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30 幼き怪物
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藤原家の当主である綾乃との会見は、ごく穏当に進んでいた。
悠斗の日頃の行いや、一族に対しての印象など、特に高圧的な態度を取るでもなく、綾乃は話を振って来る。
それに対して悠斗も自然体で答えるのだが、違和感を覚えていた。
藤原綾乃は確かに優秀な魔法使いであるのだろう。
あまり深く探ろうとするのは気分を害されるかもしれないので、表層的な部分を探っているだけだが、一族の能力者に特有の、緻密に制御された魔力を感じる。
だが、戦闘力は高くないだろう。
雅香はもちろん、おそらく自分よりも弱い。
それに対する説明は、綾乃が藤原という家を語る中でなされた。
藤原家はその姓からしても、政治的な方向性に向いた家である。
十三家の中でも特に古い家系であり、歴史上有名な藤原氏とも、遠くではつながっていた。
その能力は純粋な前衛戦闘よりは、搦め手が多い。
呪術による長期的な魔法や、逆にそれを防ぐ魔法。また、活性化や強化を付与する、補助としての役割が多い。
だがやはり能力者としてよりは政治的交渉などに強い家であり、軍事力ではなく権力を持った家であった。
だいたいが、そうであった。
過去形なのは、それがひたすら古い、平安時代あたりまでの話であるからだ。
歴史的に言えば武士の台頭と共に、朝廷も藤原氏も、藤原家も力を相対的に失っていった。
藤原家は朝廷に味方する派閥と、武士に味方する派閥に分かれ、新たな家として独立した家が誕生した。
武家の中から新たな能力者が現れ、それが一族に迎えられたこともあった。
「外国の一族との交流もそうですが、市井に出現した魔法使いも、我々が管理しなければいけませんからね」
そして綾乃が言ったのは、神々の目覚めが近いか、もしくは既に目覚めているものもいるであろうということであった。
それが魔物の増加、そして能力者の増加につながっているのだろうと。
悠斗は自分の存在が異世界との間になんらかの影響を与えたと思っているのだが、一族としては神の影響がそれらを引き起こしたのだと考えている。
雅香も言っていたことだが、確かに各地で発見される魔物の生態は、あちらの世界のものとは違うのだ。
そして会見は無事に終った。
むしろ悠斗よりも、無言のまま傍に控えていたみのりの方が緊張していたようだった。
「それではこれから、若衆に合流します」
みのりの案内で、悠斗と二人で向かう。大人たちはまた違う集まりで移動するようだ。
「若衆?」
「今この町に来ている人は、大人の場合は各家の当主や側近が多いんですけど、二十歳になっていなくてある程度の実力がある子は、皆集まっているんです」
それは雅香から聞いていた、若者だけによる対抗試合というか、序列付けのようなものだ。
基本的には戦闘力を高めるためのものだが、その補助としての能力を交流して高め合うという目的も持っている。
もっともやはり子供だからして、誰が一番強いのかにはこだわりがあるのだろうが。
みのりに案内されて町を歩く。確かに目に付くのは子供がやたらと多く、数人の小集団を作って、山中の本屋敷へと向かっている。
石垣の印象が強く、木々に隠れて見えなかったが、その敷地は予想よりもはるかに広い。
敷地内に入って探知系魔法を使うと、やたらと強い魔力反応が幾つも存在する。いや、これは違うのか。
むしろあまり強い魔力を放っていない方が、危険な存在だ。
ただ無意識に放つだけで、周囲を破壊の嵐に巻き込むであろう。そんな能力者が、何人もいる。
厄介なことにその隠蔽が巧妙であるので、かなり接近しないとそれに気付かない。
そんな集団に出会う度に、みのりの解説がある。
「あれが菊池家の集団です。単純な戦闘力なら、九鬼家と菊池家で、一族の半分近くに達する家です」
「あれは九条家。元は藤原家の分家のうち、特に戦闘に特化したものだったんですけど、長い年月の間に完全な他家になりました」
「あれは忌部家。主に死霊を扱う家で、弓さんの沖田家が属しています。戦闘力は普通ですが、分家の式部家だけはかなり戦闘に特化しています」
「……みのり先輩、メモ取っていいですか?」
「ダメです。覚えられないなら繰り返し教えますから、紙とか他人が見られるデータとしては残さないでください」
記憶力にはそこそこ自信がある悠斗だが、みのりの教えは厳しいものだった。
別に意地悪でそうしているわけではない。一族の情報が他者に洩れる危険を恐れているのだ。
今の世の中で完全に情報を隠蔽することは難しい。だが少しでもそれが少なければ、そちらの方がいいだろう。
そもそも一族の中には念話とか意識共有とか、ネットでの情報共有よりもさらに高度な情報収集や選択の手段がある。
そういった方面に能力が特化した家や個人もあるので、そちらの力を借りてもいい。
「頭の中にメモ帳を作って、そこに記憶する魔法もあります。藤原家にもそういった魔法を研究している家がありますので」
「あ、魔法使っていいんなら大丈夫。全部分かります」
え? という顔でみのりは当惑する。なぜならこの魔法は学校では教えていない、戦闘系ではないが高度なものだからだ。知る限りでは、SF研究会の人間も教えていないはずだ。
しかし悠斗はこれを、自己開発していた。前世での知識と今世での知識で記憶をいじる魔法は開発したのだ。
あまり効率が良くないので、試験などには使わないが、こういったことを記憶しておくにはいいだろう。
……学校の成績で問題が起きたら、使うことになるだろうが。
みのりは不思議な顔をしていたが、弓や春希が知らないところで教えているのだろうと推測し、その話は打ち切った。
丁度その時、最も注意しなければいけない者たちを見つけたので。
「悠斗君、あの集団が、九鬼家です」
みのりが怖がるような仕草を見せながらも、悠斗たちの後方から坂を上ってくる集団に顔を向ける。
それは三人の大人に連れられた少年少女であったのだが、それを目にした瞬間、悠斗は全身の汗腺から冷や汗が出た。
(なんだこれは?)
ありえない。そう思った。
一行の先頭を歩くのは、40歳前ぐらいの男。それに続くのが30歳ぐらいの男。
間違いなくこの二人が、九鬼家の怪物だ。
一見して温厚そうな、誠実そうな、そして実際その通りであるのだろうが、何か底知れぬ光を瞳に湛えた男。
かすかな風に揺れる髪を押さえる手は、同時に頭を掻き、どこか浮雲のような余裕を感じさせる男。
前者は深淵に潜む竜のようであり、後者は断崖に立つ虎のようである。
しかし、それはいい。予想以上ではあるが、常識の範囲内だ。
「怪物……が三人」
「九鬼家の兄弟と、雅香さんですね」
「……」
みのりの知識と視点からすればそうなのだろう。だが悠斗は雅香から聞いて知っている。
とんでもない潜在能力を秘めた子供が三人いると。だがあれは「とんでもない」で済ませてしまっていいものなのだろうか。
雅香や体育祭で相対した白川を含む、中学生ぐらいから大学生ぐらいまでの年齢の後ろに、金色の髪をしたヨーロッパ系と思われる女性に連れられた、三人の幼子。
一人ははっきりと分かる。これは九鬼家の後継者だ。小学校の低学年ぐらいの年齢だが、ひたすら効率を重視して鍛えられたかのような、魔力を全く揺るがさない男の子が一人。
その男の子よりもさらに小さい、おそらくは幼稚園児の女の子。これがまた、表現に困る。
たとえば春希やみのりなどを、悠斗が貧相な語彙で表現するなら「美少女」だろう。
雅香などは「美しい猛獣」であろうか。美女と野獣ではなく、美女な野獣だ。
しかしその、幼稚園児とさえ思える幼子は、それらに比べても圧倒的に美しい。
流れるような黒髪に、透き通った翠色の瞳。東洋と西洋の美しさの良いとこ取りをしたような、この年齢にして常識外れの美幼女だ。
悠斗もあちらの世界で美女と言われた女性を何人も見てきた。それは勇者だからして、王侯貴族の女性との接触もあった。
だがおそらくこの幼女は、それらやメディアに出てくる美女と比べても、圧倒的に美人になる要素を持っている。
特徴的なのは瞳だ。翠色の瞳というのがまず日本人ではありえないのだが、その瞳が輝いている。
訳が分からない。想像の行方を全く勘違いしていた。そんな感想を持った。
そして三人目の、小学校低学年と思われる少女。
この少女もまた美しかったが、きらめく金髪と碧い瞳が特徴的だった。明らかにこれも一族以外の血であろう。
それにこの少女には、何か底知れないものを感じる。魔王でもなくダンジョンで戦った神でもない、何かとにかく異質の力を。
強いとか才能があるとか素質があるとかではなく、得体の知れない何かだ。怪物という表現はまさに相応しい。
かすかに視線の合った雅香が、苦笑を浮かべているように見えた。
丘の上に立つと、その麓やさらに山に向かって、建物が続いているのが分かった。
正直きつい道のりであるが、能力者の身体強化を使えば、それほどの時間もかからない。
九鬼家の一行とは途中で分かれ、今度は朝比奈家や藤原家の少年青年と合流していく。
みのりに案内される悠斗に、不躾ではあるが悪意を持たない視線が突き刺さる。
この辺りにいるのは、常識的な範囲の強さを持つ者たちだ。先ほどの九鬼家の集団は、明らかに常軌を逸していた。
立派な日本家屋に入り、そこを進んでいく。途中で渡り廊下に出て鳥居を潜ったりもしたが、ほぼ一直線の道だった。
そしてその最奥に至るまでに、大きな広間があった。そこに若衆と呼ばれているのであろう少年少女がいて、みのりと悠斗に視線を向ける。
藤原家系列だけらしいが、それでも100人近くはいる。これが他の家とも合わせていくと、千人を超えるであろう。
良く見たら幼児と呼べるような年頃の子はいないので、これこそまさに悠斗が戦う集団であるのだろう。
もっともこの中には、悠斗にとって脅威となる存在はいないが。
みのりに連れられた悠斗は、みのりの顔見知りである若衆の中でも年配の者たちに挨拶をしていった。
藤原家というのは、多くの分家を持つ家である。九条という完全に他家となってしまった家を含まずとも、まだ多くの庶家を抱えている。
基本的には藤の漢字を使っている分家が多い。遠藤、佐藤、伊藤、近藤などといった家である。
これには単純な理由があり、近江にある分家である藤原家は、近の漢字と藤の字を使って、近藤と名乗っている。これは貴族の藤原氏も同じものだ。
貴族の藤原氏に関してはさらに分けられており、近衛家や一条家などの関白まで昇進する家や、それ以下の役職にしか就けない藤原もあったりして、藤原氏という氏の中でも、姓が違うのである。
朝比奈家の場合は、遠江に土着した藤原家が遠藤と名乗り、そこからさらに地元の豪族であった朝比奈家を取り込んだという順序がある。
分家のさらに分家のようにも思えるが、実際のところは地方の勢力として定着したということでもあり、力も人も財力もあるということだ。
このあたりは失敗例と成功例の両方があるので、実際にどの家が有力なのかは、それぞれ覚えないといけない。さらに当主に反発している次男や三男がいる場合もあるので、戦国時代並に勢力図は変化している。
みのりにくっついている間には、数々の男子の強烈な視線を受けたものだ。
優しくて明るくて美少女で、スタイルもこの年齢にしては突出している彼女は、間違いなく優良物件である。人気があるのも当然である。
逆に女性陣からの視線は暖かい。ライバルを減らしてくれる悠斗の存在はありがたいものなのだろう。
数々の人物に紹介されていくが、悠斗が気になったのは魔法具を作っているという佐藤家の存在だった。
魔法具は戦闘における補助だけでなく、日常でも便利に使える。魔法の袋などはその一例であろう。
藤原家は戦力としては突出していないが、勢力は大きい。それを感じさせる人材の豊富さであった。
そして悠斗はみのりに連れられ、一人奥の院でと向かう。
そこで待つのは鈴宮春希ではなく、鈴宮の紫の姫であった。
悠斗の日頃の行いや、一族に対しての印象など、特に高圧的な態度を取るでもなく、綾乃は話を振って来る。
それに対して悠斗も自然体で答えるのだが、違和感を覚えていた。
藤原綾乃は確かに優秀な魔法使いであるのだろう。
あまり深く探ろうとするのは気分を害されるかもしれないので、表層的な部分を探っているだけだが、一族の能力者に特有の、緻密に制御された魔力を感じる。
だが、戦闘力は高くないだろう。
雅香はもちろん、おそらく自分よりも弱い。
それに対する説明は、綾乃が藤原という家を語る中でなされた。
藤原家はその姓からしても、政治的な方向性に向いた家である。
十三家の中でも特に古い家系であり、歴史上有名な藤原氏とも、遠くではつながっていた。
その能力は純粋な前衛戦闘よりは、搦め手が多い。
呪術による長期的な魔法や、逆にそれを防ぐ魔法。また、活性化や強化を付与する、補助としての役割が多い。
だがやはり能力者としてよりは政治的交渉などに強い家であり、軍事力ではなく権力を持った家であった。
だいたいが、そうであった。
過去形なのは、それがひたすら古い、平安時代あたりまでの話であるからだ。
歴史的に言えば武士の台頭と共に、朝廷も藤原氏も、藤原家も力を相対的に失っていった。
藤原家は朝廷に味方する派閥と、武士に味方する派閥に分かれ、新たな家として独立した家が誕生した。
武家の中から新たな能力者が現れ、それが一族に迎えられたこともあった。
「外国の一族との交流もそうですが、市井に出現した魔法使いも、我々が管理しなければいけませんからね」
そして綾乃が言ったのは、神々の目覚めが近いか、もしくは既に目覚めているものもいるであろうということであった。
それが魔物の増加、そして能力者の増加につながっているのだろうと。
悠斗は自分の存在が異世界との間になんらかの影響を与えたと思っているのだが、一族としては神の影響がそれらを引き起こしたのだと考えている。
雅香も言っていたことだが、確かに各地で発見される魔物の生態は、あちらの世界のものとは違うのだ。
そして会見は無事に終った。
むしろ悠斗よりも、無言のまま傍に控えていたみのりの方が緊張していたようだった。
「それではこれから、若衆に合流します」
みのりの案内で、悠斗と二人で向かう。大人たちはまた違う集まりで移動するようだ。
「若衆?」
「今この町に来ている人は、大人の場合は各家の当主や側近が多いんですけど、二十歳になっていなくてある程度の実力がある子は、皆集まっているんです」
それは雅香から聞いていた、若者だけによる対抗試合というか、序列付けのようなものだ。
基本的には戦闘力を高めるためのものだが、その補助としての能力を交流して高め合うという目的も持っている。
もっともやはり子供だからして、誰が一番強いのかにはこだわりがあるのだろうが。
みのりに案内されて町を歩く。確かに目に付くのは子供がやたらと多く、数人の小集団を作って、山中の本屋敷へと向かっている。
石垣の印象が強く、木々に隠れて見えなかったが、その敷地は予想よりもはるかに広い。
敷地内に入って探知系魔法を使うと、やたらと強い魔力反応が幾つも存在する。いや、これは違うのか。
むしろあまり強い魔力を放っていない方が、危険な存在だ。
ただ無意識に放つだけで、周囲を破壊の嵐に巻き込むであろう。そんな能力者が、何人もいる。
厄介なことにその隠蔽が巧妙であるので、かなり接近しないとそれに気付かない。
そんな集団に出会う度に、みのりの解説がある。
「あれが菊池家の集団です。単純な戦闘力なら、九鬼家と菊池家で、一族の半分近くに達する家です」
「あれは九条家。元は藤原家の分家のうち、特に戦闘に特化したものだったんですけど、長い年月の間に完全な他家になりました」
「あれは忌部家。主に死霊を扱う家で、弓さんの沖田家が属しています。戦闘力は普通ですが、分家の式部家だけはかなり戦闘に特化しています」
「……みのり先輩、メモ取っていいですか?」
「ダメです。覚えられないなら繰り返し教えますから、紙とか他人が見られるデータとしては残さないでください」
記憶力にはそこそこ自信がある悠斗だが、みのりの教えは厳しいものだった。
別に意地悪でそうしているわけではない。一族の情報が他者に洩れる危険を恐れているのだ。
今の世の中で完全に情報を隠蔽することは難しい。だが少しでもそれが少なければ、そちらの方がいいだろう。
そもそも一族の中には念話とか意識共有とか、ネットでの情報共有よりもさらに高度な情報収集や選択の手段がある。
そういった方面に能力が特化した家や個人もあるので、そちらの力を借りてもいい。
「頭の中にメモ帳を作って、そこに記憶する魔法もあります。藤原家にもそういった魔法を研究している家がありますので」
「あ、魔法使っていいんなら大丈夫。全部分かります」
え? という顔でみのりは当惑する。なぜならこの魔法は学校では教えていない、戦闘系ではないが高度なものだからだ。知る限りでは、SF研究会の人間も教えていないはずだ。
しかし悠斗はこれを、自己開発していた。前世での知識と今世での知識で記憶をいじる魔法は開発したのだ。
あまり効率が良くないので、試験などには使わないが、こういったことを記憶しておくにはいいだろう。
……学校の成績で問題が起きたら、使うことになるだろうが。
みのりは不思議な顔をしていたが、弓や春希が知らないところで教えているのだろうと推測し、その話は打ち切った。
丁度その時、最も注意しなければいけない者たちを見つけたので。
「悠斗君、あの集団が、九鬼家です」
みのりが怖がるような仕草を見せながらも、悠斗たちの後方から坂を上ってくる集団に顔を向ける。
それは三人の大人に連れられた少年少女であったのだが、それを目にした瞬間、悠斗は全身の汗腺から冷や汗が出た。
(なんだこれは?)
ありえない。そう思った。
一行の先頭を歩くのは、40歳前ぐらいの男。それに続くのが30歳ぐらいの男。
間違いなくこの二人が、九鬼家の怪物だ。
一見して温厚そうな、誠実そうな、そして実際その通りであるのだろうが、何か底知れぬ光を瞳に湛えた男。
かすかな風に揺れる髪を押さえる手は、同時に頭を掻き、どこか浮雲のような余裕を感じさせる男。
前者は深淵に潜む竜のようであり、後者は断崖に立つ虎のようである。
しかし、それはいい。予想以上ではあるが、常識の範囲内だ。
「怪物……が三人」
「九鬼家の兄弟と、雅香さんですね」
「……」
みのりの知識と視点からすればそうなのだろう。だが悠斗は雅香から聞いて知っている。
とんでもない潜在能力を秘めた子供が三人いると。だがあれは「とんでもない」で済ませてしまっていいものなのだろうか。
雅香や体育祭で相対した白川を含む、中学生ぐらいから大学生ぐらいまでの年齢の後ろに、金色の髪をしたヨーロッパ系と思われる女性に連れられた、三人の幼子。
一人ははっきりと分かる。これは九鬼家の後継者だ。小学校の低学年ぐらいの年齢だが、ひたすら効率を重視して鍛えられたかのような、魔力を全く揺るがさない男の子が一人。
その男の子よりもさらに小さい、おそらくは幼稚園児の女の子。これがまた、表現に困る。
たとえば春希やみのりなどを、悠斗が貧相な語彙で表現するなら「美少女」だろう。
雅香などは「美しい猛獣」であろうか。美女と野獣ではなく、美女な野獣だ。
しかしその、幼稚園児とさえ思える幼子は、それらに比べても圧倒的に美しい。
流れるような黒髪に、透き通った翠色の瞳。東洋と西洋の美しさの良いとこ取りをしたような、この年齢にして常識外れの美幼女だ。
悠斗もあちらの世界で美女と言われた女性を何人も見てきた。それは勇者だからして、王侯貴族の女性との接触もあった。
だがおそらくこの幼女は、それらやメディアに出てくる美女と比べても、圧倒的に美人になる要素を持っている。
特徴的なのは瞳だ。翠色の瞳というのがまず日本人ではありえないのだが、その瞳が輝いている。
訳が分からない。想像の行方を全く勘違いしていた。そんな感想を持った。
そして三人目の、小学校低学年と思われる少女。
この少女もまた美しかったが、きらめく金髪と碧い瞳が特徴的だった。明らかにこれも一族以外の血であろう。
それにこの少女には、何か底知れないものを感じる。魔王でもなくダンジョンで戦った神でもない、何かとにかく異質の力を。
強いとか才能があるとか素質があるとかではなく、得体の知れない何かだ。怪物という表現はまさに相応しい。
かすかに視線の合った雅香が、苦笑を浮かべているように見えた。
丘の上に立つと、その麓やさらに山に向かって、建物が続いているのが分かった。
正直きつい道のりであるが、能力者の身体強化を使えば、それほどの時間もかからない。
九鬼家の一行とは途中で分かれ、今度は朝比奈家や藤原家の少年青年と合流していく。
みのりに案内される悠斗に、不躾ではあるが悪意を持たない視線が突き刺さる。
この辺りにいるのは、常識的な範囲の強さを持つ者たちだ。先ほどの九鬼家の集団は、明らかに常軌を逸していた。
立派な日本家屋に入り、そこを進んでいく。途中で渡り廊下に出て鳥居を潜ったりもしたが、ほぼ一直線の道だった。
そしてその最奥に至るまでに、大きな広間があった。そこに若衆と呼ばれているのであろう少年少女がいて、みのりと悠斗に視線を向ける。
藤原家系列だけらしいが、それでも100人近くはいる。これが他の家とも合わせていくと、千人を超えるであろう。
良く見たら幼児と呼べるような年頃の子はいないので、これこそまさに悠斗が戦う集団であるのだろう。
もっともこの中には、悠斗にとって脅威となる存在はいないが。
みのりに連れられた悠斗は、みのりの顔見知りである若衆の中でも年配の者たちに挨拶をしていった。
藤原家というのは、多くの分家を持つ家である。九条という完全に他家となってしまった家を含まずとも、まだ多くの庶家を抱えている。
基本的には藤の漢字を使っている分家が多い。遠藤、佐藤、伊藤、近藤などといった家である。
これには単純な理由があり、近江にある分家である藤原家は、近の漢字と藤の字を使って、近藤と名乗っている。これは貴族の藤原氏も同じものだ。
貴族の藤原氏に関してはさらに分けられており、近衛家や一条家などの関白まで昇進する家や、それ以下の役職にしか就けない藤原もあったりして、藤原氏という氏の中でも、姓が違うのである。
朝比奈家の場合は、遠江に土着した藤原家が遠藤と名乗り、そこからさらに地元の豪族であった朝比奈家を取り込んだという順序がある。
分家のさらに分家のようにも思えるが、実際のところは地方の勢力として定着したということでもあり、力も人も財力もあるということだ。
このあたりは失敗例と成功例の両方があるので、実際にどの家が有力なのかは、それぞれ覚えないといけない。さらに当主に反発している次男や三男がいる場合もあるので、戦国時代並に勢力図は変化している。
みのりにくっついている間には、数々の男子の強烈な視線を受けたものだ。
優しくて明るくて美少女で、スタイルもこの年齢にしては突出している彼女は、間違いなく優良物件である。人気があるのも当然である。
逆に女性陣からの視線は暖かい。ライバルを減らしてくれる悠斗の存在はありがたいものなのだろう。
数々の人物に紹介されていくが、悠斗が気になったのは魔法具を作っているという佐藤家の存在だった。
魔法具は戦闘における補助だけでなく、日常でも便利に使える。魔法の袋などはその一例であろう。
藤原家は戦力としては突出していないが、勢力は大きい。それを感じさせる人材の豊富さであった。
そして悠斗はみのりに連れられ、一人奥の院でと向かう。
そこで待つのは鈴宮春希ではなく、鈴宮の紫の姫であった。
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