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13 迷宮の定義
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「なるほど、これが迷宮……って、迷宮じゃないよね、これ」
魔境と化した森の中、春希に導かれて洞窟の中に入った悠斗は、強烈な違和感に襲われた。
迷宮と言えば、普通は鉱山のような岩に囲まれた通路や、石造りの迷路を指すのではないか。
実際にあっちの世界でも、迷宮は広大な空間であっても、閉鎖された空間であった。中には植物が繁茂していたり、岩石の光る迷宮もあったが、それでもこれはおかしい。
この迷宮は、草原であった。そして頭上には空と、太陽が見えている。
遠くには森があり、明らかに魔物ではない動物が、こちらをその中から見つめている。
「鹿ですか。今日の夕食はジェビエ……いやいや、熟成させないと……」
食欲にあふれたアルの言葉に、そういえば美味そうだな、と悠斗も同意する。
こちらに生まれ変わってからはそうではないが、向こうでは野生の獣や魔物などを狩って食するのは、ごく普通のことであった。
あちらの肉は基本的に品種改良がされていないので、舌の感覚はすっかり固くて赤身の多い肉に慣れたものだ。
ちなみにゴブリンは不味かったが、オークは美味しかった。さすがに人に見える魔物は食べなかったが。グールなどは逆に人間を食ってくるのだが、意思疎通は出来るのでかえって対処が難しかった。
死んだ者は食べて、自分たちの肉にしてあげるのが、グールにとっての正しい価値観だったもので。
問答無用で投擲された悠斗の石は、見事に鹿の頭に当たり、その頭蓋骨を砕いた。
「ちょっとあんた」
「鹿だろ? どっか水場はないかな。モツ食ってから探索開始しようぜ」
その狩猟民族並みの感覚に戸惑いつつも、春希は泉へと案内する。
「まだ若い鹿じゃない」
「若い方が柔らかいからな。鹿って日本では増えすぎてるんだろ?」
「いや、ここは迷宮だから、増えすぎて困るってことはないんだけど……」
すさまじい手際の良さで鹿を解体し、森から持ってきた木に火をつける間に血を抜き、余分な分は袋の中に入れておいてもらう。
そんな悠斗の様子を、これまでになく唖然とした顔で、他の四人は見ていた。
これは異世界での経験からくるものではなく、曽祖父が山で猟をしていたから、前世で教えてもらったものだ。
大型の動物を殺すという経験がなかったら、あちらの世界に行った時に、かなり困ったことになっていただろう。
食欲を満たしたところで、ようやく春希の迷宮解説が始まった。
「迷宮や魔境っていうのは、空間が歪んでいるか、異世界との中間の亜世界になっているのよ」
このうち魔境は空間が歪んで地図よりも広く、迷宮はそれ自体が一個の世界である。
基本的に魔境は迷宮の周囲が変化したもので、魔物の発生は迷宮由来による。悠斗の疑問の一つが解けた。
そして迷宮から魔物が出てくるというのは、迷宮の深層に潜む強力な魔物から、追い出されてくるということでもある。
「迷宮ってより、異世界がつながってるんじゃないのか?」
そうならば前からの悠斗の疑問も解ける。だが春希は首を振った。
「半ばはあってるけど、ここは異世界と言うより、小世界とでも言うべき場所なのよ。異界と言ってもいいかもね。あるいは部分的に異世界とつながってるのかもしれないけど、迷宮にはどれも共通した点があるのよ」
ぴっと指を立てて、春希は解説した。
「迷宮の奥に眠り、小さな異世界を作っているのは、神々なのよね」
神というのは、基本的に眠っている。
人類登場以前から存在しているが、彼らの姿に似せて人間を作ったわけではないらしい。
さすがの月氏十三家や、アルの所属するアヴァロン騎士団ドイツ支部でも正確な歴史を網羅しているわけではないが、どうやら人間の雛形というものがあり、それが神のいた世界や、並行世界っぽい地球っぽい世界に共通しているらしい。
まあゴブリンやオーガもそうだが、悠斗が前世で召喚された世界では、エルフやドワーフもいたのだ。雛形というか、集合的無意識が異世界間で共通していると考えると無理はない。
(それで考えるとクトゥルフの神とか、いたらまずいよな。勝てても被害が大きすぎるぞ)
まあ、あれは完全に創作だと判明しているので、さすがに他の世界にいるとは思えないが……下手にそう考えると、フラグが立つような気もする。
神々は世界中に存在しているが、神域とも結界とも、あるいは異界とも言われる迷宮にこもっていて、時折目覚めるそうだ。
神が目覚めると裏社会の動きも活発になり、世界が混乱することも多い。
最近では第二次世界大戦がその例だそうだが、日本に居住する神々は人々の戦争には興味がなかったらしい。正確に言うと、日露戦争までで戦争に介入するのは飽きたらしいが。
軍部の暴走についていけなかったとも言う。神様でも人間を支配しているわけではないのだ。支配したいわけでもないらしい。
全世界の神の意図が不明というのは、かなり恐ろしいことだと悠斗は思うのだが、慣れてしまっている能力者の一族はそのあたりの危機感が足りないようだ。
さて、その神様の一柱が眠る迷宮の中を、悠斗たちは進んでいた。
草原の先には林があったが、視界を大きく遮るようなものはない。頭上からの攻撃には注意するべきだろうが、悠斗は生命体を感知する闘技を常時発動しているし、春希たちも似たようなことはしているのだろう。
いまのところ、戦闘は起こっていない。迷宮と言われても、むしろゴブリンのいた森の中の方が危険なぐらいだ。
そのことを口にすると、春希が説明してくれる。
「魔物が発生するのは迷宮の奥深くなのよ。弱い魔物ほど上層に逃げてくるけど、ここらへんの環境じゃ、食べるものが少ないでしょ? だから迷宮の外に巣を作るわけ」
「神様が魔物を作るのか?」
「あ~……神様と言っても、キリスト教とか仏教とかの、人を助ける神様を想像すると間違いね。日本神話の荒御霊、つまり良いことも悪いこともする神様を想像するといいわね。……キリスト教の神様が人間を助けるってのは語弊だけど」
「神様と言うよりは、超越的な存在か」
それなら悠斗も納得する。
あちらの世界においては、基本神は人間の味方であったが、癇癪を起こして八つ当たりする人間らしいところもある神様であった。
そして神ではないが、神に迫る存在がいた。神獣とか妖精王とか言われる存在である。
日本神話以外にも、怒らせたら怖い神様を祭るとか、理不尽に人間に被害を与える神様は、神話に事欠かない。むしろ理不尽な神が多いだろう。某四文字様のように。
「ひょっとして迷宮の神――というか主を倒すことも出来るのか?」
「可能か不可能かで言えば、出来るわよ」
あちらの世界では魔王かその腹心でないと不可能であったことだが、どうやら地球の神様はそれよりも弱いらしい。
「ただし、出来るのは一部の超人だけね。日本では二人、世界中見ても……30人ぐらい?」
視線で春希がアルに問うと、彼も少し間を置いて頷いた。
「この間会った女の子は無理か?」
「……今は無理だけど、近い将来には出来るようになると思うわね」
問いに答えた春希の表情には、焦燥が見て取れた。
御剣雅香という少女とは一度会ったきりだが、忘れようのない印象を悠斗に与えていた。
美少女だというなら春希もそうなのだが、まとっていた雰囲気、貫禄とも言うべきものが段違いであったのだ。
あちらの世界の強者では、敵味方含めても数人しかいないような、そんな潜在能力を感じさせた。
正直なところ、今の悠斗では素の能力では勝てそうにない。まあ、敵対しているわけでもないのだが。
それにしても、彼女よりもはるかに強い二人の能力者というのは、いったいどんな化物なのか。
そんなことを考えつつも、一同はのんびりと迷宮を進み、地下二層目へと到達した。
ここからは魔物が頻出する、まさにダンジョンとも言える領域なのだが、警戒しながらしばらく進んでも、接敵することがない。
「おかしいわね……」
春希が視線で問うと、弓も無言で頷く。
「探知魔法にも反応がないということは……?」
春希の視線は弓とアルを交互に見つめる。
「……スタンピード」
わずかな思考の後、弓はその言葉を吐いた。
スタンピード。暴走とも氾濫とも言われる。
魔物が何らかの要因で急激に増殖し、本来なら迷宮から出ない深層の魔物までが、一斉に外へと移動する現象である。
当然ながら大災害になるものであり、並の結界ではそれを防ぐことなど出来ず、一族も戦士を揃えて対応するらしい。
「間引きしてあるのにスタンピード? まあ、もう少し調べないといけないけど」
小さく呟いた春希は、悠斗とアルを交互に見つめた。
「アル、悠斗を連れて迷宮の外へ連絡して。私たちは偵察して、スタンピードを確認してから脱出する」
「ダメです。優先順位的に考えて、僕も残ります。ここからなら悠斗君一人でも、迷宮外に出ることは出来るでしょう」
「……貴方は貴重な遺伝子を持っている、交流人員だから、危険は冒せない」
「それを言うなら貴方も次代の姫巫女有力候補。偵察だけをするなら、四人で行けばいい」
ナチュラルに足手まとい扱いされている悠斗であるが、彼の実力を知らない一族にとっては、それが当然の判断なのだろう。
春希は少し考えて、アルに頷いた。
「分かった。4人で行きましょ。悠斗は先に帰ってね」
身体強化を使えば、魔物のスタンピードから逃げ切ることが出来る。だが悠斗は無理だ。そう考えての結論であるのだろう。
もちろんそれは間違った認識なのだが、悠斗はそれを否定しない。
「まあ、足手まといにはなりたくないしな。……無事に帰ってこいよ?」
演技する悠斗に向けて、春希は飛び切りの笑顔を見せた。
「任せなさい! このあたしを誰だと思ってるのよ!」
鈴宮春希様です、と心の中で悠斗は思った。
さて、と先に進んだ4人を見送った悠斗は、林の中でも太い木を見つけて、枝を蹴りながらその上に登る。
やはり広い空間だ。相当強力な魔法を使っても、崩壊することはないだろう。
この層には魔物がいないということなので、悠斗は4人の反応が下の層へ向かったのを確認した後、いくつかの実験をした。
まず探知。確かにこの層には大きな動物はいない。植物があることから予測はしていたが、虫などの小さな動物はいる。
空間の解析。この迷宮の中は、確かに一つの世界ではある。おおよそ10キロほど遠くまで行ったところに、見えない壁があるようだ。それがこの小世界を生み出した存在の限界なのだろう。
そして魔力を解放し、魔法と闘技を軽く試してみる。
一番効率のいい炎の魔法を空中に向けて使い、その力を確認してみる。剣も振ってみるが、やはりまだ筋力が足りていない。
春希たちが悠斗には使えないと思っている身体強化を使えば、振ることは出来る。だが体重が足りないので、バランスが悪い。
そんなことを木の上で試しながら、切り札の確認もするかどうか考える。
転生してからこっち、あの切り札を、悠斗は一度しか確認していなかった。
一応使うことは出来たが、あまりにも魔力と、それより体力の消耗が激しかった。
単体の強敵を一撃で倒すのには向いているが、有象無象の輩を殲滅するのは、かなり微妙なコントロールが必要だろう。
「さて、果たしてスタンピードはどの程度のものなのか」
気配を消した悠斗は、その到来を待った。
魔境と化した森の中、春希に導かれて洞窟の中に入った悠斗は、強烈な違和感に襲われた。
迷宮と言えば、普通は鉱山のような岩に囲まれた通路や、石造りの迷路を指すのではないか。
実際にあっちの世界でも、迷宮は広大な空間であっても、閉鎖された空間であった。中には植物が繁茂していたり、岩石の光る迷宮もあったが、それでもこれはおかしい。
この迷宮は、草原であった。そして頭上には空と、太陽が見えている。
遠くには森があり、明らかに魔物ではない動物が、こちらをその中から見つめている。
「鹿ですか。今日の夕食はジェビエ……いやいや、熟成させないと……」
食欲にあふれたアルの言葉に、そういえば美味そうだな、と悠斗も同意する。
こちらに生まれ変わってからはそうではないが、向こうでは野生の獣や魔物などを狩って食するのは、ごく普通のことであった。
あちらの肉は基本的に品種改良がされていないので、舌の感覚はすっかり固くて赤身の多い肉に慣れたものだ。
ちなみにゴブリンは不味かったが、オークは美味しかった。さすがに人に見える魔物は食べなかったが。グールなどは逆に人間を食ってくるのだが、意思疎通は出来るのでかえって対処が難しかった。
死んだ者は食べて、自分たちの肉にしてあげるのが、グールにとっての正しい価値観だったもので。
問答無用で投擲された悠斗の石は、見事に鹿の頭に当たり、その頭蓋骨を砕いた。
「ちょっとあんた」
「鹿だろ? どっか水場はないかな。モツ食ってから探索開始しようぜ」
その狩猟民族並みの感覚に戸惑いつつも、春希は泉へと案内する。
「まだ若い鹿じゃない」
「若い方が柔らかいからな。鹿って日本では増えすぎてるんだろ?」
「いや、ここは迷宮だから、増えすぎて困るってことはないんだけど……」
すさまじい手際の良さで鹿を解体し、森から持ってきた木に火をつける間に血を抜き、余分な分は袋の中に入れておいてもらう。
そんな悠斗の様子を、これまでになく唖然とした顔で、他の四人は見ていた。
これは異世界での経験からくるものではなく、曽祖父が山で猟をしていたから、前世で教えてもらったものだ。
大型の動物を殺すという経験がなかったら、あちらの世界に行った時に、かなり困ったことになっていただろう。
食欲を満たしたところで、ようやく春希の迷宮解説が始まった。
「迷宮や魔境っていうのは、空間が歪んでいるか、異世界との中間の亜世界になっているのよ」
このうち魔境は空間が歪んで地図よりも広く、迷宮はそれ自体が一個の世界である。
基本的に魔境は迷宮の周囲が変化したもので、魔物の発生は迷宮由来による。悠斗の疑問の一つが解けた。
そして迷宮から魔物が出てくるというのは、迷宮の深層に潜む強力な魔物から、追い出されてくるということでもある。
「迷宮ってより、異世界がつながってるんじゃないのか?」
そうならば前からの悠斗の疑問も解ける。だが春希は首を振った。
「半ばはあってるけど、ここは異世界と言うより、小世界とでも言うべき場所なのよ。異界と言ってもいいかもね。あるいは部分的に異世界とつながってるのかもしれないけど、迷宮にはどれも共通した点があるのよ」
ぴっと指を立てて、春希は解説した。
「迷宮の奥に眠り、小さな異世界を作っているのは、神々なのよね」
神というのは、基本的に眠っている。
人類登場以前から存在しているが、彼らの姿に似せて人間を作ったわけではないらしい。
さすがの月氏十三家や、アルの所属するアヴァロン騎士団ドイツ支部でも正確な歴史を網羅しているわけではないが、どうやら人間の雛形というものがあり、それが神のいた世界や、並行世界っぽい地球っぽい世界に共通しているらしい。
まあゴブリンやオーガもそうだが、悠斗が前世で召喚された世界では、エルフやドワーフもいたのだ。雛形というか、集合的無意識が異世界間で共通していると考えると無理はない。
(それで考えるとクトゥルフの神とか、いたらまずいよな。勝てても被害が大きすぎるぞ)
まあ、あれは完全に創作だと判明しているので、さすがに他の世界にいるとは思えないが……下手にそう考えると、フラグが立つような気もする。
神々は世界中に存在しているが、神域とも結界とも、あるいは異界とも言われる迷宮にこもっていて、時折目覚めるそうだ。
神が目覚めると裏社会の動きも活発になり、世界が混乱することも多い。
最近では第二次世界大戦がその例だそうだが、日本に居住する神々は人々の戦争には興味がなかったらしい。正確に言うと、日露戦争までで戦争に介入するのは飽きたらしいが。
軍部の暴走についていけなかったとも言う。神様でも人間を支配しているわけではないのだ。支配したいわけでもないらしい。
全世界の神の意図が不明というのは、かなり恐ろしいことだと悠斗は思うのだが、慣れてしまっている能力者の一族はそのあたりの危機感が足りないようだ。
さて、その神様の一柱が眠る迷宮の中を、悠斗たちは進んでいた。
草原の先には林があったが、視界を大きく遮るようなものはない。頭上からの攻撃には注意するべきだろうが、悠斗は生命体を感知する闘技を常時発動しているし、春希たちも似たようなことはしているのだろう。
いまのところ、戦闘は起こっていない。迷宮と言われても、むしろゴブリンのいた森の中の方が危険なぐらいだ。
そのことを口にすると、春希が説明してくれる。
「魔物が発生するのは迷宮の奥深くなのよ。弱い魔物ほど上層に逃げてくるけど、ここらへんの環境じゃ、食べるものが少ないでしょ? だから迷宮の外に巣を作るわけ」
「神様が魔物を作るのか?」
「あ~……神様と言っても、キリスト教とか仏教とかの、人を助ける神様を想像すると間違いね。日本神話の荒御霊、つまり良いことも悪いこともする神様を想像するといいわね。……キリスト教の神様が人間を助けるってのは語弊だけど」
「神様と言うよりは、超越的な存在か」
それなら悠斗も納得する。
あちらの世界においては、基本神は人間の味方であったが、癇癪を起こして八つ当たりする人間らしいところもある神様であった。
そして神ではないが、神に迫る存在がいた。神獣とか妖精王とか言われる存在である。
日本神話以外にも、怒らせたら怖い神様を祭るとか、理不尽に人間に被害を与える神様は、神話に事欠かない。むしろ理不尽な神が多いだろう。某四文字様のように。
「ひょっとして迷宮の神――というか主を倒すことも出来るのか?」
「可能か不可能かで言えば、出来るわよ」
あちらの世界では魔王かその腹心でないと不可能であったことだが、どうやら地球の神様はそれよりも弱いらしい。
「ただし、出来るのは一部の超人だけね。日本では二人、世界中見ても……30人ぐらい?」
視線で春希がアルに問うと、彼も少し間を置いて頷いた。
「この間会った女の子は無理か?」
「……今は無理だけど、近い将来には出来るようになると思うわね」
問いに答えた春希の表情には、焦燥が見て取れた。
御剣雅香という少女とは一度会ったきりだが、忘れようのない印象を悠斗に与えていた。
美少女だというなら春希もそうなのだが、まとっていた雰囲気、貫禄とも言うべきものが段違いであったのだ。
あちらの世界の強者では、敵味方含めても数人しかいないような、そんな潜在能力を感じさせた。
正直なところ、今の悠斗では素の能力では勝てそうにない。まあ、敵対しているわけでもないのだが。
それにしても、彼女よりもはるかに強い二人の能力者というのは、いったいどんな化物なのか。
そんなことを考えつつも、一同はのんびりと迷宮を進み、地下二層目へと到達した。
ここからは魔物が頻出する、まさにダンジョンとも言える領域なのだが、警戒しながらしばらく進んでも、接敵することがない。
「おかしいわね……」
春希が視線で問うと、弓も無言で頷く。
「探知魔法にも反応がないということは……?」
春希の視線は弓とアルを交互に見つめる。
「……スタンピード」
わずかな思考の後、弓はその言葉を吐いた。
スタンピード。暴走とも氾濫とも言われる。
魔物が何らかの要因で急激に増殖し、本来なら迷宮から出ない深層の魔物までが、一斉に外へと移動する現象である。
当然ながら大災害になるものであり、並の結界ではそれを防ぐことなど出来ず、一族も戦士を揃えて対応するらしい。
「間引きしてあるのにスタンピード? まあ、もう少し調べないといけないけど」
小さく呟いた春希は、悠斗とアルを交互に見つめた。
「アル、悠斗を連れて迷宮の外へ連絡して。私たちは偵察して、スタンピードを確認してから脱出する」
「ダメです。優先順位的に考えて、僕も残ります。ここからなら悠斗君一人でも、迷宮外に出ることは出来るでしょう」
「……貴方は貴重な遺伝子を持っている、交流人員だから、危険は冒せない」
「それを言うなら貴方も次代の姫巫女有力候補。偵察だけをするなら、四人で行けばいい」
ナチュラルに足手まとい扱いされている悠斗であるが、彼の実力を知らない一族にとっては、それが当然の判断なのだろう。
春希は少し考えて、アルに頷いた。
「分かった。4人で行きましょ。悠斗は先に帰ってね」
身体強化を使えば、魔物のスタンピードから逃げ切ることが出来る。だが悠斗は無理だ。そう考えての結論であるのだろう。
もちろんそれは間違った認識なのだが、悠斗はそれを否定しない。
「まあ、足手まといにはなりたくないしな。……無事に帰ってこいよ?」
演技する悠斗に向けて、春希は飛び切りの笑顔を見せた。
「任せなさい! このあたしを誰だと思ってるのよ!」
鈴宮春希様です、と心の中で悠斗は思った。
さて、と先に進んだ4人を見送った悠斗は、林の中でも太い木を見つけて、枝を蹴りながらその上に登る。
やはり広い空間だ。相当強力な魔法を使っても、崩壊することはないだろう。
この層には魔物がいないということなので、悠斗は4人の反応が下の層へ向かったのを確認した後、いくつかの実験をした。
まず探知。確かにこの層には大きな動物はいない。植物があることから予測はしていたが、虫などの小さな動物はいる。
空間の解析。この迷宮の中は、確かに一つの世界ではある。おおよそ10キロほど遠くまで行ったところに、見えない壁があるようだ。それがこの小世界を生み出した存在の限界なのだろう。
そして魔力を解放し、魔法と闘技を軽く試してみる。
一番効率のいい炎の魔法を空中に向けて使い、その力を確認してみる。剣も振ってみるが、やはりまだ筋力が足りていない。
春希たちが悠斗には使えないと思っている身体強化を使えば、振ることは出来る。だが体重が足りないので、バランスが悪い。
そんなことを木の上で試しながら、切り札の確認もするかどうか考える。
転生してからこっち、あの切り札を、悠斗は一度しか確認していなかった。
一応使うことは出来たが、あまりにも魔力と、それより体力の消耗が激しかった。
単体の強敵を一撃で倒すのには向いているが、有象無象の輩を殲滅するのは、かなり微妙なコントロールが必要だろう。
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