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八章 ツアー

119 三日目・大阪

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 京都と大阪は文化的にはそれなりに違うものの、単純な距離は近い。
 そして事務所がツーマンライブの相手として依頼したのが、地元で確固とした人気を誇るバンド、竜道。
 ちなみに漢字でこう書いて、ドラゴンロードと読む。
 かなり微妙なセンスだとは思うが、実際にこれでファンは多くなっているのだから、名前のイメージは実力で覆せるものらしい。
 京都のライブは、大成功というわけではなかった。
 だが反省している暇もなく、大阪に向かわなければいけない。
 所要時間はおおよそ一時間と少し。
 今度のバンのハンドルを握るのは、栄二である。

 京都のライブはほとんど、メンバーの個人能力で無理やり、空気を動かしたようなものである。
 信吾の調子が悪かったのも確かだが、俊のセッティングも完全ではなかった。
 だが信吾のパフォーマンスが悪かったのは、コンディション調整を怠っていたから、と単純に済ますわけにはいかない。
 以前に似たような日程でツアーを行った時は、特に問題もなく演奏を出来たのだ。
 俊としてもそのあたり、計算に入れていなかった。
 信吾がアトミック・ハートで演奏していた楽曲と、現在ノイズで演奏している楽曲。
 比べてみれば圧倒的に、ノイズでやる演奏の方が消耗しているのだ。

 思えばそれほど消耗しなかったが、同時にそれほど受けることもなかった。
 月子も暁も千歳も、そもそも女子だから体力がないと思い込んでいたが、彼女たちは全力で演奏しているのだ。
「竜道はアトミック・ハート時代に対バンしたこともある」
 ハードロックもやっていたが、基本的なノリはHIP-HOPで、ラップを使った歌詞もかなり歌っていた。
 信吾の目から見たら、かなり硬派と言うか、アウトサイダーにも近いような、アングラ臭のする音楽であった。
 傾向は今も変わらないが、果たしてどれだけ丸くなっているのか。

 対バンするミュージシャンを見た時、信吾が最も警戒したのがこの竜道であった。
 基本的にライブハウスは男の世界と、グルーピーには女性もいるが、機材搬入や設置のローディーも、スタッフも全て男で固めている。
「なんかナチュラルに女を見下してきそう」
「女だけじゃなくて、俊みたいなタイプの相性は悪いだろうな」
 千歳の呟きに、信吾は付け加えた。
「俺みたいな?」
「なんて言うかな……俊はなんだかんだ言って、音楽は古典的でロジックで作るだろ? 竜道はストリート系なんだよ」
「ああ、そういう……」
 説明されれば、分からないでもない。

 HIP-HOPというのがそもそも、ストリート系との相性がいい。
 ストリート系でなけらばHIP-HOPではないと、勘違いしている人間すらいるかもしれない。
 ただ音楽というのは、そういう窮屈な枠組みで作られるものではないはずだ。

 70年代に発生したHIP-HOPは音楽、ダンス、ファッションの三つを中心とした黒人文化であるが、現在の音楽のHIP-HOPとはまた違ったものである。
 日本のHIP-HOPもまた違うものであるが、とりあえず竜道のスタイルは、ストリートファッションにビートの利いたラップであり、ダンスミュージック的なところはない。
 DJを使ったりと、はっきり言えば普段のノイズとはジャンルが違うのだ。
 そして相手の地元であるのだから、本当にこれで良かったのか、と詳細を聞いてメンバーとしては思わないでもなかっただろう。



 大阪は初めて、というメンバーが多かった。
 たとえば学校の修学旅行であっても、関西なら京都や奈良というのが、やはり定番であるだろう。
 遠征やツアーで訪れているのは、信吾と栄二である。
 そのあたりの地理的な詳しさも考えて、栄二が運転しているというのはある。
 もっともスタジオミュージシャンとなって、ツアーに帯同することになってからは、運転はしてもらうことがほとんど。
 そして七年も経過していれば、あちこち変わってはいるものだ。

 だがこの時代、ネットとスマホがあればそのまま、現在地から目的地まで、到達することが出来る。
 ネットでの集客というのも、ノイズの特徴ではある。
 かつてはライブでないと、本当の魅力は分からないなどという評論家などもいた。
 確かにライブで伝わるものというのは、あるものだろう。
 だが別に、ライブでしか伝わらないというものでもない。
 両方で伝わる音楽があればいい。

 今回のハコはツーマンライブとして行う中では、過去最高の500人規模。
 さすが大阪と言うべきなのだろうか。 
 そもそも京都の場合は、観光地としての縛りがきついので、あまり新しい大規模な施設は、市街地には建てにくいという問題もあったりする。
 その点では大阪は、そこまでの縛りはない。
 東京にしても戦争の大空襲で、焼け落ちた部分がある。

 過去の遺産が守られたために、むしろ発展の余地が少ない。
 なんとも皮肉なことであるが、もちろんそれなら、京都の文化遺産が破壊されていればよかった、などというわけでもない。
 ともあれフェスなどを加えても、ノイズにとってはかなりの大規模なステージになる。
 そして夏や冬のフェスよりも、完全にアウェイだ。
 さらにはツーマンライブをしてくれる相手とは、音楽性が違う。

 事務所のマネジメントが、これは失敗しているのではないか。
 そう思えても仕方がないが、逆にこれはチャンスでもある。
 なぜなら固定客を拡大するには、それまでと違う客層に飛び込まないといけない。
 そしてこの大阪でも、ノイズのサイト経由で、チケットはちゃんと売れているのだ。



 セッティングなどは先に演奏する、ノイズの方が始める。
 俊はその間に、一応は面識のある信吾を連れて、ハコのオーナーやスタッフに挨拶回りをしていく。
 だいたいどんな大スターも、売れてしまえば傲慢になるものだ。
 だがそこに落とし穴がある。
 芸能界の輝きは、あまりにも眩しすぎる。
 多くのスターが数年しか第一線で続かないのは、そのあたりに驕りが出てしまうからだ。

 下積み時代が長いほど、息も長いというのは、そのあたりに理由があるのか。
 少なくともノイズのメンバーには、世間知らずはいたとしても、驕っている人間などはいない。
 裏方に一度は回った栄二や、計算高い信吾。
 月子は相変わらず、音楽以外のことに関しては、劣等感がいっぱいだ。
 暁だけはギターを持たせると、ちょっと人格が変わってしまうところがあるが。

 京都とは違い、しっかりと事前のセッティングは完了した。
 ただやはり、二階席まであるステージは、かなり広く感じる。
 リハをやってみたが、音の響きが明らかに違うと言おうか。
(まあそういうのはいいとしても、客層の違いがな)
 俊は音楽の力というのを、ある程度までしか信じていない。
 確かにノイズの音楽はいいと、そこは自信を持って言える。
 しかし世の中には、ジャンルの違いだけでもう、聴かない人間もいるのだ。

 ラップミュージックを聴くために、やってきた客が半分以上はいるだろう。
 それに対してどういう演奏をするかが、問題にはなってくる。
 とはいえ対策は単純なものである。

 ノイズのセッティングが完了したあたりで、竜道のメンバーがやってくる。
 そこに素早く挨拶に行く、二人である。
「前田さん、天川さん」
 信吾が声をかけて、竜道の中心であるボーカルとドラムに声をかける。
 竜道はバンドといっても、DJがいるために、かなり音楽性は違う。
 ただメジャーデビュー前のアトミック・ハートとは、メッセージ性がかなり近かったのだ。
「信ちゃん、久しぶりやんけ」
「メジャーデビュー前に抜けるって、またロックやな」
 ストリート系ミュージシャンに共通する、一つの特徴。
 それはメジャー志向への反発である。

 もちろん内心は、違うところも色々とある。
 だが表面的なスタイルを貫いていけば、どうしても相容れないものがあるのだ。
「紹介するよ、うちのリーダーのサリエリ。まあ最近は普通に名前で俊って読んでるけど」
「はじめまして」
 身近で見れば分かるが、この二人にしろメンバーにしろ、雰囲気が完全にストリート系で、アウトロー的なイメージのファッションである。
 なるほど確かに、ジャケットで演奏する俊などとは、相性がどうとかはともかく、方向性は違うだろう。

 竜道はインディーズから普通にCDも出しているし、音楽の配信もしている。
 売上だけを見るならば、メジャーレーベルのミュージシャンよりよほど売れていたりする。
 ただ俊はそこに、それこそわずかながら驕りを感じた。
「まあここは俺らのハコやし、あんま緊張せんといて。客層違うやろうから、どうしても盛り上げるのは難しいしな」
 それは確かに、そうではあるのだ。



 上から目線ではあったが、竜道との対面は友好的に終わった。
 あとはまたステージの前に、一同で挨拶に行けばいいだろう。
 だが目的は、竜道目当てに来ていた客を、こちらのファン層にも取り込むこと。
 そして本日の一番重要な点を任されているのは、千歳であったりする。

 月子はそのルックスからも、イメージがどうしても固定されるのだ。
 だが千歳はいい意味で、イメージが固定化されていない。
 声色を使い分けることも出来るので、本来が男性ボーカルの曲なども、千歳は再現が上手く出来る。
 もっとも月子の場合も、歌唱力の暴力で、一発で聴衆をノックアウトすることは出来る。
 ツインボーカルというものを活かせば、その表現力は高まっていくのだ。

 今のバランスは、かなり微妙なところである。
 月子の能力の絶対値は、確かに千歳よりも高い。
 だがよりたくさんの楽曲に適応していくのは、千歳の方が早い。
 二人の間には今のところ、全く競争意識がない。
 お互いの弱いところを補い合うような、いい関係が出来ている。
 しかしこの人間関係が、商業的成功を収めていく間に、どう変わっていくのか。

 商業主義を否定することは難しいし、むしろ不自然である。
 だが今日のステージで発表する新曲などは、かなり女性陣が首を捻った歌詞などがあった。
 大阪の完全にアウェイな舞台では、これぐらいの飛び道具が必要なのだ、と説得したが。
 暁などは一番、そういうスキャンダラスな洋楽にも慣れているため、比較的寛容ではあった。
 月子にはどうにも、歌いにくい面があるのは確かであったが。

 新曲も含めて今日は、かなり過激なカバーを入れていたりする。
 基本的にはハイテンションなもので、聴衆の関心を引くためのもの。
 本来なら俊も、こういったものはしないのである。
 だが、今はまだ、音楽性を広げていく段階だ。
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