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七章 インディーズ

107 初号

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 MVを作るにあたって、わずかに音源を作り直すことにした。
 これは先のことまでも、見据えての考えである。
 今までに二枚のアルバムを出しているノイズだが、そのデータが海賊版となって流出している。
 知名度が上がるのはいいが、これは全く金がノイズに入ってこない。
 そして一度流れてしまえば、それを消すのはほぼ無理である。

 これを防ぐためには、単純に先に公開してしまえばいいのだ。
 ネット配信などで、たとえばYourtubeなら広告が入るだけで、無料で聞くことが出来る。
 サブスクなどの定額プランで配信することも、重要なのである。
 ファーストアルバムはアニソンカバーが二曲に、サリエリカバーの三曲があるため、そのあたりはノイズの音楽とは言えない。
 一応バンドの演奏に、落とし込んだものではあるが。

 ノイジーガールは生まれ変わる。
 三枚目のアルバムにも、収録するために。
 そして三枚目のタイトルも、おおよそ案は出来ている。
 ただアルバムに収録するには、新曲の数が圧倒的に足りていない。
 リマスターのノイジーガールの他に、二曲は新曲がある。
 だがたったの三曲であるなら、ミニアルバムですらなくマキシシングルか。

 そもそも俊が、シングルという形で売るのは嫌いなのだ。
 それならば曲ごとの配信で売ればいい、という話になる。
 アルバムにはそれぞれの新しい方向性の曲を入れることが出来る。
 またコンセプトアルバムなどという、骨董品を夢見たりもしている。
 そのために他のメンバーに、作曲をしてくれと頼んでいるのだ。
 正直なところこれは、メンバー間の賃金格差にもつながるのだ。

 今はVtuberなどが曲をカバーしていることが多い。
 それでなくても歌い手が、名曲を歌っている。
 この場合も著作権から収益が発生するのだが、全ては作詞作曲をしている人間に入る。
 またカラオケなどで歌われた場合も、演奏したミュージシャンには入らないのだ。
 つまり作詞作曲をしておくと、その後も使われるたびに収入が発生するわけだ。
 安定した収入は、バンドが継続するために必要なことである。
 仕方がないとはいえ収入格差があると、バンド内に亀裂が入る。

 出来るならばノイズは続いてほしい。
 今のバンドの構成は、すごくバランスがいい。
 表現力というだけなら、俊にとって必要なのはフロントの三人で、あとは技術的には他のミュージシャンを持ってきてもいい。
 だが信吾と栄二は、俊の持っていない経験を持っているし、何よりもフロントの女性陣に手を出さない良識を持っている。
「というわけで、俺が編集している間に、作曲か作詞をよろしく」
 作詞に関しては、他の人間を頼ってもいい。
 もっとも月子には、さすがにそれは難しいかもしれないが。



 ノイズの他のメンバーの意向は一致していた。
「俊を休ませないとな」
 栄二の言葉に、うんうんと頷く一同である。
 今のMV編集は、さすがに俊に任せておくしかない。
 だがスケジューリングなどは分担すべきだ。
 特に信吾と英二は、それなりに経験がある。

 月子が任されたのは、振り付けやアクションの部分である。
 ノイズはこけおどしのオーバーアクションをしない。
 静かな動作から奏でられる音楽が、一番のパフォーマンスとなるからだ。
 あまり口にはしないが、信吾も英二も認めている。
 楽器演奏部分で最も華のあるのは、暁のギターであるのだと。
 俊が一人で統率していたノイズが、有機的に動くようになっている。
 これはインディーズのレーベルと話したことによって、音楽を売っていく方向性などがわずかに分かってきたからであろう。

 作曲に関しては、誰かのメロディラインを元にして、他のメンバーが肉付けしていく。
 最終的には、やはり俊にアレンジを任せるしかないのだろうが。
 作曲は0から1を作る作業。
 しかしそれを100にまで持っていくには、様々な楽器の知識と経験、理論が必要となってくる。
 最低でも五曲、出来れば七曲ほしい。
 一曲あたりの長さにもよるのだろうが。

 何度も繰り返して演奏されるのは、リマスターのノイジーガール。
 スマートフォンのカメラを使っても、普通に見られる程度にはなってくる。
 チープな感じはむしろ、色調をモノクロにして味にする。
 友人と話し合う様子の千歳と、ギターをひたすら演奏する暁の対比も上手くなってきた。
「とりあえず 初号が出来た」
 俊がそう言ったのはわずか一週間後のことで、まだ作曲は一つも出来ていなかった。

「早い……」
 栄二も呆れたように言ったが、あくまでこれは最初のものである。
 ここからさらにリテイクしていって、色々と完成形に持っていく。
 それよりも作曲の方が全く出来ていないのが問題だが。
「その代わり、ライブの予定はしっかり取ってきてるぞ」
 なんとかこれだけで、食べていけるというぐらいには稼げる。
 もっとも今がどうにかなるだけで、将来には不安しか残らない。

 作曲作詞による収入は不労所得だ。
 生きている限り永遠に、それどころか死後も70年間収入となる。
 それも考えた上で、俊は他のメンバーに作曲を頼んだのだ。
 自分のアウトプットが、今はちょっと枯渇しかけているという事実もあるが。
 俊は天才ではないので、インプットを山ほどしなければ、自分の中から何かを出すことなど出来ない。



 そんな俊が、音楽ではなく映像に、今までのアイデアを全て乗せてきた。
 果たしてどんなMVが作られたのか、ある程度の期待はしている。
 少なくともあのコンテをみた限りでは、無難以上の出来にはなっていると思うのだ。
 4分51秒というMVの時間。
 最初に始まったのは、光量を抑えた楽器の準備シーン。
 およそ10秒の後に、ドラムから始まる演奏。
 このスタジオでのそれを、真正面から撮影したものだ。

 すぐにカメラは切り替わり、暁のギターイントロへと。
 そしてそれが画面の右半分となり、左半分は上下で千歳と信吾のリズムを見せる。
 ドラムのリズムに数秒変わって、そこから月子のボーカルへとカットが変わる。
 アップになって歌っているが、その声が途切れるところでは、全身を映したカメラへと変わり、体全体の動きを捉える。
 また歌のパートになると、左からと右から、交互に演奏を映していく。
 そしてまた正面へと。

 月子と千歳のコーラスの場面では、二人をまず左右の画面に分けて、それぞれを映している。
 そして右側と左側から、両方が映るようにカメラが切り替わり、そして一番盛り上がるところでは、遠くから二人を一つの画面に入れる。
 ここまでで90秒強。
 演奏だけの映像は、ここまでである。

 ギターソロは暁の手元と全体を、交互に何度か映す。
 そして情景は変わって、三つ編みにガーリッシュな服装の暁が、バンドTシャツとジーンズに着替えて、ギターを背負うシーンまでの数秒が挟まれる。
 ポニーテールの暁が、スローモーションで髪ゴムを取って、そして全力で演奏する映像へとつなぐ。
 ここで千歳のリズムギター、信吾のベース、栄二のベースと盛り上がるところを順番に入れていく。
 なお本番では失敗しているのだが、千歳のジャンプに挑戦した映像なども、まるで成功したかのように入れていたりする。

 また歌のパートに入っていくが、今度はそこに日常のパートを入れていく。
 日常のパートといっても、それぞれが楽器の手入れをしたり、セッティングをするなど、完全に音楽から離れた映像というわけではない。
 ただここから、多摩川沿いを歩く月子の背中と、彼女の歌うシーンが順番に流れていく。
 風に吹かれるように、髪を押さえる月子。
 その顔が上手く隠れているシーンだけを使っていく。

 彼女の普段着から、ドレスに着替えるシーン。
 実は鍛えられた腹筋が、ちょっとだけ見えたりもする。
 俊の手が仮面を渡して、それを装着するまで、顔が見えることはない。
 徹底してもったいつけた映像ではある。

 ライブハウスの楽屋から、皆がステージに向かっていく映像。
 そしてフラッシュアウトしたかと思うと、本番のライブ映像へとつながっていく。
 この中での月子の熱唱シーンでは、スローモーションで彼女がマスクを落とすというシーンもある。
 シルエットで歌っているシーンと、背後からしか見えていないシーンで、やはり顔を見えないようにしている。
 この最後に盛り上がっていくシーンの中に、スタジオでの休憩中の映像などが、ほんの少しずつ挟まっている。

 そして演奏が終わる。
 無音の中、シルエットで誰かが、月子の落ちているマスクを拾う。
 それを渡された月子が、またマスクを装着。
 最後はライブシーンで、弾き終えたメンバーを順番に追っていくカメラ。 
 最後にテレビの電源を切ったように、それがブラックアウトする。



 最後まで流して、俊は口を開く。
「これがとりあえず、初号なんだが」
「いやいやいやいや!」
 こういうことに遠慮のない千歳が、思わず突っ込む。
「かっこよすぎでしょ。これをどう変えていくっていうの!?」
 うんうんと月子も頷いているが、他の三人にはまた違う意見があるらしい。
「下着とかは見えてないけど、ちょっと着替えが恥ずかしい」
「俺はいいんだが、俊のシーンがほとんどないだろ」
「撮影しておいて使ってないシーンが多すぎないか?」
 確かに暁と月子には、セクシャルなシーンがあった。
 ただ月子としては、あの程度ならば問題ないと思っている。

 栄二はこの映像の中で、ほとんど俊のシーンがないことを追及する。
 そして信吾は、あれだけの時間をかけて撮影しながらも、日常シーンがほとんど使われていないことに言及する。
「でも、これ以上かっこよくはならないっしょ」
 俊ではなく千歳がそう言って、他のメンバーは沈黙する。
 確かにこれをどうしたら、今よりもよくなるのかは分からないのだ。

 しかし俊自身が分かっていた。
「モノクロ映像とかを、もうちょっと使いたいんだよな。ギーターソロとかのとこ」
 自分が満足するよりも、とりあえず完成したものを見てもらう。
 そしてその意見から、新たに改良していくというのが、俊の考えであったのだ。

 そこまで言われたら、なんとか改良点を見つけようともするメンバーである。
「アキと千歳が仲良くするシーンを入れるとかなかったな」
「あのシーンは他の作品に使った方がいいかなと思って」
 信吾の指摘にも、すぐに返答できる俊である。
 つまり二作目以降のMVの案が、頭の中で出来ているのだろう。

 とりあえず、メンバーのほとんどが思ったこと。
 俊は音楽よりも、映像の方の才能があるのでは、ということだ。
 これまた前にも言われたが、俊としては蓄積してきたものを、出来るだけこれ一つに集めただけなのである。
 映像を編集していた間に、逆に曲を思いついたりもした。
 映像から音楽が生まれるというのも、別におかしなことではないのだ

 俊自身が納得していないならともかく、これで充分すぎるとメンバーは思っている。
 強いて言うなら「ピンボケシーン使わなかったの?」という月子の言葉に、俊が迷ったぐらいである。
 このMVはノイジーガールであるので、どうしても初期の構想から、月子と暁の二人が目立つようになっている。
 どう目立たせるかというのが、俊の考えたことである。
「まあ身内だけだと意見が偏るだろうから、ちょっと佳代さんあたりにも見てもらおうか」
 そして絶賛を受けて、どうにも調子が狂ってしまう俊なのであった。
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