその防御力はないらしい。
少しずつ、ほんの少しずつ、ヒュドラの動きが鈍っていく。しかしこちらもそれまでに、何度となく攻撃を受けている。ルルーもサージも何本もの魔力回復薬を飲んで、治癒や解毒の魔法を使う。
だが、均衡は一瞬で破れた。
「はあああああああっ!」
首の一本をほとんど断ち割ったリアの攻撃。そのままその傷に炎を叩き込み、さらに刀で斬りつけて完全に首を落とす。
「まず一つ!」
わずかに一本頭が減っただけで、一気に天秤はリアたちに傾いた。
「エクスカリバー!」
溜めが不十分だったものの、サージの魔法で首が一本半ばまで断ち切られる。そこへリアが追撃し、二本目の首を落とす。
「火炎放射」
ルルーが炎を放つ。わずかにリアの髪が巻き込まれるが、熱耐性で焦げることさえない。
ここからリアは魔法での攻撃を増やした。
もちろん刀には炎の魔法をかけたまま振るっているのだが、サージがエクスカリバーを使う余裕が出来たため、その傷口に火球や爆裂火球の魔法を叩き込むことも行っている。
なにしろ魔力の多さで言えばパーティーでは一番なのだ。魔力回復薬も節約するために、炎で傷を焼く役はリアが担当するのが一番だった。
マールが注意を引き、カルロスとギグが消耗させた首を、サージが断つ。そしてリアが焼く。ルルーは治療に専念する。
途中からはこれがなんとか作業的にこなせるようになった。
やがてひときわ巨大な首、一本だけが残った。
前世での伝説では不死身という説もあるこの首だが、討伐の記録からいって、そのようなことはない。
ただひたすら、消耗させ、傷をつけ、焼く。
この一連の流れで、確実にヒュドラは血を流し、弱っていく。
最後にはカルロスが牙の攻撃を受け止めたところへ、サージの魔法が決まって、首が切断された。
全員が肩で息をしていた。
動き回っていた戦士はもちろん、魔法使いも魔力を限界まで使い、さらに回復しては限界まで使っての繰り返しだった。
「この肉は毒だな。残念だけど食えないな」
ちょうどよく焼けた肉をかじったリアが吐き捨てる。毒耐性があるとは言え、毒の食べ物を好んで食べるわけではない。
戦場の外周を走り回っていたとはいえ、一番体力の残っていたマールが、体力回復薬を戦士に配っていく。
巨大なヒュドラの胴体を斧で割り、リアは魔結晶を取り出した。
ほとんど人の頭ほどもある巨大な結晶だった。金銭的にどれぐらいの価値があるのか。少なくとも自分より高いだろうな、とマールは思った。
「姉ちゃん、尻尾を切ってみてよ。先の骨が剣に加工できるはずだよ」
「それと、肝臓から猛毒が採取できるはずです。私たちがするのは危険ですので、お願いします」
血が毒なので、マールに剥ぎ取りをしてもらうわけにもいかない。
「あとは、皮もいい防具に出来そうだな」
戦闘と同じぐらいの時間をかけて、リアはヒュドラを素材にした。
「さて、とりあえずの目標までは達したわけだが…」
戦場となった広場で、リアが語る。ヒュドラの毒を警戒しているのか、魔物は寄って来ない。
「ここまで来たら、10層は見ていかないと」
サージはやる気だ。他の皆も、ここまで来て帰るという選択はない。
「回復薬はまだ半分ぐらい残っています。10層の敵次第ですが、攻略は可能かと」
一行で一番戦闘意欲の薄いルルーも、そう判断した。
「あたしもぜひ、10層は見たいです」
一番発言権の弱いマールでさえ、自分の意見を述べた。
記録に残っていない、最後の階層。
攻略者たちはいないか、いても口を噤む。すくなくともこの200年は、攻略されたという記録はない。
「よし、じゃあ行こう」
気負いもなく、リアは宣言する。
完全なる未知の階層へ。
探索者たちは踏み込んだ。
その階層に転移したときマールがそんな声を出したのは、故郷の森を思い出したからだった。
だがよく見てみれば、下草も木々も、その合間を埋める蔦も、ずっと密度が濃い。
そう、第9層はまさに密林だった。
「でも、かなりおかしいよね」
呟いたのはサージだ。6人の中で、都市育ちはリアとカルロスであるが、前世の知識を合わせると、リアも田舎の林や森を知っている。
「小さな虫がいないな。鳥や獣の声も聞こえない」
リアのイメージの中の密林とは、そこが違う。何より気温が高くない。
「迷宮の中であることは間違いないですね」
マールの目には魔力の動き、つまり魔物の動きが見えている。視界は悪いが奇襲を受けることはない。
小さな普通の毒蛇がいたりして、それがむしろ危険だったりする。
解毒の魔法が活躍し、マールのナイフも役に立った。
「ちょっとおかしいですね」
今度はカルロスが言ったのは、この階層には、最初に侵入した時以外に壁が見られないということだった。
頭上には葉が茂り、光源が定かではない。生まれたときから迷宮にも似た都市に住んでいた彼だから、疑問に感じたのだ。
「じゃあちょっと魔法で確かめてみるよ」
サージは意識を集中して、これまでに使ったことのない魔法を構成する。本来迷宮で使うような魔法ではないのだが、この階層では有効だろう。
自分を中心として、空間を把握していく魔法だった。障害物に触れるたび、その先はあやふやになっていくのだが、壁らしきものには当たらない。
10分以上もかけてサージが突き止めたのは、ここが円を描く広大な空間だということだった。
「それで、中央が開けてる。多分沼があるみたい」
中央以外にも水場がいろいろとあるらしい。襲ってくる魔物も、水辺に住むようなトカゲや両生類が多い。
正直、魔物の強さは8層の方が上だった。
「中央にヒュドラがいるわけか…」
リアはギグと共に先頭に立ち、山刀で道を作っている。ギグには同じ山刀を渡してある。
「ヒュドラに関しては、災害指定生物ですので、詳細な調査がされていますね」
ルルーが説明してくれたヒュドラの特徴は、大体前世で想像されていたものと同じであった。
八つの頭を持つ蛇。その吐息は毒の息であり、その血液もまた毒である。
凄まじいまでの再生能力を持ち、頭を落としても早ければ数分で生え変わってくる。
体長はまちまちであるが、だいたいにおいて一口で馬を飲み込むほどの大きさがある。
「すると、この刀では断ち切れないかな…」
リアの刀の刃は、およそ70センチ。腰に差して抜き打ちするにはちょうどいい長さだが、それほどの大物相手には苦しいだろう。
そう思って魔法の袋から取り出したのは、オーガキングからもらったもう一本の刀だった。
これはオーガが両手で使うような刀――前世風に言えば野太刀であり、刃渡りがリアの身長ほどもある。リアの膂力なら扱えなくはないのだが、体重の軽さは如何ともしがたく、今までは死蔵してあった。
だがついに日の目を見そうである。
「今宵の虎徹は血に飢えておるわ」
物騒な呟きを残して、一行は中央の沼へと向かった。
森が開けて、大きな沼が現れた。
足元の土は固く、戦闘には適していると言えるだろう。だが沼との距離があまりないのが難点か。
「あっちにおあつらえ向きの場所があるな」
左手に少し進んだ所に、広場のようになった草地がある。まるでそこで戦えと言われているような…いや、実際、そこが戦うための場所なのだろう。
さすがに水の中でヒュドラと戦って勝てるわけがない。リアでさえ、それは無謀だと思う。水の中では刀で何かを斬ることは難しい。
移動した一行は沼の中を見つめるが、待っていてもヒュドラが出てくるわけではない。
「…ひょっとして、今のうちに鏡を探せばいいんじゃね?」
サージがぽんと手を打つが、肝心の鏡がどこにあるのか分からない。おそらく沼の中心なのだろうが、長く伸びた水草が、視界を遮っているのだ。
「濡れていくのは嫌ですね…」
ルルーが本当に嫌そうに言うが、道がなければそうするしかないだろう。
「じゃあ調べてみるよ。道と鏡があればいいんだね」
また空間把握でサージが調べていく。地味な割りに魔力の消費が多い、使いづらい魔法である。
ちょうどこの広場の反対ぐらいに、細い道が一本、沼の中央にある小さな島に続いているのが分かった。おそらくそこに鏡があるのだろう。
「でもヒュドラを倒さないと、危なくて近寄れないよね」
結局は倒すしかない。ならば、どうやっておびき出すか。
「適当に魔物を狩って、その血でおびき出したらいいだろう」
水辺で巨大ワニを殺し、とりあえず食事にする。ワニの肉は美味かった。
「よし、余りはくれてやるぞ。さあ来い、ヒュドラ!」
血を流し続けるワニの半身を、沼に浸ける。
血が広がっていく。どうやらこの沼には他の魔物は住んでいないらしく、おこぼれを期待してやってくるものはない。
やがて、水面に影が差す。
ざばりと音を立てて、巨大な蛇の頭が現れる。
ざばりざばりと、蛇の頭が現れる。
八つ頭の蛇。
「で、でかい…」
思わずカルロスがうめく。そのまま馬を飲み込んでしまうというのも誇張ではないだろう。
水辺の町を一匹で滅ぼすという災害指定生物。小国であれば軍隊が総がかりでかかるほどの圧倒的な暴力。
「火球!」
リアの魔法がヒュドラに炸裂する。全くダメージを受けた様子もなく、煙の中から頭が現れる。
「作戦通りに行くぞ!」
野太刀をかついでリアが叫ぶ。おうと応える声がする。
長い戦いが始まった。
ギグの得物は戦鎚から戦斧に変わっていた。打撃系の武器では、ヒュドラにダメージを与えても、肝心の首を飛ばすことが出来ないからだ。
多少慣れないところはあったが、器用に扱って首を断とうとする。それに向かって牙を向けてくる首を、カルロスが盾で受け止める。時折マールが矢を、ヒュドラの目に向けて放つ。
三人がかりで一つずつ首を攻撃していく。
リアは自前の太刀に炎をまとわせていた。傷口を焼けば、ヒュドラの治癒が遅れるのは知られている。だからそれで首を落とそうとするのだが、他の首の攻撃で、上手く機会が作れない。
斬っては焼いて、斬っては焼いて。それでも少しずつは治癒されていくので、なかなかこちらの攻撃も、有効な打撃を与えられない。
それでも武器を持ち替えておいたのは正解だった。刀の長さでは、与えるダメージはさらに少なかっただろう。
ルルーとサージは、治癒と火魔法を使い分けていた。ギグとカルロスが与えた傷を、炎の魔法で焦がしていく。鱗に直接の炎は効かないようだが、さすがに傷口にまではその防御力はないらしい。
少しずつ、ほんの少しずつ、ヒュドラの動きが鈍っていく。しかしこちらもそれまでに、何度となく攻撃を受けている。ルルーもサージも何本もの魔力回復薬を飲んで、治癒や解毒の魔法を使う。
だが、均衡は一瞬で破れた。
「はあああああああっ!」
首の一本をほとんど断ち割ったリアの攻撃。そのままその傷に炎を叩き込み、さらに刀で斬りつけて完全に首を落とす。
「まず一つ!」
わずかに一本頭が減っただけで、一気に天秤はリアたちに傾いた。
「エクスカリバー!」
溜めが不十分だったものの、サージの魔法で首が一本半ばまで断ち切られる。そこへリアが追撃し、二本目の首を落とす。
「火炎放射」
ルルーが炎を放つ。わずかにリアの髪が巻き込まれるが、熱耐性で焦げることさえない。
ここからリアは魔法での攻撃を増やした。
もちろん刀には炎の魔法をかけたまま振るっているのだが、サージがエクスカリバーを使う余裕が出来たため、その傷口に火球や爆裂火球の魔法を叩き込むことも行っている。
なにしろ魔力の多さで言えばパーティーでは一番なのだ。魔力回復薬も節約するために、炎で傷を焼く役はリアが担当するのが一番だった。
マールが注意を引き、カルロスとギグが消耗させた首を、サージが断つ。そしてリアが焼く。ルルーは治療に専念する。
途中からはこれがなんとか作業的にこなせるようになった。
やがてひときわ巨大な首、一本だけが残った。
前世での伝説では不死身という説もあるこの首だが、討伐の記録からいって、そのようなことはない。
ただひたすら、消耗させ、傷をつけ、焼く。
この一連の流れで、確実にヒュドラは血を流し、弱っていく。
最後にはカルロスが牙の攻撃を受け止めたところへ、サージの魔法が決まって、首が切断された。
全員が肩で息をしていた。
動き回っていた戦士はもちろん、魔法使いも魔力を限界まで使い、さらに回復しては限界まで使っての繰り返しだった。
「この肉は毒だな。残念だけど食えないな」
ちょうどよく焼けた肉をかじったリアが吐き捨てる。毒耐性があるとは言え、毒の食べ物を好んで食べるわけではない。
戦場の外周を走り回っていたとはいえ、一番体力の残っていたマールが、体力回復薬を戦士に配っていく。
巨大なヒュドラの胴体を斧で割り、リアは魔結晶を取り出した。
ほとんど人の頭ほどもある巨大な結晶だった。金銭的にどれぐらいの価値があるのか。少なくとも自分より高いだろうな、とマールは思った。
「姉ちゃん、尻尾を切ってみてよ。先の骨が剣に加工できるはずだよ」
「それと、肝臓から猛毒が採取できるはずです。私たちがするのは危険ですので、お願いします」
血が毒なので、マールに剥ぎ取りをしてもらうわけにもいかない。
「あとは、皮もいい防具に出来そうだな」
戦闘と同じぐらいの時間をかけて、リアはヒュドラを素材にした。
「さて、とりあえずの目標までは達したわけだが…」
戦場となった広場で、リアが語る。ヒュドラの毒を警戒しているのか、魔物は寄って来ない。
「ここまで来たら、10層は見ていかないと」
サージはやる気だ。他の皆も、ここまで来て帰るという選択はない。
「回復薬はまだ半分ぐらい残っています。10層の敵次第ですが、攻略は可能かと」
一行で一番戦闘意欲の薄いルルーも、そう判断した。
「あたしもぜひ、10層は見たいです」
一番発言権の弱いマールでさえ、自分の意見を述べた。
記録に残っていない、最後の階層。
攻略者たちはいないか、いても口を噤む。すくなくともこの200年は、攻略されたという記録はない。
「よし、じゃあ行こう」
気負いもなく、リアは宣言する。
完全なる未知の階層へ。
探索者たちは踏み込んだ。
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