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第14話 修羅
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オーガキングと戦うことになった、と言った時の仲間たちの反応はそれぞれだった。
「はあ? なんでそんなことになるんですか!?」
カルロスの反応は一番まともだった。
「ああ、まあ、リアですからね」
ルルーは諦めていた。
「はいはいテンプレテンプレ」
サージの言っていることは意味が分からなかった。
「それにしても姉ちゃん、本当に戦うの好きだね。生まれたとき尻尾とか生えてなかった?」
「生まれたときは生えてなかったが、これから生えるかもしれないな」
もっとも生えたとしても、猿ではなく蜥蜴の尻尾だろうが。
ルールは何でもあり。気絶、降参、死亡、それと10数える間に立ち上がれなければ負けという、デンジャラスな決着方法であった。立会人がいない分、決闘より性質が悪い。
「またあたしは回復係ですか…」
「今度はライアスの時とは違う。死ぬかもしれない」
「いやいやいや、死んでもらっちゃ困りますよ!」
真剣にカルロスは止めるが、それで止まるならリアではない。
「いやいやいや、マジでやばいよ姉ちゃん」
いざ広場で戦おうという際になって、サージも気付いた。
オーガキングさん。鑑定してみて気付きました。
レベル125です。
ちなみにカルロスのレベルが35、ルルーが32、サージが25である。
「レベルが全てじゃないだろう」
「いやいやいや、そりゃね、5とか10の違いならそうも言えるんだろうけど、スキルもとんでもないよ?」
重量武器レベル9
「なるほど。レベル9か…」
「あと肉体強化、骨格強化、剛力、威圧、咆哮、頑健、剛身に加えて各種耐性、魔法に対する抵抗も高くて、格闘技能もいろいろあるし、はっきり言ってラスボスクラスの強さだよ? おいらたち全員でかかったらなんとかなるかもしれないな、ってレベルだよ?」
「それは楽しみだ」
リアは笑った。心底からの笑みだった。
弱い者と戦って何が面白いのだろう。勝ち目のない戦いこそ、本気を出して戦えるというものではないか。
「本気で言ってる?」
「戦い方を知ってる上に、本気で殺しにかかっても大丈夫そうな相手なんだぞ? 無茶苦茶面白そうじゃないか」
本気で言っていた。
ざわざわと観衆が騒いでいる。リアは革鎧と小刀に、破れると困るので魔法の袋もルルーに預けると、大広場の中央に立った。
既にオーガキングは準備万端、得物を肩に担いでいる。
オーガキングが息を吸い込む。
(来る!)
空気を振るわせる爆音が、オーガキングの口から発せられた。
物見遊山でいた観衆の半分以上が腰を抜かし、その中の半分近くは気絶していた。
リアは瞬間、間合いに入っていた。オーガキングの顔が驚愕に歪む。
接近を感じられなかった。否、そんな動きは見たことがなかったのだ。
古武術独自の歩法で、その始動を察知されないというものである。
そして構えることもなく、居合い。
強烈な金属音。
瞬時に離れる両者。
何がなんだか分からない観衆。
オーガキングの戦鎚が、欠けて落ちた。
だがリアの刀も、刃が欠けている。
一応一番いい刀を使っているのだが、さすがに分厚い金属の塊を完全には切断出来なかった。
柄ならば断てたのだろうが、それはオーガキングが許さなかった。最も分厚い部分で防御された。
間髪いれず、リアは刀を振るう。オーガキングは迎撃する。
間断のない激突音。
リアの刀は目にも止まらない。だがオーガキングはその全ての斬撃を受け止める。
「ふはっ」
振るわれる戦鎚。
避ける。かすっただけで服の肩口が裂けた。
(虎徹があれば)
あの日本刀なら、金属の塊ごと切断できたろう。魔法で強化可能なこの世界なら、それで済んだ。
だが、この世界に日本刀はない。近いものはあるが、そもそも鋼が違う。かといってミスリルの刀では、強度が足りない。
武器を用意するところから、勝負というのは始まるものだ。戦いは今ある物で行うしかない。それが道理だ。
距離を取る。一息で決着がつくことはなくなった。だがこのわずかな攻防で、ごっそりと魔力と体力は減っている。
「面白い人間だ。我が人生でここまで楽しめたのは、あの男以来二度目か」
「あの男?」
息を整え、少しでも回復するため、言葉を紡ぐ。
「人間の男に見えた。剣の腕も魔法の腕もたいしたものだった。わしが敗北したのは生涯に二度あるが、人間に負けたのはあの一度だけだった」
この怪物に勝てる人間がいるというのが驚きである。
「その人の名は?」
「アルスと名乗っていたな。カラスリ王国にいるはずだから、この戦いが終わって生きていたら、会いに行くといい」
そこでにやりとオーガキングは笑った。
「回復したかね?」
魔力と体力の高速回復のスキルは、リアの隠しだまの一つだった。
「余裕ですね」
「いや、楽しんでいるだけだ。そちらもまだ、奥の手があるのだろう?」
「さあ、それはどう…か!」
沈み込むように接近し、逆袈裟に斬り上げる。
そしてまた、攻防が繰り返される。
ぎりぎりでかわすリアに対し、オーガキングの肌には、わずかながら傷が刻まれていった。
最初の攻撃で、わずかながら欠けた戦鎚。そのバランスの微妙な狂いが、彼我の攻防の差となった。
だがそれでも、決定打にはならない。薄皮一枚切ったところで、オーガの生命力にはなんの痛痒も与えない。
そしてオーガキングの攻撃をかわしきれず受け流すたび、リアの刀の耐久力は減っていく。
「いったいどうなってるの? リアが優勢なの?」
ルルーの目には両者の攻防がよく映らない。それは人並み以上に剣の修行をしているカルロスでさえ同じだった。
「互角だと思うよ。でもあんな使い方じゃ、刀が駄目になるんじゃないかな」
「お前、あれが見えるのか?」
「目に加速の魔法をかけてるからね」
得意げに言うサージだが、状況は悪かった。
加速を特に神経加速だけに絞ってかけているにもかかわらず、二人の戦闘は追いかけるので精一杯だ。
叩き潰す戦鎚に比べて、あくまで刀は斬る武器である。もちろん金属の棒であるからには打ち合いも出来るが、それでは刃が潰れてしまう。そういった無駄知識をサージは持っていた。
もちろんサージが知っている程度のことは、リアも分かっている。
体捌きでかわしきれず受け流すときも、出来るだけ切れ味の鋭い切っ先と物打ちの部分は避けているが、そのうち折れてしまうことは間違いない。おそらくこの刀はもう使えないだろう。
状況の打開策を考える。
魔法か。無駄だ。リア程度の使える攻撃魔法は通用しないだろうし、既に身体強化に使っている魔力が多すぎる。
ならば、またあれしかない。
無理やりな軌道で、刀を戦鎚の柄に打ち込んだ。
澄んだ音と共に、刀が折れる。
オーガキングの振りかぶった戦鎚を、かろうじてかわす。その衝撃で地面にはクレーターが出来、戦鎚は柄から折れた。
半ばから折れた刀。武器を失ったオーガキング。
オーガキングの右拳が、リアの顔面を狙ってくる。半ばから折れて軽くなった刀で、それを切断すべく振るう。
刃の潰れた刀は、それでもオーガキングの骨にまで達した。
だが拳はそれで止まらない。軌道はずれたが、リアの左肩を打ち抜く。
関節が外れ、骨が砕けた。
衝撃で、20メートルほども吹き飛ばされた。刀からは手を離している。
観衆の中に放り込まれたので助かった。オーガたちの筋肉は、ちょうどいいクッションになった。
「痛た…」
痛覚耐性を持っていても、痛いものは痛い。自前の治癒魔法を使いながら、広場に戻る。
オーガキングは刺さった刀をたやすく抜くと、油断なく無手のまま構えた。
あの傷なら、多少は右手の動きは制限されるだろう。
だがリアも左腕がまともに動かない。骨までぐちゃぐちゃに潰されると、単なる治癒では治らないのだ。
「強化された我が肉体に傷をつけるとはな」
「こちらも武器に魔法の強化はしてあるからね」
ライアスの時はそれで鎧ごと腕を切断できたのだが、オーガキングには通用しなかった。
「ルルー! 刀を!」
武器なしで人間がオーガに叶うわけもない。リアの叫びにルルーは預かっていた小刀を投げる。
だがその隙を黙って見ているオーガキングではない。
宙に手を伸ばすリア。それに向けて、オーガキングの左拳が振るわれる。
だがそれこそ、リアの狙い通りであった。
大きく振りかぶったオーガキングは、隙だらけであった。
リアは小刀に目もくれず、流れる動作でその懐に潜り込む。
(これで駄目なら、私の負けだ!)
踏み込む。衝撃でクレーターが出来た。
突き出す。無事な右の手のひらを、オーガキングの腹に当てる。
「かあっ!」
全力で踏み込んだ力を、腰の回転を加えて、頑強な腹筋の向こうへと届かせる。
まず、限界を超えた右足の骨が数箇所折れた。
右腕は砕けた。筋繊維が断裂し、毛細血管が破裂し、皮膚から血が吹き出す。
オーガキングは動かない。リアは動けない。
数秒の後、後ろに倒れこんだのはオーガキングだった。
明らかに重傷なのはリアだったが、少女はまだ立っている。それどころか、ゆるゆると移動して、投げ込まれた小刀を、左手で拾い取る。
だが、ここから止めをさす余力はなかった。両腕は満足に使えない。足も引きずって歩くのが精一杯。
治癒魔法をかけ続けてはいるが、せいぜい血止めの役にぐらいしか立っていない。
「リア!」
「じっちゃん!」
観衆の中からルルーとギグが飛び出してくる。カルロスとサージも続く。
「来るな!」
リアの叫びで足が止まる。
「まだ10秒たってない」
倒れて10数える間に起き上がれなければ負け。
たっぷりと数えた後、リアは尻餅をついた。
「ルルー、あっちの治療をしてくれ。内臓にダメージがいってるから、放っておいたらまずい」
「でもあなたも重傷よ?」
「見た目だけだ。命に関わるもんじゃない」
そう言われてルルーはオーガキングの治療にかかる。
代わりに来たのはサージだった。
「姉ちゃん、最後のあれって、中国拳法?」
「古武術だよ。鎧通しとも言われていてな。相手の中身をぐちゃぐちゃにかきまぜる技さ。まあ、私も前世では使えなかったんだが」
サージの治癒で、右腕は治っていく。自前の魔力はもうない。もう少し、魔力を効率的に使う勉強をするべきだろう。
「リア…」
「ああルルー、左肩に復元の魔法をかけてくれ。治癒だと変な形にくっつきそうだ」
倒れこんだリアは目をつぶる。
体の中で、細胞が急速に修復されていくのを感じる。だがそれは、少なくなった体力をさらに奪っていく。
なんとか勝てた。今までにない満足感が湧き上がる。
ふと顔に差した影に気が付けば、両脇を抱えられたオーガキングがこちらを見ていた。
「見事だ、戦士よ」
オーガキングの声にも、深い満足の響きがあった。
これだけの戦いをして、しかもお互いが死んでいないというのが、喜びだった。
これでまた戦える。
「もう一度やったら、私の負けかなあ」
「おそらくな。だが、今勝ったのはおぬしだ」
素直に負けを認められた。お互いに笑い合う。
ぐ~と、リアの腹が鳴った。再生する肉体のために、体が食物を必要としていた。
がはは、とオーガキングが声を出して笑った。
「皆の者、宴の支度だ! 戦士との出会いに!」
満場が歓声で沸いた。
「はあ? なんでそんなことになるんですか!?」
カルロスの反応は一番まともだった。
「ああ、まあ、リアですからね」
ルルーは諦めていた。
「はいはいテンプレテンプレ」
サージの言っていることは意味が分からなかった。
「それにしても姉ちゃん、本当に戦うの好きだね。生まれたとき尻尾とか生えてなかった?」
「生まれたときは生えてなかったが、これから生えるかもしれないな」
もっとも生えたとしても、猿ではなく蜥蜴の尻尾だろうが。
ルールは何でもあり。気絶、降参、死亡、それと10数える間に立ち上がれなければ負けという、デンジャラスな決着方法であった。立会人がいない分、決闘より性質が悪い。
「またあたしは回復係ですか…」
「今度はライアスの時とは違う。死ぬかもしれない」
「いやいやいや、死んでもらっちゃ困りますよ!」
真剣にカルロスは止めるが、それで止まるならリアではない。
「いやいやいや、マジでやばいよ姉ちゃん」
いざ広場で戦おうという際になって、サージも気付いた。
オーガキングさん。鑑定してみて気付きました。
レベル125です。
ちなみにカルロスのレベルが35、ルルーが32、サージが25である。
「レベルが全てじゃないだろう」
「いやいやいや、そりゃね、5とか10の違いならそうも言えるんだろうけど、スキルもとんでもないよ?」
重量武器レベル9
「なるほど。レベル9か…」
「あと肉体強化、骨格強化、剛力、威圧、咆哮、頑健、剛身に加えて各種耐性、魔法に対する抵抗も高くて、格闘技能もいろいろあるし、はっきり言ってラスボスクラスの強さだよ? おいらたち全員でかかったらなんとかなるかもしれないな、ってレベルだよ?」
「それは楽しみだ」
リアは笑った。心底からの笑みだった。
弱い者と戦って何が面白いのだろう。勝ち目のない戦いこそ、本気を出して戦えるというものではないか。
「本気で言ってる?」
「戦い方を知ってる上に、本気で殺しにかかっても大丈夫そうな相手なんだぞ? 無茶苦茶面白そうじゃないか」
本気で言っていた。
ざわざわと観衆が騒いでいる。リアは革鎧と小刀に、破れると困るので魔法の袋もルルーに預けると、大広場の中央に立った。
既にオーガキングは準備万端、得物を肩に担いでいる。
オーガキングが息を吸い込む。
(来る!)
空気を振るわせる爆音が、オーガキングの口から発せられた。
物見遊山でいた観衆の半分以上が腰を抜かし、その中の半分近くは気絶していた。
リアは瞬間、間合いに入っていた。オーガキングの顔が驚愕に歪む。
接近を感じられなかった。否、そんな動きは見たことがなかったのだ。
古武術独自の歩法で、その始動を察知されないというものである。
そして構えることもなく、居合い。
強烈な金属音。
瞬時に離れる両者。
何がなんだか分からない観衆。
オーガキングの戦鎚が、欠けて落ちた。
だがリアの刀も、刃が欠けている。
一応一番いい刀を使っているのだが、さすがに分厚い金属の塊を完全には切断出来なかった。
柄ならば断てたのだろうが、それはオーガキングが許さなかった。最も分厚い部分で防御された。
間髪いれず、リアは刀を振るう。オーガキングは迎撃する。
間断のない激突音。
リアの刀は目にも止まらない。だがオーガキングはその全ての斬撃を受け止める。
「ふはっ」
振るわれる戦鎚。
避ける。かすっただけで服の肩口が裂けた。
(虎徹があれば)
あの日本刀なら、金属の塊ごと切断できたろう。魔法で強化可能なこの世界なら、それで済んだ。
だが、この世界に日本刀はない。近いものはあるが、そもそも鋼が違う。かといってミスリルの刀では、強度が足りない。
武器を用意するところから、勝負というのは始まるものだ。戦いは今ある物で行うしかない。それが道理だ。
距離を取る。一息で決着がつくことはなくなった。だがこのわずかな攻防で、ごっそりと魔力と体力は減っている。
「面白い人間だ。我が人生でここまで楽しめたのは、あの男以来二度目か」
「あの男?」
息を整え、少しでも回復するため、言葉を紡ぐ。
「人間の男に見えた。剣の腕も魔法の腕もたいしたものだった。わしが敗北したのは生涯に二度あるが、人間に負けたのはあの一度だけだった」
この怪物に勝てる人間がいるというのが驚きである。
「その人の名は?」
「アルスと名乗っていたな。カラスリ王国にいるはずだから、この戦いが終わって生きていたら、会いに行くといい」
そこでにやりとオーガキングは笑った。
「回復したかね?」
魔力と体力の高速回復のスキルは、リアの隠しだまの一つだった。
「余裕ですね」
「いや、楽しんでいるだけだ。そちらもまだ、奥の手があるのだろう?」
「さあ、それはどう…か!」
沈み込むように接近し、逆袈裟に斬り上げる。
そしてまた、攻防が繰り返される。
ぎりぎりでかわすリアに対し、オーガキングの肌には、わずかながら傷が刻まれていった。
最初の攻撃で、わずかながら欠けた戦鎚。そのバランスの微妙な狂いが、彼我の攻防の差となった。
だがそれでも、決定打にはならない。薄皮一枚切ったところで、オーガの生命力にはなんの痛痒も与えない。
そしてオーガキングの攻撃をかわしきれず受け流すたび、リアの刀の耐久力は減っていく。
「いったいどうなってるの? リアが優勢なの?」
ルルーの目には両者の攻防がよく映らない。それは人並み以上に剣の修行をしているカルロスでさえ同じだった。
「互角だと思うよ。でもあんな使い方じゃ、刀が駄目になるんじゃないかな」
「お前、あれが見えるのか?」
「目に加速の魔法をかけてるからね」
得意げに言うサージだが、状況は悪かった。
加速を特に神経加速だけに絞ってかけているにもかかわらず、二人の戦闘は追いかけるので精一杯だ。
叩き潰す戦鎚に比べて、あくまで刀は斬る武器である。もちろん金属の棒であるからには打ち合いも出来るが、それでは刃が潰れてしまう。そういった無駄知識をサージは持っていた。
もちろんサージが知っている程度のことは、リアも分かっている。
体捌きでかわしきれず受け流すときも、出来るだけ切れ味の鋭い切っ先と物打ちの部分は避けているが、そのうち折れてしまうことは間違いない。おそらくこの刀はもう使えないだろう。
状況の打開策を考える。
魔法か。無駄だ。リア程度の使える攻撃魔法は通用しないだろうし、既に身体強化に使っている魔力が多すぎる。
ならば、またあれしかない。
無理やりな軌道で、刀を戦鎚の柄に打ち込んだ。
澄んだ音と共に、刀が折れる。
オーガキングの振りかぶった戦鎚を、かろうじてかわす。その衝撃で地面にはクレーターが出来、戦鎚は柄から折れた。
半ばから折れた刀。武器を失ったオーガキング。
オーガキングの右拳が、リアの顔面を狙ってくる。半ばから折れて軽くなった刀で、それを切断すべく振るう。
刃の潰れた刀は、それでもオーガキングの骨にまで達した。
だが拳はそれで止まらない。軌道はずれたが、リアの左肩を打ち抜く。
関節が外れ、骨が砕けた。
衝撃で、20メートルほども吹き飛ばされた。刀からは手を離している。
観衆の中に放り込まれたので助かった。オーガたちの筋肉は、ちょうどいいクッションになった。
「痛た…」
痛覚耐性を持っていても、痛いものは痛い。自前の治癒魔法を使いながら、広場に戻る。
オーガキングは刺さった刀をたやすく抜くと、油断なく無手のまま構えた。
あの傷なら、多少は右手の動きは制限されるだろう。
だがリアも左腕がまともに動かない。骨までぐちゃぐちゃに潰されると、単なる治癒では治らないのだ。
「強化された我が肉体に傷をつけるとはな」
「こちらも武器に魔法の強化はしてあるからね」
ライアスの時はそれで鎧ごと腕を切断できたのだが、オーガキングには通用しなかった。
「ルルー! 刀を!」
武器なしで人間がオーガに叶うわけもない。リアの叫びにルルーは預かっていた小刀を投げる。
だがその隙を黙って見ているオーガキングではない。
宙に手を伸ばすリア。それに向けて、オーガキングの左拳が振るわれる。
だがそれこそ、リアの狙い通りであった。
大きく振りかぶったオーガキングは、隙だらけであった。
リアは小刀に目もくれず、流れる動作でその懐に潜り込む。
(これで駄目なら、私の負けだ!)
踏み込む。衝撃でクレーターが出来た。
突き出す。無事な右の手のひらを、オーガキングの腹に当てる。
「かあっ!」
全力で踏み込んだ力を、腰の回転を加えて、頑強な腹筋の向こうへと届かせる。
まず、限界を超えた右足の骨が数箇所折れた。
右腕は砕けた。筋繊維が断裂し、毛細血管が破裂し、皮膚から血が吹き出す。
オーガキングは動かない。リアは動けない。
数秒の後、後ろに倒れこんだのはオーガキングだった。
明らかに重傷なのはリアだったが、少女はまだ立っている。それどころか、ゆるゆると移動して、投げ込まれた小刀を、左手で拾い取る。
だが、ここから止めをさす余力はなかった。両腕は満足に使えない。足も引きずって歩くのが精一杯。
治癒魔法をかけ続けてはいるが、せいぜい血止めの役にぐらいしか立っていない。
「リア!」
「じっちゃん!」
観衆の中からルルーとギグが飛び出してくる。カルロスとサージも続く。
「来るな!」
リアの叫びで足が止まる。
「まだ10秒たってない」
倒れて10数える間に起き上がれなければ負け。
たっぷりと数えた後、リアは尻餅をついた。
「ルルー、あっちの治療をしてくれ。内臓にダメージがいってるから、放っておいたらまずい」
「でもあなたも重傷よ?」
「見た目だけだ。命に関わるもんじゃない」
そう言われてルルーはオーガキングの治療にかかる。
代わりに来たのはサージだった。
「姉ちゃん、最後のあれって、中国拳法?」
「古武術だよ。鎧通しとも言われていてな。相手の中身をぐちゃぐちゃにかきまぜる技さ。まあ、私も前世では使えなかったんだが」
サージの治癒で、右腕は治っていく。自前の魔力はもうない。もう少し、魔力を効率的に使う勉強をするべきだろう。
「リア…」
「ああルルー、左肩に復元の魔法をかけてくれ。治癒だと変な形にくっつきそうだ」
倒れこんだリアは目をつぶる。
体の中で、細胞が急速に修復されていくのを感じる。だがそれは、少なくなった体力をさらに奪っていく。
なんとか勝てた。今までにない満足感が湧き上がる。
ふと顔に差した影に気が付けば、両脇を抱えられたオーガキングがこちらを見ていた。
「見事だ、戦士よ」
オーガキングの声にも、深い満足の響きがあった。
これだけの戦いをして、しかもお互いが死んでいないというのが、喜びだった。
これでまた戦える。
「もう一度やったら、私の負けかなあ」
「おそらくな。だが、今勝ったのはおぬしだ」
素直に負けを認められた。お互いに笑い合う。
ぐ~と、リアの腹が鳴った。再生する肉体のために、体が食物を必要としていた。
がはは、とオーガキングが声を出して笑った。
「皆の者、宴の支度だ! 戦士との出会いに!」
満場が歓声で沸いた。
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