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16 初心者卒業

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 最近春希の機嫌が悪い。
 あの日であろうかと思う悠斗であるが、もちろん口には出さない。女性にその類の話題はタブーであるのだ。前世の姉の凶悪さは、あの日の間は倍化していた。
「どうなんだろ?」
 部室に早めに来た悠斗は、一番乗りの弓に聞いてみる。すると弓は読んでいた文庫本を閉じ、非常に気の毒そうな目で悠斗を見た。
「……鈍感」
「は?」
 思わず声に出してしまった悠斗であるが、少し考えれば分かることである。

 悠斗は春希に連れられてこのパーティーに属し、魔物退治やダンジョンへ行ったりしている。
 春希の視点から見たら、悠斗は自分の派閥に属する構成員なのだろう。
 まだ子供ではあるが、春希の立場はかなり高いようであるし、悠斗の血統の有用性も教えてもらっている。半ば自分の物とまで思っていてもおかしくはない。十代前半の少女とはそういう生き物だ。

 それが雅香と共に行動していたのだ。雅香は春希とは違う家の者であり、血統的にも立場的にも春希の方がはるかに上である。
 自分の物、という言い方が悪ければ、悠斗は自分の支配下にあると思っていてもおかしくはない。それが他の家の、自分よりはるかに強いが地位は低い少女と同じであった。どこか気に入らないのだろう。
 しかしそもそも悠斗個人の意見を言うなら、雅香相手に恋愛感情に発展する可能性はない。共通した過去があるという点でだけは、同志と言えるのだろうが。
 殺しあった仲が恋愛関係に発達することはないと、常識を放り出したような魔王と勇者でも、それぐらいの認識は共通している。
 そもそも前世の魔王には、同性愛者疑惑があった。誹謗中傷の一つだと思ってはいたが。

 よって春希の様子について、やってきたアルを教室の片隅に引きずり込み、意見を聞いてみる。
「それはまあ、春希さんは貴方に好意を抱いているのでしょう」
「好意?」
「好きってことです」
「そりゃないだろ」
 即座に断定した悠斗に、むしろアルの方が驚いた。

 確かにアルの目から見ても、春希が悠斗に向けるものは、純粋な好意とは言いがたい。
 しかし年頃の男の子が春希のような美少女から、そういったものを向けられていると、勘違いすることはおかしくない。案外腹黒いアルはそう思わせたかったのだが。
「あいつは要するに、昔の貴族のお姫様みたいなもんなんだろ? いくら潜在能力が高いからといって、俺みたいな馬の骨を相手にするわけないだろ。まあ、お気に入りの玩具を取られた感覚程度なら分かるが」
 悠斗の言葉にアルは、しばし絶句した。
「……あなたは一般人の出なのに、我々能力者の家に育った人間と、同じような考えをするのですね」
「そうかな?」
 おそらくあちらの世界での影響だろう。あの世界は王権の存在する君主制の国家がほとんどであり、勇者である悠斗はさすがに別格としても、彼の仲間は勇者の従者程度に見られることも少なくなかった。
 権力者というのは権力を己の後継者に残すことに固執し、それが血縁者であることを望むものである。
 そんな体制だから、魔王軍に圧倒されていたのだが。
 もっとも能力者は実力主義を表面的には通しているので、アルが日本に来たり、悠斗を同化させようとしているのである。

 そういった人間を個人ではなく、種馬や繁殖馬としてしか見ないような価値観は、そういう価値観で育った能力者にしか、なかなか分からないものであるのだ。
「俺の場合は種馬扱いだろ。最初に10人ぐらいあてがわれるんじゃないかな。それで結果が出たら、さらにそれが増えて、より強い力を持つ女性と子供を作ることになるんだろ」
 悠斗のばっさりとした物言いに、アルはしばらく硬直する。確かにその通りなのだが、それを悠斗は納得しているようなのだ。
 男の子は中学に入ったあたりからハーレム願望や性欲の虜となるが、悠斗のように達観している人間は少ない。むしろ乙女よりも乙女らしく、運命の相手を求めるロマンチックな一面があったりする。
 アルにしたところで、女性の好みはあるし、特に好意的な少女も存在する。
 だがそれが恋愛として成立しないのが、能力者の社会であるのだ。
 悠斗の異常性に気付きながらも、アルはそれを畏怖して、己の心の中にしまった。



 初夏の空気を肌で感じるようになってきた6月、春希は悠斗に言い渡した。
「それでは能力者試験の、第一段階の卒業試験を開始します」
 唐突であり、意味が分からない悠斗であった。

 能力者というのはその力ゆえに、国家や組織に統制されている。
 ハンターを目指す者は当然登録の義務があるし、ハンターでなくても能力者なら登録だけはしなければいけない。建前上は。
 能力による暴行事件、などというのもあったりするが、実は最近は全体での日本国内の治安は良くなってきている。
 なぜなら見た目だけでは、その人間の戦闘力を把握できないようになってきたからだ。
 たとえば春希など、霊銘神剣を使わなくても、元プロレスラーのヤクザなど片手で片付けてしまう。
 外見で威圧したところ、相手が能力者で返り討ちにあうという事件が、少し前までは頻発していた。
 能力での暴力も、もちろん傷害ではあるのだが、実際に司法機関が立ち会って見た場合、どちらの印象が悪いかは一目瞭然だろう。

 元々一族の能力者は、戦闘員として育てられたならば、最弱レベルでも喧嘩自慢のチンピラ20人程度は軽くのしてしまう。
 その最弱レベルの試験というのが、これから悠斗が受けるものであった。
 普通ならば学校の方で能力を教師が判断した後、課目活動として行うものである。
 それを春希は強権を発揮したのか、それとも普通に悠斗のレベルがそこまで達したのか、試験を行うようにしてきたのである。
 場所は普段の迷宮。五階にいるフロアボスを倒して、その一部を持ってくれば試験合格である。
 明らかに学校の授業よりは早いが、もちろん悠斗は問題なくこなせると思っているし、春希もそう判断したのだろう。

 しかし、である。
「俺、なんも用意してねえぞ」
「いつも特に用意してないでしょ? 普通のハンターならともかく、あたしたちの一族なら、徒手空拳でもこれぐらいはこなすわけよ。まあ最低限の水と食料、それにいつもの剣は持っていってもいいけど」
 他のメンバーを見ても、にこにこと笑っていたりいつも通りの無表情だったりで、特に心配してくれる様子もない。
「まあ、多分大丈夫とは思うけどなあ」
 ぽりぽりと頭を掻いて、悠斗は突然の試験に応じた。

 学校のカリキュラムと違うのは、圧倒的に悠斗の実力と潜在能力が飛びぬけているからだ。もちろん他の四人も、一般教養はともかく戦闘訓練や魔法学などの授業は受けない。
 それは既に通り過ぎた道なのである。
 試験を受けるだけであとは自習。当初はその予定だったらしいが、悠斗の評価を改めて、試験まで前倒しするらしい。
 まあ一族の常識で言うと、やはり十代前半は伸び盛りなので、無駄な時間を他に当てるのは良いことだ。
 ちなみに一族の人間は物心つくか否かの頃から訓練を始めるので、よほど弱い一族の人間と、よほど強い一般の人間を比べても、20歳ぐらいまでは一族の人間の方が強いらしい。
 悠斗や雅香のような、転生者は完全なる例外である。

 普段どおりに電車に乗って、普段どおりに迷宮へ向かう。
 異なるのはその入り口で、四人に見送られることだけだ。
「一応言っておくけど、ヤバイと思ったら逃げてくるのよ」
「分かってるよ。命大事に、ってな」
 実はこの試験は、本来ペアで行うものである。
 実戦というのはどれだけの腕利きであろうと、予想外のことが起こることがある。
 その時一人だけであるなら、どうしようもないかもしれない。だが二人なら、という意図のもとである。
 だが春希が悠斗の試験を強引にねじ込んだために、こんな条件が付与されたのだ。

 一族は悠斗の遺伝子を貴重と見ているが、戦力としてはそれほど強大だとは思っていない。
 なんと言っても始めるのが遅すぎたのだ。これが一族の人間として物心つく頃から始めていたら、その評価も全く違うものになっただろうが。
 悠斗は種馬として期待されているのであって、競走馬としての成績を期待されているわけではない。アルも説明していたことである。
 だから本来なら通るはずのない春希の意見なのだが、なぜか通ってしまった。
 もちろん春希も悪気はないし、悠斗なら可能だと思っているのだが、悠斗の価値的に考えると、通るはずがないのである。
 それが通ったということを、彼女はもう少し深く考えるべきであった。



 普段どおりに一階を過ぎて、二階に下りる。
 もはや慣れたゴブリンや魔狼の襲撃があるが、悠斗は剣を適当に振り回して打撃で片付けた。
 下手に斬ると刃が鈍くなるし、返り血を浴びて嫌な気分になるからだ。
 そして三階に下りる階段の前で、彼女は待っていた。
「やあ」
「おっす。連絡先教えたのに、全然連絡してこなかったけど、何かあったのか?」
 御剣雅香である。
「ああ、あれは囮だよ。分かりやすい連絡手段を構築しておくことによって、こういった直接の接触から目を逸らさせる。心配しすぎかもしれないが、私もこれで、かなり用心しているんだ」

 なんとも慎重なことである。まあこの国には魔王でさえ敵わない人間が二人もいるらしいので、前世のように好き勝手に状況を作れないのだろうが。
「俺の試験がこんなのになったのは、お前が動いたからか?」
「いや。だがまあ、鈴宮の姫が確保している札を、自家の不安要因として取り除きたいと思っている近視眼的な人間もいるんだ。私はそれにちょっとだけ囁いただけさ。実のところ、お前が死んでも生き残っても、それほど変わらないだろうな。失敗してもいい策だ」
 悠斗の遺伝子はおそらく優秀だが、確実に証明されたわけではない。それは彼の子供が生まれてから判明するものだ。
「なんつーか、外道だな。俺じゃなきゃ死んでる罠でもあるのか?」
「ない。さらに不測の事態に対処するため、わざわざ私が守りに来た」
「……背後から撃たれる気がして、逆に不安なんだが」

 正直なところ、悠斗は雅香が敵ではないとは思っているが、何らかの意図があって行動しているのは間違いない。
 第一には本人も言っていた通り、強さを求めているのだろう。前世では神々が全力でバックアップした勇者が、どうにかして相討ちに持ち込んだほど魔王ものである。それがこの世界では、最強にはまだほど遠い。
 年齢的なこともあるのだろうが、前世で使っていた戦闘技術は、ほぼこちらの世界でも使えるはずだ。それに生まれて10年もすれば、この魔王であれば全盛期の力を取り戻していてもおかしくはないのだが。
「本当のところ、お前の目的は何なんだ? まあ、歩きながら話すか」
 下手に時間をかけるのも良くない。悠斗の言葉に頷いた雅香は、横に並んで歩き出した。

 三階は巨大な洞窟上の迷宮となっている。春希の説明によると、石造りの迷宮というのが一番スタンダードなので、これも例外的なものだ。
 現れるモンスターは瞬殺である。ではあるが、会話が途切れそうになるのが問題だ。
「私の目的なんだが……実を言うと、よく分からないんだ。なにしろ何度転生をしているのか、自分でも詳細は覚えていない。おそらくこれが18回目だと思うんだが、世界によっては数千年単位の記憶がある場合もあって、同じ世界で転生を繰り返していたこともあるのかもしれない」
 無茶苦茶である。それだけの時間を試行錯誤して戦闘力を上げるのに使えば、それは非常識な存在にもなるだろう。
「待てよ? そんなお前が勝てない二人って、やばいどころの騒ぎじゃないんじゃないか?」
「うん、まああの二人もそうだが、あの家の男子は極端に寿命が短いから、排除するだけなら待てばいいだけなんだ。まあ、兄の方の息子は、それどころじゃない化物なんだけどな。勝てないわけであって、殺せないわけではないし」
「え? ちょっと待って。お前がとんでもない化物とか言うのって、それは本当に化物じゃないのか?」
 魔王の強さは悠斗が一番良く知っている。それが化物というなんて、ちょっと想像がつかない。

 雅香は溜め息をつきつつ、さらに衝撃的なことを口にした。
「まあ、世界の摂理なのかな。ここも地球型の世界だけど、この世界はすごく多くあるんだが、一つ共通した点があるんだ」
 それまでは進路を真っ直ぐに見つめて話していた雅香が、じっと悠斗を見つめてくる。
「私は地球型世界に何度か転生したんだが、一番長い世界でも、2045年までには消滅しているんだ」
「はあ?」
 悠斗は前世の記憶があるので、かろうじてノストラダムスの大予言などという戯言を知っているが、それにしても雅香情報はそれこそまさかである。
「巨大隕石の衝突とか、そういうものじゃなくてな。まあ……眠っている神々が起き出して、最終戦争を始める。その余波で、どの地球も破壊されていた」

 悠斗は言葉を発せず、雅香の次の言葉を待つ。
「元の理由はともかく、今回の人生での目的は、各地に封印というか、眠っている神々を殺して回る。世界が滅びないようにな。強さを求めるのはそのためだ」
 まさしく救世主のようなことを、元魔王は言った。
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