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四章 ラストピース
50 テレキャスタータイプ
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保護者同伴によるギター選び。
もっとも文乃は保護者と言うには、あまりそれらしい格好などはしていないが。
結婚もしていないし、まだそれなりに若いということもあってか、年の離れた姉のように見えなくもない。
ただこの二人は、容姿にあまり共通点はない。
千歳はどちらかというと、容姿は父親似であるのだ。
もっとも身長が平均より高いのは、母方の血と言ってもいいのかもしれないが。
「サインをください」
その文乃と出会って一番、俊はそう言っていた。
だがそれよりも前に、文乃の視線を向けられた人間がいる。
「貴方、月子さん?」
「あ、はい」
「そういえば、人の顔が憶えられないんだったわね。高岡文乃、本名は高田文子。前に二回会ってるんだけど」
「あ、タカさん! 高岡文乃ってタカさんだったんだ」
そういえば、と月子は思い出す。
保護者代わりの叔母が、東京に来る時に会うという数少ない友人。
それがタカさん、と呼ばれる人間であった。
前に会ったときは、月子は同席していない。
ただ東京の友人として、むしろ同業者として、紹介されていたのだ。
世間は狭い。
そんなことを思いながらも、サインをもらう俊であった。
御茶ノ水が楽器屋の聖地であるのは、アニメ「ぼっち・ざ・ろっく」でも言及されていたことである。
よくライブを行う渋谷界隈にも、いい楽器屋はたくさんある。
だが御茶ノ水は、老舗と新規店、双方が存在する楽器の町である。
「神保町からちょっと足を伸ばしたら、こうなっていたのね」
言われてみれば確かに、文乃はこの道を通っているのだ。
興味のないものには気づかないのは、人間として当然のことではある。
既にある程度、種類は絞っている。
もっともギターというのは、本当に色々な種類と言うかブランドがあるのだが。
一番高いのはギブソンと思われがちだが、ハイエンドならポール・リード・スミス、通称PRSも負けていない。
フェンダーのストラトキャスターも、マスターグレードの物がある。
また厄介なことにギターというのは、高ければいいというものではない。
ヴィンテージギターなどは、よほどしっかり保管されていなければ、とても音と値段が釣り合ったものにはならない。
千歳が今、軽音部から借りて弾いているのは、ストラトタイプのギターである。
国産メーカーのものであるが、はっきり言って初心者ならこれでも充分である。
ギターヒーローであるぼっちちゃんでも、レスポール・カスタムが壊れた後には、ヤマハのパシフィカシリーズを使っている。あれはストラトタイプだ。
「でもアキが使ってるなら、レスポールの方がいいギターなの?」
「う~ん、それは難しい質問で……」
「基本的に、今のバンドで使われてるギターの七割はストラトって言われてた気がするな」
「あたしはギターに体を合わせるから、基本的にレスポール・スペシャルの形のギターしか使わないなあ」
「ストイックだな」
「何それ怖い」
千歳はドン引きしているが、ギタリストのこだわりというのは、本当に恐ろしいものがあるのだ。
「けいおんの唯はレスポール・スタンダードだし、ぼっちちゃんはレスポール・カスタムだしBECKは竜介が58年物のレスポール使ってるし」
「マンガとかアニメだと、主人公か一番上手いギタリストはレスポール使ってること多いな」
「う~ん、なんでだろ?」
「素人意見だけど、なんだかストラトって安っぽく――」
月子の口を慌てて塞ぐ暁と信吾である。
「ここでそれを言っちゃいけない」
「ストラト過激派はレスポール過激派ほど危険じゃないけど、その分数が多いからな」
そんなものはいない。……いないよね?
「主人公がストラトのマンガとかって何かあったっけ?」
暁は考えこむが、なんだかライバルがやたらと持っている印象である。
「SHIORI EXPERIENCEは主人公がまさにストラト使ってるけどな」
そこで俊が口を挟んだ。
「え、何それ」
「聞いたことないな」
「まあ内容を見たら、爆笑するか感心するか激怒するかのどれかだろうしな」
「タイトルはジミヘンのバンドのパクリだよね?」
「あ~……肖像権とかの関係で、アニメ化は不可能とか言われてるしな。知らなくても仕方ない。死んだジミヘンが憑依してギター弾くってマンガだから、当然右用のストラトの弦を張り替えて演奏してる」
「う……」
「しょ、肖像権どうなってんだ?」
どうなってるんだろう?
とりあえず信吾の行き着けの店に向かってみた。
そうは言っても普段の彼は、渋谷界隈の店でおおよそは済ませてしまうのだが。
「御茶ノ水は時々、とんでもない代物があったりするからな」
最初に決めなければいけないのは、どのタイプのギターにするかということだ。
ストラト、テレキャス、レスポール各種、SG、ジャガー、ムスタング、PRS、他にもモダンな物もある。
ギターは愛せないとまず問題であるが、あとは持ち易さや弾き易さも問題である。
「ただギターボーカルなら一番の問題は、重さじゃないかな」
俊は変にこだわりがないため、客観的に見ることが出来ている。
特に女子であれば、男子よりも筋力に落ちる。
ボーカルまでやるとなると、ギターの重さというのは確かに重要である。
すると自然と、レスポールの上位機種は除外される。
「アキのレスポールでどのぐらいなの?」
「3.48kgだから、スペシャルの中でもかなり軽い方かな。予備のレスポールタイプはもっと軽いけど」
「門外漢からすると重いギターの利点が分からないんだけど」
これはそれまで会話に参加していなかった、文乃からの質問である。
ある程度詳しい三人は、難しい顔になってしまう。
「確かに、密度や厚みで音は変わるから、意味がないわけじゃないんだけど……」
「でもそれは電装系の問題じゃないか?」
「ピックアップで明らかに音は変わるからな」
暁、信吾、俊の順番での発言である。
「だからわずかな違いが必要なレコーディングだと、ギターの種類にこだわる意味はあると思う」
実際にレコーディングをしている俊は、そういう基準で考えるのだ。
ストラトキャスターも基本的にはそこそこ重い。
だがストラトタイプのギターは、軽い物が多かったりする。
それこそ日本のギターは、海賊版を作っていた昔から、本場のものよりも使いやすいギターは多かったと言われている。
今ではジャパンヴィンテージなどと呼ばれたりもしている。
周囲がやいやいと言う中で、千歳もある程度は目算を立ててきたのだ。
「あたしはレスポール・ジュニアかテレキャスターがいいかなって思ったんだけど」
その言葉に、周囲の人間は難しい顔をする。
「ジュニアって初心者向けとかそういうの?」
「最初は確かに廉価モデルっていう意味もあったんですけどね」
やはり文乃の質問に、俊が答えることになっている。
「機能を絞って機構も簡単にしたんで確かに安くはなったんですけど、逆にだからこそ出せる音っていうのになって、普通にプロでも使ってる人はいるんですよ」
「逆に言うと出せる音は限られてるっていうこと?」
「そこはエフェクターで調整が出来るし、確かにギターボーカルにはそこそこ向いてるんですけど」
「ひょっとしてギターって、ものすごく高いからっていい音が出るわけじゃないの?」
「いや、ある程度は高くないと、出せない音っていうのはあります。出せる音の種類が増えたりとか。けれど美術品としての価値と、楽器としての価値が違うってのは確かにあります」
「よく分からない世界ね」
本当に、その通りではあるのだ。
とりあえず重要なのは、持ち易さである。
重量に加えて、ネックの太さなどは重要だ。
千歳は比較的腕は長いので、いわゆるロングスケールのギターでも問題はなく弾けそうだ。
ストラトでもテレキャスでも、そこは問題がない。
「ほとんど20万円って、ちょっと高すぎるよ」
「う~ん、フェンダーのちゃんとしたテレキャスだと、これが普通ぐらいかな」
まだ見ているだけだが、千歳は開いた口が塞がらない。
ハイエンドギターのコーナーに行けば、普通に50万ぐらいはするギターばかりが並んでいたりもする。
「ジャガーなんかはカートが使ってたので有名だし、重くもないし思ったより安いね」
「15万円は安くないよ!」
ギターを前にすると、ギタリストは金銭感覚がおかしくなる。
とりあえず弾かせてもらうのまでは迷惑だろうが、持たせてもらってそのバランスぐらいは確認する。
軽量のギターというなら、ギブソンのSGなどが有名である。
だがこちらはやはり高い。
そして千歳は、ジュニアはちょっとないかな、と判断した。
「なんだかこれ、持ちにくい」
「おふ」
関係ないところで、なぜか暁がダメージを受けている。
「そうなんだよね。レスポールは基本的に持ちにくいんだよね」
なぜかいじけている暁であるが、これは事実であるから仕方がない。
それでもレスポールを持ち続けることに、レスポール使いの矜持があるのだ。
ストラトキャスターはその形がそもそも、持ちやすいものになっているのだ。
ダブルカッタウェイといって重量を少しでも軽量化させる工夫もしているし、他にも持ちやすい特徴はある。
「ストラトはここの曲線、エルボーカットとバックコンターっていう形状があってな。おかげで持ちやすくなってるんだ」
「ああ、確かに曲線があるからゴツゴツしないのか。どうしてレスポールはこんな簡単なことしないの?」
「まあそっくりな形にすると、パクリって言われることもあるしな」
「でも弾き易さを考えたらストラトに全部お客さん取られない?」
暁の精神がさらにダメージを受けているが、世のレスポール使いはそれらを、全て承知の上でレスポールを使っているのだ。
……ちなみに同じギブソンでも、SGはかなり持ちやすい。
ただしこれは、テレキャスターを持ったとしても、同じことが言える。
テレキャスターにもそういった工夫はされていない。
「最近のモデルはそういう形状になってるんだよな」
俊の探してきたテレキャスを持って、千歳は感心する。
「あ、これ持ちやすい」
「ギターの世界は、わざと昔を再現したモデルとか作られてるからな。テレキャスは最近のデザインならこういうのが普通にある」
「レスポールは?」
「どうかな? 少なくとも見た限りではまだそういうのは出てないと思うけど、そのうち出るんじゃないかな? ただもうPRSはそういうの出してるし」
「まあリードからリズムまでやるなら、ストラトかPRSが一番汎用性は高いかな」
男どもの心ない言葉に、暁の心のHPは0になりかけている。
あまりハイエンドな物ばかり見ていても仕方がないので、ビルが丸々ギターショップという店にも来てみた。
ここはエントリークラスから日本のコピー品、またハイエンドまで色々と揃っているという。
「あ、値段が優しい」
「このテレキャスタイプなんかが、まさに言ったような弾きやすいテレキャスだな」
「あ、持ちやすい」
「試し弾きさせてもらうか?」
「うん」
今までに使っていたストラトタイプより、かなり軽い。
座って弾いても、弾きやすいのは確かだ。
鳴らした音は、ジャキジャキしていた。
「おお」
「なかなかいいな」
「じゃあこの路線で探していくか。価格帯とかも考えていって」
「え、あたしはもうこれでいいと思うんだけど」
「楽器には絶対妥協したらダメだぞ」
そう言って俊と信吾は、店の中の同じタイプを、片っ端から自分たちで弾きだした。
迷惑な客であるが、その分エフェクターなどの周辺機器もここで買う、ということで了解はもらっている。
溶けかけた暁がそんな中で、珍しいものを見つける。
「ブラック・ビューティー……の左用?」
「ああ、それね。飾りに近いんだけど」
「弦を買うんで、試し弾きだけさせてもらえますか?」
「おや、左利きかい、珍しい」
暁は座ったまま、その美しいレスポールに手をかける。
そしてそこから、試すと言うにはあまりにも、個性的な音を鳴らし始めた。
それこそ店中の人間の注目を浴びるような。
あんぐりと口を開けた店員は、はっと気づく。
「お嬢さん、ひょっとしてノイズのアッシュって君かね」
なんだか知らないうちに有名になっているようだが、渋谷ならともかく御茶ノ水まで、名前が知られているのか。
確かに左利きで、中学生ぐらいの身長で、茶色がかった天パの上手い少女など、特定は簡単であろうが。
様々な騒動を起こしながらも、千歳のギター選びはなんとか完了するのであった。
もっとも文乃は保護者と言うには、あまりそれらしい格好などはしていないが。
結婚もしていないし、まだそれなりに若いということもあってか、年の離れた姉のように見えなくもない。
ただこの二人は、容姿にあまり共通点はない。
千歳はどちらかというと、容姿は父親似であるのだ。
もっとも身長が平均より高いのは、母方の血と言ってもいいのかもしれないが。
「サインをください」
その文乃と出会って一番、俊はそう言っていた。
だがそれよりも前に、文乃の視線を向けられた人間がいる。
「貴方、月子さん?」
「あ、はい」
「そういえば、人の顔が憶えられないんだったわね。高岡文乃、本名は高田文子。前に二回会ってるんだけど」
「あ、タカさん! 高岡文乃ってタカさんだったんだ」
そういえば、と月子は思い出す。
保護者代わりの叔母が、東京に来る時に会うという数少ない友人。
それがタカさん、と呼ばれる人間であった。
前に会ったときは、月子は同席していない。
ただ東京の友人として、むしろ同業者として、紹介されていたのだ。
世間は狭い。
そんなことを思いながらも、サインをもらう俊であった。
御茶ノ水が楽器屋の聖地であるのは、アニメ「ぼっち・ざ・ろっく」でも言及されていたことである。
よくライブを行う渋谷界隈にも、いい楽器屋はたくさんある。
だが御茶ノ水は、老舗と新規店、双方が存在する楽器の町である。
「神保町からちょっと足を伸ばしたら、こうなっていたのね」
言われてみれば確かに、文乃はこの道を通っているのだ。
興味のないものには気づかないのは、人間として当然のことではある。
既にある程度、種類は絞っている。
もっともギターというのは、本当に色々な種類と言うかブランドがあるのだが。
一番高いのはギブソンと思われがちだが、ハイエンドならポール・リード・スミス、通称PRSも負けていない。
フェンダーのストラトキャスターも、マスターグレードの物がある。
また厄介なことにギターというのは、高ければいいというものではない。
ヴィンテージギターなどは、よほどしっかり保管されていなければ、とても音と値段が釣り合ったものにはならない。
千歳が今、軽音部から借りて弾いているのは、ストラトタイプのギターである。
国産メーカーのものであるが、はっきり言って初心者ならこれでも充分である。
ギターヒーローであるぼっちちゃんでも、レスポール・カスタムが壊れた後には、ヤマハのパシフィカシリーズを使っている。あれはストラトタイプだ。
「でもアキが使ってるなら、レスポールの方がいいギターなの?」
「う~ん、それは難しい質問で……」
「基本的に、今のバンドで使われてるギターの七割はストラトって言われてた気がするな」
「あたしはギターに体を合わせるから、基本的にレスポール・スペシャルの形のギターしか使わないなあ」
「ストイックだな」
「何それ怖い」
千歳はドン引きしているが、ギタリストのこだわりというのは、本当に恐ろしいものがあるのだ。
「けいおんの唯はレスポール・スタンダードだし、ぼっちちゃんはレスポール・カスタムだしBECKは竜介が58年物のレスポール使ってるし」
「マンガとかアニメだと、主人公か一番上手いギタリストはレスポール使ってること多いな」
「う~ん、なんでだろ?」
「素人意見だけど、なんだかストラトって安っぽく――」
月子の口を慌てて塞ぐ暁と信吾である。
「ここでそれを言っちゃいけない」
「ストラト過激派はレスポール過激派ほど危険じゃないけど、その分数が多いからな」
そんなものはいない。……いないよね?
「主人公がストラトのマンガとかって何かあったっけ?」
暁は考えこむが、なんだかライバルがやたらと持っている印象である。
「SHIORI EXPERIENCEは主人公がまさにストラト使ってるけどな」
そこで俊が口を挟んだ。
「え、何それ」
「聞いたことないな」
「まあ内容を見たら、爆笑するか感心するか激怒するかのどれかだろうしな」
「タイトルはジミヘンのバンドのパクリだよね?」
「あ~……肖像権とかの関係で、アニメ化は不可能とか言われてるしな。知らなくても仕方ない。死んだジミヘンが憑依してギター弾くってマンガだから、当然右用のストラトの弦を張り替えて演奏してる」
「う……」
「しょ、肖像権どうなってんだ?」
どうなってるんだろう?
とりあえず信吾の行き着けの店に向かってみた。
そうは言っても普段の彼は、渋谷界隈の店でおおよそは済ませてしまうのだが。
「御茶ノ水は時々、とんでもない代物があったりするからな」
最初に決めなければいけないのは、どのタイプのギターにするかということだ。
ストラト、テレキャス、レスポール各種、SG、ジャガー、ムスタング、PRS、他にもモダンな物もある。
ギターは愛せないとまず問題であるが、あとは持ち易さや弾き易さも問題である。
「ただギターボーカルなら一番の問題は、重さじゃないかな」
俊は変にこだわりがないため、客観的に見ることが出来ている。
特に女子であれば、男子よりも筋力に落ちる。
ボーカルまでやるとなると、ギターの重さというのは確かに重要である。
すると自然と、レスポールの上位機種は除外される。
「アキのレスポールでどのぐらいなの?」
「3.48kgだから、スペシャルの中でもかなり軽い方かな。予備のレスポールタイプはもっと軽いけど」
「門外漢からすると重いギターの利点が分からないんだけど」
これはそれまで会話に参加していなかった、文乃からの質問である。
ある程度詳しい三人は、難しい顔になってしまう。
「確かに、密度や厚みで音は変わるから、意味がないわけじゃないんだけど……」
「でもそれは電装系の問題じゃないか?」
「ピックアップで明らかに音は変わるからな」
暁、信吾、俊の順番での発言である。
「だからわずかな違いが必要なレコーディングだと、ギターの種類にこだわる意味はあると思う」
実際にレコーディングをしている俊は、そういう基準で考えるのだ。
ストラトキャスターも基本的にはそこそこ重い。
だがストラトタイプのギターは、軽い物が多かったりする。
それこそ日本のギターは、海賊版を作っていた昔から、本場のものよりも使いやすいギターは多かったと言われている。
今ではジャパンヴィンテージなどと呼ばれたりもしている。
周囲がやいやいと言う中で、千歳もある程度は目算を立ててきたのだ。
「あたしはレスポール・ジュニアかテレキャスターがいいかなって思ったんだけど」
その言葉に、周囲の人間は難しい顔をする。
「ジュニアって初心者向けとかそういうの?」
「最初は確かに廉価モデルっていう意味もあったんですけどね」
やはり文乃の質問に、俊が答えることになっている。
「機能を絞って機構も簡単にしたんで確かに安くはなったんですけど、逆にだからこそ出せる音っていうのになって、普通にプロでも使ってる人はいるんですよ」
「逆に言うと出せる音は限られてるっていうこと?」
「そこはエフェクターで調整が出来るし、確かにギターボーカルにはそこそこ向いてるんですけど」
「ひょっとしてギターって、ものすごく高いからっていい音が出るわけじゃないの?」
「いや、ある程度は高くないと、出せない音っていうのはあります。出せる音の種類が増えたりとか。けれど美術品としての価値と、楽器としての価値が違うってのは確かにあります」
「よく分からない世界ね」
本当に、その通りではあるのだ。
とりあえず重要なのは、持ち易さである。
重量に加えて、ネックの太さなどは重要だ。
千歳は比較的腕は長いので、いわゆるロングスケールのギターでも問題はなく弾けそうだ。
ストラトでもテレキャスでも、そこは問題がない。
「ほとんど20万円って、ちょっと高すぎるよ」
「う~ん、フェンダーのちゃんとしたテレキャスだと、これが普通ぐらいかな」
まだ見ているだけだが、千歳は開いた口が塞がらない。
ハイエンドギターのコーナーに行けば、普通に50万ぐらいはするギターばかりが並んでいたりもする。
「ジャガーなんかはカートが使ってたので有名だし、重くもないし思ったより安いね」
「15万円は安くないよ!」
ギターを前にすると、ギタリストは金銭感覚がおかしくなる。
とりあえず弾かせてもらうのまでは迷惑だろうが、持たせてもらってそのバランスぐらいは確認する。
軽量のギターというなら、ギブソンのSGなどが有名である。
だがこちらはやはり高い。
そして千歳は、ジュニアはちょっとないかな、と判断した。
「なんだかこれ、持ちにくい」
「おふ」
関係ないところで、なぜか暁がダメージを受けている。
「そうなんだよね。レスポールは基本的に持ちにくいんだよね」
なぜかいじけている暁であるが、これは事実であるから仕方がない。
それでもレスポールを持ち続けることに、レスポール使いの矜持があるのだ。
ストラトキャスターはその形がそもそも、持ちやすいものになっているのだ。
ダブルカッタウェイといって重量を少しでも軽量化させる工夫もしているし、他にも持ちやすい特徴はある。
「ストラトはここの曲線、エルボーカットとバックコンターっていう形状があってな。おかげで持ちやすくなってるんだ」
「ああ、確かに曲線があるからゴツゴツしないのか。どうしてレスポールはこんな簡単なことしないの?」
「まあそっくりな形にすると、パクリって言われることもあるしな」
「でも弾き易さを考えたらストラトに全部お客さん取られない?」
暁の精神がさらにダメージを受けているが、世のレスポール使いはそれらを、全て承知の上でレスポールを使っているのだ。
……ちなみに同じギブソンでも、SGはかなり持ちやすい。
ただしこれは、テレキャスターを持ったとしても、同じことが言える。
テレキャスターにもそういった工夫はされていない。
「最近のモデルはそういう形状になってるんだよな」
俊の探してきたテレキャスを持って、千歳は感心する。
「あ、これ持ちやすい」
「ギターの世界は、わざと昔を再現したモデルとか作られてるからな。テレキャスは最近のデザインならこういうのが普通にある」
「レスポールは?」
「どうかな? 少なくとも見た限りではまだそういうのは出てないと思うけど、そのうち出るんじゃないかな? ただもうPRSはそういうの出してるし」
「まあリードからリズムまでやるなら、ストラトかPRSが一番汎用性は高いかな」
男どもの心ない言葉に、暁の心のHPは0になりかけている。
あまりハイエンドな物ばかり見ていても仕方がないので、ビルが丸々ギターショップという店にも来てみた。
ここはエントリークラスから日本のコピー品、またハイエンドまで色々と揃っているという。
「あ、値段が優しい」
「このテレキャスタイプなんかが、まさに言ったような弾きやすいテレキャスだな」
「あ、持ちやすい」
「試し弾きさせてもらうか?」
「うん」
今までに使っていたストラトタイプより、かなり軽い。
座って弾いても、弾きやすいのは確かだ。
鳴らした音は、ジャキジャキしていた。
「おお」
「なかなかいいな」
「じゃあこの路線で探していくか。価格帯とかも考えていって」
「え、あたしはもうこれでいいと思うんだけど」
「楽器には絶対妥協したらダメだぞ」
そう言って俊と信吾は、店の中の同じタイプを、片っ端から自分たちで弾きだした。
迷惑な客であるが、その分エフェクターなどの周辺機器もここで買う、ということで了解はもらっている。
溶けかけた暁がそんな中で、珍しいものを見つける。
「ブラック・ビューティー……の左用?」
「ああ、それね。飾りに近いんだけど」
「弦を買うんで、試し弾きだけさせてもらえますか?」
「おや、左利きかい、珍しい」
暁は座ったまま、その美しいレスポールに手をかける。
そしてそこから、試すと言うにはあまりにも、個性的な音を鳴らし始めた。
それこそ店中の人間の注目を浴びるような。
あんぐりと口を開けた店員は、はっと気づく。
「お嬢さん、ひょっとしてノイズのアッシュって君かね」
なんだか知らないうちに有名になっているようだが、渋谷ならともかく御茶ノ水まで、名前が知られているのか。
確かに左利きで、中学生ぐらいの身長で、茶色がかった天パの上手い少女など、特定は簡単であろうが。
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