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17 迷宮攻略
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雅香の言葉に、悠斗はしばらく絶句していた。
「その……俺たちの戦いでも、せいぜい惑星の表面を削る程度だったんだが、惑星を破壊するような能力者、神なんて本当にいるのか?」
突出した力を持った勇者と魔王。それが全力で戦闘しても、せいぜい山を吹き飛ばし、荒野に変える程度であった。それでも強力な水爆レベルの破壊力はある。
惑星の破壊とはレベルが違う。まあ魔王にはまだ切り札があるのかもしれないが。
「経験上、今までに巡った地球型世界は、同じ理由で滅亡していると言っただろ? 神の力は異常だよ」
まあ確かに神と名乗るからには、無茶を通すだけの力もあるのかもしれないが。さすがに世界を、地球を壊してしまうのはやりすぎではないのだろうか。
そんなことを考えていた悠斗に、雅香はさらに情報を与えてくる。
「もちろん全ての神がそんな力を持っているわけではない。それにそういった力を持つ神相手でも、安全に戦闘する手段はある」
つまり相手の全力を出させないということか。平気で惑星を砕く存在に、自重を求めるのは難しい気もするが。
「迷宮の中だ。ここは亜空間とでも言うべきもので、迷宮自体が破壊されるような戦闘でも、世界に与える破壊の影響は少ない。神相手には、基本的にこの中で戦うことになる」
「え~、つまり全力を出す神と、そのテリトリーで戦うわけか?」
「世界を守るためには、これが一番確実だ」
「それに俺の力を貸してほしいと?」
「私に協力することは、君の利益にもなると思うが?」
それは、誰だってそうだろう。世界を守るために協力しろ。それには賛同するしかない。
もっとも協力者の力があまりにも弱かったり、雅香の目的が違っている場合は問題があるが。
「……神ってのはそこまで戦闘狂なのか? 惑星がなくなっても、生き残ることが出来るのか?」
「出来る。一例としては、火星の環境を変えて、そこでまた戦闘を行っていた。そしてもう一つ、神々の戦いの中ではその力によって世界の境界が歪み、異世界への門が開く場合がある」
「異世界っつーと、あちらの世界のことか?」
「あれは閉じた世界……と私は呼んでいる。並行世界や類似世界がない無二の世界だな」
地球型世界の異質さは、あまりにも多い並行世界の存在である。
雅香が言うには、おそらく今までに転生したうちの半分は、地球型世界であったとのことだ。
「それと、もう一度詳しく聞いておきたいんだが、どうしてお前は転生出来たんだ?」
「お前のせいじゃないんだよな?」
悠斗の転生は、普通はありえないことである。
雅香の記憶の中で、地球型世界に、他の世界の記憶を持って転生するというのは、しかもはっきりと記憶を持っているということは、ありえないらしい。
赤ん坊の頃には残っている記憶も、新しい記憶に上書きされるのだとか。まあ、それが科学的に考えたら普通なのだろうが。
「私の召喚式は、魔王を倒すと元の世界に戻すものだったから、死んだ魂がこの世界に戻るのは、ありうるのかもしれない。記憶が残っているのは……ああ、神剣のせいかな」
「ああ、あれか」
魔王の知識から答えは出され、悠斗の方でもそれに納得する。
神剣。魔王を倒すために、当時活動可能であった神々のほとんどが力を与えた、この世界で言うなら魂に直接付属する霊銘神剣である。
神剣の所持者はあらゆる攻撃から守られ、それは精神に対するものでも同じである。転生時に漂白される記憶が、そのおかげで残ったということか。
それが魔王の勇者送還魔法と混在して、魂を地球に戻し、なおかつ記憶を維持させていたと。
検証は出来ないが納得する説明である。
雑談の合間に魔物を狩りながらも、悠斗は雅香なりの、生まれた時から違う価値観を持つ人間としての、一族の印象を聞いていた。
だが、すぐにまた驚かされることとなった。
地球型世界の場合、普通は神はいても、魔法は存在しない。少なくともこの世界ほど極端に魔法使いは強く、多くはない。
「お前があの世界でやってた改革を見ると、確かにこの世界の方がおかしく感じるよ」
あちらの世界の魔王軍は、魔法と科学が融合していたせいで、ある分野では地球よりも文明が発展していた。
そして現代の地球は、魔法の存在が明らかにされて、急速に科学との融合がなされ、主に軍事面とエネルギー面での発達が著しい。
産油国の優位性が失われて、あちらの地元はひどいことになっているらしいが……仮にも神が存在し、魔法が存在することを、権力者の一部は知っていたはずである。それがどうしてここまで世界を変革させているのか。
「一つは、神の活動は人類の有史以来、ほとんどなかったということだな。それと魔法の力も、この十数年で急激に上昇している。同じ魔法を使っても、今と昔では全く威力が違うんだ」
「……大気中のマナ濃度が変化しているってことか?」
「前の世界的に言うとそうだ。そしてその原因は、神が眠りから醒めかけていることと関係がある」
「神の力がマナとなり、それで人間の魔法も強力になっているってことか」
「どこかのアホな国々が地下で核実験とかをやってくれたからな。神も自分たちと対話できるほどには人類が進歩したのに気が付いたんだろう」
それは、一つの納得出来る説明ではあるのだが……。
「そもそも神の目的ってなんなんだ?」
「決まっている。支配することだ」
一気に胡散臭い話になって、悠斗は眉をしかめる。
「神と言っても、単に強大な力を持つ知的生命体に過ぎないからな。今までのパターンだと、神が国を支配しようとして、それに人類が対抗して核攻撃。神が本気を出して人類滅亡、その後神々の戦いで惑星消滅」
「つまりその時点までは、お前も生き残っていたと?」
「神は確かに強いが、一部の個体を除いては人間でも倒せなくはないからな。それで惑星消滅後は、火星に移動して戦争継続か、神同士の争いで歪んだ時空から、他の世界に移動して終了だ」
「……神、迷惑だな」
荒ぶる神というレベルではない。もはや天災だ。
しかし今までのパターンとは、この世界が違っている要素が一つ。
「この地球では、魔法使いが多いってことか……」
「魔法使いだけでなく、戦士も強いがな。あちらの世界と同程度には」
あちらの世界の卓越した戦士は、悠斗ほどではないが、小さな山程度なら吹き飛ばすことが出来た。
魔法にしても、最後の戦いで使った魔法は、地球での水爆以上の破壊力があっただろう。
「それでお前は、神を倒してこの世界を生き延びさせたいと?」
「ああ。人類が宇宙進出して他の居住可能惑星を見つけるのは、2045年までには不可能だったからな」
「協力してくれる人間は? その例の、俺たちより強い二人とかは」
「……どちらも私には好意的だし、話を聞いてくれる可能性はあるかもしれないが、彼らは寿命が短い。むしろ息子の世代の方に期待した方がいいだろうな。それにまだ多少は時間の余裕があるから、世界中を探せば、私たちレベルの人間も多少は見つかるだろう」
西暦2045年なら、おそらく悠斗は生き残っているだろう。そもそも延命の魔法がある。
「あれ? その二人には延命の魔法は使わないのか?」
「使わないんじゃなく、使えないんだ。あの家の男は強力な力と引き換えに、寿命が短い。神の呪いだと私は思っている」
なるほど、何事も都合よくはいかないものである。
そしてそんな会話をしながら二人は移動し、当初の目的地であった5階のフロアボスを倒し、深層へと向かって行く。
どうも話を聞いている限り、魔王が悠斗をこの世界で殺す理由はない。むしろ今のところ唯一価値観を共有できる、仲間だと思っているふしがある。
悠斗は背後から魔王に襲われる危険を考えたが、むしろ雅香が勇者に背後から襲われる可能性の方が高いだろう。
殺し合った仲であり、互いの友や部下の仇であるのだが――雅香はともかく、悠斗も不思議なほど悪感情を覚えない。
見くびられ、見逃され、殺されかけたのだが、もう魔王があの世界に戻ることはないようだし、そもそもこいつは理性的で中庸な性格だ。
あの世界のバランスを魔族と人間で釣り合うようにしたと言うなら、魔族にとっては英雄だ。
それでも魔族には、いい感情を持ち得ないのだが、今の彼女は明確に人間である。しかも前世とは違って人間の側で、前世と同じように世界全体のことを考えている。
「ちなみに十三家の中には吸血鬼の家系もあるし」
「マジで!?」
これでは余計に魔族に隔意を抱くことは出来ない。
そして潜りに潜った30層。この迷宮の主が眠る空間である。
神殿を模したような巨大な柱が何本も立っているのだが、雲に隠れて先端が見えない。屋根も見えない。
そこを進んでいくと巨大な岩があり、注連縄のように結界が張ってあった。
「今更なんだけど、神を殺して迷宮をなくすのって、まずくないのか?」
「殺せるかどうか、正直分からないんだよ」
ここまできて頼りないことを、雅香は口走った。
月氏十三家は、迷宮やその周辺の魔物を退治することは長年続けてきたが、迷宮自体を消滅させようとしたことはあまりない。
例の兄弟のうち弟がそれを成し遂げたことがあるのだが、基本人間は神には勝てないようだ。
「それでも世界中を探せば、何人かは見つかる。そして全力で神々を倒す。ちなみに神でもちゃんと殺せることは、証明済みだ」
雅香の言葉を聞く限りでは、この地球を守るためには、その方法しかないのだろう。
2045年。一世代ほどは後であるが、惑星消滅の危機を避けるためとあれば、決して長い余裕ではない。
悠斗は溜め息をついた。今度の戦いは勇者ではなく、一介の戦士として戦うことになろう。
家族を守るためには、人類全体どころか地球そのものを守らなければいけない。その困難さに、頭が痛くなりそうだ。
しかし選択肢はない。雅香の言っていることを検証する必要はあるのだろうが、こういった荒唐無稽な嘘をつく必要はないように思える。
「話は分かった。どのくらいのことが出来るかは分からないが、出来るだけのことはしよう」
悠斗の答えに、雅香は顔を綻ばせた。
「頼りになる味方がやっと見つかって嬉しいよ。一族の中ではこんな話は出来ないからな」
前世で殺し合った仲が、今世では協力することになる。マンガでは戦いの後に仲間になることは多いが、まさか現実でこんなことになるとは。
河原で喧嘩した後に、親友になるようなノリなのだろうか。
少しまた違った方面に悩む悠斗に対して、雅香は朗らかに告げた。
「よし、じゃあ効率よく強くなる方法を教えようか」
「効率も何も……そうか、何千年も生きてるわけだから、そのノウハウがあるのか」
さすがは一つの世界の神全てを相手に戦った魔王である。そりゃあ強いわな、と悠斗は思ったのだが。
「おそらくお前の考えている、効率のいい手段とは違うぞ」
魔法制御や闘技の研鑽。悠斗はこれだけで既に、物心ついてからやっと修行を始める一族の人間より、アドバンテージがあると思っていたのだが。
「まずはレベルとステータス、それにスキルの概念を覚えていこうか」
「は?」
真顔で返す悠斗であった。
「その……俺たちの戦いでも、せいぜい惑星の表面を削る程度だったんだが、惑星を破壊するような能力者、神なんて本当にいるのか?」
突出した力を持った勇者と魔王。それが全力で戦闘しても、せいぜい山を吹き飛ばし、荒野に変える程度であった。それでも強力な水爆レベルの破壊力はある。
惑星の破壊とはレベルが違う。まあ魔王にはまだ切り札があるのかもしれないが。
「経験上、今までに巡った地球型世界は、同じ理由で滅亡していると言っただろ? 神の力は異常だよ」
まあ確かに神と名乗るからには、無茶を通すだけの力もあるのかもしれないが。さすがに世界を、地球を壊してしまうのはやりすぎではないのだろうか。
そんなことを考えていた悠斗に、雅香はさらに情報を与えてくる。
「もちろん全ての神がそんな力を持っているわけではない。それにそういった力を持つ神相手でも、安全に戦闘する手段はある」
つまり相手の全力を出させないということか。平気で惑星を砕く存在に、自重を求めるのは難しい気もするが。
「迷宮の中だ。ここは亜空間とでも言うべきもので、迷宮自体が破壊されるような戦闘でも、世界に与える破壊の影響は少ない。神相手には、基本的にこの中で戦うことになる」
「え~、つまり全力を出す神と、そのテリトリーで戦うわけか?」
「世界を守るためには、これが一番確実だ」
「それに俺の力を貸してほしいと?」
「私に協力することは、君の利益にもなると思うが?」
それは、誰だってそうだろう。世界を守るために協力しろ。それには賛同するしかない。
もっとも協力者の力があまりにも弱かったり、雅香の目的が違っている場合は問題があるが。
「……神ってのはそこまで戦闘狂なのか? 惑星がなくなっても、生き残ることが出来るのか?」
「出来る。一例としては、火星の環境を変えて、そこでまた戦闘を行っていた。そしてもう一つ、神々の戦いの中ではその力によって世界の境界が歪み、異世界への門が開く場合がある」
「異世界っつーと、あちらの世界のことか?」
「あれは閉じた世界……と私は呼んでいる。並行世界や類似世界がない無二の世界だな」
地球型世界の異質さは、あまりにも多い並行世界の存在である。
雅香が言うには、おそらく今までに転生したうちの半分は、地球型世界であったとのことだ。
「それと、もう一度詳しく聞いておきたいんだが、どうしてお前は転生出来たんだ?」
「お前のせいじゃないんだよな?」
悠斗の転生は、普通はありえないことである。
雅香の記憶の中で、地球型世界に、他の世界の記憶を持って転生するというのは、しかもはっきりと記憶を持っているということは、ありえないらしい。
赤ん坊の頃には残っている記憶も、新しい記憶に上書きされるのだとか。まあ、それが科学的に考えたら普通なのだろうが。
「私の召喚式は、魔王を倒すと元の世界に戻すものだったから、死んだ魂がこの世界に戻るのは、ありうるのかもしれない。記憶が残っているのは……ああ、神剣のせいかな」
「ああ、あれか」
魔王の知識から答えは出され、悠斗の方でもそれに納得する。
神剣。魔王を倒すために、当時活動可能であった神々のほとんどが力を与えた、この世界で言うなら魂に直接付属する霊銘神剣である。
神剣の所持者はあらゆる攻撃から守られ、それは精神に対するものでも同じである。転生時に漂白される記憶が、そのおかげで残ったということか。
それが魔王の勇者送還魔法と混在して、魂を地球に戻し、なおかつ記憶を維持させていたと。
検証は出来ないが納得する説明である。
雑談の合間に魔物を狩りながらも、悠斗は雅香なりの、生まれた時から違う価値観を持つ人間としての、一族の印象を聞いていた。
だが、すぐにまた驚かされることとなった。
地球型世界の場合、普通は神はいても、魔法は存在しない。少なくともこの世界ほど極端に魔法使いは強く、多くはない。
「お前があの世界でやってた改革を見ると、確かにこの世界の方がおかしく感じるよ」
あちらの世界の魔王軍は、魔法と科学が融合していたせいで、ある分野では地球よりも文明が発展していた。
そして現代の地球は、魔法の存在が明らかにされて、急速に科学との融合がなされ、主に軍事面とエネルギー面での発達が著しい。
産油国の優位性が失われて、あちらの地元はひどいことになっているらしいが……仮にも神が存在し、魔法が存在することを、権力者の一部は知っていたはずである。それがどうしてここまで世界を変革させているのか。
「一つは、神の活動は人類の有史以来、ほとんどなかったということだな。それと魔法の力も、この十数年で急激に上昇している。同じ魔法を使っても、今と昔では全く威力が違うんだ」
「……大気中のマナ濃度が変化しているってことか?」
「前の世界的に言うとそうだ。そしてその原因は、神が眠りから醒めかけていることと関係がある」
「神の力がマナとなり、それで人間の魔法も強力になっているってことか」
「どこかのアホな国々が地下で核実験とかをやってくれたからな。神も自分たちと対話できるほどには人類が進歩したのに気が付いたんだろう」
それは、一つの納得出来る説明ではあるのだが……。
「そもそも神の目的ってなんなんだ?」
「決まっている。支配することだ」
一気に胡散臭い話になって、悠斗は眉をしかめる。
「神と言っても、単に強大な力を持つ知的生命体に過ぎないからな。今までのパターンだと、神が国を支配しようとして、それに人類が対抗して核攻撃。神が本気を出して人類滅亡、その後神々の戦いで惑星消滅」
「つまりその時点までは、お前も生き残っていたと?」
「神は確かに強いが、一部の個体を除いては人間でも倒せなくはないからな。それで惑星消滅後は、火星に移動して戦争継続か、神同士の争いで歪んだ時空から、他の世界に移動して終了だ」
「……神、迷惑だな」
荒ぶる神というレベルではない。もはや天災だ。
しかし今までのパターンとは、この世界が違っている要素が一つ。
「この地球では、魔法使いが多いってことか……」
「魔法使いだけでなく、戦士も強いがな。あちらの世界と同程度には」
あちらの世界の卓越した戦士は、悠斗ほどではないが、小さな山程度なら吹き飛ばすことが出来た。
魔法にしても、最後の戦いで使った魔法は、地球での水爆以上の破壊力があっただろう。
「それでお前は、神を倒してこの世界を生き延びさせたいと?」
「ああ。人類が宇宙進出して他の居住可能惑星を見つけるのは、2045年までには不可能だったからな」
「協力してくれる人間は? その例の、俺たちより強い二人とかは」
「……どちらも私には好意的だし、話を聞いてくれる可能性はあるかもしれないが、彼らは寿命が短い。むしろ息子の世代の方に期待した方がいいだろうな。それにまだ多少は時間の余裕があるから、世界中を探せば、私たちレベルの人間も多少は見つかるだろう」
西暦2045年なら、おそらく悠斗は生き残っているだろう。そもそも延命の魔法がある。
「あれ? その二人には延命の魔法は使わないのか?」
「使わないんじゃなく、使えないんだ。あの家の男は強力な力と引き換えに、寿命が短い。神の呪いだと私は思っている」
なるほど、何事も都合よくはいかないものである。
そしてそんな会話をしながら二人は移動し、当初の目的地であった5階のフロアボスを倒し、深層へと向かって行く。
どうも話を聞いている限り、魔王が悠斗をこの世界で殺す理由はない。むしろ今のところ唯一価値観を共有できる、仲間だと思っているふしがある。
悠斗は背後から魔王に襲われる危険を考えたが、むしろ雅香が勇者に背後から襲われる可能性の方が高いだろう。
殺し合った仲であり、互いの友や部下の仇であるのだが――雅香はともかく、悠斗も不思議なほど悪感情を覚えない。
見くびられ、見逃され、殺されかけたのだが、もう魔王があの世界に戻ることはないようだし、そもそもこいつは理性的で中庸な性格だ。
あの世界のバランスを魔族と人間で釣り合うようにしたと言うなら、魔族にとっては英雄だ。
それでも魔族には、いい感情を持ち得ないのだが、今の彼女は明確に人間である。しかも前世とは違って人間の側で、前世と同じように世界全体のことを考えている。
「ちなみに十三家の中には吸血鬼の家系もあるし」
「マジで!?」
これでは余計に魔族に隔意を抱くことは出来ない。
そして潜りに潜った30層。この迷宮の主が眠る空間である。
神殿を模したような巨大な柱が何本も立っているのだが、雲に隠れて先端が見えない。屋根も見えない。
そこを進んでいくと巨大な岩があり、注連縄のように結界が張ってあった。
「今更なんだけど、神を殺して迷宮をなくすのって、まずくないのか?」
「殺せるかどうか、正直分からないんだよ」
ここまできて頼りないことを、雅香は口走った。
月氏十三家は、迷宮やその周辺の魔物を退治することは長年続けてきたが、迷宮自体を消滅させようとしたことはあまりない。
例の兄弟のうち弟がそれを成し遂げたことがあるのだが、基本人間は神には勝てないようだ。
「それでも世界中を探せば、何人かは見つかる。そして全力で神々を倒す。ちなみに神でもちゃんと殺せることは、証明済みだ」
雅香の言葉を聞く限りでは、この地球を守るためには、その方法しかないのだろう。
2045年。一世代ほどは後であるが、惑星消滅の危機を避けるためとあれば、決して長い余裕ではない。
悠斗は溜め息をついた。今度の戦いは勇者ではなく、一介の戦士として戦うことになろう。
家族を守るためには、人類全体どころか地球そのものを守らなければいけない。その困難さに、頭が痛くなりそうだ。
しかし選択肢はない。雅香の言っていることを検証する必要はあるのだろうが、こういった荒唐無稽な嘘をつく必要はないように思える。
「話は分かった。どのくらいのことが出来るかは分からないが、出来るだけのことはしよう」
悠斗の答えに、雅香は顔を綻ばせた。
「頼りになる味方がやっと見つかって嬉しいよ。一族の中ではこんな話は出来ないからな」
前世で殺し合った仲が、今世では協力することになる。マンガでは戦いの後に仲間になることは多いが、まさか現実でこんなことになるとは。
河原で喧嘩した後に、親友になるようなノリなのだろうか。
少しまた違った方面に悩む悠斗に対して、雅香は朗らかに告げた。
「よし、じゃあ効率よく強くなる方法を教えようか」
「効率も何も……そうか、何千年も生きてるわけだから、そのノウハウがあるのか」
さすがは一つの世界の神全てを相手に戦った魔王である。そりゃあ強いわな、と悠斗は思ったのだが。
「おそらくお前の考えている、効率のいい手段とは違うぞ」
魔法制御や闘技の研鑽。悠斗はこれだけで既に、物心ついてからやっと修行を始める一族の人間より、アドバンテージがあると思っていたのだが。
「まずはレベルとステータス、それにスキルの概念を覚えていこうか」
「は?」
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