上 下
53 / 60

53 はぐれ王女地獄変

しおりを挟む
 リアの感じているそれは、間違いなく恐怖だった。
「まあ、お前さんなら出来るだろう」
 オーガキングは軽く言ってくれるが、それが簡単なことではないと知っている。
 出来なくはないかもしれない。自信はある。だが、万が一にも出来なかったら。
 武人として、女として。
 リアは恐怖を感じていた。



 オーガ族全てを巻き込んだ、リアの対コルドバ戦略。
 いくらオーガキングが保証するとは言え、人間の女であるリアの、オーガの戦士全てを動員する考えに、それぞれの集落の長が賛同してくれる訳がない。
 ならばどうすればいいか? 簡単だ。オーガは力を重視する。圧倒的な力を見せ付けて、この人ならばと思わせれば良い。
 それには、オーガキングに勝ったという事実だけでは足りない。そう、まだ足りない。
 我ら全てを納得させてみろ。ならばどうすれば納得するか。
 我らが戦士と戦ってみせろ。いいだろう。望むところだ。
 武器はなし。相手を殺すことと、金的のみ禁止。一対一で、百人を連続して相手に。休憩はなし。
 百人組手である。
 この、完全には制御できない体で。

「でもさ、それであんたが負けた時のデメリットは何よ?」
 そう言ったのはシズナである。
 他の仲間が「さすがに百人連続は……」と心配している中、一人意地悪なことを言う。
 確かにない。オーガ全体の協力を得られないということではあるが、それはゼロではあってもマイナスではない。
 金を払うか? いや、オーガは金銭をそれほど必要としない。
 権力? 人の世界の名誉や権力に、オーガが魅力を感じるか?
「迷宮で手に入れた、この魔剣はどうだろう?」
 カルロスが進み出た。なかなか男前ではあるが、オーガにその武器は小さすぎる。

「どうせなら、その別嬪さんに一晩相手してほしいなあ」
 げひひ、と笑いながらのたまうオーガがいた。
 リアは新たに開放されたギフト『竜眼』を発動する。これは低レベルの相手を萎縮させると共に、鑑定を行うという優れたギフトだ。
 好色そうなオーガは、レベルが90もあった。だが、素手で勝てない相手ではない。
 背筋をなぞるこの悪寒。あれはそう、初めてドレスアップしたパーティーで、某侯爵令息に、尻を触られた時のこと。
 貞操を、賭ける? オーガ相手に? それなんてエロゲ?
「い、いいだろう」
 声が震えた。
「この身を賭けようじゃないか」
 彼らが、命を賭けてくれるというのなら、他に何が払えるだろう。
 そうだ。行くのだリア! お前が背負うのは、オーガ数万の命だ!

「あ、じゃあ俺もそれで」
「おいらも」
「おでも」
「おいどんも」
「あっしも」
「我輩も」
「麻呂も麻呂も」
「あたしもやるよ!」

 ……オーガの手が次々と挙げられる。女の声まであったが、気のせいだろう。
 腕に覚えのある、好色なオーガが百人。
 リアは自分の血が引く音を初めて聞いた。
 それは、前世でも感じたことのない ――。
 恐怖以上の、恐怖だった。



「り、リアが身を賭けるぐらいなら、あたしが賭けます!」
 ルルーの叫び。その友情に涙が出そうになる。
「ルルーさんが賭けるぐらいなら、俺が賭けます!」
 カルロス、お前はちょっと落ち着け。
 ギグはむしろ参加したさそうだが、さすがに自重する。
 マールは涙目になっているし、シズナも自分の言葉が引き起こした事態に、さすがに顔を青くしている。
 イリーナはきょとんとしているが、そもそも意味が分かっていないのだろう。
 サージもまた、リアの決意に冷や汗を流していた。
 彼は思うのだ。男には、人生で絶対に避けたいことが二つある。
 男にカマを掘られることと、女に女を寝盗られることである。

 前世で男だったリア、今も女が好きだと公言するリア。それが、貞操を賭けることの意味。
(なるほど……男の誇りなぞ、女の貞操の前では、さほどの価値もないのだな)
 リアはしみじみと思った。

 前世では、女だてらに立会いを求める格闘家がいないでもなかった。
 それら全てを、リアは破ってきた。金的と目潰しに気をつければ、体力の差が明らかだったからだ。
 噛み付きをしてきた女にはさすがにひやりとしたが、その後、かみつかせたまま無茶苦茶セックスして、無茶苦茶興奮したものだ。
 今は、立場が全く逆である。
「ご、ごめんよ。あたしそんなつもりは……」
 戦場に赴こうとするリアの前に、シズナが立っていた。
 狼狽している。いくらリアに遺恨があるとは言え、そこまでのことは望んでいなかったのだ。
 むしろ今は……。
「気にするな。彼らは命を賭けてくれるんだ。私も、自分が払えるもの全てを賭けないと不公平だろう」
 凄みのある笑顔で、リアは言う。
「だが」
 その笑顔が消えた。
「いらん一言を言ってくれたお前が、何も賭けないのは、それも不公平だよな?」
 殺意さえ感じられる。
 シズナは失禁しそうになった。否、膀胱が空でなければ間違いなく、はしたない姿をその場にさらしていただろう。
 耳元でリアが囁く。
「もし私が勝ったらご褒美に……一晩中全力でブチ犯すからな。覚悟しておけ」
 腰が抜けて、シズナはその場に尻餅をついた。



 そして戦いが始まった。
「はじめ!」
 オーガキングの合図と共に、最初の男が進み出る。あのレベル90のオーガだ。
 上半身は裸だ。投げ技、締め技はほとんど使えない。
「ひゃっはー!」
 両手を広げて襲い掛かる男に、リアの容赦ない正拳突き。鼻骨が折れる。
 だが、その勢いのまま、オーガはリアに抱きついた。両手が封じられる。
「へへへ、いい匂いだ~」
 下卑た声に含まれる好色の色に、リアの背筋が泡立つ。
「ふん!」

 リアの腕が、オーガをふりほどく。
「あ?」
 オーガは『剛力』のギフトを持っている。しかし今のリアは、開放されたその上位ギフト『怪力』を持っている。
 頭突きが折れた鼻に決まる。思わずオーガは手を放す。
 正拳で、今度は肋骨を破壊した。
 オーガが沈黙する。
「そこまで。次!」
 痙攣するオーガが運び出され、戸惑いながらも次のオーガが進み出る。

 長い長い戦いが始まった。



 突く。
 折る。
 砕く。

 リアはいまや上半身の服を脱ぎ、スポブラ一枚という姿で戦っていた。
 鎧や服など、相手につかまれるだけで意味がない。髪もまとめて後頭部で結い上げた。
 美しかった。
 最初サージは、こっそり加速の魔法でリアをサポートしようかと提案したのだが、一言で却下された。
 それは無粋であると。卑劣であると。
 気高かった。
「かなわねえなあ、姉ちゃんには」
 戦うリアの姿を見ていると、なぜか涙が出てきた。
 ただ、どうしても思うのだ。

「遠距離魔法使えば楽なんじゃね?」
 他には誰もそれに気付いていなかった。



 半数のオーガを倒した。
 汗と返り血に塗れていながらも、少女は美しい。
 いや、だからこそ美しいと言うべきか。
 前に踏み出すオーガの足が鈍ってきた時。
 その、小柄なオーガが進み出た。

「オーガってのは、力が第一だ」
 小柄なオーガが呟いた。
 リアの前に立つ。言葉は続く。リアの体力が回復していくのを無視して、オーガは言葉を続ける。
「だがその力ってのを、単純な殴り合いで決め付けるやつが多い」
 馬鹿にしたような口調で、オーガは続ける。
「あんた、間接技を使ったよな? 力だけでなく、技もあるんだよな?」
 そう、リアの徒手戦闘のベースは柔術だ。
「俺はそういう相手と戦ってみたかったんだ!」
 オーガが叫ぶ。魂からの叫びだった。
 だがその股間は既に屹立している!

 低い姿勢から、オーガはタックルをしかけてきた。
 これがレスリングなら、タックルを切るのは容易だ。だが、小さいとは言っても相手はオーガ。体重差は倍近くある。
 潜り込まれたら、そこから投げ技が来る。よってリアの採るべき手段は一つ。
 顔面への、容赦ない膝蹴り!

 直撃だった。だがそこから、オーガはリアの腰に手を回してきた。
 体重の軽いリアを、あっさりと持ち上げる。そして脳天から、地面に叩き付けた。
 常人ならば、首の骨を折って死んでいただろう。リアでさえ、ダメージがあった。
 脳震盪だ。竜でさえ、脳へのダメージを無効化することは出来ない。
 立ち上がれない。これは、寝技が来る。

 だが、追撃はなかった。
 頭を振りつつ立ち上がるリアが見たのは、既に失神したオーガの姿だった。
 意識を失ってもなお、そこからリアを投げたのだ。
 恐ろしい敵だった。
 失神してなお、屹立したそれは力を失ってはいない。
 本当に恐ろしい敵だった。



「全く、情けない男ばかりだねえ」
 リアの目の前に立つオーガは、どう見ても女だった。
「普段は偉そうにしていても、いざとなればこんなもんかい」
 女だが、間違いなく強い。気迫が違う。
 対するリアは、まだダメージが抜け切っていない。足にきている。高速回復のギフトでも、脳の揺れ自体にはあまり効果がないらしい。

「はじめ!」
 女がリアに対する。情欲と、戦意に満ちた目だった。
「あんた、綺麗な顔をしているね」
「私もそう思う」
「そういう綺麗な顔を、泣かせてみたくなるよ」
 女の構え、軽く手を握り、半身になっている、その構え。
 気付いたら、目の前に拳があった。
 気付いたら、顔面を打ち抜かれていた。
 回避のスキル、心眼のスキルが働いていない。
 ここまでで初めてのクリーンヒットだった。

(ボクシング……)
 その動きに似ている。ノーモーションから拳打を繰り出してくるところが。
 テレフォンパンチを基本とする空手などとは、系統を異とする武術。
 だがボクシングなら、決定的な弱点がある。
 低い姿勢から、リアはタックルをかけた。
 下半身への攻撃。だが、それを迎撃するしなやかな足。
 鞭のようにしなり、リアを打った。
(ムエタイか!)
 間合いを開ける。この女の打撃技術は、尋常のものではない。
「どうしたい? 負けを認めるかい?」
 舌なめずりする。この女もやはりリアの体が目的か。
 負けを認める? まさかそんなはずはない。
 ムエタイは驚異的な打撃戦闘術だが、その対処を自分は知っている。

 ゆっくりと間合いがつまる。
 足は、しっかりと動く。そこまでは回復した。
 わずかに間合いが縮まろうとしたその一瞬。
 意識の外から、リアは間合いを詰めていた。
 そう、脱力による歩法からなる間合いの詰め方。
 筋肉を使ってスピードを上げるのとは、全く逆の思想。
 初動を気付かせないことによる、接近。

 胴にタックルしたリアは、そのままオーガを持ち上げ、裏投げ気味に地面に投げ落とした。
 そこから締め技に入る。女のオーガである彼女は、しっかりとした服を着ていた。頚動脈を締めて、落とす。
「そこまで!」

 リアは立ち上がった。
「女殺しのバルカがやられたぜ……」「バルカでも駄目だったか……」
 そうか、このオーガの女も、同じ二つ名を持っていたのか。
 失神したままの女オーガに一礼し、リアはまた構えを取る。
「さあ、どんどんこい!」



 77人を倒した。
 78人目は出てこなかった。
 そう、もはや誰もが認めていた。
 目の前の少女が、まさにオーガにとっての女神であることを。
「見事だ」
 オーガキングが宣言した。
「これにて、百人組手を終了とする!」
 その場に跪き、オーガキングが叫ぶ。
「そなたをオーガクイーンと認める! 我らオーガの戦士の命は、全てそなたのために!」
 その場の全てのオーガが跪く。まるで神をあがめるかのように。

 オーガの女王リュクレイアーナ・クリストール・カサリア・オーガス誕生の瞬間であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転移したロボ娘が、バッテリーが尽きるまでの一ヶ月で世界を救っちゃう物語

京衛武百十
ファンタジー
<メイトギア>と呼ばれる人型ホームヘルパーロボット<タリアP55SI>は、旧式化したことでオーナーが最新の後継機に買い換えたため、データのすべてを新しい機体に引継ぎ、役目を終え、再資源化を迎えるだけになっていた。 なのに、彼女が次に起動した時にいたのは、まったく記憶にない中世ヨーロッパを思わせる世界だった。 要人警護にも使われるタリアP55SIは、その世界において、ありとあらゆるものを凌駕するスーパーパワーの持ち主。<魔法>と呼ばれる超常の力さえ、それが発動する前に動けて、生物には非常に強力な影響を与えるスタンすらロボットであるがゆえに効果がなく、彼女の前にはただ面倒臭いだけの大道芸に過ぎなかった。 <ロボット>というものを知らないその世界の人々は彼女を<救世主>を崇め、自分達を脅かす<魔物の王>の討伐を願うのであった。

かの世界この世界

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
人生のミス、ちょっとしたミスや、とんでもないミス、でも、人類全体、あるいは、地球的規模で見ると、どうでもいい些細な事。それを修正しようとすると異世界にぶっ飛んで、宇宙的規模で世界をひっくり返すことになるかもしれない。

特典付きの錬金術師は異世界で無双したい。

TEFt
ファンタジー
しがないボッチの高校生の元に届いた謎のメール。それは訳のわからないアンケートであった。内容は記載されている職業を選ぶこと。思いつきでついついクリックしてしまった彼に訪れたのは死。そこから、彼のSecond life が今始まる___。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

チート狩り

京谷 榊
ファンタジー
 世界、宇宙そのほとんどが解明されていないこの世の中で。魔術、魔法、特殊能力、人外種族、異世界その全てが詰まった広大な宇宙に、ある信念を持った謎だらけの主人公が仲間を連れて行き着く先とは…。  それは、この宇宙にある全ての謎が解き明かされるアドベンチャー物語。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...