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22 経験値

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 悠斗の顔面を狙ってきたその手は、五本の指を開いていた。
(爪牙か!?)
 顔面には幾つも有効打を与える場所がある。実際には指先でそれを突くのは難しいが、少し目蓋に当てただけでも、一瞬視覚は途切れるのだ。
 普通なら。
 悠斗は月氏十三家の基準から見ても、普通ではなかった。

 己の顔面を狙った指に、あえて噛み付いた。
 前歯は弱い。奥歯でなければ、骨は砕けない。
 幾らなんでもありとは言っても、さすがに行わないであろう事を、悠斗は行った。目潰しや金的よりはよほど、噛み付きの方がマシだろうとは思った。
 そこに痺れたり憧れたりする人もいるだろう。

 指一本を噛み砕かれるという経験をした相手は、その選択だけで戦意を失いかけていた。
 だが、悠斗はあえて距離を取った。
 ここで終わらせるのはもったいない。
 せっかく心構えの軟弱な敵がいるのだから、その技術だけを教えてもらおう。
 鬼のような思考であるかもしれないが、悠斗は誰よりも真摯に、戦いに臨んでいた。

 人差し指を砕かれ、実質右手を使えなくなった相手は、半身になりながらも重心を上げた。
 拳による攻撃だけではなく、蹴り技も使うつもりだ。しかし基本的に一族の戦い方は武器と魔法を使うものであり、さらに格闘術においても足技は少ない。
 しかしないわけではない。一族の特殊性からして、使える技はいくらでもパクりまくる。強くなるのが正義なのだ。
(だけどまあ、大体は分かった)
 悠斗にとって脅威だったのは、あの挙動の分からない歩法だけである。
 あとは爪牙も、これから出してくる蹴りも、問題にはならないであろう。
(しかし古武術すげーな。あの歩法、誰か教えてくれないかな)
 さすがの悠斗もどういう原理か、食らっただけで分かるわけではない。食らった上で、客観的に見られれば別だろうが。
 雅香なら多分使えるのだろうが、彼女から仕入れたい情報は他に優先するものが多くある。

 相手選手はまた動きの挙動が分からない歩法で接近し、そこから前蹴りを放った。
 鳩尾に突き刺さるそれを、悠斗はかずかにずらし、後ろに飛びながら脱力して威力を殺す。
(今ので少し分かった)
 歩法の方はともかく、蹴りは単純に、磨かれて研がれた技術を、繰り返して覚えこんだものだ。
 純粋に無駄な動作がない。それでかわしづらいのだ。

 そしてカウンターも合わせられない。
 歩法起動する瞬間が分からないので、それに対応出来ないのだ。正確には、このルールでは出来ない。
 闘技を使えば、瞬時に決着する。
「打撃だけだけど、組技や投げ技は使わないのか?」
 悠斗の言葉に、打撃で有効なダメージを与えられていない敵は、表情を歪めた。
 月氏十三家に限らず、能力者は打撃系の技を好む。いや、優先して教えられる。
 極めれば大きなダメージを与えられる関節技などと同じ効果を、打撃では闘技として使って同じ効果を得られるからだ。
 魔物相手を相手にする能力者が、人間相手の技を鍛錬するのは不合理だ。そういう理屈である。能力者同士の争いも、近年は少ないようだし。
 もちろん教えられていないわけではない。



 相手の動きが変わった。
 殴るための姿勢ではなく、掴むための形に。
(投げるか? 極めるか?)
 悠斗はわざと無防備な右手を出した。その袖を取らせる。
 相手はそこから素直に当て身をくわせる。打撃で崩して、そこから足を払い、体勢を崩して倒れながら、関節技に移行。
 流れるような動作であった。才能のある人間が、幼い頃から戦うために積み上げた成果だった。

 おそらく相手は、これで決まりだと思っただろう。観衆の大半も。しかしそこで、逆転の目があることに気づいている者もいる。
「わざとか」
 微笑を浮かべた雅香の視線の先で、悠斗の右腕が、肩の関節から外されていた。
 普通ならばそれで決まりの手。激痛でそれ以上の戦闘は不可能。可能だとしても――普通なら、そこからすぐには動けない。

 だが悠斗は関節を外された右肩をさらに捻り、左手の自由を確保した。痛みは忘れる。脳に認識させない。
 左拳は相手の右鎖骨を折った。その痛みと、反撃されたことで隙を見せた相手に対して、悠斗は頭突きをかます。
 その勢いで離れそうになった相手を左手で掴み、そこから頭突き、膝蹴り。そして屈みこんだ相手の頭部に、自由になった左手による肘打ち。
 気絶した選手が倒れると共に、審判が試合を止めた。

 100人に二人は、生来の殺人者がいるという説。悠斗の容赦のなさ、そして平気で自分の一部を囮にする考え。悠斗の不気味さは一族の人間でも驚くものである。
 実際に審判は止めるのが少し遅れた。そして普段は共に行動をしている友人も、その異常性に気付いたろう。
 一族がどれだけ戦闘経験を積み、代々殺すための古流技術を伝えてきたとしても、殺し合いの多さでならば前世持ちで常在戦場であった悠斗の圧勝である。
 ダメージを受けても治癒出来る環境。そんな中で片手を犠牲にする程度、悠斗は全く躊躇わなかった。



「あんたのこと、正直舐めてたわ」
 弓が悠斗を治療している間、春希は溜め息と共にそう言った。
「普通……じゃなくても片腕の関節外された段階で、試合はストップよね。審判も多分そう思ったわね」
「いや~、俺ルーズジョイントだから、関節外された程度なら動けるんだよな」
 ルーズジョイント、関節技が極まりにくい、関節の駆動域が広いことを言う。
 特に肩関節は人によって外してもすぐにはめられる人間がいる。過去において刑務所の脱獄王などは、他の部分も外して、脱獄をすることもあったらしい。一種の特異体質である。
「それでも痛いでしょうが」
「外された肩を脳に伝える神経、それを首辺りで信号を止めるんだよ。そしたら痛みを感じずに動けるんだよね。まあずっとその状態を続けられるわけじゃないから、戻したらそれなりに痛いけど」
 闘技の一つであるが、魔力を使わなくても出来るものだ。つまり、単なる肉体のコントロールに近い。

 実際に女性の総合格闘などでは、男性よりも関節技の極まる傾向が低い場合がある。
 関節の柔らかさ以上に、痛みに強かったり、骨の構造が柔らかだったりするからだ。
「それにしても、次もまたそんな手でいくわけ?」
「いやあ、さすがに対応されるとは思ってる」
 次の相手は打撃を主軸に攻撃してくるか、致命傷に至る技を使ってくるかもしれない。
 前の試合の最後の肘打ちは、相手が戦意喪失しているので不要ではあった。
 ただ、悠斗にとってはそうではなかった。確実に意識を刈り取り、動けないようにしなければいけない。
 武術の本質における、残心というものだ。肩を外した程度で油断した相手が悪い。
 それにしても、次の相手はより攻撃的になるだろうが。

「ダメージは回復しても、体力は削がれるだろ? ただでさえ一試合多く戦わないといけないんだから、少しでも疲労するのは避けたかったんだ。
 たとえばナイフで体の表層を少し切られたとする。出血はあるが、それほどのダメージではない。
 だがナイフをかわすことに専念し、ナイフ以外の攻撃でダメージを受け、ナイフを怖がって試合を長引かせれば、体力はむしろこちらの方が消耗する。
 道理ではあるが無茶でもあることを、悠斗は言った。
 春希さんたちもドン引きである。

「それにしても最後の肘は不要だったと思いますが」
 アルが男の子の強さを発揮して、戦闘について質問してくる。
「ちゃんと頭蓋骨が割れる程度に手加減したぞ。それぐらいなら確実に治せるんだろ?」
 悠斗の安全基準に、戦闘民族である月氏一族やアヴァロンの戦士もドン引きである。
 島津だったらチェスト関ヶ原で理解してくれそうな気もするのであるが。

 頭を振った春希は、今度こそ本当に、悠斗を理解した気になった。
「ようするにあんたは能力的に強いだけでなく、価値観的にと言うか……性格的にも強いわけね」
 手加減とは言いながら平気で頭蓋骨を砕くなど、月氏十三家の人間でさえも、普通はためらう。一部の戦闘民族系の家は除くが。
 たとえば九鬼、菊池あたりはそうである。あの二つの家に限って言えば、訓練で死に掛けて半人前、実戦で死に掛けて一人前というのが基準である。
「いや、俺だってちゃんとダメージが残らないように計算してるぞ? ルールは全く破ってないだろ?」
「確かにそうですが……」
 ルールの範囲内で悠斗に破れたアルだが、いささか納得しがたいものがあったらしい。
「分かったよ。今度迷宮の低階層で、何でもありの訓練しようぜ。沖田がいればそうそう死なないだろ?」
「いや、そういうことではなく――」

 引きつりながら応じるアルに対し、春希は突然それまでになかった、深刻な表情で何かを考えこんでいるようだった。
「春希、なんかあるのか?」
 弓やみのりに対しては姓で呼ぶのだが、春希に対しては名前で呼んでいる。別に特に彼女と親しいからという理由だけでなく、鈴宮という姓自体が、単に呼ばれることを憚られるからだ。
 鈴宮は一族の最高意思決定者である、巫女姫を輩出する家の一つである。その一員であると知られる可能性を少しでも防ぐため、彼女は普段名前か、姫とだけ呼ばれるのだ。
「……あたしの霊銘神剣”導き”には、運命を司る力があると言われてる」
 霊銘神剣。能力者の戦闘力を格段に引き上げる神器であるが、これには単なる武器として以外の要素がある。
 弓の”癒し”などは精神的な治癒も可能らしい。そして同じ神器でも、位階というものがる。

 春希の持つ”導き”は第四位の位階を持つ相当に強力な霊銘神剣だが、実は先代が使っていた時は第二位の力を持っていた。
 所有者に合わせて能力が上下する。つまり春希はまだ霊銘神剣を使いこなせていないというわけだ。
「導くのは、その人生の選択や、周囲に集まる人間との交流関係にも及ぶから、正直あんたが何か特別なものだとしたら、あたしと出会ったのは運命かもしれない」
「大袈裟な。能力者同士が魔法学校で知り合うのは、別に珍しいパターンでもないだろ」
 口にする悠斗も、そんな機能があったのかと、春希の霊銘神剣には注意をする必要があるのかと思う。
 そもそも悠斗の持つ神剣は、様々な神が権能となって作り上げたものだ。起動の言葉は「光あれ」ではあるが、光だけを司るものではない。
 神剣自体もまた、こちらの世界で分析する必要があるかも、と悠斗は思った。
 その間にも春希の自問自答は続いていた。
「わざわざあたしがこの学校に入学したのは、あんたみたいな規格外の素質を持つ人間を取り込むためだったんだけど、今から考えてみれば、別に弓とみのりに任せてもいいはずなのよね。だけどなんとなく、自分も行きたくなった……」
 霊銘神剣の導きとやらは、強力なものなのだろうか。

 まだ話は終わっていないが、悠斗には時間がない。
 残り8人になったトーナメント、次に当たるのは雲井の姓を持つ少年であった。
「雲井家は主に中国地方に権力を持つ家。歴史に出た例としては、尼子と協力関係にあって、毛利元就と戦ったことが少しある」
 ここでもまた、歴史とのわずかながらも接触がある。
 雅香の言っていた齟齬を、埋めているのだろうか。ちなみに毛利元就は謀略で、雲井家を自分の味方にしたそうな。
 一度歴史の差異については話し合ったほうがいいかもしれない。
「雲井家は出雲にも影響を持っていたため、鍛冶などの技術で一族に知られているが、雲井家自体も使い手は多い、気をつけて」
「さっき容赦ないところ見せたから、あっちももう油断してないわよ」
「が、頑張ってください。でも第一には怪我のないように」
 女性陣の応援を受けて、悠斗は歩き出す。
 周囲からの嫉妬の視線が痛かったが、彼はまだ女性に関心を持つ部分が成長していない。
(また真剣にやる必要があるよな)
 自分よりも頭一つ高い対戦者を相手に、悠斗はまた考えを巡らせていった。
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