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二章 ギターヒーロー

25 ファーストライブ

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 ライブというのは、単純にその場で演奏をするだけではない。
 前日か、もしくはその日の日中などに、セッティングやリハをする必要があるのだ。
 ライブハウスは演出というものがある。
 照明や音響なども、チェックしておかないといけない。
 物販を販売するスペースなども打ち合わせをしておく。
「うちも何か物販作らないの?」
「何を?」
 暁に問われても、逆に問い返す俊である。
「……CDとか?」
「するとまたレコーディングをしないといけないな」
「気になってたんだけど、あの地下のスタジオって、元はレコーディングも出来るようになってたんじゃないの?」
「楽器を売る代わりに機材を売ったんだ」
 それはどうしようもないか。
「だけどいずれ、元に戻せたらいいなとは思っている」
 機材はどんどん新しくなっているため、古い物を置いておいても仕方がないのだ。
 そもそもレコーディングの仕方そのものが変わったりもする。

 ただ物販については、俊も考えてはいる。 
 だが考えてはいるが、先の話である。
 そもそもレコーディングをし直すとしたら、ノイジーガールにギターが加わった今、絶対に録り直さなければいけない。
 しかし暁に、レコーディング用の演奏など出来るのか。
 いや、出来ることは出来るのだろうが、ちゃんとそのパワーを表現出来るのか。
 月子とはまた違った意味で、厄介な天才である。

 他に定番のものであると、ステッカーだのTシャツだのがあるが、作るのもタダではないのだ。
 今のところ確実に収入となるのは、Yourtubeからの収入。
 あとはサブスクなどにも入れているが、やはり物で残るものが、あった方が強いのはインディーズなどでもデビューする前なら同じ。
 しかしコストがかかるし、どれぐらい売れるのかも分からない。
「そもそもノイズのロゴすら適当に決めたものだしな」
「え、そうなの?」
 月子も驚いているが、実際にそうなのである。

 色々と順番が前後している。
 本当なら大学内に、そういったデザインをしている人間もいて、そのつながりも持っていたりする。
 それこそレコーディングは、また大学の設備を使ってしまえばいい。
 インディーズレーベルで流通まで出来るなら、確かに作ってみてもいいかもしれない。
 別にCDにしても、単に作るだけなら、簡単に作れるものなのだ。
 ただそういったことは、全て今日のライブが終わってからの話になる。



 この日は対バンがいて、五組中の三番目の出場。
 最初でないのはいいし、トリは集客力のあるバンドと相場が決まっている。
 ただ俊もノイズとして、それなりのチケットを捌いた。
 ノルマ以上に売れたので、ちゃんと客が来てくれれば、次からもハコに入れてもらえることは出来るだろう。
 もっともCLIPはそれほど大きくもないし、格も低いハコではあるが。

 次のライブがどうなるかも、このライブの結果を見てからだ。
 とりあえず用意していた衣装に、楽屋で着替える。
 俊はスラックスにノータイジャケットのカジュアル。これは普段着のままである。
 暁はダメージジーンズにRHCPのバンドTシャツ。これも普段着のままである。
 そして月子は、改造したドレスを着て、ウィッグ付きの顔の上半分ぐらいが隠れたマスクをする。

 一応練習中にも試してはいたが、問題はないはずである。
 普段とは違う化粧もしているので、もし邪魔なら脱いでしまってもいい。
 わざわざ美貌を隠すという行為は、バレたら逆に美味しくバズるだろう。
「あれ? アキちゃん緊張してる?」
「そういう二人は緊張してないみたいだけど……」
「まあ場数だけは踏んでるし」
 とは言っても今日は、アイドルのミキではなく、シンガーのルナとしてのデビューであるのは間違いないのだが。

 それに俊も、緊張していないわけではない。
 これまでのお試しやヘルプと違う、本気のユニット。
 もちろん失敗したら失敗したで、それを活用するという精神的な逃げ道は作ってあるが。
 成功体験と失敗の経験、どちらが重要であるのか。
 まだ若い二人にとっては、全力が出せたらそれでいいのだと思う。
 俊は何度も失敗はして、もう慣れてしまっているのだ。

「よし、そろそろ出番だな」
 俊はシンセサイザーとノートPCを持ち込む。
 暁はギターとエフェクターボード。
 月子だけが己の肉体を武器としているわけだが、その仮面は他のバンドやグループの人間をぎょっとさせるものだ。
 少なくとも外見のインパクトでは、かなり強烈であろう。



 ギターを手にした瞬間から、暁の手から震えが止まるのを俊は見た。
(10分の1でも実力を出してくれたら、それで充分なんだけどな)
 最悪演奏がぐちゃぐちゃにならない限りは、月子の歌でなんとか成立するのだ。
 セッティングも終わり、俊だけに照明が向けられる。
『初めまして、ノイズです』
 これが最初の一歩だ。
『このバンドとしてはこれが最初のライブになりますが、楽しんでください。オリジナルを一曲、カバーを三曲します』
 照明が消えて、薄暗いライブハウスで、俊の視線は暁に向けられる。
『最初はオリジナル、ノイジーガール』
 彼女のギターから、曲は始まるように変わっている。

 暁の音を待つ。
 だが、少し時間がかかっている。
(緊張して動けないのか?)
 さすがに焦る俊は、リズムをもう流してしまおうか、と迷ってしまう。
 先に動いたのは月子だった。
『AH~』
 アカペラで、メロディーラインをゆっくりと奏でる。
 その声の響きだけで、オーディエンスを魅了してしまうように。

 俊も確認していなかったが、この空間には向井やメイプルカラーの面々、また暁の父の関係者もいるはずだ。
 この瞬間から、シンガールナは誕生したと言っていいだろう。
 そしてそのハイトーンの声が、余韻たっぷりに消えていく。
(どうだ? 動けるか?)
 俊の視線の先で、暁は髪ゴムを取っていた。
(いきなりか!)
 指先がギターの弦を押さえ、五円玉のピックが単音をわずかにゆっくりと拾う。
 そこから、次の瞬間には爆発した。

 それはまさに、音の奔流。
 イントロからはっきりと、ヘヴィなリフだと感じさせる。
 まったくどうして、あんな小さな体から、こんなパワーにあふれた音が出るのか。
 重くて分厚い音に、オーディエンスが驚愕の色を顔に出す。
 そしてテンポは早くなってはいない。

 打ち込みが開始され、俊もキーボードでリズムを支えていく。
 質の違う音が重なって、より厚みを増していく。
 下手をすれば技巧jに頼りすぎとも言われる音の重なり。
 しかしこれを支えにして、月子のボーカルが始まる。

 なんて騒々しい音楽。
 それでもあっという間に、オーディエンスを乗せていく。
 暁のギターが走り過ぎない理由は、簡単なものである。
 つまるところさすがに暁であって、走り過ぎないようにギターの音を入れまくったのだ。
 好き放題にアレンジしてでも、テンポだけは守る。
 そこが妥協点というか、都合のいい技術の使い方だったのだ。



 ノイジーガールは基本的に、月子の歌である。
 生きにくい人間に生まれて、それでも生きてはいかなくてはいけなくて、一歩一歩進んでいくことが、どうしてこれだけ難しいのか。
 成長しても何も変わらず、周囲との軋轢は多くて、居場所を求めて飛び出した。
 知らない場所で居場所を見つけて、生きづらくてもそれでも生きて、ほんの一瞬の輝きに幸福を見出す、そんな刹那的な人生。
 未来のことなど何も見えなくて、優しい人々の中でも自分はどこか孤独で、けれどそこを去る勇気も、次の場所を求める気持ちもない。
 生きたまま腐っていく。

 激しいギターに、歌詞のメロディーも哀愁があり、しかしながらあくまでも声はクリア。
 オーディエンスの耳にするりと入り込み、快楽中枢を刺激する。
 声に感情が、悲しみが、人間性が乗っている。
 天性の声質に、そして環境が与えた哀切。
 それでもギターに対抗するパワーで、聴く者を熱狂させるのだ。

 ほとんどの人間を熱狂させることに成功した。
 オリジナルでここまで、何かを伝えるということ。
 やはり暁のギターもあってこそのものだろう。
 とにかくもう、あたしの音を聞け、とギターで叩きつけている。
 それに月子のボーカルが負けていないのが、とんでもないケミストリーを発揮させている。
 俊はおとなしく、ひたすらテンポのキープに気を遣っていた。
 二人の邪魔をしてはいけない。

 ギターソロパート、激しく音を歪ませてくる。
 足元がしっかりと動いて、エフェクターも操作しまくる。
 単純にギターの演奏が上手いのではなく、音を作るのが上手い。
 そしてそこから、完全にギターソロになると、一気にテンポが落ちて一音ずつを鳴らす、聞かせるパートに入る。
 そこからアルペジオとなり、再び爆音へ復帰。
(よし、テンポは合ってる)
 調子に乗ると平気で、ギターソロパートを伸ばしたりする。
 何度も叱られて、ようやく緩急というものを考えるようになった。
 ただ速く上手いだけではなく、オーディエンスに次を期待させるのだ。

 ノリノリで弾いて歌っている二人はいいが、俊は精神的に疲労している。
 もっともあちらの二人が、完全に暴走するのは、なんとしてでも止めなければいけない。
 月子のボーカルパートが戻ってくると、二人の音が上手く調和する。
 やはり月子も歌いなれているだけに、しっかりと暁の暴走を止められるのだ。
 激しくギターをかき鳴らす暁は、まるでギターを抱え込むように弾いている。
 月子は簡単なマイムであるが、わずかに体でリズムを取って、その手の動きが自らを抱きしめるかのような形となる。

 この先をどう生きていけばいいのか。
 別に自分だけではなく、多くの人が先の見えない中を生きている。
 ただそれでもその場で、永遠にじっとしていられるわけではない。
 間違った方向にでも、細い道にでも、とにかく歩みだすしかない。
 正解が分かるのは、きっと死の瞬間なのだろう。
 それまではこの雑踏の雑音の中で、自分も一つの雑音になろう。
 ただ誰もが振り向かざるをえない、強烈な雑音を響かせよう。
 生まれてきた意味は、ただそれだけでいい。
 自分の価値は、自分の生きる意味は、自分の中の雑音に求めてみろ。

 ボーカルパートが終わり、ギターのリズムも音を減らしていく。
 打ち込みにしっかりと合わせて、最後の早弾き。
 最後の音をしめて、音の名残をも消す。
 一瞬の静寂の後、ステージの下からは熱狂の反応が返ってきた。



 なるほど、これはノイジーガールだな、と安藤は納得する。
 雑音と言うか騒音と言うか、無秩序に近いが生活音に近いと思わせる。
「しかしライブには慣れてないなあ」
 元のバンドでは、ドラムを叩いていたメンバーがそう評する。
 確かに一曲やっただけで、ボーカルとギターが大きく肩で息をしている。
「ブレーキが壊れてるようなもんだな」
 ベースであった岡町は、あの三人とは一度セッションしたのだ。
 根本的な問題は解決していない。

 強力にリズムキープをするドラムと、それと一緒に低音をしっかり支えるベースが必要だ。
 あるいはしっかりと打ち込みで練習をしまくるか。
 ただそれでは、魅力が落ちてしまうだろう。
 ノイズは本質的に、ライブバンドであると思う。
「今はそういう時代でもないだろうに」
 安藤はそう言うが、自分はミュージシャンとして、まだ現場に立っている。

 俊がどうやって、あの二人の制御をするのか。
 バンドというのは初期には、さほど大きな問題は起こらない。
 下手くそが上達していく過程であるからだ。
 もっともあれだけ最初から、歌えて弾けるメンバーがいる。
 単に技術だけなら、既にあるバンドに放り込んだ方がいいのかもしれない。
 ただそれであると、成長の過程で身に付く、大切なものを得ることが出来ない。

 岡町は提案する。
「一度、本物のドラマーと合わせる機会を作ってやれないかな?」
「まあ、無理じゃないとは思うけど」
 現場に一番近いのは、安藤である。
 確かに本物のドラムのキープ力を経験するのは、悪いことではないだろう。
 ただ分裂してしまう可能性もあるだろうが。



 三人のみならず、それなりにいた業界の関係者と元関係者の先で、まだライブは続いていく。
『改めて、ノイズです。メンバーはシンセがサリエリ、ギターがアッシュ、ボーカルがルナとなっています』
 アシュリーから縮めてアッシュというのは、暁から言い出したものだ。
 これだけ派手な演奏をするくせに、暁は本来、内向的とまでは言わないが、ギターに触れなければおとなしい。
 本名そのままで演奏することを、嫌がったのである。

 しかし中学生ぐらいにも見える暁が、強烈にヘヴィなリフを奏でる。
 そのギャップは激しく心を揺さぶったものだ。
 そして顔の上半分を隠したボーカル。
 色物かと思えばその歌唱力は、特に高音は聞かせるものであった。
 リーダーらしき俊に対しては、その衣装からして普通である。
 ただサリエリという名前に対しては、ずいぶんとコンプレックスがありそうだな、と感じた者もいるだろう。

 ネット配信でノイズの音を聞いていた者は、はっきり言って驚愕である。
 あちらはギターパートはあくまで伴奏で、ポップスの印象があったからだ。
 だだこれは間違いなくハードロック、あるいはギターの存在感を考えればメタル。
 それでいてこちらの方が、歌詞の感情をより伝えてくれている。

 ただ、間違いなく素晴らしい演奏であったが、最後までこれで行くのか。
 たったの一曲でボーカルとギターが疲労しているのは、はっきりと分かった。
 もちろん俊もそれは分かっていて、暁に声をかける。
「アッシュ、髪を」
 その言葉だけで理解する程度には、暁も現状を把握している。
 髪ゴムをして、ポニーテールに戻す。
 これは彼女にとっての安全装置なのだ。

 準備が整ったな、と思った俊はMCを続ける。
『ネットで見ていてくれる人は知っているかもしれないけど、僕らはけっこうアニソンのカバーをしていて、次もそうです』
 アニソンでもここまでゴリゴリにロックをするなら、本当にもうロックバンドだ。
 ベースとドラムのいない、歪なバンド構成かもしれないが。
『「あのバンド」ライブハウスバージョン、行きます』
 そして暁が、ジャーンと分かりやすくギターを鳴らす。

 ギターソロのイントロと言うよりは、本来はこれはアドリブであったはずである。
 だがあえて俊は、ギターを強調するためにこのイントロを入れた。
 エフェクターでギャンギャンにギターの音を響かせて、いい感じのところで他の音源が入る。
 そこらは暁が抑制して、ボーカルへと入っていった。
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