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六章 ライブバンド
83 ガールズ・ロックンロール
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最近は不特定多数が集まる場所に関しては、かなりその扱いが慎重になっている。
高校の学園祭にしても、無限に誰もが入れるわけではない。
基本的には一人の生徒につき二人まで、という制限があるらしいが、暁も千歳も身近な肉親というものが少ない。
それでも学園祭のステージで歌うと聞いたら、安藤も文乃も保護者として見に来ようと思ったらしい。
だが安藤は急な仕事が入り、見に来ることが出来なくなった。
安藤は何度か、ライブハウスでの暁の演奏を見ている。
そして回数を重ねるごとに、貫禄というか迫力というか、重さを感じるようになっている。
自分の娘であるのに、いつの間にそんなに大人になったのか、と驚くぐらいである。
ちょっと追いつかれそうなので、最近は頑張ってギターの練習をしているのは秘密だ。
ただ今の暁たちは、若さに満ちた強烈な音を発しているのは確かだ。
単純に技術だけなら、そしてスタジオで何度も繰り返して弾くなら、まだ自分の方が上だ。
しかし若さと、ケミストリーから発生する熱量が、昔の自分たちを上回るのでは、と思う瞬間がある。
かつて日本の音楽シーンのトップに立ち、アメリカ進出をも考えたマジックアワー。
だがリーダーの事故死によって、その動きは止まった。
彼のいないマジックアワーでは、熱量が足りないのが明らかだったのだ。
(そういえば……)
俊の父である東条も、アメリカとの往来が多くなっていた。
あの天才によって、ミュージックシーンが一気に変わってしまったが、その後に体勢を立て直して、アメリカ進出を考えていたはずなのだ。
(同じタイミングだな)
偶然ではあろうが、嫌な感じはした。
俊は音楽科のある高校に通っていたので、普通の高校の雰囲気は知らない。
また月子も、高校は特殊な障害のある生徒を専門に教えるところに通っていたので、これが普通なのかと感じる。
この二人で行動というのは、少し珍しい。
だが月子は、この日を楽しみにしていたらしい。
「わたし、普通の高校の学園祭って初めて」
「そうだな」
俊としては、全ての現象がインスピレーションへのヒントだ。
自分が経験していない、普通高校の学園祭。
何か思いつくたびに、メモ帳に書き込んでいく。
こういうところが、俊はアナログであったりする。
一応理由はあって、スマートフォンにメモでもしておくと、それは筆跡が残らない。
筆跡もまた、一つの感情だと思うのだ。
文乃とは時間を決めて落ち合うことになっている。
それまでは楽しむ月子のお守りだが、意外とこれは悪くない。
メイプルカラーの解散以来、どこか月子には張り詰めたものがあった。
もちろんそれが悪いことばかりではないのだが、こうやってたまには気分を変えないと、どうしてもストレスがたまっていったりはするのだろう。
俊もそれを信吾に指摘されたからこそ、こうやって気分転換とインプットのために、学生の中にやってきているのだ。
月子は楽しそうにそれを見ているが、俊はむしろそんな月子をこそ見ている。
メイプルカラーの解散以来、どうしても落ち込んでいた様子を見せていた月子。
だが引越しの準備も始めて、ライブを重ねていくごとに、沈んだ顔を見せることもなくなっていった。
それでもライブでのパフォーマンスは、以前よりもパワーが落ちていた気はする。
バンドとの練習が増えて、むしろ息は合うようになっていたのに。
その分を千歳の上達がカバーしている。
引越しをしてから、また何か気が晴れることでもしようか。
俊はそう考えているが、月子の失ったものはそういうものではない。
(大きなステージが必要かな)
年末にはいくつか、大きなフェスが開催される。
その中の一つからは打診があり、これは受ける方向である。
ただ日程的に、もう一つぐらい大きいフェスに出たい。
年末から年始にかけて行われるフェスは、動員が一万を超える会場でなされる。
このあたりになると、ギャラの方もかなり高くなる。
俊としては気にしないが、高校生組以外の他のメンバーには、収入というのは重要な要素である。
少しノイズも名前が売れてきて、ブッキングの依頼などもある。
そのため音楽で食っていくということが、かろうじて可能になっている。
もっとも信吾と栄二は、他のバンドのヘルプなどをこなして、それぐらいの収入になっているのだが。
ボーカルにもコーラスの依頼はあったりするが、月子の場合は目立ちすぎる。
公開されている曲の収入は、いまだに月子が打ち込みで歌っているものだけだ。
そこからの収入は入ってくるし、月子には歌唱の依頼が入ってきたりもしている。
この間の俊の、オフ会からのつながりである。
ボカロPであっても、つよつよボーカルに歌ってもらって、自分の曲の知名度を上げたいというのはあるのだ。
だが月子のボーカルの力だけでブーストしても、そこから導線を引いてこれるわけではないが。
そういったことを考えているうちに、学校内を見回っては時間が近づいてくる。
そして千歳の保護者である、高岡文乃と合流した。
「お久しぶりです、先生」
「久しぶりね。千歳から話は聞いてるけど」
作詞に関して、俊は行き詰まりというほどではないが、苦労して生み出すものと自然と生み出すもの、二つがあるのは確かだ。
自分が作った中で、もっとも頭が悪いといわれる「スキスキダイスキ」は簡単に歌詞を作ることが出来た。
なにしろ使っている単語は10個もなかったので。
体育館では既に、順番にステージでの演奏が始まっている。
別に音楽の演奏に限らず、演劇なども行われているのだ。
「私が最初に仕事と意識したのは、舞台の脚本だった」
文乃は言う。それまでも文章自体は、色々と書いていたのだが。
「友達に演劇部の人間がいて、それに見せたら脚本にされた。その脚本化が最初の依頼」
「学生の舞台でも、依頼と認識していたんですか」
「私たちは、そういうものじゃない?」
「確かに」
作るからには、満足のいくものでないといけないと考える。
俊はこれまで、頼まれて作った楽曲がいくつもある。
出来は悪いが、それでもそれは完成品だ。
「文章を作るなんて、結局はどれだけ吸収したかの結果でしかない」
何をどう吸収するかは、その人次第であろう。
「貴方たちの演奏からは、少なくとも何かを得ることはある」
それは創作をする者にとっては、最大級の賛辞であろう。
軽音楽部がノリのいいステージを終えた。
そして吹奏楽部が荘厳な演奏を終える。
例年であれば、これでステージは終わり。
だが今年は、ここからトリがいる。
「保護者として聞いておくけど、あの子は音楽で生きていけるの?」
「分かりません。未来のことなんて、無難なはずの選択をした人間であってもそうでしょう」
「そうだけど、ミュージシャンも小説家も、あまりに成功する確率は低すぎる」
「保険がほしいわけですか」
「まあ、単に生きていくだけなら、あの子の両親や私の遺産で、どうにでもなるんだろうけど」
誰もが、何者かになりたい。
難しいことだ。
しかし尊厳をもって生きるためには、単純に生きているだけではいけない。
社会の中で、価値のあることを見出さなければいけない。
別に歯車のように働くのでも、それはそれで必要な役割ではある。
文乃はそのあたり、ただ遊んで生きていくのがいいとは、思っていないらしい。
千歳が大学に行くぐらいの貯金は、しっかりと用意していたのが両親であった。
そして文乃も、ごくわずかしかいないこの業界で、成功者として存在している。
失敗したときのために、学歴ぐらいは得ておけ。
それが余裕のある人間の、子供に対する意見であるのだろう。
「まあ、確かに暁はともかく、千歳は大学に行ってほしいですけどね」
俊の後輩として入ってくるなら、まだ続けて大学の施設を利用することが出来る。
そういった会話をしている二人は、全くステージでの演奏など気にしていなかった。
一人月子は、ちゃんと楽しんでいるようであったが。
いよいよ二人きりのステージが始まる。
スポットライトがステージの二人に浴びせられる。
何が始まるのか、もちろん俊は知っている。
まずは挨拶代わりに、あの曲である。
学園祭で演奏するなら、まさにこれという一曲。
もっとも実際に本来の曲通りに弾ける女子高生などは、おそらくほとんどいないのではないだろうか。
だが暁なら弾ける。
「God Knows?」
「そうです」
ドラムから始まって、いきなり速いギターリフ。
プロでもこれを完璧に弾くのは、相当に難しい。
リズムギターを弾きながら、千歳が歌いだす。
テンポが早く、そして音階が上下する。
だがわずか二小節ほどを千歳が歌っただけで、一気に館内のテンションは上がった。
「あの曲、難しいのよね?」
「リードは。リズムも難しいけど、少し音を減らしました」
だが暁は意地で、譜面を完全に弾いてみせる。
歌が終わってギターソロが始まる。
暁は少しだけ仰け反るように動きながらも、目を閉じて完璧な演奏を続ける。
ギターソロはロックの華。
それを見せ付けるように演奏する暁には、驚愕の歓声が浴びせられる。
誰が聞いてもその音の並び、運指の動きは超絶技巧。
とても分かりやすい、見せ付ける曲である。
「いまだにカラオケとかでは歌われてるらしいんで、冒頭でかますのはいい曲かと」
もちろん暁がいなければ、こんな曲は選ばない。
そんなギターに負けないのが、千歳の歌である。
月子のように高音に特化してはいないが、それだけに表現力が豊富な千歳。
やはりノイズのメンバーの中で、そして月子と一緒に歌っているというのが、彼女の歌唱力を一気に上げている。
体育館の中は、一応パイプ椅子の座席もある。
だが観客である生徒たちは、全員が立ってノっていた。
終盤にもあるギターソロを、暁はわずかなアレンジさえも入れていく。
むしろ難易度を上げるかのように、自分のテクニックを誇示するように。
だがその音は、あくまでも重い。
会場の熱量を一気に上げていった。
一曲が終わって、これでもう充分では、とさえ思える。
だがここからが本番なのである。
暁は両手をぶらぶらとさせて、やっと髪ゴムを外す。
『え~、God Knowsでした。あたしら二人は普段、ノイズっていう学外のバンドでプレイしていて、今日は二人だけの参加ですけど、本当は六人構成になっています』
千歳はこうやって、ノイズの宣伝もするのである。
『最近はライブハウスも満員になることが多くて、なかなかチケットが手に入らなくなってるんですけど、ここから12月にかけて大きなハコでもやっていきますんで、来てくれたら嬉しいです』
そう千歳が喋っている間に、暁はエフェクターの設定を変えて、ゆったりと爪弾き始めている。
『それじゃあここから、メドレー行きます! Linked Horizon で! 進撃の巨人!』
俊が忙しい中、無茶振りされたものである。
ステージの割り当ては20分であるので、長々とMCをしている暇がない。
なので一気にメドレーで聞かせる。
最初の曲で心をつかみ、そこから一気に歌っていく。
まず最初は当然ながら「紅蓮の弓矢」である。
ギュリギュリとギターのリズムが響く中で、千歳の歌が響いていく。
歌詞に含められたメッセージ性は、かなり暴力的なものではある。
そして千歳はそういった、理不尽な暴力、突然の死というものを理解している。
途中からアレンジで、曲は「自由の翼」に、そして「心臓を捧げよ」へと変化していく。
そしてまた「紅蓮の弓矢」に戻っていくのだ。
大変な仕事ではあった。
だが会場となった体育館は、まさに熱狂している。
最初の一曲で暖めた後に、このメドレー。
暁のギターソロには、魂を揺さぶるフィーリングがある。
(凄いな)
そのうちこれは、ライブでもやってみようかな、と思ったりする俊であった。
高校の学園祭にしても、無限に誰もが入れるわけではない。
基本的には一人の生徒につき二人まで、という制限があるらしいが、暁も千歳も身近な肉親というものが少ない。
それでも学園祭のステージで歌うと聞いたら、安藤も文乃も保護者として見に来ようと思ったらしい。
だが安藤は急な仕事が入り、見に来ることが出来なくなった。
安藤は何度か、ライブハウスでの暁の演奏を見ている。
そして回数を重ねるごとに、貫禄というか迫力というか、重さを感じるようになっている。
自分の娘であるのに、いつの間にそんなに大人になったのか、と驚くぐらいである。
ちょっと追いつかれそうなので、最近は頑張ってギターの練習をしているのは秘密だ。
ただ今の暁たちは、若さに満ちた強烈な音を発しているのは確かだ。
単純に技術だけなら、そしてスタジオで何度も繰り返して弾くなら、まだ自分の方が上だ。
しかし若さと、ケミストリーから発生する熱量が、昔の自分たちを上回るのでは、と思う瞬間がある。
かつて日本の音楽シーンのトップに立ち、アメリカ進出をも考えたマジックアワー。
だがリーダーの事故死によって、その動きは止まった。
彼のいないマジックアワーでは、熱量が足りないのが明らかだったのだ。
(そういえば……)
俊の父である東条も、アメリカとの往来が多くなっていた。
あの天才によって、ミュージックシーンが一気に変わってしまったが、その後に体勢を立て直して、アメリカ進出を考えていたはずなのだ。
(同じタイミングだな)
偶然ではあろうが、嫌な感じはした。
俊は音楽科のある高校に通っていたので、普通の高校の雰囲気は知らない。
また月子も、高校は特殊な障害のある生徒を専門に教えるところに通っていたので、これが普通なのかと感じる。
この二人で行動というのは、少し珍しい。
だが月子は、この日を楽しみにしていたらしい。
「わたし、普通の高校の学園祭って初めて」
「そうだな」
俊としては、全ての現象がインスピレーションへのヒントだ。
自分が経験していない、普通高校の学園祭。
何か思いつくたびに、メモ帳に書き込んでいく。
こういうところが、俊はアナログであったりする。
一応理由はあって、スマートフォンにメモでもしておくと、それは筆跡が残らない。
筆跡もまた、一つの感情だと思うのだ。
文乃とは時間を決めて落ち合うことになっている。
それまでは楽しむ月子のお守りだが、意外とこれは悪くない。
メイプルカラーの解散以来、どこか月子には張り詰めたものがあった。
もちろんそれが悪いことばかりではないのだが、こうやってたまには気分を変えないと、どうしてもストレスがたまっていったりはするのだろう。
俊もそれを信吾に指摘されたからこそ、こうやって気分転換とインプットのために、学生の中にやってきているのだ。
月子は楽しそうにそれを見ているが、俊はむしろそんな月子をこそ見ている。
メイプルカラーの解散以来、どうしても落ち込んでいた様子を見せていた月子。
だが引越しの準備も始めて、ライブを重ねていくごとに、沈んだ顔を見せることもなくなっていった。
それでもライブでのパフォーマンスは、以前よりもパワーが落ちていた気はする。
バンドとの練習が増えて、むしろ息は合うようになっていたのに。
その分を千歳の上達がカバーしている。
引越しをしてから、また何か気が晴れることでもしようか。
俊はそう考えているが、月子の失ったものはそういうものではない。
(大きなステージが必要かな)
年末にはいくつか、大きなフェスが開催される。
その中の一つからは打診があり、これは受ける方向である。
ただ日程的に、もう一つぐらい大きいフェスに出たい。
年末から年始にかけて行われるフェスは、動員が一万を超える会場でなされる。
このあたりになると、ギャラの方もかなり高くなる。
俊としては気にしないが、高校生組以外の他のメンバーには、収入というのは重要な要素である。
少しノイズも名前が売れてきて、ブッキングの依頼などもある。
そのため音楽で食っていくということが、かろうじて可能になっている。
もっとも信吾と栄二は、他のバンドのヘルプなどをこなして、それぐらいの収入になっているのだが。
ボーカルにもコーラスの依頼はあったりするが、月子の場合は目立ちすぎる。
公開されている曲の収入は、いまだに月子が打ち込みで歌っているものだけだ。
そこからの収入は入ってくるし、月子には歌唱の依頼が入ってきたりもしている。
この間の俊の、オフ会からのつながりである。
ボカロPであっても、つよつよボーカルに歌ってもらって、自分の曲の知名度を上げたいというのはあるのだ。
だが月子のボーカルの力だけでブーストしても、そこから導線を引いてこれるわけではないが。
そういったことを考えているうちに、学校内を見回っては時間が近づいてくる。
そして千歳の保護者である、高岡文乃と合流した。
「お久しぶりです、先生」
「久しぶりね。千歳から話は聞いてるけど」
作詞に関して、俊は行き詰まりというほどではないが、苦労して生み出すものと自然と生み出すもの、二つがあるのは確かだ。
自分が作った中で、もっとも頭が悪いといわれる「スキスキダイスキ」は簡単に歌詞を作ることが出来た。
なにしろ使っている単語は10個もなかったので。
体育館では既に、順番にステージでの演奏が始まっている。
別に音楽の演奏に限らず、演劇なども行われているのだ。
「私が最初に仕事と意識したのは、舞台の脚本だった」
文乃は言う。それまでも文章自体は、色々と書いていたのだが。
「友達に演劇部の人間がいて、それに見せたら脚本にされた。その脚本化が最初の依頼」
「学生の舞台でも、依頼と認識していたんですか」
「私たちは、そういうものじゃない?」
「確かに」
作るからには、満足のいくものでないといけないと考える。
俊はこれまで、頼まれて作った楽曲がいくつもある。
出来は悪いが、それでもそれは完成品だ。
「文章を作るなんて、結局はどれだけ吸収したかの結果でしかない」
何をどう吸収するかは、その人次第であろう。
「貴方たちの演奏からは、少なくとも何かを得ることはある」
それは創作をする者にとっては、最大級の賛辞であろう。
軽音楽部がノリのいいステージを終えた。
そして吹奏楽部が荘厳な演奏を終える。
例年であれば、これでステージは終わり。
だが今年は、ここからトリがいる。
「保護者として聞いておくけど、あの子は音楽で生きていけるの?」
「分かりません。未来のことなんて、無難なはずの選択をした人間であってもそうでしょう」
「そうだけど、ミュージシャンも小説家も、あまりに成功する確率は低すぎる」
「保険がほしいわけですか」
「まあ、単に生きていくだけなら、あの子の両親や私の遺産で、どうにでもなるんだろうけど」
誰もが、何者かになりたい。
難しいことだ。
しかし尊厳をもって生きるためには、単純に生きているだけではいけない。
社会の中で、価値のあることを見出さなければいけない。
別に歯車のように働くのでも、それはそれで必要な役割ではある。
文乃はそのあたり、ただ遊んで生きていくのがいいとは、思っていないらしい。
千歳が大学に行くぐらいの貯金は、しっかりと用意していたのが両親であった。
そして文乃も、ごくわずかしかいないこの業界で、成功者として存在している。
失敗したときのために、学歴ぐらいは得ておけ。
それが余裕のある人間の、子供に対する意見であるのだろう。
「まあ、確かに暁はともかく、千歳は大学に行ってほしいですけどね」
俊の後輩として入ってくるなら、まだ続けて大学の施設を利用することが出来る。
そういった会話をしている二人は、全くステージでの演奏など気にしていなかった。
一人月子は、ちゃんと楽しんでいるようであったが。
いよいよ二人きりのステージが始まる。
スポットライトがステージの二人に浴びせられる。
何が始まるのか、もちろん俊は知っている。
まずは挨拶代わりに、あの曲である。
学園祭で演奏するなら、まさにこれという一曲。
もっとも実際に本来の曲通りに弾ける女子高生などは、おそらくほとんどいないのではないだろうか。
だが暁なら弾ける。
「God Knows?」
「そうです」
ドラムから始まって、いきなり速いギターリフ。
プロでもこれを完璧に弾くのは、相当に難しい。
リズムギターを弾きながら、千歳が歌いだす。
テンポが早く、そして音階が上下する。
だがわずか二小節ほどを千歳が歌っただけで、一気に館内のテンションは上がった。
「あの曲、難しいのよね?」
「リードは。リズムも難しいけど、少し音を減らしました」
だが暁は意地で、譜面を完全に弾いてみせる。
歌が終わってギターソロが始まる。
暁は少しだけ仰け反るように動きながらも、目を閉じて完璧な演奏を続ける。
ギターソロはロックの華。
それを見せ付けるように演奏する暁には、驚愕の歓声が浴びせられる。
誰が聞いてもその音の並び、運指の動きは超絶技巧。
とても分かりやすい、見せ付ける曲である。
「いまだにカラオケとかでは歌われてるらしいんで、冒頭でかますのはいい曲かと」
もちろん暁がいなければ、こんな曲は選ばない。
そんなギターに負けないのが、千歳の歌である。
月子のように高音に特化してはいないが、それだけに表現力が豊富な千歳。
やはりノイズのメンバーの中で、そして月子と一緒に歌っているというのが、彼女の歌唱力を一気に上げている。
体育館の中は、一応パイプ椅子の座席もある。
だが観客である生徒たちは、全員が立ってノっていた。
終盤にもあるギターソロを、暁はわずかなアレンジさえも入れていく。
むしろ難易度を上げるかのように、自分のテクニックを誇示するように。
だがその音は、あくまでも重い。
会場の熱量を一気に上げていった。
一曲が終わって、これでもう充分では、とさえ思える。
だがここからが本番なのである。
暁は両手をぶらぶらとさせて、やっと髪ゴムを外す。
『え~、God Knowsでした。あたしら二人は普段、ノイズっていう学外のバンドでプレイしていて、今日は二人だけの参加ですけど、本当は六人構成になっています』
千歳はこうやって、ノイズの宣伝もするのである。
『最近はライブハウスも満員になることが多くて、なかなかチケットが手に入らなくなってるんですけど、ここから12月にかけて大きなハコでもやっていきますんで、来てくれたら嬉しいです』
そう千歳が喋っている間に、暁はエフェクターの設定を変えて、ゆったりと爪弾き始めている。
『それじゃあここから、メドレー行きます! Linked Horizon で! 進撃の巨人!』
俊が忙しい中、無茶振りされたものである。
ステージの割り当ては20分であるので、長々とMCをしている暇がない。
なので一気にメドレーで聞かせる。
最初の曲で心をつかみ、そこから一気に歌っていく。
まず最初は当然ながら「紅蓮の弓矢」である。
ギュリギュリとギターのリズムが響く中で、千歳の歌が響いていく。
歌詞に含められたメッセージ性は、かなり暴力的なものではある。
そして千歳はそういった、理不尽な暴力、突然の死というものを理解している。
途中からアレンジで、曲は「自由の翼」に、そして「心臓を捧げよ」へと変化していく。
そしてまた「紅蓮の弓矢」に戻っていくのだ。
大変な仕事ではあった。
だが会場となった体育館は、まさに熱狂している。
最初の一曲で暖めた後に、このメドレー。
暁のギターソロには、魂を揺さぶるフィーリングがある。
(凄いな)
そのうちこれは、ライブでもやってみようかな、と思ったりする俊であった。
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