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52 かつて日本だった大地
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世界的に見てそんな状況ではないのだろうが、悠斗は時々思うのだ。
ロシアが全く管理出来ていないことを主張して、樺太と北方領土を日本のものには出来ないのかな、と。
「まあ半島と大陸沿岸が壊滅したおかげで、日本の国土は南は安全になったしな」
そんな話をしている間に、菊池家の少年とは仲良くなった。
菊池家は十三家の中でも武闘派であり、九州を本拠地とする一族である。
十三家として合流したのは1500年ほど前であるというから、古参と言っても問題ないように思うが、それぐらいならけっこう珍しくはないところが、十三家の歴史の恐ろしいところである。
「まあ最近は五島列島とか対馬に渡ろうとしてくるバカも減ってきて、面倒はないんだけど人殺しの実戦が積めないのがなあ」
「やっぱ人間殺しておかないとまずい?」
「菊池家本家は成人するなら嫌でも殺すことになるけど、分家の方ではそこまで思い切れなくてな。人を殺してやっぱ一人前だろ」
十三家の中でも九州を本拠とする家は、おそらく対人戦闘の経験が一番多い。歴史的に大陸、半島に対する強烈な悪感情がある。
弱者を圧倒的に虐殺するのでも、人を殺すのに慣れておいた方がいいというのは、実はけっこう悠斗には分かる。
転生前、あちらの世界でも、殺すべき人間を殺さなかったために、より多くの人間が死んでしまったことがある。
悪人ではなかった。ただ弱く、自己本位であっただけだ。しかしあの時は、そういう人間がいては勝てない世界であったのだ。
勇者である悠斗しか殺せない人間であった。それを生かしておいて被害が出てしまったことが、悠斗に冷徹さを教えてくれた。
「一族って海外派遣とかはどんな感じなんだ?」
人を殺す話題で仲良くなった菊池道治は、そのあたりは機嫌よく教えてくれる。
「一番手っ取り早いのは大陸で適当に殺すことだな。でも東南アジアでは宗教対立がけっこうあるから、そのあたりで単なる殺しじゃない殺し合いを経験するのがいいんじゃないか?」
一方的に殺すのは得意だが、殺し合いでは役に立たない。確かにそんな戦士はいらないだろう。
現在樺太はともかく、北方領土は日本側が実効管理している。支配ではなく管理と言うあたり、日本政府はお行儀がいい。
ロシアは東の端まで兵力を割くことが出来ず、陸地だけは堅守している。
世界秩序が元に戻るならともかく、このままでは東端領土の島嶼部は、守ることは不可能だ。
ロシアとしても広いだけの内陸より、海に面した島嶼部の方が重要性は高いのだが、軍を置くにしてもその兵站が続かない。
したがって現在は十三家の中でも最も新顔の、安倍家に自衛隊が協力して、人間の領域として確保している。
自衛隊は本土に置いて、一族の戦士が赴任しているという状況だ。ロシアとしては自衛隊が駐留しているわけではないので黙認ということだ。
「世界大戦の時は、うちの一族の人間もシベリアに抑留されたからな。正直、大陸に近い菊池家は老いも若いも、ロシアも大陸もぶっ殺してやりたいと思ってるぜ。お前は民間出身だろうけど、どう思うんだ?」
「戦争は勝てば官軍だからね。その戦争を起こせないようにした憲法改正が必要でしょ。有事特別法で今は動いてるけど、現段階で樺太まで併合する意味ないし、どうにか北方領土さえ手に入れればいいんじゃないかな」
「へえ、お前って戦闘極振りと思ってたけど、案外考えてるんだな」
それはもう、中身はアラフォーですから。
戦略的に考えればどうなのだろう。
日本が今、世界平均に比べてはるかに平和なのは、まず島国であることと、門がある程度管理できていること、陸地の領土の割りに人口が多いことなどが挙げられる。
あとは軍などの通常戦力がいるので、ゴブリンやオーガも普通種までなら問題なく倒せる。
難民は裏で始末して、選別した移民は受け入れている。食料自給率は高くなった。農業が労働力を求めているので、失業率は改善している。
アメリカとの連携が取れているので、外交的に孤立しているわけではない。
潜在的な敵であった半島や大陸は、日本に手を出す余裕はないどころか、国家体制が崩壊しつつある。
(必要な資源は原油が問題なんだよなあ)
中東が宗教戦争で紛争多発しているので、今では東南アジア産の原油か、大陸からの質の悪い原油を輸入して使っている。
原油は発電以外に資源としても使われているので、これは今の世界では必須だ。
もっともリサイクル率も極めて高くなっているので、そこそこそのあたりはどうにかなることはなる。
原子力発電に期待したいところなのだが、日本のような地震国家では、原発を建設するのは難しい。
日本を中心とするならば、現在はやや鎖国に近い状況になっていると言える。
魔物の被害が出にくい国、つまりは冬が寒い国と島国は、どうにかしばらくは続いていくだろう。
だが世界戦略的に見るなら、人類の文明は衰退とは言わないが、発展の余力がないようにも思える。
「魔力から発電って出来るのか?」
けっこう不思議に思っていた悠斗はそれを尋ねる。
「一応昔からやってるぞ。俺らの本拠地なんかは全部そうだ。でも安定して莫大な電力を供給するのは、普通の人間が行える発電が必要だよな」
あちらでは魔力結晶の精製と、それを使った魔法具がかなり使われていた。
地球では科学が代わりを果たしている。
目の前にやることははっきりしているが、何をどうして世界を変えていくかは分からない。
魔王を倒せばそれで良かった前世とは、状況が違うし目的も一つではない。
いずれ訪れる世界の破滅の前に、やらなければいけないことが多すぎる。
そんな悠斗の目の前に、北の大地が広がっていた。
北海道防衛戦を戦った悠斗であるが、樺太の大地は荒れていた。
ロシアが軍を撤退させ、民衆も疎開していったからである。
今なら金で買い取れるんじゃないかというぐらいに、門を備えたこの大地は、活用が難しい場所となっている。
ロシアとしても余った核でさっさと塞げば良かっただろうに、門の脅威判定が遅れてこのようなグダグダの措置となっている。
調査団は樺太の南端に、北海道に一度集合してから、船で上陸する。
調査団のリーダーは、ロシアの人間が選ばれた。もっとも悠斗の見る限りでは、それほどの腕ではない。
人数的な内訳は、ロシアが20人、アメリカと日本が10人ずつ、カナダが6人でチャイナが4人だ。
同じ国同士でペアを組み、二番目の指揮権ではアメリカではなく、日本の藤原家の青年が持った。
アメリカが主導でないのは意外ではあるが、この土地においては日本の持つ情報量を重視したのだろう。
調査団とは別に、20人の魔法使いが、船の護衛に残る。二週間はここに停泊の予定だ。
その他の自衛隊の艦船も、交互にやってきてこの上陸地点を守る。
万一通信が途絶えた場合も、三週間はここに残る予定であるが、最悪衛星からの映像で判断することになる。
移動手段として選ばれたのはジープだ。装甲車などの方がコスパはいいのだろうが、もし故障したり損壊したリした場合、一気に移動力が落ちる。
ジープで出来るだけ分かれて移動すれば、一台や二台は壊れても、行きの荷物を捨てれば全員が乗れる。
そうは言ってもジープは門の周辺に残しておくしかないので、最悪走って上陸部分まで戻るか、あるいは東側から門の近くに移動してもらう可能性もある。
ロシアが樺太の運営を放棄したため、魔物がどれだけいるのかも、衛星の映像からでもはっきりしないのだ。
樺太に限ったことではないが、世界各地にどこそこの国の領土でありながら、放棄された土地が増殖していっている。
南米、アフリカ、東南アジアなど、冬で魔物が死なない場所はそれが顕著だ。
人類は深海までも含めて地球を支配したような気でいたが、敵性生物が少し現れただけで、この惑星の覇権を手放すことになってしまった。
「一応道路はまだ、走れる具合ではあるんだな」
「軍用ジープだから、多少の路面の粗さも大丈夫だぞ」
身体強化が使える魔法使いの一団なので、最悪ジープを背負って断絶した道路を踏破することもあるかもしれない。
ロシアが用意した物資の中には、ジープの積荷を一台分、丸々占拠する物もあった。
おそらく核兵器だ。
門さえ塞いでしまえば、一応海峡で大陸とのつながりがない樺太は、また人が住めるようになる。
結局これか、と思わないでもないが、日本やアメリカもそれを注意しない。
樺太の門は閉鎖することを容認しているのか?
そう考えていた悠斗だが、日本もアメリカもそう甘くはなかった。
間引きの行われていなかった魔物の襲来を予想していなかったわけではない。むしろ当然あるものと思っていた。
だが想像以上だった。
ジープから降りて応戦していたのだが、とても全てを守りきることは出来なかった。
食料などの絶対に必要な物資を捨てるわけにはいかないので、ここで核は放置することになる。
いや、そんなもの放置するなという話であるが、せめて帰りに回収するしかない。
(こんなところで放射能漏れしたら、北海道の漁業に影響が出るぞ)
今の核兵器は割と放射能の残留が少ない物であるらしいが、それでも核が怖いというのは、日本人としては当たり前である。
これは帰還のルートを変更するのは難しくなった。
途中で破壊されたジープは二台。軍用の頑丈なものであるが、魔物の格が高い。
調査のための機材や、探知系の魔法使いもいるために、半島の門の時よりも、護衛に回す人数が必要なのだ。
「つーかアメリカとロシアは、もっと戦闘向けのやつら送ってこいってんだ」
道治は毒づくが、悪いことではない。
「単なる戦闘要員以外を送ってきてるんだから、マジなことは確かだろ」
「そうかもしれないけどよ」
魔法使いの集団というのは、基本的に継戦能力が落ちにくい。
弾薬を節約した戦い方をしなくてもいいし、負傷しても魔法で治癒できるからだ。
おかげで物資は多少放棄しなくてはならなかったが、人員の欠けはなく、目的地まで到着した。
衛星写真などから分かっていたが、ひどい。
「いくらなんでもこの数はやべえだろ」
樺太の門は魔物の襲来から、ほとんど駆除していないので、樺太では魔物同士の共食いもある程度あった。
草食性や雑食性の魔物もいたため、植物もその多くが壊滅している。
小高い丘の上の門を、もう少し離れた丘から観察する。
今までにも多くの魔物を殺してきたが、この丘の周辺の魔物は、目視でざっと5000といったところか。
それに数だけではなく、強さもずば抜けている。
(樺太で食べ物がなくなったから、門から弱い魔物が出てきた時に食うつもりかな)
悠斗はそう推測する。
魔物の種類を見るに、普通に人跡未踏地の森タイプの魔物が多い。
昔、魔王軍の追撃を振り切るために、わざと森の中に逃げたことがある。
あの時は森に強い仲間がいたため、どうにか危地を脱した。しかし普通ならば勇者であっても死んでおかしくはなかった。
ここで判断を誤れば、全滅する。
一番いいのは退却することだ。ここまで見た限り、飛行性の魔物は見られなかった。
爆撃機で空から攻撃するという、科学的な手段で魔物を削り、それから地上から掃討するというものだ。
しかしどうやら話しているのは、攻撃の仕方であるらしい。
確かに退路はあるので、追撃してくる足の速い魔物さえさばけば、逃げるだけならなんとかなる。
もっともそれは、門からさらに、強力な魔物が出てこない場合に限る。
(探知能力の高い魔物もいるな。いつ見つかってもおかしくないぞ)
風下なので、匂いなどではばれないだろうが。
悠斗は覚悟を決める。
いざとなった時に、味方を見殺しにする覚悟である。
ロシアが全く管理出来ていないことを主張して、樺太と北方領土を日本のものには出来ないのかな、と。
「まあ半島と大陸沿岸が壊滅したおかげで、日本の国土は南は安全になったしな」
そんな話をしている間に、菊池家の少年とは仲良くなった。
菊池家は十三家の中でも武闘派であり、九州を本拠地とする一族である。
十三家として合流したのは1500年ほど前であるというから、古参と言っても問題ないように思うが、それぐらいならけっこう珍しくはないところが、十三家の歴史の恐ろしいところである。
「まあ最近は五島列島とか対馬に渡ろうとしてくるバカも減ってきて、面倒はないんだけど人殺しの実戦が積めないのがなあ」
「やっぱ人間殺しておかないとまずい?」
「菊池家本家は成人するなら嫌でも殺すことになるけど、分家の方ではそこまで思い切れなくてな。人を殺してやっぱ一人前だろ」
十三家の中でも九州を本拠とする家は、おそらく対人戦闘の経験が一番多い。歴史的に大陸、半島に対する強烈な悪感情がある。
弱者を圧倒的に虐殺するのでも、人を殺すのに慣れておいた方がいいというのは、実はけっこう悠斗には分かる。
転生前、あちらの世界でも、殺すべき人間を殺さなかったために、より多くの人間が死んでしまったことがある。
悪人ではなかった。ただ弱く、自己本位であっただけだ。しかしあの時は、そういう人間がいては勝てない世界であったのだ。
勇者である悠斗しか殺せない人間であった。それを生かしておいて被害が出てしまったことが、悠斗に冷徹さを教えてくれた。
「一族って海外派遣とかはどんな感じなんだ?」
人を殺す話題で仲良くなった菊池道治は、そのあたりは機嫌よく教えてくれる。
「一番手っ取り早いのは大陸で適当に殺すことだな。でも東南アジアでは宗教対立がけっこうあるから、そのあたりで単なる殺しじゃない殺し合いを経験するのがいいんじゃないか?」
一方的に殺すのは得意だが、殺し合いでは役に立たない。確かにそんな戦士はいらないだろう。
現在樺太はともかく、北方領土は日本側が実効管理している。支配ではなく管理と言うあたり、日本政府はお行儀がいい。
ロシアは東の端まで兵力を割くことが出来ず、陸地だけは堅守している。
世界秩序が元に戻るならともかく、このままでは東端領土の島嶼部は、守ることは不可能だ。
ロシアとしても広いだけの内陸より、海に面した島嶼部の方が重要性は高いのだが、軍を置くにしてもその兵站が続かない。
したがって現在は十三家の中でも最も新顔の、安倍家に自衛隊が協力して、人間の領域として確保している。
自衛隊は本土に置いて、一族の戦士が赴任しているという状況だ。ロシアとしては自衛隊が駐留しているわけではないので黙認ということだ。
「世界大戦の時は、うちの一族の人間もシベリアに抑留されたからな。正直、大陸に近い菊池家は老いも若いも、ロシアも大陸もぶっ殺してやりたいと思ってるぜ。お前は民間出身だろうけど、どう思うんだ?」
「戦争は勝てば官軍だからね。その戦争を起こせないようにした憲法改正が必要でしょ。有事特別法で今は動いてるけど、現段階で樺太まで併合する意味ないし、どうにか北方領土さえ手に入れればいいんじゃないかな」
「へえ、お前って戦闘極振りと思ってたけど、案外考えてるんだな」
それはもう、中身はアラフォーですから。
戦略的に考えればどうなのだろう。
日本が今、世界平均に比べてはるかに平和なのは、まず島国であることと、門がある程度管理できていること、陸地の領土の割りに人口が多いことなどが挙げられる。
あとは軍などの通常戦力がいるので、ゴブリンやオーガも普通種までなら問題なく倒せる。
難民は裏で始末して、選別した移民は受け入れている。食料自給率は高くなった。農業が労働力を求めているので、失業率は改善している。
アメリカとの連携が取れているので、外交的に孤立しているわけではない。
潜在的な敵であった半島や大陸は、日本に手を出す余裕はないどころか、国家体制が崩壊しつつある。
(必要な資源は原油が問題なんだよなあ)
中東が宗教戦争で紛争多発しているので、今では東南アジア産の原油か、大陸からの質の悪い原油を輸入して使っている。
原油は発電以外に資源としても使われているので、これは今の世界では必須だ。
もっともリサイクル率も極めて高くなっているので、そこそこそのあたりはどうにかなることはなる。
原子力発電に期待したいところなのだが、日本のような地震国家では、原発を建設するのは難しい。
日本を中心とするならば、現在はやや鎖国に近い状況になっていると言える。
魔物の被害が出にくい国、つまりは冬が寒い国と島国は、どうにかしばらくは続いていくだろう。
だが世界戦略的に見るなら、人類の文明は衰退とは言わないが、発展の余力がないようにも思える。
「魔力から発電って出来るのか?」
けっこう不思議に思っていた悠斗はそれを尋ねる。
「一応昔からやってるぞ。俺らの本拠地なんかは全部そうだ。でも安定して莫大な電力を供給するのは、普通の人間が行える発電が必要だよな」
あちらでは魔力結晶の精製と、それを使った魔法具がかなり使われていた。
地球では科学が代わりを果たしている。
目の前にやることははっきりしているが、何をどうして世界を変えていくかは分からない。
魔王を倒せばそれで良かった前世とは、状況が違うし目的も一つではない。
いずれ訪れる世界の破滅の前に、やらなければいけないことが多すぎる。
そんな悠斗の目の前に、北の大地が広がっていた。
北海道防衛戦を戦った悠斗であるが、樺太の大地は荒れていた。
ロシアが軍を撤退させ、民衆も疎開していったからである。
今なら金で買い取れるんじゃないかというぐらいに、門を備えたこの大地は、活用が難しい場所となっている。
ロシアとしても余った核でさっさと塞げば良かっただろうに、門の脅威判定が遅れてこのようなグダグダの措置となっている。
調査団は樺太の南端に、北海道に一度集合してから、船で上陸する。
調査団のリーダーは、ロシアの人間が選ばれた。もっとも悠斗の見る限りでは、それほどの腕ではない。
人数的な内訳は、ロシアが20人、アメリカと日本が10人ずつ、カナダが6人でチャイナが4人だ。
同じ国同士でペアを組み、二番目の指揮権ではアメリカではなく、日本の藤原家の青年が持った。
アメリカが主導でないのは意外ではあるが、この土地においては日本の持つ情報量を重視したのだろう。
調査団とは別に、20人の魔法使いが、船の護衛に残る。二週間はここに停泊の予定だ。
その他の自衛隊の艦船も、交互にやってきてこの上陸地点を守る。
万一通信が途絶えた場合も、三週間はここに残る予定であるが、最悪衛星からの映像で判断することになる。
移動手段として選ばれたのはジープだ。装甲車などの方がコスパはいいのだろうが、もし故障したり損壊したリした場合、一気に移動力が落ちる。
ジープで出来るだけ分かれて移動すれば、一台や二台は壊れても、行きの荷物を捨てれば全員が乗れる。
そうは言ってもジープは門の周辺に残しておくしかないので、最悪走って上陸部分まで戻るか、あるいは東側から門の近くに移動してもらう可能性もある。
ロシアが樺太の運営を放棄したため、魔物がどれだけいるのかも、衛星の映像からでもはっきりしないのだ。
樺太に限ったことではないが、世界各地にどこそこの国の領土でありながら、放棄された土地が増殖していっている。
南米、アフリカ、東南アジアなど、冬で魔物が死なない場所はそれが顕著だ。
人類は深海までも含めて地球を支配したような気でいたが、敵性生物が少し現れただけで、この惑星の覇権を手放すことになってしまった。
「一応道路はまだ、走れる具合ではあるんだな」
「軍用ジープだから、多少の路面の粗さも大丈夫だぞ」
身体強化が使える魔法使いの一団なので、最悪ジープを背負って断絶した道路を踏破することもあるかもしれない。
ロシアが用意した物資の中には、ジープの積荷を一台分、丸々占拠する物もあった。
おそらく核兵器だ。
門さえ塞いでしまえば、一応海峡で大陸とのつながりがない樺太は、また人が住めるようになる。
結局これか、と思わないでもないが、日本やアメリカもそれを注意しない。
樺太の門は閉鎖することを容認しているのか?
そう考えていた悠斗だが、日本もアメリカもそう甘くはなかった。
間引きの行われていなかった魔物の襲来を予想していなかったわけではない。むしろ当然あるものと思っていた。
だが想像以上だった。
ジープから降りて応戦していたのだが、とても全てを守りきることは出来なかった。
食料などの絶対に必要な物資を捨てるわけにはいかないので、ここで核は放置することになる。
いや、そんなもの放置するなという話であるが、せめて帰りに回収するしかない。
(こんなところで放射能漏れしたら、北海道の漁業に影響が出るぞ)
今の核兵器は割と放射能の残留が少ない物であるらしいが、それでも核が怖いというのは、日本人としては当たり前である。
これは帰還のルートを変更するのは難しくなった。
途中で破壊されたジープは二台。軍用の頑丈なものであるが、魔物の格が高い。
調査のための機材や、探知系の魔法使いもいるために、半島の門の時よりも、護衛に回す人数が必要なのだ。
「つーかアメリカとロシアは、もっと戦闘向けのやつら送ってこいってんだ」
道治は毒づくが、悪いことではない。
「単なる戦闘要員以外を送ってきてるんだから、マジなことは確かだろ」
「そうかもしれないけどよ」
魔法使いの集団というのは、基本的に継戦能力が落ちにくい。
弾薬を節約した戦い方をしなくてもいいし、負傷しても魔法で治癒できるからだ。
おかげで物資は多少放棄しなくてはならなかったが、人員の欠けはなく、目的地まで到着した。
衛星写真などから分かっていたが、ひどい。
「いくらなんでもこの数はやべえだろ」
樺太の門は魔物の襲来から、ほとんど駆除していないので、樺太では魔物同士の共食いもある程度あった。
草食性や雑食性の魔物もいたため、植物もその多くが壊滅している。
小高い丘の上の門を、もう少し離れた丘から観察する。
今までにも多くの魔物を殺してきたが、この丘の周辺の魔物は、目視でざっと5000といったところか。
それに数だけではなく、強さもずば抜けている。
(樺太で食べ物がなくなったから、門から弱い魔物が出てきた時に食うつもりかな)
悠斗はそう推測する。
魔物の種類を見るに、普通に人跡未踏地の森タイプの魔物が多い。
昔、魔王軍の追撃を振り切るために、わざと森の中に逃げたことがある。
あの時は森に強い仲間がいたため、どうにか危地を脱した。しかし普通ならば勇者であっても死んでおかしくはなかった。
ここで判断を誤れば、全滅する。
一番いいのは退却することだ。ここまで見た限り、飛行性の魔物は見られなかった。
爆撃機で空から攻撃するという、科学的な手段で魔物を削り、それから地上から掃討するというものだ。
しかしどうやら話しているのは、攻撃の仕方であるらしい。
確かに退路はあるので、追撃してくる足の速い魔物さえさばけば、逃げるだけならなんとかなる。
もっともそれは、門からさらに、強力な魔物が出てこない場合に限る。
(探知能力の高い魔物もいるな。いつ見つかってもおかしくないぞ)
風下なので、匂いなどではばれないだろうが。
悠斗は覚悟を決める。
いざとなった時に、味方を見殺しにする覚悟である。
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