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60 姫様ご乱心

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 御剣雅香が行方不明になったことは、地球では大きな問題となっていた。
 単純な近接戦闘力においては現在の日本で上から三番目の戦闘力を持ち、しかも女だ。
 短命の九鬼家の男とは違い、長く戦える。そしてまだ若い。
 女であるというだけで彼女の分家の相続を問題視していた御剣家の者は、ここでやっとその価値に気付いた。
 取り巻きとも護衛とも言える三人は批難されたが、かと言って何か罰を与えるというのも筋が違う。三人は御剣家の相続者の命令に従ったのだ。

 もちろんこの件で、悠斗に悪影響が出るわけはない。
 むしろこいつの監視をなくしてでも、雅香の探索に人を割くべきだという意見が主流であった。
 確かに二人は仲がいいが、毎年の夏の試合では本気で死ぬ手前まで戦っていたし、任務以外で連絡を取ることなどはほとんどない。
 樺太の門の向こうについてはさらに聞かれたが、記憶を探り出して植生がどうだったかなどぐらいしか話すことがない。
 そもそも言葉が通じないという設定なので、詳細なことなど言いようがないのだ。

 だが当たり前かもしれないが、再び樺太か、新宿の門を調査しようという動きが出てきた。
 半島の門は、雅香が帰ってきてないことから考えて、危険性が高い。
 悠斗などは、ならば雅香以上の戦力の持ち主で調査すべきではと思うのだが、これ以上戦力を失うのは、一族全体として許容出来ない。

 魔法使いの弱点である。
 通常兵器と違って、失われるとすぐにそこを埋めることが出来ない。
 代わりのない人間なんていない、などと組織ではよく言われるが、代わりのない人間がどうしてもいる一族は、組織としては脆弱なのかもしれない。



 待つ身は辛いが、悠斗の生活は平穏になっている。
 原因はただ一つ、新宿の門から魔物が出てくることがなくなったからだ。
 平和でいいとは思うのだが、するとまた戦力を、他に向けようとする動きが出てくる。

 そんなわけで情報収集のため、放課後のSF研究会にやってきた悠斗である。
「いったい今の政治状況どうなってんの?」
 こういう時に頼りにするのは、やはり本家の姫様である。
「あたしにだって分からないわよ!」
 そして最近の姫様は、機嫌が悪い。

 春希の機嫌が悪くなったのは、直史が樺太調査団から戻ってきて以来である。
 自分としても、まさかの自分の娘との出会いや、過去の回想などがあったりして、彼女との関係に意識を割いていなかった。
 なんだかんだ言ってお姫様なのである。彼女は。
「まあでも、やっぱりどちらかに派遣することは可能性は高いわね。御剣が戻ってきていない以上、樺太の方からのアプローチになると思うけど」
 そしてなんだかんだ言っても、こうして分かることは教えてくれる。

 ツンデレである。
 昔のエリンと照らし合わせるが、あいつは最初、勇者である悠斗でさえ、虫けらをみるような目で見ていた。
 ツンデレと言うよりはあれはなんなのだろう?
「何よ」
 じっと見つめていたので、むしろ春希の方が居心地が悪くなっていた。
「いや、なんというか、可愛いもんだと思って」
「か、かわ」
 真っ赤になる春希を見て、さすがに失言に気付く悠斗である。
 ぷるぷる震える少女は、自分の精神年齢的に考えれば、娘より年下なのだ。
「へえ、そう。あたしのこと可愛いって言うんだ?」
 顔を赤らめながらも、どこか余裕の笑みを浮かべる春希。
 彼女のプライドを変な方向に刺激してしまったのかもしれない。

 にやにやと笑う春希であるが、悠斗としては「しまったな」程度の感情しか持ちようがない。
「ねえ、キスしていいわよ」
「え」
 そうきたか。

 悠斗はモテる。
 単純に顔がいいように産んでもらえたというのもあるが、生来持つ大人の余裕と、それでいて戦闘力からもたらされる圧迫感が、頭が軽い女子には人気である。
 逆の腰の重い頭の詰まった女子も、重厚感と女子を尊重する紳士性にやられるらしい。
 男友達から聞いたものだが、そりゃ二回り目の人生だからな、と考えるだけの悠斗である。
「ここだと誰が来るか分からないしなあ」
「まだ誰もしばらく来ないわよ」
 確かに気配を探る感じではそうだ。

 躊躇する悠斗を見て、少し春希は余裕を持ち始めたようである。
「どうしたの? ほら、チャンスだけど?」
「う~ん、キスだけかあ」
 頭の中であのエルフが、死ぬほど怒っている姿を思い描いたが、この場合は浮気になるのだろうか。
 自分の気持ちは確かに、あの死ぬほどツラのいい高慢な女を忘れられないでいるが。

 まあいっか。
 余裕ぶっこいている春希の両肩を手で掴む。逃げられないように固定完了。
「へ」
「目つぶってろよ」
 反射的にぎゅっと目をつぶった春希に大して、悠斗はその額に唇を付けた。
 まあエロエロな娼婦のお姉さんたちの誘惑に比べれば、世間知らずのお姫様など、この程度の扱いである。
「本気で遊びたいならホテル行こうぜ。つか、キスぐらいでおたついてられんわ」

 手を離した悠斗は、春希を放置すると椅子に座って、また色々と考え出す。
「このアホォ!」
 ぶち切れた春希が投げてくる本などを、さっさと受け止めるほどの余裕もあった。



 一族としてどう動くか、よりは、人類全体でどう動くか、という意識が国内の表と裏の上層部で共有されていく。
 日本の魔法使いの一族である、月氏十三家。その中でもトップ5に入る腕の戦士が、門の中に突入してはや三週間。
 もしも生きているなら、一度こちらに戻ってきてもおかしくない時間である。
 そもそも他の者は、雅香がオフィールの種族と意思疎通出来る事を知らないので、これだけの時間をかけての偵察は長すぎるという判断である。

 知っている悠斗でさえ、連絡が来ないことには疑問を抱いている。アテナから聞いた限りでは、雅香の向かった門からは、普通にあちらの世界へ行けたはずだ。
 18年間であちらの世界の戦力が、そうそう拡大しているとは思えない。雅香を倒そうというなら、勇者パーティー並の戦力は必要になる。
 あとは数の暴力という手段だが、雅香は少なくとも、普通の軍隊であれば数万いても問題にはしない。
 他に彼女が動きを封じられるとしたら、竜種と対決でもしたか、向こうの騒動にがっつりと関わってしまったかのどちらかだ。

 雅香が向こうに渡る以前、悠斗がアテナに出会ってから、世界全体の門から出てくる魔物などは、減少の傾向にある。
 もちろん場所にもよるのだが、あえてこちらの世界に魔物を送っていたことは、やめてくれたのだろう。
 魔法陣を連結させて門を作り出したので、全ての門を向こうでも管理しているわけではない。
 だが少なくとも核兵器で幾つかの門は消滅させた。

 核兵器を打ち込むことによる門の消去は、最近では計画段階で止まっている。
 あちらの世界に生物が間違いなくいるということで、核兵器を送り返されたらひどいことになると判断されたからだ。

 どの道、もう一度あちらの世界へ偵察を出す必要はある。
 その中に意思疎通手段を持つ悠斗が選ばれるのは間違いないだろう。
 そのあたりの予定を春希に聞きたかったのだが、プンプン丸になって怒っている彼女は、今日のところは話せそうない。

 そんなわけで悠斗は、世界事情に詳しいアルに話をしてみる。
「なあアル、俺の強さって今の時点で、世界でどれぐらいなんだ?」
 突然の質問であるが、男の子は誰が強いか論争は大好きである。
「そうですね。神々は除いたとして、アメリカに二人、ヨーロッパに二人……」
 指折り数えていく。
「まず勝てそうにないのが15人。よく分からないけど危険なのが二人か三人。互角だけども切り札次第というのが15人ぐらいですかね」
「そんなに多いのか」
「何百年も生きてる存在だっているのですから、充分すぎる強さだと思いますよ? 同じぐらいの年齢で強いのは、まあ知る限りでは三人ぐらいですか」
 同じぐらいの年齢に限っても、三人もいるらしい。
「このまま状況が落ち着けば、来年の夏には世界の若年層の強者を集めた交流訓練をしようかという話も出ています」
「トーナメントでもすんのか?」
「いや、まだ話が出ただけです」

 アルの持つ情報は、重要度こそそれほど高くないが、一族に回っているものとは違うものが多い。
 それなりに役に立つのであるが、今の話はあまり現状とは関係ない。



 現在の魔法学校におけるSF研究会の人数は、丁度10人にまで増えている。
 春希が中心人物なことは違いないが、悠斗とアル以外は全員が一族の人間だ。
 雑魚を集めても仕方がない春希の方針で、集められたのは色々な家系の有望な人材だ。

 月氏一族の政治体制とでも呼ぶものは、神権国家に似ている。
 一族の当主たちが集まるが、基本的に月姫のもたらす情報に従って、方針は定められるからだ。
 春希の集めた人材は、必ずしも完全に実力順のわけではないが、重要度ではちゃんと選別されている。
「とりあえず、次の週末の件だけれど」
 そして今日もまた勉強と、訓練の日々である。
 雅香がいなくなっても、基本的に世界は変わらない。

 おそらく彼女が帰還する時、それは世界が変わる時である。
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