上 下
30 / 74

30 幼き怪物

しおりを挟む
 藤原家の当主である綾乃との会見は、ごく穏当に進んでいた。
 悠斗の日頃の行いや、一族に対しての印象など、特に高圧的な態度を取るでもなく、綾乃は話を振って来る。
 それに対して悠斗も自然体で答えるのだが、違和感を覚えていた。

 藤原綾乃は確かに優秀な魔法使いであるのだろう。
 あまり深く探ろうとするのは気分を害されるかもしれないので、表層的な部分を探っているだけだが、一族の能力者に特有の、緻密に制御された魔力を感じる。
 だが、戦闘力は高くないだろう。
 雅香はもちろん、おそらく自分よりも弱い。
 それに対する説明は、綾乃が藤原という家を語る中でなされた。

 藤原家はその姓からしても、政治的な方向性に向いた家である。
 十三家の中でも特に古い家系であり、歴史上有名な藤原氏とも、遠くではつながっていた。
 その能力は純粋な前衛戦闘よりは、搦め手が多い。
 呪術による長期的な魔法や、逆にそれを防ぐ魔法。また、活性化や強化を付与する、補助としての役割が多い。
 だがやはり能力者としてよりは政治的交渉などに強い家であり、軍事力ではなく権力を持った家であった。

 だいたいが、そうであった。
 過去形なのは、それがひたすら古い、平安時代あたりまでの話であるからだ。
 歴史的に言えば武士の台頭と共に、朝廷も藤原氏も、藤原家も力を相対的に失っていった。
 藤原家は朝廷に味方する派閥と、武士に味方する派閥に分かれ、新たな家として独立した家が誕生した。
 武家の中から新たな能力者が現れ、それが一族に迎えられたこともあった。

「外国の一族との交流もそうですが、市井に出現した魔法使いも、我々が管理しなければいけませんからね」
 そして綾乃が言ったのは、神々の目覚めが近いか、もしくは既に目覚めているものもいるであろうということであった。
 それが魔物の増加、そして能力者の増加につながっているのだろうと。
 悠斗は自分の存在が異世界との間になんらかの影響を与えたと思っているのだが、一族としては神の影響がそれらを引き起こしたのだと考えている。
 雅香も言っていたことだが、確かに各地で発見される魔物の生態は、あちらの世界のものとは違うのだ。



 そして会見は無事に終った。
 むしろ悠斗よりも、無言のまま傍に控えていたみのりの方が緊張していたようだった。
「それではこれから、若衆に合流します」
 みのりの案内で、悠斗と二人で向かう。大人たちはまた違う集まりで移動するようだ。
「若衆?」
「今この町に来ている人は、大人の場合は各家の当主や側近が多いんですけど、二十歳になっていなくてある程度の実力がある子は、皆集まっているんです」
 それは雅香から聞いていた、若者だけによる対抗試合というか、序列付けのようなものだ。
 基本的には戦闘力を高めるためのものだが、その補助としての能力を交流して高め合うという目的も持っている。
 もっともやはり子供だからして、誰が一番強いのかにはこだわりがあるのだろうが。

 みのりに案内されて町を歩く。確かに目に付くのは子供がやたらと多く、数人の小集団を作って、山中の本屋敷へと向かっている。
 石垣の印象が強く、木々に隠れて見えなかったが、その敷地は予想よりもはるかに広い。
 敷地内に入って探知系魔法を使うと、やたらと強い魔力反応が幾つも存在する。いや、これは違うのか。
 むしろあまり強い魔力を放っていない方が、危険な存在だ。
 ただ無意識に放つだけで、周囲を破壊の嵐に巻き込むであろう。そんな能力者が、何人もいる。
 厄介なことにその隠蔽が巧妙であるので、かなり接近しないとそれに気付かない。

 そんな集団に出会う度に、みのりの解説がある。
「あれが菊池家の集団です。単純な戦闘力なら、九鬼家と菊池家で、一族の半分近くに達する家です」
「あれは九条家。元は藤原家の分家のうち、特に戦闘に特化したものだったんですけど、長い年月の間に完全な他家になりました」
「あれは忌部家。主に死霊を扱う家で、弓さんの沖田家が属しています。戦闘力は普通ですが、分家の式部家だけはかなり戦闘に特化しています」
「……みのり先輩、メモ取っていいですか?」
「ダメです。覚えられないなら繰り返し教えますから、紙とか他人が見られるデータとしては残さないでください」
 記憶力にはそこそこ自信がある悠斗だが、みのりの教えは厳しいものだった。

 別に意地悪でそうしているわけではない。一族の情報が他者に洩れる危険を恐れているのだ。
 今の世の中で完全に情報を隠蔽することは難しい。だが少しでもそれが少なければ、そちらの方がいいだろう。
 そもそも一族の中には念話とか意識共有とか、ネットでの情報共有よりもさらに高度な情報収集や選択の手段がある。
 そういった方面に能力が特化した家や個人もあるので、そちらの力を借りてもいい。
「頭の中にメモ帳を作って、そこに記憶する魔法もあります。藤原家にもそういった魔法を研究している家がありますので」
「あ、魔法使っていいんなら大丈夫。全部分かります」
 え? という顔でみのりは当惑する。なぜならこの魔法は学校では教えていない、戦闘系ではないが高度なものだからだ。知る限りでは、SF研究会の人間も教えていないはずだ。
 しかし悠斗はこれを、自己開発していた。前世での知識と今世での知識で記憶をいじる魔法は開発したのだ。
 あまり効率が良くないので、試験などには使わないが、こういったことを記憶しておくにはいいだろう。
 ……学校の成績で問題が起きたら、使うことになるだろうが。

 みのりは不思議な顔をしていたが、弓や春希が知らないところで教えているのだろうと推測し、その話は打ち切った。
 丁度その時、最も注意しなければいけない者たちを見つけたので。
「悠斗君、あの集団が、九鬼家です」
 みのりが怖がるような仕草を見せながらも、悠斗たちの後方から坂を上ってくる集団に顔を向ける。
 それは三人の大人に連れられた少年少女であったのだが、それを目にした瞬間、悠斗は全身の汗腺から冷や汗が出た。
(なんだこれは?)
 ありえない。そう思った。
 一行の先頭を歩くのは、40歳前ぐらいの男。それに続くのが30歳ぐらいの男。
 間違いなくこの二人が、九鬼家の怪物だ。

 一見して温厚そうな、誠実そうな、そして実際その通りであるのだろうが、何か底知れぬ光を瞳に湛えた男。
 かすかな風に揺れる髪を押さえる手は、同時に頭を掻き、どこか浮雲のような余裕を感じさせる男。
 前者は深淵に潜む竜のようであり、後者は断崖に立つ虎のようである。

 しかし、それはいい。予想以上ではあるが、常識の範囲内だ。
「怪物……が三人」
「九鬼家の兄弟と、雅香さんですね」
「……」
 みのりの知識と視点からすればそうなのだろう。だが悠斗は雅香から聞いて知っている。
 とんでもない潜在能力を秘めた子供が三人いると。だがあれは「とんでもない」で済ませてしまっていいものなのだろうか。

 雅香や体育祭で相対した白川を含む、中学生ぐらいから大学生ぐらいまでの年齢の後ろに、金色の髪をしたヨーロッパ系と思われる女性に連れられた、三人の幼子。
 一人ははっきりと分かる。これは九鬼家の後継者だ。小学校の低学年ぐらいの年齢だが、ひたすら効率を重視して鍛えられたかのような、魔力を全く揺るがさない男の子が一人。
 その男の子よりもさらに小さい、おそらくは幼稚園児の女の子。これがまた、表現に困る。
 たとえば春希やみのりなどを、悠斗が貧相な語彙で表現するなら「美少女」だろう。
 雅香などは「美しい猛獣」であろうか。美女と野獣ではなく、美女な野獣だ。

 しかしその、幼稚園児とさえ思える幼子は、それらに比べても圧倒的に美しい。
 流れるような黒髪に、透き通った翠色の瞳。東洋と西洋の美しさの良いとこ取りをしたような、この年齢にして常識外れの美幼女だ。
 悠斗もあちらの世界で美女と言われた女性を何人も見てきた。それは勇者だからして、王侯貴族の女性との接触もあった。
 だがおそらくこの幼女は、それらやメディアに出てくる美女と比べても、圧倒的に美人になる要素を持っている。
 特徴的なのは瞳だ。翠色の瞳というのがまず日本人ではありえないのだが、その瞳が輝いている。
 訳が分からない。想像の行方を全く勘違いしていた。そんな感想を持った。

 そして三人目の、小学校低学年と思われる少女。
 この少女もまた美しかったが、きらめく金髪と碧い瞳が特徴的だった。明らかにこれも一族以外の血であろう。
 それにこの少女には、何か底知れないものを感じる。魔王でもなくダンジョンで戦った神でもない、何かとにかく異質の力を。
 強いとか才能があるとか素質があるとかではなく、得体の知れない何かだ。怪物という表現はまさに相応しい。
 かすかに視線の合った雅香が、苦笑を浮かべているように見えた。



 丘の上に立つと、その麓やさらに山に向かって、建物が続いているのが分かった。
 正直きつい道のりであるが、能力者の身体強化を使えば、それほどの時間もかからない。
 九鬼家の一行とは途中で分かれ、今度は朝比奈家や藤原家の少年青年と合流していく。
 みのりに案内される悠斗に、不躾ではあるが悪意を持たない視線が突き刺さる。

 この辺りにいるのは、常識的な範囲の強さを持つ者たちだ。先ほどの九鬼家の集団は、明らかに常軌を逸していた。
 立派な日本家屋に入り、そこを進んでいく。途中で渡り廊下に出て鳥居を潜ったりもしたが、ほぼ一直線の道だった。
 そしてその最奥に至るまでに、大きな広間があった。そこに若衆と呼ばれているのであろう少年少女がいて、みのりと悠斗に視線を向ける。
 藤原家系列だけらしいが、それでも100人近くはいる。これが他の家とも合わせていくと、千人を超えるであろう。
 良く見たら幼児と呼べるような年頃の子はいないので、これこそまさに悠斗が戦う集団であるのだろう。
 もっともこの中には、悠斗にとって脅威となる存在はいないが。

 みのりに連れられた悠斗は、みのりの顔見知りである若衆の中でも年配の者たちに挨拶をしていった。
 藤原家というのは、多くの分家を持つ家である。九条という完全に他家となってしまった家を含まずとも、まだ多くの庶家を抱えている。
 基本的には藤の漢字を使っている分家が多い。遠藤、佐藤、伊藤、近藤などといった家である。
 これには単純な理由があり、近江にある分家である藤原家は、近の漢字と藤の字を使って、近藤と名乗っている。これは貴族の藤原氏も同じものだ。
 貴族の藤原氏に関してはさらに分けられており、近衛家や一条家などの関白まで昇進する家や、それ以下の役職にしか就けない藤原もあったりして、藤原氏という氏の中でも、姓が違うのである。

 朝比奈家の場合は、遠江に土着した藤原家が遠藤と名乗り、そこからさらに地元の豪族であった朝比奈家を取り込んだという順序がある。
 分家のさらに分家のようにも思えるが、実際のところは地方の勢力として定着したということでもあり、力も人も財力もあるということだ。
 このあたりは失敗例と成功例の両方があるので、実際にどの家が有力なのかは、それぞれ覚えないといけない。さらに当主に反発している次男や三男がいる場合もあるので、戦国時代並に勢力図は変化している。

 みのりにくっついている間には、数々の男子の強烈な視線を受けたものだ。
 優しくて明るくて美少女で、スタイルもこの年齢にしては突出している彼女は、間違いなく優良物件である。人気があるのも当然である。
 逆に女性陣からの視線は暖かい。ライバルを減らしてくれる悠斗の存在はありがたいものなのだろう。
 数々の人物に紹介されていくが、悠斗が気になったのは魔法具を作っているという佐藤家の存在だった。
 魔法具は戦闘における補助だけでなく、日常でも便利に使える。魔法の袋などはその一例であろう。
 藤原家は戦力としては突出していないが、勢力は大きい。それを感じさせる人材の豊富さであった。

 そして悠斗はみのりに連れられ、一人奥の院でと向かう。
 そこで待つのは鈴宮春希ではなく、鈴宮の紫の姫であった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界転移したロボ娘が、バッテリーが尽きるまでの一ヶ月で世界を救っちゃう物語

京衛武百十
ファンタジー
<メイトギア>と呼ばれる人型ホームヘルパーロボット<タリアP55SI>は、旧式化したことでオーナーが最新の後継機に買い換えたため、データのすべてを新しい機体に引継ぎ、役目を終え、再資源化を迎えるだけになっていた。 なのに、彼女が次に起動した時にいたのは、まったく記憶にない中世ヨーロッパを思わせる世界だった。 要人警護にも使われるタリアP55SIは、その世界において、ありとあらゆるものを凌駕するスーパーパワーの持ち主。<魔法>と呼ばれる超常の力さえ、それが発動する前に動けて、生物には非常に強力な影響を与えるスタンすらロボットであるがゆえに効果がなく、彼女の前にはただ面倒臭いだけの大道芸に過ぎなかった。 <ロボット>というものを知らないその世界の人々は彼女を<救世主>を崇め、自分達を脅かす<魔物の王>の討伐を願うのであった。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ

高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。 タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。 ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。 本編完結済み。 外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。

異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚
ファンタジー
 それはよくあるファンタジー小説みたいな出来事だった。  ラノベ好きの調理師である俺【水無瀬真央《ミナセ・マオ》】と、同じく友人の接骨医にしてボディビルダーの【三三矢善《サミヤ・ゼン》】は、この信じられない現実に戸惑っていた。  俺たち二人は、創造神とかいう神様に選ばれて異世界に転生することになってしまったのだが、神様が言うには、本当なら選ばれて転生するのは俺か善のどちらか一人だけだったらしい。  ちょっとした神様の手違いで、俺たち二人が同時に異世界に転生してしまった。  しかもだ、一人で転生するところが二人になったので、加護は半分ずつってどういうことだよ!!   神様との交渉の結果、それほど強くないチートスキルを俺たちは授かった。  ネットゲームで使っていた自分のキャラクターのデータを神様が読み取り、それを異世界でも使えるようにしてくれたらしい。 『オンラインゲームのアバターに変化する能力』 『どんな敵でも、そこそこなんとか勝てる能力』  アバター変更後のスキルとかも使えるので、それなりには異世界でも通用しそうではある。 ということで、俺達は神様から与えられた【魂の修練】というものを終わらせなくてはならない。  終わったら元の世界、元の時間に帰れるということだが。  それだけを告げて神様はスッと消えてしまった。 「神様、【魂の修練】って一体何?」  そう聞きたかったが、俺達の転生は開始された。  しかも一緒に落ちた相棒は、まったく別の場所に落ちてしまったらしい。  おいおい、これからどうなるんだ俺達。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

かの世界この世界

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
人生のミス、ちょっとしたミスや、とんでもないミス、でも、人類全体、あるいは、地球的規模で見ると、どうでもいい些細な事。それを修正しようとすると異世界にぶっ飛んで、宇宙的規模で世界をひっくり返すことになるかもしれない。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

処理中です...