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六章 ライブバンド

80 母、襲来

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 マルチタスクが出来るのは、俊の長所である。
 ただその分、何かに深く没頭する能力が欠けているのでは、と思ったこともある。
 しかし最近は作曲に入ると、時間を忘れて一気に作ってしまうことまである。
(才能が開花した……というのとは、違うと思う)
 月子と出会って以来、自分と年齢の近い才能に、出会う機会が増えたのはあると思う。
 自分よりも若い才能に、出会っても嫉妬はしない。
 担当が違うことが多いからで、そしてアレンジに幅を与えてくれる。

 色々と考えてみたが、やはりノイズメンバーの中で、一番天才と呼べるのは暁なのでは、と思ったりもする。
 月子は素質と技術があるし、基本も鍛えられている。
 千歳は感情を乗せて歌っている。
 信吾と栄二は、とりあえずキャリアと場数が違う。
 一番天才っぽいのは、千歳の歌かもしれないが。

 ライブでのパフォーマンスを見ていると、自分の平凡さが分かる。
 俊は間違いなく、フィーリングで何かを伝えるタイプではない。
 即興ではなく、あらかじめしっかりと準備して、それでようやく目的に届く。
「何を言ってんだか」
 才能の分析などをしていると、千歳がそう言った。
「いきなりあたしをステージに連れ出して、いきなり合わせたのは誰でしたっけ」
 そういえば自分らしくないことをしているな、と言われてみればそうかもしれない。
 だがそれは、千歳が俊にそうさせたのだ。
 現象としては、俊が千歳をステージに立たせたのだが、そうさせたのは千歳の持っている何かだ。

 外見だけを見れば、長身で仮面をした月子に、海外の血が入っていて独特の容姿の暁と比べると、千歳は一番平凡である。
 だがそこから、外見詐欺のような歌を発する。
 表現の幅は月子よりも広い。
 俊が好まないだけで作っていないが、ラップも歌えるのは今のトレンドからしたら強みだ。

 自分には才能がないが、他人の才能を把握することは出来る。
 そういうのを名伯楽というのだ。
 もっとも人間、ほしい才能が持っている才能と違うことはよくある。
 俊がそういうことを言っていても「またこいつは求める場所が高すぎるな」と思うようになってきたのがノイズメンバーである。
 その中で月子だけは、そうなんだ、と素直に受け取ってしまう。
 彼女は素直すぎるのが、いつか人生で失敗するのでは、と周囲には思わせる。
 天然がゆえにこれまで、よくもまあ変に騙されずに生きてこれたな、とも思われる。
 特に東京に来てからは、向井が早々に保護のような形にしたのが、かなりの幸運であった。



 その月子を、俊が保護するような関係になる。
 ただ月子だけでは問題となるので、もう一人女性を招くことになった。
 この間のオフ会から伝手をたどっていって、この人なら大丈夫かな、と俊も判断した。
 界隈では「離島駐在さん」という名前でイラストとデザインの仕事をしている、柴田佳代さん23歳である。
 主な活動時間は夕方から深夜。
 仕事は基本的にフリーで受けていて、まだまだイラストだけで食べていくのは出来ないという話である。

 仕事道具は全てデジタルのため、考えていたような面倒さもない。
 田舎から東京に出てきて専門学校に通い、そこから卒業はしたものの就職はせずにそのままフリーランスという、なんとも明日を見ない生き方をしている。
 だが創作系の仕事というのはそういうものかもしれない。
 一応就職活動はしたものの全滅し、そこから個人で仕事を取って、ある程度の収入は得ている。
 それだけでは生きていけないので、アルバイトもそれなりにしている。
 しかしこの条件なら、仕事だけに専念出来る、というわけである。

 イラストレーターとしては、普通に流行の絵を描いていく。
 だが没個性であるな、と俊などは判断した。
 だがデザインとしてボカロPなどとつながると、面白いものを作ってくれている。
 現在のノイズの傾向としては、デザイン面で頼むことはあるかもしれない。
 全く現代は、中途半端に才能があっても、それを活かすのが下手な人間が多い。

 そんなわけで俊は、居候の選定を終えたわけである。
 あとは母の判断であるが、あまりそのあたりは心配していない。
 一年のうちに一ヶ月も家にはいないのだ。 
 国内にいる時も、ホテルなどを利用することが多い。
 ノイズを結成して以来、まだ一度も会っていない。
 だいたい春頃に帰ってくることは多く、夏場は特に留守にしている。

 そんな母ではあるが、他の人間にとっては渡辺薫、KAORUとして歌っていたアーティストは、レジェンドクラスの人間の一人だ。
 ユニットを俊の父と組んで、CDを1000万枚以上売ったのだから。
 今とは時代が違っていても、驚異的な数字であることは間違いない。
 忙しい渡辺薫は、何かの用事のついででもないと帰ってくることがない。
 なのでついでだからと、集まれるメンバーは全員が集まってみた。
 
 リムジンで屋敷の前に到着する。
 そしてマネージャーを伴って家の中へ。
 特に派手なわけではないが、見る者が見ればすぐに分かる、ブランドの逸品を着用し、無駄な装飾品はない。
 アラフィフになろうという年齢のはずだが、やはりまだ若く見えるのは、日頃の手入れの成果だろう。
「お帰り」
「ええ、久しぶりね。また大きくなった?」
「いや、さすがにもう成長期は止まってるから」
「少し痩せたようにも見えるけど」
 それは事実である。なにしろ忙しく、そして食事を忘れるので。



 リビングに集まったメンバーの中では、暁だけは一方的に面識がある。
 彼女が赤ん坊の頃に、何度か薫は会っているのだ。
「お父さんとお母さん、両方に似てるわね」
 それは当たり前だろう。
 そこからメンバーと、居候候補の紹介である。
 足を組んで、女王のごとく貫禄を見せ付けていた薫であるが、特に文句をつけてくるわけでもない。

 三人を居候させると言っても、好きにしなさいの一言であった。
 ただハウスキーパーの条件をちょっと見直さないといけないな、とは言っていた。
 今の週三回、俊の食事を作って家事をするのとは、労働量が変化する。
 それに関する連絡は、俊の方で行えということであった。

 薫が関心を持っていたのは、どういう音楽をしているか、ということである。
 現在はようやく、本来の自分の専門であったオペラをやっている薫。
 公開されている演奏は、全てまだ月子の歌のもので、打ち込みの演奏だけだ。
 それでも随分と回っているな、ということは分かっていた。
 だがライブで演奏しないと分からないというのは、音楽の本質である。

 レコードを聴くというのも、確かに視聴ではある。
 そして鑑賞でもあるが、そこに本物の芸術はない、と考えるのが生きた音楽家であるらしい。
 本物の自分を残せるのは、作曲家と作詞家だけ。
 演奏というのはライブという体験の劣化版である。
 そうでないなら、どうしてクラシックにしろポップスにしろ、あれだけチケットが売れるのか。
「そういうわけで、演奏をしてみなさい」
 命令口調であるが、高圧的な感じではない。
 そこに気品を感じるのは、大学までは本当にお嬢様の環境で育ったからだ。

 日本のポップスの世界で頂点に立ち、今は世界の声楽でトップクラスに立つ。
 そんな人の前で演奏をする。
 だがこれは俊が、最初から予想していたことだ。
 地下のスタジオにおいて、演奏の準備をする。
 それを薫の視線は追っていた。
「その子、素人だからと言っていた子?」
 薫が指摘したのは、間違いなく千歳である。
「そうだけど」
「使ってる楽器、ちょっと中途半端じゃないの?」
「母さんはギター詳しくないじゃないか」
「そうだけど、テレキャスターならうちにいいのがあったでしょ?」
 あるが、あれはまだ千歳には早いだろう。

 楽器には使うタイミングというものがある。
 それに薫としては、暁のレスポールにも目が行く。
「珍しいわね」
 内容が文句でなかったのは幸いであったが。
「本気でプロを目指すなら、楽器には妥協したらダメよ。まあ高くなくても掘り出し物はあったりするけど」
 それは本当にそうで、中古楽器を修理したら、ものすごいものになったという例はある。
 そもそも暁のレスポール・スペシャルは本当におかしな個体ではあるのだ。
 エフェクターの設定を調整し、ペグを回して音を調整する。
 その様子を薫は懐かしそうに眺めていた。



 何を演奏するのかは、もう決まっている。
 一番練習し、ライブでも多いノイジーガールである。
 最初に月子をイメージして作ったのとは、もうかなり違うものに変化してしまっている。
 六人で演奏する、ちゃんとしたノイジーガールは、ライブのたびに暁のアレンジが少し変わっている。
 ただマスターとしては、ちゃんと存在するのだ。

 たった一人の観客。
 もっともマネージャーと、ついでに佳代も一緒にそれを聞く。
 緊張の中でも、暁は髪ゴムを外して、テンションを上げていく。
 その歪んだギターから、最初の音が爪弾かれる。
 ドラムが後を追い、ベースが追随する。
 リズムギターが弾けて、そしてイントロから歌へと入る。

 ノイジーガールは月子をイメージした曲であった。
 だが歌詞は、少女という抽象的な存在をテーマとしている。
 可能性、不安定、小さな世界、外への憧憬。
 そういったものをあるいは吐き捨てるように、あるいは哀愁を込めて歌う。
 メッセージ性は千歳の歌が伝えて、パワーは月子の声で圧倒する。
 実際に聞いていた他の二名は、音楽に支配されていた。

 聞き終えた薫は、少し考え込んでいた。
「俊、貴方はインプットをもっと広げなさい。多分ジャズの分野がまだ足りてない」
 これ以上、時間を作れと言われるか。
「ドラム、遠慮しすぎ。もっと叩いてもいい。ベースは主張がおとなしすぎる。フロントに好きにやらせすぎ」
 それは、確かにそういう見方も出来るのは確かだ。
「ボーカルは、もっと技術じゃなくフィーリングで伝えること。ギターは……ちょっと分からない」
 暁はやはりそういう評価になるのか。
「ギターボーカルは練習しなさい。以上」

 千歳だけは具体的なことが何もなかった。
 まだ何かを指摘するのではなく、とにかく弾いて歌っていく段階なのだ。
 それは知り合いに頼んでいるから問題はない。
「それで母さん、三人を居候させてもいいのかな?」
「さっきも言ったけど、それは好きにしなさい。だけど貴方、卒業後のことはそろそろ考えているの?」
「まあ、それなりには」
「ならいいの。自分の人生なんだから」
 薫としては、俊の人生を縛るつもりはない。
 自分の音楽活動の10年間ほどは、夫に縛られたものになってしまった。
 もっとも子供まで作ったのだから、そこに何もなかったわけでもないのだ。

 嵐のように、母は去っていった。
 とりあえずこれで、また音楽に専念出来る環境になる。
 まずは引越し作業ということになるが。
「またライブも迫ってきてるし、忙しくなるな」
 そう俊は言うが、一番忙しいのは俊である。
「俺が一番、引越しは簡単かな」
「あ、わたしも荷物は少ないから」
「私はちょっと、資料とかをまとめる必要が……」
 とりあえずノイズは、新しい生活に入っていく。
 だが俊としては、自分の出来る仕事と、しなければいけない仕事が多すぎる。
(回せるものはどんどん、外注に回していくべきなのかな)
 そのあたりの判断だけは、まだまだ苦手な俊なのである。
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