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48 魔族との対話

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 獣人の村にも、勇者の物語は伝わっている。それはどの村でもそうだ。
 悪の魔王を退治し、残虐な魔族を退ける。どの村でも伝わっているはずだ。
 だから、マールの頭は真っ白だった。
 サージのように理不尽な事実に抗うことも出来ず。
 ただマールはことの成り行きを見守っていた。



「訳が分からないよ」
 サージは小さく呟いたが、どこかしらまだ余裕があった。
「実は魔王様っていい人だった展開? そうか、先代の魔王を倒したってことは……」
 まだ、理解の範囲内である。前世の記憶をひっくり返し、そういう物語を読んだことは……あった。
 高められた能力値の中には知力も含まれている。情報を整理し、推理を導き出す。
「あのー、ダークエルフ様、よろしいでしょうか?」
 サージが呼びかけたのは、バルスではなくダークエルフの方だった。自然と様付けである。
 ダークエルフは興味なさげな視線を向けたが、対応はしてくれた。
「何だ?」
「その、魔王様は、どのようなお方なのでしょうか」
 敬語である。機嫌を損ねたら殺される。バルスの手によってレベルを上げてもらったサージだが、それでも目の前の女性に勝てるとは思えない。
 サージの質問は、ダークエルフを満足させるものだったらしい。
「素晴らしいお方だ」
 陶然とした瞳で、女はまくし立てた。
「お優しく、だが時には厳しく、気さくでありながら隠しようのない威厳を持たれ、偉大な知識で魔族全体に安寧と秩序をもたらされ――」
「まあ、待て」
 止めたのはバルスだった。
「こちらに来て話すが良い。幸い、席は空いている」
 そう、ダークエルフはまだ入り口付近で跪いたままだったのだ。
 
 距離が離れていた。いざとなれば、魔法で先制攻撃を行える距離。
 それをバルスは縮めようとする。
 マールにとっては恐怖だった。サージにとっても恐怖だったが、先ほど得たばかりのスキルを使えば、逃げることは出来るかもしれない。
 いや、それも駄目だ。リアを置いていくわけにはいかない。置いていってもバルスがリアを守ってくれる気はするが、マールは離れたがらないだろう。
 どちらにしろ、サージには選択肢はなかった。
 ダークエルフはゆっくりとではあるが、確実に歩み寄る。
 そしてリアの卵とは最も離れた位置に座った。

「ええと、ダークエルフ様」
「待て、まずそのダークエルフ様というのをやめろ」
 妙なところにこだわるようにも思えたが、確かに「人間様」とか「獣人様」とか呼ばれたら変だと感じるだろう。
「では、何とお呼びすれば?」
「レイと呼べ。敬語もいらん。お前は私の家臣でも臣民でもないだろう」
 気さくである。これは、思ったよりも話が上手く進むかもしれない。
 それでもさすがに敬語にはなる。魔将軍と名乗ったからには、魔族の幹部であるのだろう。
「その前に、お前の名前を聞いておこう」
「あ、サージです」
 そういえば名乗っていなかった。失礼である。
「マールです」
 ちょこんと頭を下げる。
「お前たちは、人間族と獣人族でいいのか? 年はいくつだ?」
 なんだか普通の会話をしている。
「13歳になりました」
「11歳です」
「若いな。それでその魔力か。どうだ、良かったら陛下に仕えてみる気はないか?」

 いきなりのヘッドハンティングである。
「あの、おいらは人間族なんですけど……」
「魔属領にも人間はいるぞ。どのような種族でも差別はしないのが陛下だ。そもそも陛下ご自身が人間であるしな」
 人間いるのかよ!
 心の中で突っ込んだサージであるが、元勇者なら人間を従えるのも普通なのだろう。
 それにしても、どんな種族でも差別しないという。それはむしろ、人間社会よりもいい社会ではないのか?
「猫獣人もいるな。私の配下にも多いぞ」
 猫獣人までいるのか。
「あ、でも人間なのに、魔王様は1000年生きてるんですよね?」
 人間の寿命は、魔法で伸ばしても300歳前後が限界である。
 もっとも聖山の大賢者アゼルフォードは1000歳を超えているそうだが。
「ああ、それは我の力だ」
 話を横から聞いていたバルスが口を挟んだ。
「あの男が望んだので、不老不死にしたのだ」
 不老不死が、いずれは死を望むようになると言ったのに。
「変わった男だったからな。あの精神の強さなら1000年は耐えられるだろう」
 生きる、ではなく耐える、と言った。
 やはり人間はあまり長く生きることに耐えられる生き物ではないのだろう。
 心のありようが問題と言われれば、納得できないこともない。

「その、お誘いは嬉しいし、魅力的なんですけど、まだまだ勉強したいことがあるので」
「そうか。魔族領にも学校はたくさんあるから、その気になれば来てくれ。これをやろう」
 歩み寄ることはなく、ひょいと投げ渡された物を手にとって見れば、印章付きの短剣だった。リアも持っていたような物だ。
「それを見せれば、たいがいの魔族はお前に手を出すことはないだろう。もっとも、血の気が多い種族もいるから、それは気を付けるべきなのだがな」
 あまりにも親しげな、こちらに甘い誘いである。
 かえってサージは心配になる。
「あの、ここまでしてもらっていいんでしょうか?」
 むしろこれが人間社会でばれたら、魔族の手先呼ばわりされそうである。
「そちらの獣人はともかく、お前からは私に対する憎しみや、負の感情を感じない」
 恐怖しているのは確かだろうが、と続けるレイ。
 確かにサージはレイを脅威だとは思ったが、毛嫌いするとかそういうことはない。
 むしろ内心では「おっぱいダークエルフキター!」などと思っていたのだから、好意さえ感じられたのかもしれない。
「そういう人間は、我らの仲間になる可能性が高いからな。『アオタガイ』というやつだ」
 日本語を使うレイに、思わずサージは苦笑していた。
 このダークエルフさんは嫌いになれないなと思った。

「それで、話の続きだが」
「あ、そうですね。ええと……そもそも千年紀で、魔族は侵攻してくるんですか?」
 その質問に、レイはすう、と目を細めた。
 気さくなお姉さんという雰囲気が消える。そこにいるのは、恐ろしい力を持った魔族だ。
「それを知ってどうする?」
 気圧されるが、自分の素直な気持ちを言えばいいとサージは判断した。
「あの、さっきから話を聞いている限りでは、その魔王様となら、人間と魔族が戦わなくても、仲良く出来る様な気がしたので」
 そう、そうなのだ。
 そもそも千年紀は、魔族から侵攻してくるものだ。
 だがレイの話を聞く限り、魔王は殺戮を好む悪とは正反対の存在に思える。
 それならば千年紀に備える必要もない。リアの懸念が一つなくなる。

 レイの表情が再び柔らかいものになった。
 だが、横に首を振る。
「我々は、人の領域に進攻する。これは決められたことだ」
「理由を訊いてもいいですか?」
「駄目だ。だが、いずれ明らかになるだろう」
「千年紀は必要なことだからな」
 横からまたバルスが補足してくれるが、必要とはどういう意味なのだろう。
 戦争は悪意だけでなされるものではないと、サージは分かっている。
 前世での記憶から言えば、聖戦という名の戦争が、どれだけ行われたことか。
「それが、尋ねたかったことか?」
「そうですね。他にも色々疑問はあるんですけど……」
「近いうちに、また会うだろう。その時に話せばいい」
 そう言ってレイは立ち上がった。話は終わりということだろう。
 その視線が、リアを包む卵に向けられる。
 マールが反射的にその視線を遮る。レイは苦笑いした。
「お前たちに危害を加えるつもりはない。少なくとも今は、な」
 その言葉に嘘はない。魔族という概念を真っ向から破壊するような、信頼できる相手だと感じた。サージだけでなく、マールでさえ、それは同じだった。
 レイにしても、実りのある出会いであった。接触はするなという命令は破ってしまったが、得た物は大きいと感じていた。

「待て」
 呼び止めたのは、だからバルスであった。
 神とも言える力の持ち主に呼び止められ、レイの体が強張る。もし何か禁忌を犯していたのだとすれば、一瞬で命はない。
 だがバルスの言葉は全く逆のものだった。
「お前にも、祝福をやろう」
 バルスが手を振り、瞬間、レイの魔力が増大した。
「迷宮を踏破した褒美だ」
 レイは言葉もなくしたように、しばらく自分の体を抱きしめていた。
 やがて深々と礼をすると、外套着てフードを被り、入り口に向かって歩きかける。
「外へ送ってやろうか?」
 またバルスが声をかけた。
「……では、麓の街まで」
「うむ、さらばだ」
 そしてレイの姿が消えた。



「あの、良かったんですか?」
 しばらくしてから、サージが声をかけた。
「何がだ?」
「さっきのお話では、黄金竜クラリス様の消滅に、魔王が関連していただろうと仰ってましたけど、その部下の方を普通に帰して良かったんですか?」
 バルスの話によると、番となった者の仇のはずだ。
 だがバルスにはその質問が理解できなかった。
「既に終わったことだ」
 その一言だけだった。
「さすがに、神竜さまは甦らせることは出来ないんですか?」
 マールが不思議だったのは、そのことだった。死者を甦らせられるとバルスは言ったのに。
「出来るが、代償が大きすぎる」
 出来るのか。
 そしてその大きすぎる代償というのが何なのか。
 怖くて二人は聞けなかった。



 一週間が過ぎた。

 その間サージは新たに得たスキルの習熟に勤めていた。
 このスキルは強力で、魔法使いの弱点を補ってくれる代わりに、制御が難しい。
 時折バルスがその制御の仕方の見本を見せてくれることが意外だった。

 マールは幼竜と遊んでいた。
 遊んであげていたと言ってもいい。
 生まれてまだ間もないこの竜は、精神的にもまだ子供で、構ってくれるのを喜んだのだ。
 ほとんど寝てばかりいた今までより、ずっと楽しいとマールに告げていた。

 そして二人と一匹がそれぞれのことに没頭していた時 ――。

「そろそろだぞ」
 バルスの声に、卵の周りに集まる。
 黒い殻にヒビが入り、それが全体へと広がり ――。

「う……」
「リアちゃん!」

 黒髪を波打たせ、リアが姿を現した。
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