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6 ただの能力者に興味はありません

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 ほう、と息を吐いて悠斗は魔法学園の門を潜った。
 隣を歩く母が、軽く眉をしかめた。おそらく校門の結界に反応したのだろうが、それを明確に感知したわけではないだろう。
「やっぱり立派ね」
 母の言葉に悠斗は頷く。学園はまだ創立して間もないので建物は美しく、敷地は様々な用途に使われるので広い。今後様々な設備が拡張されていくということで、工事中の現場もたくさんある。
 並大抵の大学のキャンパスよりも大きな敷地を持っているし、ドーム型の屋内闘技場まで複数あるのだ。

 母は感心していただけだが、悠斗は既に感知の魔法を使っている。
 直感の闘技でも良かったのだが、この感知は受動的に発動するので、逆に探知されることが少ないのだ。
(やっぱり思ってたより強い生徒が多いなあ)
 山田の能力ならほぼ最低というぐらい、魔力の平均値が高い。
 中には突出した人間もいて、値だけなら悠斗に匹敵する者も片手で数えるぐらいはいる。
 もっともその数え方は二進法だが。

(あ、あの子)
 前世の年齢を足せば立派なロリコンであるが、今世の肉体年齢に引っ張られる悠斗は、美少女に目を止めたりする。
 その少女が相当に強力な魔力を抑えているのを感じたのだが、気になったのは以前に見かけたからだ。あの測定試験の時に、悠斗の前にいた子だ。
「あら、可愛い子いるじゃない」
 悠斗の視線を微妙に察知し、母は含み笑いをする。
「女の子に興味のない悠斗も、色を知る年か!」
 前世の悠斗でないと分からないネタを振られて、思わず溜め息をつくのは子供らしくない。色を知る年かって……。女オーガめ。

 それにしても、可愛いと言うよりは美しいと言うべき少女か。
 まっすぐな黒髪をポニーテールにして、ブレザーに身を包むその姿勢は、正しく体幹の強さを物語っている。
 視線も鋭くまっすぐに、少女の迷いのない意思を感じさせる。
 足運びから見て武術の訓練を受けていることは間違いなく、おそらくは――戦いにおいて生き物を殺したことがある。
 迷いのなさは天性か訓練か、それとも純粋さゆえか。

(なんだか危険な香りがするなあ)
 のんびりと考えた悠斗の直感は、正しかった。



 異世界の勇者にとって必要なのは、まず戦闘力であった。
 後方支援や付与、あるいは足枷となるような貴族への対応などは、仲間や派遣された者が担当する。それでもある程度の万能性がないと、勇者でも暗殺される危険があった。
 結局最後の戦いは、砦とその周辺を消し飛ばした魔王と勇者の一騎打ちとなったのだが、そこに至るまでには様々な出来事が当然あったわけである。

 そして悠斗がまず気をつけるべきと教えられたのは、暗殺の危険性である。
 幻覚や毒などの搦め手を持つ敵も少しは脅威であったが、そもそも勇者の肉体は強化された上に様々な神の祝福がかかっているので、それらの攻撃はあまり注意する必要がない。
 だが暗殺は別だ。特に戦場や迷宮での多数での戦闘となった時、味方の振りをした、あるいは姿を消した敵が繰り出す一振りの刃は、急所を狙えば一撃で命を絶つこともある。
 まあ聖女が治癒してくれるか霊薬で癒してくれるので、五体が挽肉にでもならない限りは、勇者は死なない存在であったのだが。心臓を貫かれた状態からでも蘇生してくれたのには驚いたものだ。
 何が言いたいかというと、悠斗は自分への敵意に敏感であり、周囲の魔力を探るのにも長けていたということである。

「おっす、まあよろしくな」
 気安く声をかけてきたのは山田であった。この学校のクラス分けは、単純な実力だけで決まるものではないらしい。
 悠斗の見立てでは、戦闘に向いていそうな者が集められている。中でも正面から突破するタイプだ。
 遠距離から攻撃する砲台や、結界を作る系統、召喚の系統などに向いていると思えるのは少数だ。
 だがその少数は、正面突破タイプの能力も同時に持っているように感じる。

 悠斗は嘆息した。
 地球の魔法使いが活躍する裏の世界は、思っていたよりもかなり洗練され、歴史があるらしい。
 あちらの世界での悠斗は、地球での拙い科学知識を活用して、経験則的に定められていた魔法の理論の発見に寄与したことがある。
 地球の科学はもちろんあちらの世界よりは発達していて、そして魔法の力があちらのようにある以上、合計した能力はあちらの世界以上になるはずだ。
 しかし、それはおかしいのだ。
 なぜそれだけ魔法の力が発達しているのに、地球ではこれまで魔法が表に出てこなかったのか。
 一時的に魔法が極端に衰退したのか。もし世界中にあるマナが枯渇した期間があるなら、それも頷ける。
 あとは、キリスト教の影響だろうか。
 キリスト教はそれ以外の宗教の魔法を、全て悪魔のものとして抹殺していった。キリスト教に限らず一神教はそうなのだが、全世界に広がったキリスト教が、魔法を撲滅していった可能性もある。

 しかしこれもおかしい。日本ではキリスト教はほとんど普及しなかったし、表面上は逆にキリスト教が撲滅された時期もある。
 第二次大戦後のGHQ傘下で抹殺がなされた可能性はあるが、そもそもあんな大戦争で、魔法が使われなかったというのもおかしい。
 世界史において、魔法が戦争で使われたという決定的な物はない。せいぜいが神話や伝説に残る程度のものだ。あとは迷信か。
 地球の魔法の知識が、悠斗には足りていない。情報が不足している。それは恐怖である。
 敵がいるのかいないのか。いるとしたらどんな敵なのか。数は、強さは。そして味方になるのものはいるのか。
 一つだけ確かなことは、魔法は隠されていたということだ。
 そしてゴブリンの発見によって、それが解禁された。ゴブリンは確かに撲滅すべき有害な存在だが、あれを撲滅するためだけに、わざわざ魔法の情報を解禁する意味が分からない。
 ゴブリンは対処さえ分かれば、銃で簡単に殺せるものでもあるのだ。オーガであれば別だが。
 すると政府か国家の上位層は、オーガの存在を既に知っていたか、予測していたのか。



 そういった知識を求めて、悠斗は魔法学園へやってきた。
 とりあえず先祖代々魔法使いっぽいのは、何人もいる。普通の授業では教えられないことでも、仲が良くなれば聞けるかもしれない。
 そう思って悠斗は、ここだけは普通の学校と変わらない退屈な校長の挨拶を聞き流して、入学式を終え、このクラスにいるというわけだ。

 そして少しラッキーと思ったのは、すぐ後ろの席に座っていたのが、校門からの道のりで見かけた美少女であるということだった。試験の時も合わせれば、遭遇率は高い。運命を感じる。
 悠斗は前世の記憶を持っているので、精神年齢は高い。かなり肉体に引きずられてはいるが、さすがに中学生に手を出そうということはない。しかし今のうちに親しくなっておいて、美味しく熟した頃にいただくなら問題はないだろう。
 YESロリータ! NOタッチなのである。

 ホームルームは魔法学園でも、ごく普通に始まった。
 担任の挨拶と訓示が終わり、学校生活での説明がなされる。そしてその後は自己紹介だ。
 無難なものもあれば、個性的なものもある。中学生は自己顕示欲が強いため、そしてこの学校には特殊な人間が多いため、後者が圧倒的に多い。
 そんな中で悠斗の挨拶も無難に終わり、次の生徒が背後で立ち上がる。
 それだけで何か、威圧感というのとも違う存在感を、悠斗は感じた。
 そしてそれに反応したのは、この日の悠斗にとって最大の悪手であった。

「鈴宮春希です! ただの能力者には興味ありません! この中に未来人、前世持ち、異世界からの転移者などがいれば、あたしのところに来なさい! 以上」
(ハ○ヒかよ!)
 ツッコミは心中だけで、盛大に振り向いただけの悠斗を、誰が責められよう。
 他のクラスメイトは過去の名作に詳しくないらしく、せいぜいがなんだか変わった女の子だな、という印象でしかなかったようだが。
 むしろ反応した悠斗の方に視線が向く。
 前世の記憶がある悠斗は、地球の過去の名作漫画や小説に詳しい。転生してから改めて古い作品を鑑賞することも多い。
 それは別にオタクなわけではなく、戦闘のあるマンガなどのフィクションが、実際の魔法に応用できないかどうかを試すための、いわば勉強であったのだ。

 振り向いた悠斗の視線と、春希の視線がばっちりと合った。
 自分の言葉に反応した、魔力が異常に高い一般入学者。
 それだけで悠斗は既に、彼女の視界にロックオンされていたのだ。



「ユート! 行くわよ!」
 ホームルームが終わるなり、悠斗は背後から襟首を掴まれた。
 今日はこの後、学校行事は何もないはずだ。正確には自由行動で、校内を見回ることが奨励されている。
 それがなぜか悠斗は、ほぼ初対面の美少女に襟首を掴まれ、彼女の先導に従って、校内を一直線に走っている。
 廊下は走らない、などという基礎的な問題でもない。ほぼ初対面の美少女に巻き込まれるほど、悠斗は巻き込まれ型の主人公ではない。
「な、鈴宮さん、なんで俺を、どこに連れていくのかな!?」
 ごく当然の疑問に対して、春希は簡潔に答えた。簡潔に答えるのは美徳である。
「天然物のサンパチを、他の部活に取られるわけにはいかないからね!」

 天然物。何か魚河岸のマグロにでもなった気分だが、悠斗にはその言葉だけで理由が分かった。
 測定能力試験だ。あの数値が38000。つまりサンパチとなる。
 そんな情報が既に洩れていることからして、情報管理が杜撰か、この少女の立場がそれを知るところにあるのか。
 どちらにしろ、ここで逆らうのは悪手と言えるだろう。
 後から考えると、無理やりにでも逃げ出したほうが良かったのであるが。

 春希は文系部活棟の校舎に入り、その一室のドアを開ける。
 あれだけ早く春希が出発したにも関わらず、室内には既に三名の人影が見えた。
「み、宮様……」
 タイの色から二年生と分かる、おっぱいの大きな美少女がいた。
 どこかおどおどとした彼女に、春希はハイテンションで歩み寄る。
「みのりちゃん! 五人揃ったわよ! さあ、喜びのダンスを!」
 ぴょんぴょんと春希につられて飛び上がる少女の胸は、激しく上下に運動していた。

「春希さん、まあそのぐらいで」
 春樹の暴走を止めたのは、明らかに日本人ではない金髪碧眼のハンサムであった。
 ハンサムは全て敵だと思う悠斗はうさんくさそうな目で彼を見るが、ハンサムはにこやかに右手を差し出してきた。
「アルフォンス・シュミッツです。アルとよんでください。どうぞよろしく」
「はあ……」
 何か大きな、メタなパワーに巻き込まれていると思った悠斗だが、メタなパワーゆえに、ここから逃げ出すことが出来ない。思わず普通に握手してしまった。

 最後の一人は窓際から少し離れた、直射日光を浴びない位置で読書をしていた。
 明らかに手抜きの髪型と、分厚いメガネをかけた、華奢な少女であった。
「沖田弓。よろしく」
 目も合わせずにそう言った彼女に、悠斗は「はあ」と会釈する。
「それでここは……いったい何なの?」
 混乱する悠斗向かって春希はサムズアップした。
「ここは私の城! SF研究会にようこそ!」
 SF研究会。
 鈴宮春希による、ファンタジー現象研究会の略だと悠斗が知ったのは、下校時間になる直前であった。
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