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71 熊さん退治

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 商会に依頼された幻獣の素材確保であるが、正直なところ幻獣素材であれば、どんなものでもかなりの価値がある。
 神樹の森は広大であり、多くの幻獣が棲息する。その中で悠斗が選んだのは、鮮血熊である。
 名前からして恐ろしいが、確かにこの幻獣は脅威度が高いのだ。
 単純に強いというだけでなく、肉食で人間を食べにくるからだ。
 こんなのがそこらへんに存在する神樹の森であるが、エルフの住処はエルフ的な結界に守られており、この程度の幻獣であれば侵入することは出来ない。

 さて、この幻獣を選んだのは、まずそこそこ数がいることで発見しやすいのと、人間とはほぼ確実に敵対するので、遠慮なく殺せるということだ。
 もっともエルフであれば、屈服させて使役させることは出来る。あるいは超高位の魔法使いか。
 ラグゼルがそういうのは得意で、一度エリンとマジ切れの喧嘩をした時は――。
(思い出したくない)
 下手をすれば国が一つ滅ぶところであった。

 とにかく先日のグリフォンのように、味方につけて戦力化することが難しいのだ。
 だから殺すというのは短絡的なようでもあるが、まだ自然が圧倒的に優位なこの世界では、環境保護活動家や絶滅危惧種を保護しようという者もいない。
 悠斗の地球の知識からしても、鮮血熊は生態系の中で役割を持っているが、絶滅させても間違いない。幻獣というのはそういうものだ。
 さすがに竜種が絶滅したら困るが、あれは絶滅するような生易しいものではない。

「しかし、熊を探すのか。どの程度のものなんだ?」
 レイフの問いに悠斗は答える。
「体長は最大でホッキョクグマの二倍程度。遠距離攻撃手段は咆哮による硬直のみ。基本的に物理で圧倒するタイプ」
「それだけならいくらでも倒せそうな気がするが」
 咆哮は精神に働くもので、音を媒介としている。遮音すればそれだけで無効化出来るのだが、たとえば魔法使いが遠距離から魔法で倒そうとしても、構成中の魔法を分解されてしまう場合がある。
「あと単純に魔法の威力を減衰させる毛皮、これが衝撃も吸収するらしくて、肉もいいけどこの毛皮だけでかなりの金になるそうです」

 地球においても魔物を狩って、それを研究することは行われている。
 耐久力の高い魔物の肉体などは、研究されて現場への装備へとフィードバックされたりもしている。
 オーフィルでは魔法でそれを再現するより、魔物の素材をそのまま利用した方がコスパがいい。
 地球とオーフィルの違いは科学文明と魔法文明ではなく、大量生産と職人生産の違いと言った方がいいだろう。
「ビンテージ物の一品を作るために、素材から手に入れるようなものか」
 レイフはそう言うが、果たしてその理解でいいのだろうか。

 悠斗の探知で、おおよそ半径数キロの強力な魔力は完治している。
 ただある程度の魔力の質こそ分かるものの、その全てが詳細に判別出来る訳ではない。
 巨大な魔力を順番に当たっていくとしたら、他にも大きな幻獣に先に会うかも知れない。
 それ以前の話として、数キロ程度の探知では、神樹の森の中を探索しきることは出来ない。
 一応他にも金になる幻獣の特徴などは押さえてきたのだが、人間にとって益となる幻獣もいるので、無差別に倒すのはダメなのである。

 鮮血熊を倒すにも、その毛皮の部分が一番高くなり、幻獣が体内に持つ精霊石と呼ばれるものも回収するため、頭部を破壊して倒すという結論が出ている。
 内臓の中では熊らしく、肝臓が薬として高価であるらしい。



 探し始めて丁度一日、森の中で踏み固められた獣道を発見した。
 樹木を薙ぎ倒した痕。それに糞。
 木の皮を剥いで食べた痕跡。

 鮮血熊は肉食であるが、完全に肉食というわけでもない。
 雑食というのが本当なのだが、ある限りは肉を優先して食べる。
 狩りの方法は、咆哮で対象となる獲物の動きを封じ、それからゆっくりと殺して食べる。
 獲物が多い時は内臓から優先して食べて、食べ残しを他の獣が食うことが多い。

 神樹の森では人間は農耕を行えないが、特定の木の実や薬草、果実などを集めにくることはある。
 その場合は風向きに注意をして、獣道から出来るだけ離れて行動する。
 そもそも幻獣などを狙う狩人以外は、鮮血熊と出会ったらまず最後である。
 地球の熊は腹を減らしていない限り、そうそう人間を襲うことはないというが、それは日本の熊の話。
 銃を持っていない人間など熊の前には敵ではなく、普通に食料にされるというのはよくあることである。

 魔物が出てくるまでは、熊は農作物や家畜を襲う害獣であった。
 鹿なども相当に悪質な害獣であるのだが、最近ではハンターが魔物を狩るついでに片付けているので、農作物への被害はある程度減った。
 しかしゴブリンは鹿などよりも賢いので、罠にかからず畑を荒らされることがある。



 さて、そんな鮮血熊であるが、こちらが風上になったところ、向こうから移動してくる反応があった。
 距離が近くなり、マナによる探知能力の減衰も少なくなれば、悠斗にははっきりと分かる。
(でかいな)
 縄張りの中の獣道の大きさから想像出来たとは言え、おそらく6mを越えている。

 悠斗が注意を促すでもなく、他の魔法使いも戦闘態勢に入っている。
 巨大な魔力の反応には気付いているだろうが、ただそれだけで怖気づくようなメンバーは、調査団の中にはいない。

 バキバキと大木の幹をたやすくへし折り、脆弱である人間の前に姿を現した幻獣。
 乾いた血と同じ色の毛皮を持つ、巨大な熊が食欲を満たそうと襲い掛かってきた。



 そして狩りは終わった。
 いくら凶暴な幻獣であろうと、遠距離攻撃手段にとぼしく、これだけの巨体に対して防御力は低かった。
 失敗したのは頭部を守ろうとした左手も、一緒にちぎれとんだことぐらいだろうか。
 むしろその後が大変であった。

 悠斗は前世で、他のメンバーの中にも何人か、獣の解体を行った経験のある者はいた。
 だがとにかく、鮮血熊は巨大すぎたのだ。
 毛皮と肝臓、それに可食部をある程度切り取ったが、水場が近くにないので、血抜きにも魔法を使うしかなかった。
 血の匂いに誘われて肉食の魔物などが寄って来て、解体の出来ない面子はそちらに対処した。
 本当はその血液でさえ、ある程度の金になるものなのだが。
 結局金になる部分全てを、ということは無理であった。
 実のところは骨さえも魔法の薬の材料となるので、捨てておくのも惜しかったのだが。

「今更ですけど」
 悠斗は前世との対比から考える。
「血抜きだけしてあとは凍らせて、このまま持って行った方が楽だったのでは?」
 それでもいいなら最初から言えと、散々に怒られた悠斗である。
 実際のところどうなのかは分からないが、悠斗は解体した鮮血熊から、調査団の食料になる肉を除いて、出来るだけ金になる部分を背負って街に戻ることとなった。
 一部の骨などは地球でも研究するため、持って帰るとのこと。
 確かに遺伝子情報としては、色々と金になるのだろう。地球でも。

 悠斗は一人ぼっちで、まず街道に出てから、街へと戻った。
(戦闘自体は一分もかからないのに、解体と運搬でここまで時間がかかるのは、効率が悪いな)
 とにかくこれで実績は出来たわけである。
 次は悠斗は戦闘だけに専念し、それ以外は他人に任せようと強く決意した次第である。



 ジョーイの驚きは大きかった。
 悠斗が鮮血熊を狩ってきたという事実だけではなく、そのスピードに対してだ。
 頭部を破壊して倒したと言っているが、鮮血熊の頭部の骨は、武器で破壊するのも無理な強度である。
 同国人の仲間五人と一緒に討伐したと言ったが、捜索、戦闘、解体、運搬と、あまりにも早い完了である。
「探すのと戦闘は俺一人でも大丈夫なんだけど、解体と運搬が面倒なので、次からは人を出してほしい」
 即座に頷くジョーイであった。

 とりあえず家は確保出来た。
 街の中では外壁寄りで、そこそこ雑多な場所の中で、大きさだけはかなりのものだ。
 外に出る用事の多くなる悠斗としては、とりあえず場所には問題がない。
 インフラが整っていないのは当たり前のことで、それは魔法でどうにでもなる。

 近々商会長にも紹介すると言われたが、とりあえずは家である。
 それはまず掃除をして家具なども入れてから渡すということで、まだもう一日は宿暮らしとなる悠斗である。

 何か新しい情報が入っていないかと、役所の張り紙などを見ていく。
 どうやら人間の国家同士での戦争が起こるらしく、傭兵団が腕自慢を募集しているらしい。
 オーフィルの傭兵は、一律に全てがそうだとは言えないのだが、魔族や魔物などからの防衛戦以外では、使い勝手が悪い。
 下手に戦場に連れて行くと、劣勢の中ではすぐに逃げ出し、そこから戦線が崩れるということもあったのだ。
 文明や文化、法治の程度からして、敵国に攻め込めば普通に略奪が発生する。

「戦争に行く気かい?」
 ただ眺めていった悠斗であるが、おばちゃんが声をかけてきた。
 昼過ぎとなって、夕方に混み合うまでの間、少し暇になったのだろう。
「戦争は面倒だなあ。言葉が通じる相手を殺すのは嫌いなんだ」
「魔族でもかい?」
「魔族でも……かなあ」

 かつて魔族は人間にとって恐怖の対象であったが、それよりさらに古い魔王以前はつまり、強い蛮族であったのだ。
 蛮族は、補給を絶てば倒せる。
 略奪しながら侵攻して来るので、そこさえどうにかすれば勝てるのだ。
 魔王が、雅香が、それを変えてしまったわけだが。

「また魔族の間でも、戦争が起こるそうだけどねえ」
 おばちゃんは溜め息をつく。
「魔王が死ねば平和になると思ってたんだけどねえ」
「完全な平和は無理でも、少しでもマシな状態を目指すのに意味はあると思うけどね」
 精神年齢に引っ張られて、おばちゃんと会話をする悠斗であった。
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