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59 魔王領首都

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 魔族領域の首都というのは、雅香が魔王時代に、交通の要衝として一から作った都市である。
 地質改良や河川の移動なども含めて、かなりの時間をかけた。と言ってもゴーレムや魔法を使ったので、一年もかからなかった。地球でも日本以外なら400年はかかる規模の工事であった。
 日本でも二年はかかっただろう。
 日本マンセー。

 元々防御力は皆無の都市であったが、交通の要衝であり、魔族領域で内乱が起こっている今は、それなりの防衛力が必要となる。
 ここで無駄に巨大な要塞化をしたり、壁や堀を作ったりはしない。
 四方に出る大道は全て舗装された高速道路網となり、環状の道路を作ることによって、流通能力を上げてある。
 この大道さえ守れば、軍事力では首都を落とせないというわけだ。

 逆に言うと単身で侵入するなら、都市部までは簡単である。
 雅香はまず、この首都の親衛隊を掌握することにした。
 一騎当千の強者の集まるこの親衛隊を、魔王は勇者との決戦でも温存した。
 温存して相討ちになったのは間抜けに見えるが、元々雅香は自分に何かがあっても、親衛隊がいれば魔族の最低限の秩序は保てると思っていた。
 抜かないからこそ伝家の宝刀とも言えるが、親衛隊は抑止力だ。
 内乱状態になっている魔族たちの中でも、中立を保っている種族が多いのは、この親衛隊の影響があるだろう。

 魔王生前の魔王政府は、同時に魔王軍でもあった。
 当たり前のようであるが、軍事政権だ。戦争においては文民統制よりもよほど効率がいいのは、文民の無視したい真実である。
 その中枢部は各種族の長と、親衛隊の隊長に、四天王と言われる四つの軍団の長、参謀本部の作戦、軍務、兵站の三部門の長。
 あとは当然ながら魔王が君臨し、主要な議題を決定していた。
 この中では各種族の長が主に民政を担当し、それ以外では兵站と軍務が民政にも関わっていた。
 四天王は軍団長なだけに、前線に行っていて席にいないこともあった。

 雅香がこの中で親衛隊を第一に考えたのは、それの持つ純粋な軍事力以外に、最も多種族混淆の存在であるからだ。
 昼間の活動が出来ない吸血鬼さえも、その中にはいる。
 あらゆる状況に対応出来る。それが魔王軍親衛隊であり、獣人族の戦士リドも、その一員であった。
 彼は親衛隊の中では珍しく、少数精鋭で軍事行動を行う役割が多かった。
 そんな実戦経験を積んだものがいなくなったのは、魔王軍全体としてはともかく、親衛隊としてはかなり惜しい。

 戦死と言われているが、実際は戦争をしている獣人族と三眼族、その間の和平交渉を行おうとして、そこで失敗したのだ。
 個人の才覚としてはともかく、リド個人のみで交渉をするのは、雅香の前世記憶から考えても無理筋であった。
(なんかだんだん、あいつらのアホなところ思い出してきたぞ)
 ふつふつと思い出し怒りをする雅香である。前世では勇者に敗北して軍門に降った鬼人族よりも、脳筋魔力筋の種族に散々腹を立てていたものだ。
 その度に質素な玉座から立ち上がり、いったん休憩を命じていた。
 そして自分しかいない控え室でぶつくさ愚痴をこぼし、また会議室へ戻るというのがルーティンであった。



 魔都は盆地にある。
 河川に沿っていて、水運もそれなりに使える。
 四方を山に囲まれているが、峻険なものではない。足が達者であれば、普通に登れる。
「ピクニック用にでもしたのか? これじゃ丸裸だろうに」
 その中の一つが、山岳用の道の果てに、頂上部が切り拓かれていた。
 これでは魔都の内部が丸見えである。

「いや、これはこれでいいのか」
 眼下の魔都の規模は、中枢部は変わらないのだが、周辺部が拡大している。
 政治の中心であり交通の要衝であるだけに、どうしても魔族や人間が集まってしまう。
 戦時にはこの山の上に観測所を作れば、進攻してくる軍には対処出来る。

 誰が作ったのだろうか。魔族でこういった点に目が行くのは、兵站部門のあの女か。
「食えなきゃ兵士も死ぬんです!」
 が口癖であった。そにかく空腹に対して強烈な嫌悪感を抱いていた、魔人族の女。
 執務をする雅香に、やたらと甘いものを持ってきてくれた。
 彼女が雅香に忠誠を誓っていたのは、上手い食事とデザートを与えていたからである。

 無駄に兵員や物資を消耗する彼女は、軍人のくせに戦闘が嫌いであった。
 戦略的に勝ってから戦闘を行うという、雅香の戦争観を理解していた、数少ない部下でもあった。
 彼女が協力していないからこそ、魔王軍は動けていないのだ。
「さて、どうするか」
 山道を下りながら、雅香は考える。
 誰と、どういう順番で、どうやって接触するか。
 一応紹介状は書いてもらったが、自分の影響力がどれだけ残っているか。



 魔都はまさに、商業地帯が出来上がっていた。
 魔族領域、あるいは魔王領というのは、つまるところ魔王の傘下となった種族の土地全体である。
 しかしそこから離反した種族があるので、少し影響力は弱まっているが、全体を統括して流通を管理するのは、やはり魔都で行っているらしい。

 前世において魔王に絶対的と言うか、盲信的な忠誠を誓っていた者はかなり多い。
 性的に崇め奉っていた者も、男女問わずにいた。あれは本当にやめてほしい。
 魔王様抱き枕を発見した時は、さすがに製作者を火刑に処してやろうかと思ったほどだ。
 魔族においては割と、上下関係が厳しい種族とゆるい種族がはっきりしているので、統治するにも色々と大変だったのだ。
 ただ戦っていればよかった悠斗を思うと、今更ながら腹が立つ。

 ぎりぎり区分けがしてある商業地区を抜けると、さすがに立派な城壁のある軍事地区に至る。
 その手前、割と裕福な層を相手にしているだろう宿屋の扉を、雅香は潜った。
「いらっしゃいませ」
 雅香の姿は割とラフなものであるのだが、仕立ての具合自体はいいので、邪険にされることもない。
 途中で持ち物を換金してきたので、金は充分にある。
「とりあえず一泊。それと情報屋を探しているんだが、上とつながりを取れる者は知らないかな?」
「それでしたら是非、当ホテルのコンシェルジュをご利用ください。どんな問題でも解決、とまではいきませんが、お客様を失望させたことはありません」
 そして手で示された先に、雅香は古い知り合いの姿を見つけた。
 お前、なんでこんなところでコンシェルジュしてんの?

 ずかずかと歩み寄った雅香に対して、椅子から立ち上がった魔人族の男が微笑む。
「いらっしゃいませ。どのような御用でしょう?」
 営業スマイルが見事なのは昔通りだ。雅香は頭を抱えたくなる。
「ダミアン、なんでお前、こんなところで仕事してるんだ? 魔王軍の方はどうなったんだ?」
 人間社会で言うなら官僚の中でも、かなり地位が高い所にいた男である。
 いきなり頼りになる人物(人じゃないけど)を見つけたのはいいが、人材が有効に活用されてない。

「失礼しました。以前にご面識を得たことがありましたでしょうか」
 ダミアン、青黒い肌に蝙蝠のような翼を持つ魔人族の男は、首を傾げてみせる。
「顔を変えたから、お前が分からないのも無理はないな。まあ座れ」
 案内用の椅子にどっかりと座る雅香に対して、ダミアンもそのまま着席する。
「あの、お客様?」
「本気で私が分からないか?」
「ええ……人間の方は、それほど知り合いがいないはずですが」
「だから顔が変わったって、ああ、そうか、知らなかったか」
 椅子に背を預け、腕を組み、尊大な視線を向ける。
 その動作に、ダミアンは記憶中枢を刺激される。

 顔から血の気が引いても分からない。魔人族だから。
 だが明らかに、察したようである。元々勘の鋭い男なのだ。
「ま、まさか……アウグストリア……」
「18年ぶりか」
「な、なんで、と言うか生きておられたのですか」
 小声で二人は話し合う。宿泊客の秘密は重要なので、こういう姿は珍しくない。
「死んだよ。ただ転生したんだ。だがこの世界に転生できなかったので、今まで連絡が取れなかったわけだが」
「この世界? するとまさか、召喚魔法陣の件に魔王様も?」
「私は絡んでいない。転生先の世界であの移動の魔法陣がいきなり出来て、あっちではすごい騒ぎになってるんだ」
「まあ、そうでしょうな」
「で、お前はなんで魔王軍で仕事をしてないんだ?」
「それは魔王様がいないと、私のような者の仕事は少なくなりますので」
「だからこそお前が必要なんだがなあ」
 深々と溜め息をつく雅香である。



 魔人族ダミアンの仕事は、簡単に言ってしまうと連絡係である。
 ただその内容は機密になるものであったり、単純に事実だけを伝えるのでは誤解を与えるかもしれないので、情報の選択や助言などの能力も必要な、魔王の側近の一人であったのだ。
 だからこそコネが色々なところに出来て、今もこうやってそれで食っているのだろう。
「それであの魔法陣の作成に関与したのは、魔族側では誰だ?」
「おそらくはメイズ様かと」
「……まあ妥当なところか」
 魔王軍親衛隊メイズは、知識欲の権化であり、物事を効率化させることに命を賭けるような偏屈者であった。
 有能であれば人間でも登用するという者で、種族差別意識がない。
 だからこそ人間とでも手を組むことが出来る。

 悠斗から知らされた情報でも、何人か人間と協力しそうな者は浮かんだが、その中でも最有力と思っていた者が当たったわけだ。
「今も親衛隊はメイズの指揮下に?」
「はい。ただ現在は魔都を留守にしていらっしゃいます」
「どこにいるかは分かるか?」
「さすがにそれは。ですがご存知の方には心当たりがあります」
「レフィンあたりか」
「まさに」
「レフィンと会えるか?」
「……今日は無理ですが、三日以内には」
 なるほどダミアンは、その有能さを失っていないようである。

 親衛隊の隊長メイズは三眼族であり、副隊長のレフィンは天翼族だ。
 こと、この魔都における重要人物度であれば、最高レベルに達するだろう。
 それとすぐにつなぎが取れるダミアン。魔王軍は柔軟性を失っていない。
(ただなあ、とんとん拍子すぎるんだよなあ。誰か一人ぐらい、私を裏切っていても良さそうなもんだが)
 そう思う雅香は、自分がどれだけ恐れられていたかの認識が足りない。

 魔王は叡智の結晶。魔王は至高の神秘。
 そしてそれ以上に、圧倒的な暴力。
 まずはぶん殴って叩きのめしてからのお話し合いで、魔族を統一した存在だ。
 逆らう者は瞬殺。そんなことはしたことはないのだが、そういうイメージを持たれている。
「よし、じゃあ私は私で、魔都を歩くとする。自分の目でも体感したいからな。何か注意することはあるか?」
「……あなた昔も、平然と護衛もつけずに歩き回っていたでしょうに。まあ特にはありませんよ」
「そうか。なんだか楽しくなってきたな」

 オーフィル。我らの世界という意味の単語。
 この世界に戻ってきてから、雅香は自由を感じている。
 一族のしがらみもなく、ただ自分一人の力から、世界の半分を勢力化に置いた前世。
 魔王様は調子に乗り始めていた。
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