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七章 インディーズ

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 五つのレーベル、及びそれとつながる事務所からの勧誘。
 これはなかなかないというか、普通はそこまでもったいつけるまでに、既にいい契約でどこかと契約するものなのだ。
 だがこのレーベルによる取り合いというのは、それはそれで一つの知名度を高める手段にはなった。
 MVの発表から、そのPVがどんどんと伸びていって、さらに知名度が上がっている。
 さらに大手レコード会社から、メジャーレーベルへの誘いなどがあるやも、という話も出ている。
 ただそのルートはないな、と俊は最初から考えている。
 メジャーレーベルに対する、俊の不信感は大きい。
 あちらも切れないぐらい大きな存在になって、絶対に有利な契約を結ぶというぐらいにならなければ、所属する意味はない。

 なぜそこまで疑うのか、というのはメンバーの誰にも分からないだろう。
 だがおそらく、俊のベースの教師でもある岡町や、暁の父である安藤保、そして今では音楽業界から身を引いたドラマーの三人は、薄々察していたかもしれない。
 マジックアワーのギターボーカルの死亡事故。
 あれは本当に事故であったのか。
 そして俊の父である、東条高志の死亡事故。
 事故か自殺か微妙なところだと、多くの人間が言っていた。

「そんなわけでどんどんと条件を釣り上げさせていった結果、阿部さんの世話になろうと思うんだが」
「「結局あそこかーい!」」
 高校生組二人が、揃って突っ込んだ。
 確かにここまで引っ張って、最初に声をかけたところになるとは、なんとも遠回りしたように思えるだろう。
 だがこれはちゃんと、義理と人情と打算が存在する。
 最初に声をかけてくれて、しかもずっと待ってくれたところに、他のレーベルから声がかかっても、やはり所属したということ。
 そしてここまで待ったからには、向こうもノイズをそう簡単には見捨てられないであろうことだ。

 その説明すらも、実は表面的なものである。
(少なくともあの系列は、芸能界の中でもかなり、まともに近いと裏は取ってある)
 まともな芸能界などというのは存在しない。
 虚業の中でどれだけ、人は正気を保っていられるだろう。
 巨大な利権と名声や金を手に入れながらも、立つその場所は常に揺らいでいる。
 豪勢なカーペットの裏には、泥と血に塗れた死体が転がっている。

 おそらくこういった、本物の殺伐とした部分は、栄二でもまだ知らないだろう。
 そもそも子供にこんなことを教える母は、いくら愛情をかけてなくても、ちょっとどうかしていると思う。
 いや、逆に心配して正確な知識を教えたのかもしれないが。
 こんな世界に、彩は来るべきではなかった。
 親から譲り受けた才能で、トップに立つことが目標であり、復讐であったのかもしれない。
 特に母親は、本当ならば輝く世界に立っていたはずだ、と彼女は思っていたのだから。
 だが意地悪ではあっても可愛げがあった、あの姉はもういない。



 俊は阿部が新たに作ったという、事務所とレーベルについての説明をする。
 メジャー傘下でありながら、独立したレーベルという奇妙な話ではある。
 そして事務所とレーベルが、ほぼ一体化している。
 まあこちらは事務所は基本、ミュージシャンの管理とスケジューリングなどを行うもので、また仕事を取ってきたりもする。
 レーベルは音源を作るものであり、通常は多くのスタッフが必要になる。

 ノイズがいい条件で契約出来たのは、まず知名度が高いため、ライブハウスに話を通すのが簡単であること。
 また宣伝なども既に行っていて、公開手段にも経験を積んでいて、さほど事務所の力を必要としないこと。
 そして音源を作るのに既に熟練している人間がいるため、本来ならスタジオミュージシャンなどが必要なところを、ほとんど必要としないことだ。
 使わなければいけない資本を、徹底して圧縮する。
 それでミュージシャン本人に入ってくる収入が拡大する。

 流通だけはさすがに、店舗やプラットフォームを利用する必要があるが、これも通販を重視することと、プラットフォームとの契約により、条件をよく出来る。
 一般的なバンドミュージシャンでも、契約期間はあって内容は変化していく。
 ノイズは出来るだけ事務所やレーベルのかかるコストを少なくすることによって、自分たちも事務所もレーベルも、全てが儲かるようにする。
 ネットという媒体を使うことによって、とにかく宣伝のコストがかからない。
 口コミやBBSやSNSに、ブログなどの効果を使うのだ。

 インターネットというこのネットワークシステムは、俊の子供の時代からも、明らかに利便性が増している。
 スマートフォンという端末の発達が、さらに大きな価値をもたらしたと言えるだろうか。
 俊が大学にまで進学したのは、ある程度はモラトリアム期間を必要としたからだ。
 しかし時間によって、自己プロデュースの仕方などを学べたのも確かだ。
 今のミュージシャンには、単なる演奏やパフォーマンス、そして作曲や作詞の能力だけでは、売るのが難しいというのが分かっている。
 正確には自分の収入を確保するのが難しいのだ。

 一つの才能に、多くの人間が群がって、巨大な利益が生まれていた時代。
 だがノイズにはその点、大きな弱点が一つある。
 それはメンバーの数が多いということだ。
 基本的に収入というのは、一つのバンドや一人のアーティストに対して支払われる。
 ノイズはそれを、六人で分けなければいけない。
 あとは分け方によっても、確執が生まれることはある。
 ノイズはこれまで、公平に六等分してきた。
 派手に目立つフロントガールズと、リズム隊との間に差はない。
 また死ぬほど大変に見える打ち込みと、演奏における微調整をする俊も、同じだけの金額である。
 そもそも俊の場合、作詞と作曲の著作権印税で、他のメンバーよりも収入は多いのだ。
 スタジオの確保や足の確保など、また様々な手配でもかなりの部分を自分がやっている。
 それでもかかった経費などを計算して、メンバーにしっかりと説明しているのだ。



 これまでといったい、何が大きく変わるのか。
 それは第一に、売り込み先が増えるということだ。
 オーディションの他に、俊や信吾に栄二と、伝手から参加していたライブ。
 またはフェスなどに対して、こちらからの強気な売込みが出来る。
 マネジメントでスケジュール調整をしてくれる人間がいるだけで、とてもありがたいものとなるのだ。
 今まで俊が頑張りすぎていた。

 企画についても俊が、信吾や栄二の知識を借りて行ってきたことが多い。
 特にこの先、春とそれから夏休み、やっと学生組が動くことが出来る。
 ライブというのは鑑賞でも視聴でもなく、体験である。
 地方の大都市にファンを作ることによって、さらに売上を伸ばしていきたい。
 そういう実績を積み上げることによって、イベント会社との強力もしやすくなる。
 ライブハウスなどはともかく、大きなホールなどでの大規模ライブは、どうしても専門的なスタッフが必要となる。

 たとえば武道館などは、他の施設での興行実績などがなければ、貸し出しなどは不可能である。
 他のハコも大きなところは、既にイベント会社が抑えていることが多い。
 イベント会社に直接話を持っていっても、それだけでは通用しない場合がある。
 実績というのが数字で出せなければ、そもそも企画するのも難しい。
 設備の設営などを考えると、さすがにノイズの人間だけではどうにもならないのだ。

「今年中に一万人規模の会場で、午前午後二度のライブでも出来たらなあ」
 俊の目標を聞いて、他のメンバーは思わず息を飲む。
 ワンマンでそれぐらいの規模となると、チケットもかなり高くなるだろう。
 億に達する金が動く。
 もっともそれは全てが儲けになるわけではない。
 施設の使用料もかかるが、むしろ設備や販売手段、また設営に警備など、多くの人間が動くことになる。
「それより前に、夏のロックフェスだろ」
 信吾の言葉に、他のメンバーも頷く。

 夏休みを利用したロックや他の様々なフェスは、日本音楽業界の一大イベントとなっている。
 これに参加することこそが、まさに知名度を上げる好機にはなっている。
「あの、紅白に出るとかって、まだ遠い目標なのかな?」
 月子が俗っぽいことを言っているが、いまだにあれは視聴率が高いものではある。
 もっとも出演するのに、ギャラが安いことでも知られてはいるが。
「むしろ今は、紅白なんかに出ると、イメージが悪くなると思ってるバンドとかもいるぐらいだしな」
 俊としても出るとしても、まだ先の話だろうなと思っている。

 ただ、月子が紅白などに執着する、理由は分からないでもない俊である。
 アイドルユニットにとっては紅白など、まさに賑やかしの場所であった。
 知名度を高めるためには、確かに媒体としては悪くない。
 だが年末の大晦日の夜を、あそこで拘束されるのはまずい。
 そもそも紅白のどちらで出るのだ、という話にもなるが。
「山形の知り合いに、見てもらいたいんだよね……」
 そう言った月子の目には、珍しくも暗い色が見えていた。



 ともかくこれで、出来ることが増えていくのは確かなのだ。
 事務所に所属するということは、それだけの金を分配されることになるが、その分までプロデュースしてもらう。
 今のノイズはそういった部分が俊に集中しているため、大きく動くことが出来ていなかった。
 また楽曲を提供する手段に、ネット配信が出来ていない。

 関東圏だけをどうにか、市場としていた。
 それでもそれなりに、人気を出すことは出来ていた。
 自分たちなりのプロデュースだけで、ここまではやってきたのだ。
 そして事務所に所属しながらも、自分たちの企画を通すことが出来る。
 売れればそれだけ、我侭が通るものだ。
 もっとも俊はそのあたり、アーティスト肌ではなく商売人としての性格が強く出てきていると、自分では思っているが。

 ネットに流すMVを、どんどんと作っていきたい。
 撮影の機材もスタッフも、本職の人間を使っていける。
 もっともそれだけ、しっかりと利益も出していかなければいけない。
 基本的にライブだけでも、それなりの利益は出せるようになってきた。

 ここまでで、およそ半年。
 俊と月子の出会いから、それぐらいである。
 単純にメジャーデビューというのではなく、土台をしっかりと作った上でのインディーズレーベルでの流通。
 ノイズには公式のブログはあるが、それでファンなどとの交流が出来るわけではない。
 基本的に俊も、SNSなどは使わない珍しいタイプの人間だ。
 だがノイズ非公認の、私設ファンサイトなどというのは既にあったりする。
 これには時折、信吾や千歳が書き込みを行って、最初は偽物扱いされたりもしたものだ。
 本物であるというのは、SNSとの連携ですぐに証明出来たが。

 俊は動きが慎重すぎるように思う。
 だがそれは、やることが多すぎたということも原因だ。
 とりあえずやるのは、新曲作り。
 二時間以上のライブをオリジナルで全てやるだけ、曲の数を増やしていきたい。
 もっともただ、オリジナルの曲を増やすだけなら、凡作や駄作も混じってしまう。
 それならば名曲をカバーしていった方が、100倍マシである。

 ノイズのメンバーが、一致している俊のこだわり。
 それはつまらない曲などは、演奏しないというものである。
 嵩増しの曲を入れるのは、サリエリ時代の曲でもう充分。
 あとは最低五曲以上作って、フルオリジナルアルバムを出したい。
 それが果たして、どれぐらい売れることになるのか。
 インディーズレーベルではあるが、マーケティングにはレコード会社のビッグデータなども使える。
 そもそも最初の「1」の6000枚というのが、インディーズのデビューアルバムとしては出来すぎではあった。
 しかしそれでも、いまだにちょこちょこ売れてはいるのだ。
「あと、これでやっと、グッズを作ることが出来るな」
 バンドTシャツやステッカー。それ以外にも諸々のグッズ。
 物販で稼ぐというためには、やはり音楽畑以外の人間の力が必要なのだ。
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