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11章 タイアップ
178 恋バナ
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生々しい話は禁止として、メンバーの間で恋バナが始まる。
もっとも女性陣に関しては、完全に恋愛関係は壊滅的な実績しかない。
「一応わたしも、幼稚園の頃に初恋はあるんだけど……」
月子はそう言ったが、逆にそこまで遡らなければいけないのは、はっきり言って悲惨である。
「あたしは……誰だろ? 一応リスペクトしてるのはジミヘンだけど」
暁の返答もまた、それは違うというツッコミが入るものだ。
そもそも全てのギタリストは、ある程度の濃度の差こそあれど、ジミヘンをリスペクトしていることは当然だろう。
千歳はこれまで、本当に男の影がなかった。
ちょっと見ボーイッシュな感じもあるが、それ以上に友達止まりという感じが多かったのだ。
なんとなく恋愛はしたいと思ったことはあっても、積極的に動くことはなく、友達と遊ぶ方が楽しい。
そんな千歳としては、今回の出来事は青天の霹靂。
年下からの告白というのが、けっこう意外ではあった。
「ヤリチンの信吾君の初恋話聞きたいなあ」
「ヤリ……人聞きの悪い」
「千歳、ちょっと下ネタに走りすぎてるぞ」
俊はそのあたり、フリーセックス反対派の保守的な人間である。
女の子は女の子らしくあってほしい。
ただ信吾も、まあヤリチンと言われても仕方がない。
高校時代から女を欠かしたことはないし、バンドでギターを弾いていた頃は、それこそとっかえひっかえしていた時期もある。
もっとも真剣にメジャーデビューなどを考え出した場合、かなりそれは整理した。
それでも複数関係していて、しかもいまだに複数いるというのが、女性陣だけではなく保守的な俊としても、ちょっと困っているところではある。
俊は父親が女性にだらしなかった反動か、自分はそういったことはしないでおこうと、反面教師としている。
ただ岡町曰く、父でさえもミュージシャンの中では、相当に女性関係は綺麗なものであったらしいが。
結婚していたのに他に子供を作っていて、それでもまだマシと言われていたのが、世間とはかけ離れている。
俊は過去に彼女がいた。
しかし今はいない。
「俺は高校生の時に一つ下と、大学時代に同級生と付き合ったけど、二回とも向こうからアプローチがきて、二回とも向こうが振って来たな」
普通に聞けば気の毒な話なのだが、なんとなくその光景が想像出来るメンバーである。
「俊さんのことだから、音楽にかまけて放置して、呆れられた離れていったパターンだと思う」
「正解だ」
千歳はもう遠慮がなくなってきているが、一般的には常識力を一番持っていると思われるだろう。
俊も年頃の男の子であるし、周囲の目が全く気にならないという人間でもなかった。
適当に彼女を作っておくことは、人間関係が円滑に回る手段の一つ、などとも考えたりした。
ただ大学でおよそ半年ほどで破局してからは、特に積極的には動いていない。
それは一つには、彼女との恋愛にかける時間があれば、音楽に使った方がいいと判断したからだ。
人間関係を深めるにしても、それは恋愛関係である必要はない。
このあたり俊は性欲が欠落しているのでは、などと言われたりすることもあるが、ちゃんとそういったものは存在する。
他の本能に根ざした欲求よりも、性欲は制御が可能なだけである。
俊の外面とスペックを見て、向こうから近づいてくる。
そして俊としても、特に嫌悪感を抱く相手でもなければ、普通に付き合うことを承諾する。
ただ高校生の頃には既に、俊は自分で作曲を始めていた。
さらに楽器の演奏などもしていて、そこがモテの要因にもなったのだが、俊は自分の事情を恋人よりも優先した。
もちろんたまにはちゃんと付き合っていたのだが、その頻度が他のカップルよりもはるかに少ない、
そんな状態が続いていれば、愛想を尽かされるのも当然である。
「ほどほどに構っておかないと、女は逃げるだろ」
「これで逃げる程度なら、どうせ長続きしない」
信吾はからかうように言ったが、俊としては人生において、優先順位をしっかりと決めているだけなのだ。
さほど才能などない、と思っていた俊。
ならばそれだけ、インプットとアウトプットを繰り返して、努力というのとはまた違うが、音楽を自分の中に蓄積していく必要があった。
その過程において、切り捨てていったものもある。
恋人に関しても、来るものはあまり拒まず、去るものもあまり追わず。
完全にどうでもいいと思っているわけではないが、俊の恋人となるのならば、音楽よりも後回しにされることは覚悟すべきだ、
そういった理解をしてくれる女性でないと、俊は結婚できないだろう。
まあ金を持ってるミュージシャンなら、普通にトロフィーワイフの座を狙う人間はいるだろうが、それは逆に俊が避ける。
両親は契約結婚に近い形で、それも後に離婚した。
母親の父にかける感情に関しては、その創作した楽曲を簡単に手放したことで、強い愛情はおろか執着さえ抱いていないのだと分かった。
父親は俊のことはそれなりに気にしていて、子供の頃にはこっそりと彩に会わせたりもした。
だが涼に関しては、長らく俊に弟がいるなど、話すこともなかったのだ。
もっとも母と結婚していた父が、そのまま外にも子供を作っていたというのは、息子には普通に言いにくいことであったろう。
(こういうことを考えていくと、一番恋愛不信になりそうなのは俺なのか?)
だからラブソングが書けないのだ、と言ってしまってもいい。
ともかく千歳はどうするのか。
恋愛にうつつを抜かしていては、音楽に差しさわりが出てきそうで困る。
もっとも千歳のライブを見て、そこで惚れたと言っている下級生。
今年は見に行かなかったが、そんなにいいものであったのだろうか。
俊の目からすると、千歳はブスではないが、友人として接しやすいタイプだと思う。
美人で言うならば月子、可愛らしさで言うならば暁の方が、分かりやすい容姿をしている。
ただ俊がどうこう言うのは、さすがにこの時点では口の出しすぎと言われるだろう。
「とりあえず高校生男子なんてもんは性欲の塊みたいなものなんだから、避妊にだけは気をつけろよ」
「俊さんセクハラ~」
「大事なことだ」
音楽性に深みが増すなら、別に恋愛を禁止するようなことはない。
ノイズ内部で恋愛を禁止しているのは、それで壊れるバンドが多いからだ。
今のところは男性陣が紳士的であるため、変な事態には陥っていないが。
(いや、未遂はあったが)
あれは酔っていたということで、記憶の底にしまっておいた。
ひょんな機会に思い出すことはあるのだが。
千歳と栄二は帰ったが、暁はまだ残って細かいアレンジを行っている。
リードギターがリードギターらしいバンドというのは、やはりロックなのであろう。
ここまでロックの幅が広がってしまったのは、半世紀ちょっとの話。
だがさすがにこれ以上の広がりは、また少なくなっている気がする。
古典的なハードロックに回帰したり、EDMもそれほどの発展はしていない。
それこそボカロの発達が、この最近では一番の革命ではなかろうか。
あとはDAWの発達だろうが、これはシンセサイザーでもある程度似たようなことは出来ていた。
しかしどんどんと、素人が参入してくるハードルは下がっているのではないか。
結局創作というのは、どれだけ自分を出せるか、というものなのだろう。
人生をどういうように送ってきたか、SNSでは偉そうなことを言っても、それと音楽は関係ない。
俊の場合は結局、他の人間とやることによって、自分の殻を破ったという感じはある。
月子に会わなければ、果たしてどうしていただろう。
暁と自分だけでは、新しい音にたどり着いたであろうか。
ベースの部分を終わらせ、信吾も月子と一緒に自室に戻る。
だが今日も父親は地方に出張している暁は、このまま客まで眠るつもりだ。
音楽に浸っている時、彼女はまさに生命感に溢れている。
しかし普段の学校生活では、目立たないように生きているらしい。
千歳としては自分よりも、暁の方がずっとすごい、と感じているらしいが。
確かに天才という言葉が、一番ノイズのメンバーで似合うのは、暁のような気もする。
幼少期から一流のミュージシャンばかりに囲まれて、それでも自分の下手さ加減に絶望することなく、ひたすら弾いてきた。
俊などはピアノもヴァイオリンも、またギターにベースにドラムと、全て中途半端なものだ。
結局はキーボード入力のシンセサイザーをメインに使ってはいるが、打ち込みではエレキヴァイオリンや、エレキギターを使うこともある。
音楽を広げたいとは思っていても、演奏に全力を尽くすということが、どうしても出来ない。
だからこそ俯瞰して、ステージを見ることが出来るのだが。
今日もまた、新曲が一つ出来た。
キラーチューンになる曲が一つか二つ出来たら、今度はフルアルバムを出したい。
今ではもう絶滅したコンセプトアルバム。
それだけで一つの作品というものを、作ってみたいとはずっと思っている。
だが自分の我欲によって、売れないものを作るわけにはいかない。
と言うかそんなことを許されるほど、まだノイズは大御所にはなっていないのだ。
実験的な曲を作っても売れるという、そんなポジションに至る。
難しいがそこまで土台を作らないと、そもそも聴いてもらうことが出来ないだろう。
「今日はこんなところにしておくか」
明日は休日であると言っても、既に時計は深夜の二時。
「着替えの下着とか持ってきてないなら、コンビニまで付き合うけど。あ、何か少し食べるものもほしいな」
夜に食べると太るなどと言われるが、ノイズのメンバーは基本的に、そんなに太った者はいない。
練習とステージで、一気にカロリーを消費してしまうからだ。
「じゃあ、お願いしていいかな」
もうお泊りセットを一式、こちらに置いておくべきではなかろうか。
保護者が家を留守にすることの多い暁は、自然とこちらに泊まることが多くなっている。
その点では文乃にうるさく言われている、千歳とは環境が違う。
東京でも住宅街のこのあたりは、夜になると人通りなど少ない。
俊としても男の自分ならともかく、暁や月子に何かがあったら困る。
それもあって千歳も、早めの時間に帰しているのだ。
コンビニへの道すがら、二人は少し話していく。
「やっぱり来年三年生になったら、こっちに下宿させてもらえないかな。お父さんも俊さんのとこなら大丈夫と思うだろうし」
「まあ確かに既に女の同居人はいるが」
二階は基本的に女性のスペースなので、男性陣が不埒なことを考えなければ、問題は起こらない。
俊や信吾は、別に性欲がないわけではない。
ただノイズというバンドを壊してまで、手を出すようなメリットを感じないだけだ。
「未成年は問題じゃないかな。けれど中卒で働いている人間もいるか。どのみち母さんの許しは必要になるだろうけど」
俊としても暁が一緒にいれば、作曲にかかるコストなどが削減されるので、それはありがたいのだ。
今でも一人の時が多い暁は、一通りの家事なども出来る。
「それにあたしがいない方が、お父さんも再婚しやすいと思うんだよね」
「……関係は悪くないんだろ?」
「うん、お母さんって言うよりは、お姉ちゃんって感じだけど」
一回りも年下の女性とくっつくというのは、今の俊たちの年齢からすると、どういうものか分からないのは確かだが。
「あたしさあ、けっこうショックだったんだ。俊さんはこちら側だと思ってたから」
「なんの話だ?」
「恋愛の話」
そう言われても、俊としてはよく分からない。
「こちら側って言うと?」
「あたしと同じで、恋愛なんかどうでもよくて、音楽に全てを賭けてるタイプだと思ってた」
そういう分け方であるのか。
暁の言っている俊のイメージは、おおむね間違っていない。
だが音楽の引き出しのためには、恋愛だの恋人だの、そういうものがいた方がいいと考えて、また人間関係も楽だと思っただけである。
「俺はいつも、音楽とどちらが大切なのかと言われて、音楽を選んで捨てられるんだよな」
「でも付き合うところまではするんだ?」
「まあな」
性欲の話をすれば、男同士ならば分かり合えるのかもしれない。
もっとも俊としては、本当に恋愛らしい恋愛というのは、最初の一回だけであったと思うのだ。
「恋愛もどきをしてるだけだ。アキもそのつもりになれば、いくらでも男なんて出来ると思うぞ。俺としては軽率なことはしてほしくないけど」
もし俊に恋人がいたとしても、それとノイズのメンバーのどちらかを選ぶかと問われれば、それはメンバーの方を選ぶだろう。
女性陣だけではなく、男性陣までも含めたとしてもだ。
俊には恋愛が分からない。
最初のあれは、確かに初恋であったとは思う。
だが終わり方がまずかったので、かなり女性不信の恋愛不信にはなっている。
だからこそラブソングを書いても、嘘っぽいものになるのだが。
「アキはまだ17歳なんだし、これから出会いがあるだろうしな」
そう俊は言うが、出来ればそんなものがなく、音楽一直線であった方が、自分としてはありがたいな、などとも思っているのであった。
もっとも女性陣に関しては、完全に恋愛関係は壊滅的な実績しかない。
「一応わたしも、幼稚園の頃に初恋はあるんだけど……」
月子はそう言ったが、逆にそこまで遡らなければいけないのは、はっきり言って悲惨である。
「あたしは……誰だろ? 一応リスペクトしてるのはジミヘンだけど」
暁の返答もまた、それは違うというツッコミが入るものだ。
そもそも全てのギタリストは、ある程度の濃度の差こそあれど、ジミヘンをリスペクトしていることは当然だろう。
千歳はこれまで、本当に男の影がなかった。
ちょっと見ボーイッシュな感じもあるが、それ以上に友達止まりという感じが多かったのだ。
なんとなく恋愛はしたいと思ったことはあっても、積極的に動くことはなく、友達と遊ぶ方が楽しい。
そんな千歳としては、今回の出来事は青天の霹靂。
年下からの告白というのが、けっこう意外ではあった。
「ヤリチンの信吾君の初恋話聞きたいなあ」
「ヤリ……人聞きの悪い」
「千歳、ちょっと下ネタに走りすぎてるぞ」
俊はそのあたり、フリーセックス反対派の保守的な人間である。
女の子は女の子らしくあってほしい。
ただ信吾も、まあヤリチンと言われても仕方がない。
高校時代から女を欠かしたことはないし、バンドでギターを弾いていた頃は、それこそとっかえひっかえしていた時期もある。
もっとも真剣にメジャーデビューなどを考え出した場合、かなりそれは整理した。
それでも複数関係していて、しかもいまだに複数いるというのが、女性陣だけではなく保守的な俊としても、ちょっと困っているところではある。
俊は父親が女性にだらしなかった反動か、自分はそういったことはしないでおこうと、反面教師としている。
ただ岡町曰く、父でさえもミュージシャンの中では、相当に女性関係は綺麗なものであったらしいが。
結婚していたのに他に子供を作っていて、それでもまだマシと言われていたのが、世間とはかけ離れている。
俊は過去に彼女がいた。
しかし今はいない。
「俺は高校生の時に一つ下と、大学時代に同級生と付き合ったけど、二回とも向こうからアプローチがきて、二回とも向こうが振って来たな」
普通に聞けば気の毒な話なのだが、なんとなくその光景が想像出来るメンバーである。
「俊さんのことだから、音楽にかまけて放置して、呆れられた離れていったパターンだと思う」
「正解だ」
千歳はもう遠慮がなくなってきているが、一般的には常識力を一番持っていると思われるだろう。
俊も年頃の男の子であるし、周囲の目が全く気にならないという人間でもなかった。
適当に彼女を作っておくことは、人間関係が円滑に回る手段の一つ、などとも考えたりした。
ただ大学でおよそ半年ほどで破局してからは、特に積極的には動いていない。
それは一つには、彼女との恋愛にかける時間があれば、音楽に使った方がいいと判断したからだ。
人間関係を深めるにしても、それは恋愛関係である必要はない。
このあたり俊は性欲が欠落しているのでは、などと言われたりすることもあるが、ちゃんとそういったものは存在する。
他の本能に根ざした欲求よりも、性欲は制御が可能なだけである。
俊の外面とスペックを見て、向こうから近づいてくる。
そして俊としても、特に嫌悪感を抱く相手でもなければ、普通に付き合うことを承諾する。
ただ高校生の頃には既に、俊は自分で作曲を始めていた。
さらに楽器の演奏などもしていて、そこがモテの要因にもなったのだが、俊は自分の事情を恋人よりも優先した。
もちろんたまにはちゃんと付き合っていたのだが、その頻度が他のカップルよりもはるかに少ない、
そんな状態が続いていれば、愛想を尽かされるのも当然である。
「ほどほどに構っておかないと、女は逃げるだろ」
「これで逃げる程度なら、どうせ長続きしない」
信吾はからかうように言ったが、俊としては人生において、優先順位をしっかりと決めているだけなのだ。
さほど才能などない、と思っていた俊。
ならばそれだけ、インプットとアウトプットを繰り返して、努力というのとはまた違うが、音楽を自分の中に蓄積していく必要があった。
その過程において、切り捨てていったものもある。
恋人に関しても、来るものはあまり拒まず、去るものもあまり追わず。
完全にどうでもいいと思っているわけではないが、俊の恋人となるのならば、音楽よりも後回しにされることは覚悟すべきだ、
そういった理解をしてくれる女性でないと、俊は結婚できないだろう。
まあ金を持ってるミュージシャンなら、普通にトロフィーワイフの座を狙う人間はいるだろうが、それは逆に俊が避ける。
両親は契約結婚に近い形で、それも後に離婚した。
母親の父にかける感情に関しては、その創作した楽曲を簡単に手放したことで、強い愛情はおろか執着さえ抱いていないのだと分かった。
父親は俊のことはそれなりに気にしていて、子供の頃にはこっそりと彩に会わせたりもした。
だが涼に関しては、長らく俊に弟がいるなど、話すこともなかったのだ。
もっとも母と結婚していた父が、そのまま外にも子供を作っていたというのは、息子には普通に言いにくいことであったろう。
(こういうことを考えていくと、一番恋愛不信になりそうなのは俺なのか?)
だからラブソングが書けないのだ、と言ってしまってもいい。
ともかく千歳はどうするのか。
恋愛にうつつを抜かしていては、音楽に差しさわりが出てきそうで困る。
もっとも千歳のライブを見て、そこで惚れたと言っている下級生。
今年は見に行かなかったが、そんなにいいものであったのだろうか。
俊の目からすると、千歳はブスではないが、友人として接しやすいタイプだと思う。
美人で言うならば月子、可愛らしさで言うならば暁の方が、分かりやすい容姿をしている。
ただ俊がどうこう言うのは、さすがにこの時点では口の出しすぎと言われるだろう。
「とりあえず高校生男子なんてもんは性欲の塊みたいなものなんだから、避妊にだけは気をつけろよ」
「俊さんセクハラ~」
「大事なことだ」
音楽性に深みが増すなら、別に恋愛を禁止するようなことはない。
ノイズ内部で恋愛を禁止しているのは、それで壊れるバンドが多いからだ。
今のところは男性陣が紳士的であるため、変な事態には陥っていないが。
(いや、未遂はあったが)
あれは酔っていたということで、記憶の底にしまっておいた。
ひょんな機会に思い出すことはあるのだが。
千歳と栄二は帰ったが、暁はまだ残って細かいアレンジを行っている。
リードギターがリードギターらしいバンドというのは、やはりロックなのであろう。
ここまでロックの幅が広がってしまったのは、半世紀ちょっとの話。
だがさすがにこれ以上の広がりは、また少なくなっている気がする。
古典的なハードロックに回帰したり、EDMもそれほどの発展はしていない。
それこそボカロの発達が、この最近では一番の革命ではなかろうか。
あとはDAWの発達だろうが、これはシンセサイザーでもある程度似たようなことは出来ていた。
しかしどんどんと、素人が参入してくるハードルは下がっているのではないか。
結局創作というのは、どれだけ自分を出せるか、というものなのだろう。
人生をどういうように送ってきたか、SNSでは偉そうなことを言っても、それと音楽は関係ない。
俊の場合は結局、他の人間とやることによって、自分の殻を破ったという感じはある。
月子に会わなければ、果たしてどうしていただろう。
暁と自分だけでは、新しい音にたどり着いたであろうか。
ベースの部分を終わらせ、信吾も月子と一緒に自室に戻る。
だが今日も父親は地方に出張している暁は、このまま客まで眠るつもりだ。
音楽に浸っている時、彼女はまさに生命感に溢れている。
しかし普段の学校生活では、目立たないように生きているらしい。
千歳としては自分よりも、暁の方がずっとすごい、と感じているらしいが。
確かに天才という言葉が、一番ノイズのメンバーで似合うのは、暁のような気もする。
幼少期から一流のミュージシャンばかりに囲まれて、それでも自分の下手さ加減に絶望することなく、ひたすら弾いてきた。
俊などはピアノもヴァイオリンも、またギターにベースにドラムと、全て中途半端なものだ。
結局はキーボード入力のシンセサイザーをメインに使ってはいるが、打ち込みではエレキヴァイオリンや、エレキギターを使うこともある。
音楽を広げたいとは思っていても、演奏に全力を尽くすということが、どうしても出来ない。
だからこそ俯瞰して、ステージを見ることが出来るのだが。
今日もまた、新曲が一つ出来た。
キラーチューンになる曲が一つか二つ出来たら、今度はフルアルバムを出したい。
今ではもう絶滅したコンセプトアルバム。
それだけで一つの作品というものを、作ってみたいとはずっと思っている。
だが自分の我欲によって、売れないものを作るわけにはいかない。
と言うかそんなことを許されるほど、まだノイズは大御所にはなっていないのだ。
実験的な曲を作っても売れるという、そんなポジションに至る。
難しいがそこまで土台を作らないと、そもそも聴いてもらうことが出来ないだろう。
「今日はこんなところにしておくか」
明日は休日であると言っても、既に時計は深夜の二時。
「着替えの下着とか持ってきてないなら、コンビニまで付き合うけど。あ、何か少し食べるものもほしいな」
夜に食べると太るなどと言われるが、ノイズのメンバーは基本的に、そんなに太った者はいない。
練習とステージで、一気にカロリーを消費してしまうからだ。
「じゃあ、お願いしていいかな」
もうお泊りセットを一式、こちらに置いておくべきではなかろうか。
保護者が家を留守にすることの多い暁は、自然とこちらに泊まることが多くなっている。
その点では文乃にうるさく言われている、千歳とは環境が違う。
東京でも住宅街のこのあたりは、夜になると人通りなど少ない。
俊としても男の自分ならともかく、暁や月子に何かがあったら困る。
それもあって千歳も、早めの時間に帰しているのだ。
コンビニへの道すがら、二人は少し話していく。
「やっぱり来年三年生になったら、こっちに下宿させてもらえないかな。お父さんも俊さんのとこなら大丈夫と思うだろうし」
「まあ確かに既に女の同居人はいるが」
二階は基本的に女性のスペースなので、男性陣が不埒なことを考えなければ、問題は起こらない。
俊や信吾は、別に性欲がないわけではない。
ただノイズというバンドを壊してまで、手を出すようなメリットを感じないだけだ。
「未成年は問題じゃないかな。けれど中卒で働いている人間もいるか。どのみち母さんの許しは必要になるだろうけど」
俊としても暁が一緒にいれば、作曲にかかるコストなどが削減されるので、それはありがたいのだ。
今でも一人の時が多い暁は、一通りの家事なども出来る。
「それにあたしがいない方が、お父さんも再婚しやすいと思うんだよね」
「……関係は悪くないんだろ?」
「うん、お母さんって言うよりは、お姉ちゃんって感じだけど」
一回りも年下の女性とくっつくというのは、今の俊たちの年齢からすると、どういうものか分からないのは確かだが。
「あたしさあ、けっこうショックだったんだ。俊さんはこちら側だと思ってたから」
「なんの話だ?」
「恋愛の話」
そう言われても、俊としてはよく分からない。
「こちら側って言うと?」
「あたしと同じで、恋愛なんかどうでもよくて、音楽に全てを賭けてるタイプだと思ってた」
そういう分け方であるのか。
暁の言っている俊のイメージは、おおむね間違っていない。
だが音楽の引き出しのためには、恋愛だの恋人だの、そういうものがいた方がいいと考えて、また人間関係も楽だと思っただけである。
「俺はいつも、音楽とどちらが大切なのかと言われて、音楽を選んで捨てられるんだよな」
「でも付き合うところまではするんだ?」
「まあな」
性欲の話をすれば、男同士ならば分かり合えるのかもしれない。
もっとも俊としては、本当に恋愛らしい恋愛というのは、最初の一回だけであったと思うのだ。
「恋愛もどきをしてるだけだ。アキもそのつもりになれば、いくらでも男なんて出来ると思うぞ。俺としては軽率なことはしてほしくないけど」
もし俊に恋人がいたとしても、それとノイズのメンバーのどちらかを選ぶかと問われれば、それはメンバーの方を選ぶだろう。
女性陣だけではなく、男性陣までも含めたとしてもだ。
俊には恋愛が分からない。
最初のあれは、確かに初恋であったとは思う。
だが終わり方がまずかったので、かなり女性不信の恋愛不信にはなっている。
だからこそラブソングを書いても、嘘っぽいものになるのだが。
「アキはまだ17歳なんだし、これから出会いがあるだろうしな」
そう俊は言うが、出来ればそんなものがなく、音楽一直線であった方が、自分としてはありがたいな、などとも思っているのであった。
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