54 / 60
54 赤い花が咲いた
しおりを挟む
「で、逃げようとしたわけか」
ベッドに腰掛けたリアの前に、シズナが神妙に正座している。
「怪しかったから捕まえてきたんだけど、良かったのよね?」
室内にいるもう一人の人物、吸血鬼のアスカが問う。
「ああ、そうだな。ちょっと昼間、事情があってな」
夜の闇に紛れ、村からこっそりと逃げ出そうとしていたところを、偶然やってきたアスカにつかまったのだ。
「なるほどねえ。約束は守らないといけないんじゃない?」
事情を聞いたアスカは、偉そうに腕組みをした姿勢でそう言った。
「だ、だって女同士だぞ!」
さほど面識はないながら、同じ女なら、女同士というのがどれだけ異常か分かっても良さそうなものだ。
だが、アスカには常識は通用しない。
永遠に近いほどの時を生きる吸血鬼にとって、愛する対象の性別など、それほど気にすることではないのだ。
吸血鬼という種族が、繁殖力が極めて低いというのも関係しているのだろうが。
あと、魔族領にはBLもGLもあるんです。これは魔王様ばかりの責任ではありません。
「いいんじゃない? あたしも普段は女の子から吸ってるし」
「へ?」
吸ってるって、何を?
「それにこの子なら……」
改めてじっくりと、アスカはリアを見つめる。
そこに好色な要素はなく、ただ美を愛でる追求者の風韻があった。
「うん、あたし、この子となら寝れるわ」
「そうか。私は……そうだな、お前となら寝れるな」
ありえない。
シズナの両親は、仲の良い夫婦だ。
シズナを筆頭に、三人の子供がいる。
男がいて、女がいて、子供がいる。それが、普通の、組み合わせだ。
もし、自分が男だったら、それはリアに恋するだろう。女神のようにあがめるだろう。こんな美しい少女は他にはいない。
もしリアが男だったら……。
自分は、たぶん、いや間違いなく……。
でもそれは、もしの話だ。
「……というわけで、コルドバの情報は以上。じゃ、ご褒美ちょうだい」
「仕方ないな。ほれ」
シズナの目の前で、上着を脱いだリアが、その白い肌をアスカの目にさらす。
「へへ、いただきます」
シズナの目の前で。
リアの肩筋に、アスカが唇をつけた。
その瞬間の感情を何と言うか、シズナは知らなかった。
それは怒りに似ていた
「ふう、ご馳走様」
「い、今何を……」
「え、え~と、キス?」
吸血鬼だということは、一応隠しておかなければいけない。
上手く吸ったのですぐ血も止まり、痕は赤くなったのみ。
「さてと、それじゃあ」
その胸元をくつろげたまま、リアはシズナの手を引く。
力が強い。男なんて目じゃない。
ベッドの上に、シズナは押し倒されていた。
「約束だしな」
「え、でも……」
抗う声は弱弱しい。これだけ強く求められて、自分は何も返さないというのだろうか。
「お前も戦士なら、覚悟を決めろ」
「そ……」
拒否する言葉を発する前に、唇を塞がれていた。
短い口付けが。何度も重ねられた。その隙は非常に短く、呼吸をすることが苦しくなる。
「おお~、テクニシャン」
見つめるアスカはニヤニヤと笑うが、頬はほんのりと紅潮している。
「で、お前はいつまでそこにいる気だ?」
「え? 見てちゃ駄目? そっちの子の反応、初々しくてむっちゃ可愛い」
「だ、だめ……」
弱々しくも、はっきりとシズナは言った。
「せめて……最初は……二人きりで……」
「あ、そうだね。じゃあ邪魔者はこの辺で」
リア専用に用意された小屋を出て行くアスカ。「デビルウイング」と言いながら空の向こうへ去って行くが、それは誰も見ていない。
「さあ、続きをしようか」
深い口付けをしながら、リアの手がシズナの体をまさぐる。一枚一枚丁寧に、その服を剥いでいく。
「こういう時のキスは、もっと舌を出すんだ」
言われるがままに舌を出すと、軽く噛まれた。甘い痛みが腰にまで響く。
涙が出た。
リアの動きが止まる。
「あ、あんたは……」
思いのままに、言葉を発する。
「あたしのことなんて、本当は好きじゃないんだろ?」
リアは舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。
シズナを苛めたいとは思っていたが、そんな不安な思いにさせたいわけではない。
むしろ、本気で嫌がったら解放するつもりですらあった。
だが、今この掌から伝わってくる鼓動。これは、リアの動きに応えてくれるものではないのか。
「本当に好き、というのがどういう意味かは分からないが……少なくとも生まれてから今までで、私が心の底から抱きたいと思ったのは、シズナが初めてだよ」
「本当に? ルルーは?」
「あれは家族みたいなもんだ。胸揉んだぐらいしかしてないよ」
「リアも……その……初めてなの?」
「知識だけは無駄にあるけどな」
「そう、そうなの……」
シズナのこわばりが解けていく。
リアの手の中で柔らかくなっていく。
「それなら、いいよ」
シズナはもう、泣いていない。
「リアなら、いいよ」
怖かった。
リアのことが怖かった。
この人を好きになってしまうかもしれない自分が怖かった。
「ねえ、一つだけお願い」
「うん?」
「今日のあの子とは、こういうことしないで」
「こういうこと?」
リアは意地悪に動いた。
甘く泣くシズナの耳元で、リアは囁く。
「しないよ。約束する」
触れ合って。
抱き合って。
重なり合って。
愛し合った。
剣を振る音で、シズナは目が覚めた。
実際には剣ではなく、刀であったが。
小屋の中はまだ暗い。シズナの裸身を明らかにするのは、魔法で作られた仄かな明かりだけだ。
昨晩の惨状を目にして、シズナは暗い気分になる。これを見られたら、何があったかは明白だろう。
「リア……」
窓から小さくリアを呼ぶ。
刀を操る、例えようもなく美しい人を呼ぶ。
リアはすぐに気付いて部屋に戻ってくる。ベッドの上の赤い染みを見て、頬を掻く。
「洗えばいいんじゃないか?」
「だって、ばれたら恥ずかしいよ」
「まあ、一応魔法があるから……」
洗浄の魔法と乾燥の魔法で、一応痕跡は消える。だがシーツは少し乾きすぎたかもしれない。
「これでいいか。体は大丈夫か?」
尋ねてくるリアはいつも通りだ。
そのいつも通りを受け取る、シズナの側が違う。
「うん、治癒魔法かけてもらったから」
「無理はするなよ」
そういうリアは、いつも無茶ばかりしている。
シズナが笑った。花のような、少女らしい笑みだった。
「ねえリア、剣の相手してよ」
そして二人は、愛をかわすように剣をかわした。
ベッドに腰掛けたリアの前に、シズナが神妙に正座している。
「怪しかったから捕まえてきたんだけど、良かったのよね?」
室内にいるもう一人の人物、吸血鬼のアスカが問う。
「ああ、そうだな。ちょっと昼間、事情があってな」
夜の闇に紛れ、村からこっそりと逃げ出そうとしていたところを、偶然やってきたアスカにつかまったのだ。
「なるほどねえ。約束は守らないといけないんじゃない?」
事情を聞いたアスカは、偉そうに腕組みをした姿勢でそう言った。
「だ、だって女同士だぞ!」
さほど面識はないながら、同じ女なら、女同士というのがどれだけ異常か分かっても良さそうなものだ。
だが、アスカには常識は通用しない。
永遠に近いほどの時を生きる吸血鬼にとって、愛する対象の性別など、それほど気にすることではないのだ。
吸血鬼という種族が、繁殖力が極めて低いというのも関係しているのだろうが。
あと、魔族領にはBLもGLもあるんです。これは魔王様ばかりの責任ではありません。
「いいんじゃない? あたしも普段は女の子から吸ってるし」
「へ?」
吸ってるって、何を?
「それにこの子なら……」
改めてじっくりと、アスカはリアを見つめる。
そこに好色な要素はなく、ただ美を愛でる追求者の風韻があった。
「うん、あたし、この子となら寝れるわ」
「そうか。私は……そうだな、お前となら寝れるな」
ありえない。
シズナの両親は、仲の良い夫婦だ。
シズナを筆頭に、三人の子供がいる。
男がいて、女がいて、子供がいる。それが、普通の、組み合わせだ。
もし、自分が男だったら、それはリアに恋するだろう。女神のようにあがめるだろう。こんな美しい少女は他にはいない。
もしリアが男だったら……。
自分は、たぶん、いや間違いなく……。
でもそれは、もしの話だ。
「……というわけで、コルドバの情報は以上。じゃ、ご褒美ちょうだい」
「仕方ないな。ほれ」
シズナの目の前で、上着を脱いだリアが、その白い肌をアスカの目にさらす。
「へへ、いただきます」
シズナの目の前で。
リアの肩筋に、アスカが唇をつけた。
その瞬間の感情を何と言うか、シズナは知らなかった。
それは怒りに似ていた
「ふう、ご馳走様」
「い、今何を……」
「え、え~と、キス?」
吸血鬼だということは、一応隠しておかなければいけない。
上手く吸ったのですぐ血も止まり、痕は赤くなったのみ。
「さてと、それじゃあ」
その胸元をくつろげたまま、リアはシズナの手を引く。
力が強い。男なんて目じゃない。
ベッドの上に、シズナは押し倒されていた。
「約束だしな」
「え、でも……」
抗う声は弱弱しい。これだけ強く求められて、自分は何も返さないというのだろうか。
「お前も戦士なら、覚悟を決めろ」
「そ……」
拒否する言葉を発する前に、唇を塞がれていた。
短い口付けが。何度も重ねられた。その隙は非常に短く、呼吸をすることが苦しくなる。
「おお~、テクニシャン」
見つめるアスカはニヤニヤと笑うが、頬はほんのりと紅潮している。
「で、お前はいつまでそこにいる気だ?」
「え? 見てちゃ駄目? そっちの子の反応、初々しくてむっちゃ可愛い」
「だ、だめ……」
弱々しくも、はっきりとシズナは言った。
「せめて……最初は……二人きりで……」
「あ、そうだね。じゃあ邪魔者はこの辺で」
リア専用に用意された小屋を出て行くアスカ。「デビルウイング」と言いながら空の向こうへ去って行くが、それは誰も見ていない。
「さあ、続きをしようか」
深い口付けをしながら、リアの手がシズナの体をまさぐる。一枚一枚丁寧に、その服を剥いでいく。
「こういう時のキスは、もっと舌を出すんだ」
言われるがままに舌を出すと、軽く噛まれた。甘い痛みが腰にまで響く。
涙が出た。
リアの動きが止まる。
「あ、あんたは……」
思いのままに、言葉を発する。
「あたしのことなんて、本当は好きじゃないんだろ?」
リアは舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。
シズナを苛めたいとは思っていたが、そんな不安な思いにさせたいわけではない。
むしろ、本気で嫌がったら解放するつもりですらあった。
だが、今この掌から伝わってくる鼓動。これは、リアの動きに応えてくれるものではないのか。
「本当に好き、というのがどういう意味かは分からないが……少なくとも生まれてから今までで、私が心の底から抱きたいと思ったのは、シズナが初めてだよ」
「本当に? ルルーは?」
「あれは家族みたいなもんだ。胸揉んだぐらいしかしてないよ」
「リアも……その……初めてなの?」
「知識だけは無駄にあるけどな」
「そう、そうなの……」
シズナのこわばりが解けていく。
リアの手の中で柔らかくなっていく。
「それなら、いいよ」
シズナはもう、泣いていない。
「リアなら、いいよ」
怖かった。
リアのことが怖かった。
この人を好きになってしまうかもしれない自分が怖かった。
「ねえ、一つだけお願い」
「うん?」
「今日のあの子とは、こういうことしないで」
「こういうこと?」
リアは意地悪に動いた。
甘く泣くシズナの耳元で、リアは囁く。
「しないよ。約束する」
触れ合って。
抱き合って。
重なり合って。
愛し合った。
剣を振る音で、シズナは目が覚めた。
実際には剣ではなく、刀であったが。
小屋の中はまだ暗い。シズナの裸身を明らかにするのは、魔法で作られた仄かな明かりだけだ。
昨晩の惨状を目にして、シズナは暗い気分になる。これを見られたら、何があったかは明白だろう。
「リア……」
窓から小さくリアを呼ぶ。
刀を操る、例えようもなく美しい人を呼ぶ。
リアはすぐに気付いて部屋に戻ってくる。ベッドの上の赤い染みを見て、頬を掻く。
「洗えばいいんじゃないか?」
「だって、ばれたら恥ずかしいよ」
「まあ、一応魔法があるから……」
洗浄の魔法と乾燥の魔法で、一応痕跡は消える。だがシーツは少し乾きすぎたかもしれない。
「これでいいか。体は大丈夫か?」
尋ねてくるリアはいつも通りだ。
そのいつも通りを受け取る、シズナの側が違う。
「うん、治癒魔法かけてもらったから」
「無理はするなよ」
そういうリアは、いつも無茶ばかりしている。
シズナが笑った。花のような、少女らしい笑みだった。
「ねえリア、剣の相手してよ」
そして二人は、愛をかわすように剣をかわした。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話
菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。
そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。
超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。
極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。
生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!?
これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ
Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_
【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】
後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。
目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。
そして若返った自分の身体。
美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。
これでワクワクしない方が嘘である。
そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
社畜の俺の部屋にダンジョンの入り口が現れた!? ダンジョン配信で稼ぐのでブラック企業は辞めさせていただきます
さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。
冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。
底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。
そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。
部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。
ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。
『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる