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九章 ステップアップ

126 ミニアルバム

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 ライブバンドの重要な収入源は、物販がある。
 ノイズの場合はようやく、ロゴのついたバンドTシャツをいくつか作り出した。
 デザインは基本的に、大学の知り合いに頼んでいるが、最近は佳代のラインからも依頼をしてみている。
 デザインとイラストの仕事をしている彼女は、実際のところそれだけでは食べていけなかった。
 しかし今、どうにかアルバイトをせずに、ほぼ本業だけで食っていけている。
 本業と彼女が意識する、仕事の範疇にぎりぎり入る案件も多数あるが。

 ステッカーなどもあるが、やはり一番求められるのは、ミュージシャンとしての音源。
 ノイズは今のところ、しっかりとした音源は、アルバム二枚しか出していない。
 これからのことを考えると、まだまだオリジナル曲は必要になる。
 その意味ではギター二本でリードを合わせるツインバードなどは、分かりやすくて受けやすいものだった。

 ノイズの曲は基本的に、俊が作ったものが多かった。
 メジャーの販路を使っていれば、売れたとしても生活出来るのは俊ぐらい。
 そこをどうにかするために、他のメンバーにも作詞は無理にしろ作曲をやってもらった。
 結局最後にアレンジするのは、やはり俊なのであるが。

 これから関東の中でも近隣の、神奈川、埼玉、千葉に遠征をしたとする。
 その時に売るため、物販としてミニアルバムを作りたい。
 レコーディングからミックス作業、そしてマスタリングと、作業するのはほとんど俊である。
 以前はマスタリングは任せていたが、おおよそやり方も分かってしまった。
 アーティストとしてより、こういったエンジニアとしての技術の方が、俊は優れているのだろう。
 自覚しているだけに、なんとも皮肉だなと思ったりする。

 俊は元々、自分のことをマルチプレイヤーであると思っていたことがある。
 色々と楽器に手を出して、どれもある程度の技術にはなったからだ。
 しかし本格的にやりたいのは、作曲と作詞に、あとはライブ演出に音源作りだ。
 プレイヤーと言うよりは、プロデュースの方面にその傾向が偏り始めている。
 
 そもそも父の音楽を聴きながらも、より惹きつけられるのはその父が興味を抱いていた音楽であった。
 60年代から80年代にかけて、アメリカとイギリスを中心に起こったロックからの現代音楽の始まり。
 そこで父はEDMなどの方向に行って、実際に一時代のムーブメントを作り出したのだ。
 だがそれすらも短い栄光に過ぎなかった。
 俊はどうしても、アメリカ主流のダンスミュージックに魅かれることがない。
 ビートルズの晩年の実験的な音楽よりは、商業的と言われようが、70年代から80年代の音楽を、体が吸収してしまうのだ。

 メタルから始まり、そしてオルタナ系の中でもグランジ。
 サイケやパンクはあくまでも隠し味程度。
 EDMも嫌いなわけではないのだが、それよりも今はPCで音楽が作れる時代だ。
 結局満足するような能力と人格の持ち主と、バンドを組むことは出来なかった。
 なのでボカロPとして歌い手を探していて、月子と出会った。
 そこから暁が参加し、遠ざかったはずのバンドが、充分に満足するレベルで成立したのは、何かのおかしな奇跡だろうか。



 とりあえず五曲ほど入ったミニアルバムを作りたい。
 ツアー中はわずかに残っていた在庫のアルバムを持っていったが、途中で売切れてしまった。
 またもプレスする予定ではあるが、最初からもっと強気で行った方が良かったのではないか。
 そんなことも考えるが、それは事後孔明というものである。

 ただ俊としては確かに、もうちょっとリスクは取ってもいいと考え始めている。
 あとはMVを作って、配信から収入も得たいのだ。
 月子の歌ってみたのPVは、100万を超えるほど回っているのが大量にある。
 ここからオリジナルにも飛んでいるのだが、どうせならバンドの演奏にも上手く誘導したい。

 関東圏のライブハウスとの交渉は、阿部に任せる。
 さすがにこういったことは、本職の方が得意であろうし、そもそもの実績がある。
 思えば東京ばかりでやって、横浜や千葉などでやらなかったのは、そこそこミスであると言える。
 特に千葉の方などは、フェスをやるような会場が色々とある。
 こういうことは自分たちである程度決めるにしろ、もっと助言を求めるべきであるのだ。
 俊は他人の意見で、自分たちの行動が変わるのを、恐れすぎている。

 俊の音楽性は本来、メジャー志向なのだ。
「ツインバードを入れるのは確定として、あと四曲か」
「リマスターしたノイジーガールを入れるのは?」
 最初に比べれば完全に別物になったノイジーガール。
 正確にはこれは、MV用に作った三番目のノイジーガールである。

 次はなんのMVを作るのか、ということとも絡めて考えていかなければいけない。
 アレクサンドライトが二番目に作られた曲で、これまでのライブでもバラードの定番として弾かれてはいる。
 だが最近作られて、比較的評判もいいのが、作曲はギターの二人で行ったツインバードだ。
 ポップロックとでも呼ぶべきジャンルであるので、単純にキャッチーな要素がある。
 歌詞の内容は相変わらずの、若者の悩みと、それからの解放というもの。
 
 俊がこれを聴いたときに感じたのは、鳥が自由に羽ばたいていくというものであった。
 自由の象徴となると、人間は鳥をイメージする者が多いだろう。
 別に若い人間だけではなく、はるかな昔から鳥というのは、自由の象徴であったり神の使いであったりした。
 あるいは神そのものが、鳥に変身したともいう。
 キリスト教でさえ、神の言葉を鳥が伝えたなどという、そういう説話があったりする。
 日本の神道でも鳥は重要な要素だ。



 空を飛ぶという要素を、どうやってMVの中で作るか。
 それはまた別の話として、まだ音源にしていない曲は、四曲ある。
 あと一曲作って、ミニアルバムとすればいいだろうか。
「もし売れるなら、フルアルバムの方が利益率は高いんだよなあ」
 俊はビジネスとして、しっかりと考えている。
 アルバムを作るのはどちらにしろ、工程にはさほど金額の違いがない。
 だがフルアルバムとミニアルバムを、同じ値段で発売するわけにもいかないだろう。
 するとプレスする料金に対して、利益率が変わってくる。
 もっともそれでも、ミニアルバムを早いペースで作った方が、情報の発信という点ではいいのだろう。

 音源というのは、やはり手元にあれば広めやすい。
 もっとも今の時代、CDなどは簡単にコピーできるし、曲だけを抽出することも出来る。
 それでもある程度売れるというのは、ミュージシャンを応援したいというファンがいるからだ。
 あとは付属する何かという面もあるが、これは2000年代から10年代にかけて、CDの販売枚数をおかしくしてしまった要素である。
 アイドルの握手券などの同封CDを、一人で100枚も買ったりするファンがいたが、あれはさすがにやりすぎであったろう。

 CDの販売数が、実際の人気と完全に無縁となってしまったのは、あれが痛かった。
 業界はああいったやり方は、長期的に見ればマイナスであると、分かっていなければいけなかったのだ。
 もっともあの時代、CDのセールスは確かに低下していたので、別にCDを作る側だけではなく、流通や末端の販売まで、利益を出すためには仕方がなかったのかもしれない。
 ただそれは、蛸が自分の足を食べるのにも似て、根本的な解決にはなっていない。

 結局はライブと、そこでの直販によって、ミュージシャンは稼いで行く。
 これがかなり有名なところになると、地方のドサ回りでけっこう稼げるようにもなるのだ。
 最近はもう見ないなというミュージシャンでも、実はそうやって稼いでいる者は多い。
 あとはミュージシャンがブランド化すれば、やはりグッズ収入などが長期的に見られたりする。
 もっともそれは、ずっと先の話だ。



 四月中にはとにかく、五曲収録のミニアルバムを作る。
 それと平行して、ライブ活動もしていくのだ。
 もっともレコーディングには、さすがに高校生は週末を充てないといけない。
 そしてアルバムが出来れば、五月頭のフェスをはじめとして、関東の東京以外の大都市でライブをして売って行く。
 流通と販売を通さないなら、それが圧倒的にバンドの利益にはなる。
 問題はあと一曲を、どうするかだ。

「ノイジーガールをまた入れるのは、ちょっと反対だな」
 ネットで流れているのは、月子が打ち込みで歌っている四分以内のものと、バンドの演奏が前後までしっかりついているMVの二つ。
 MVの方のノイジーガールは、最初のアルバムにも入っていないため、聴くためにはいまのところ、MVを見るかライブハウスを訪れるしかない。
 ならばMVでいいではないか、という話にもなるのだが。

 ここで阿部は指摘する。
「そろそろサブスクの方も、どうにか考えないといけないんじゃない?」
 ネットによる音源の販売というのは、確かにもう現在での主流なのだ。
 PVがどんどんと回れば、それに広告料収入が付随していたりもするし、またサブスクなら聴かれた回数だけ金になる。
 あとはDL販売であるが、これはどう考えたらいいだろうか。

 ファンというのはコアなファンと、ライトなファンが必ずいるものだ。
 コアなファンを無視しては、そもそもの最低限の動きも見えない。
 だがコアなファンにばかり集中すると、ライトな層には広がっていかない。
「今はまだ、ライトなファンにはライトな楽しみ方だけしてもらえばいいかな」
 とりあえずMVと、月子のボーカルバージョンが、いまだにそれなりに回っているのだ。
 本当ならフルレコーディングバージョンを公開したいのだが、それならMVとして納得するものを作りたい。

 ツインバードのMVは、今のところアイデアが足りない。
 ならば外注ということでもいいのだろうが、それならば安く済ませることも出来る。
 映像はアニメにしてしまってもいいのだ。
「アニメ?」
「ボカロ曲は一枚絵か、アニメがほとんどだろ」
「アニメーションいいねえ」
 俊と千歳は乗り気であるが、暁と信吾が難しい顔。
 意見が一致しないのは珍しいことである。

 現代のポップス、あるいはJ-ROCKにおいて重要なのは、タイアップである。
 そして人気アニメとのタイアップは、その再生数に大きな影響を与える。
 いずれ知名度が上がってくれば、アニメとのタイアップという話も出てくるかもしれない。
 それは俊の築いた、ボカロPとしての人脈による。
「アニメといっても馬鹿にしたもんじゃないんだぞ」
「いや、馬鹿にしてるわけじゃないんだけど」
 栄二もそのあたりは分かっているらしいが、信吾にはしっくりこないのか。

 ともあれそれは、優先事項が少し後の話である。
 まずはあと一曲を作って、ミニアルバムを作る。
 五月にはフェスの後、関東の東京外の大都市圏を回る。
 そこで音源を売って行くのだ。
 ここで上手く評判が高まれば、夏のフェスに出られるかもしれない。
 キャンセル待ちという、かなり運に任せたところもあるであろうが、夏の大規模フェスに出場すれば、一気に知名度が上がる。
 去年の夏の千葉のフェスは、あくまで小規模な若手中心のものであった。
 だが今年は、トップレベルのフェスの中でも、大規模なフェスのステージを狙っていく。
「知名度上げていくわよ」
 その阿部の言葉には、メンバーの誰も反対する者はいない。
 まだまだ人気も、金もほしいノイズのメンバーは俗っぽかった。
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