白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人

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 退院後暫くして、竜に車に乗るように言われ、葵はそれに従った。
 
「どこに行くの?」

 信号待ちを利用して問いかけるが、竜は秘密だと言って教えてはくれない。
 落ち込んでいる自分を元気付けようと、ドライブに連れ出してくれたのかもしれない。
 そう思った葵は窓へそっと目を向けた。
 心を慰めるために海でも見せてくれるのだろうか?
 そんな事を考え、流れる景色をぼんやりと眺めていると、車は都内にある高級ホテルの駐車場へと入って行った。

「竜ちゃん?」

 訳が分からないまま手を引かれ、辿り着いたのはホテルの一室だった。

「どうしたのここ?」
「お前のために予約していたんだ」
「何で……」

 葵の質問には答えずに、竜はドアノブに手をかけた。

「直ぐに戻るから」

 そう断り、ドア向こうに消える竜の背中を見送った葵は、改めて部屋を見渡した。
 白を基調としたクラッシックな装飾は外国の城を髣髴とさせ、正確な値段は分からないが、竜の店の売上からしたらかなり厳しい部屋代に違いない。
 何故こんなところに連れてきたのだろうかと首をひねり、部屋の中央に置かれたソファにそっと腰をかけ、竜の帰りを待つと扉が開く音がした。

「竜ちゃん?」

 振り返り、ドアへ目を向ければ、そこには真っ赤なバラの花束を抱えた雪路が立っていた。

「何で……」

 葵の驚きを余所に雪路は部屋の奥に入ると、葵の前で跪いた。

「俺と番になって欲しい」
「え?」
「今回の事で俺にあいそを付かしたかもしれないが、もう一度だけチャンスをくれないか?」

 何が起こっているのか分からず、思考が停止する。
 雪路の真剣な眼差しから嘘や冗談でないのが分かるが、何故と疑問が残る。
 そして一つの答えに行き当たる。
 贖罪だと。

「ありがとう雪路。でも、いいんだ。罪を償おうなんて考えなくて」
「何を言って……」
「無理しないで」
「誰が無理などするか。俺はお前を愛しているんだ!」

 そう言って雪路はポケットから小箱を取り出しフタを開けた。

「お前が以前欲しいと言っていた指輪だ」

 確かにプロポーズに贈られたい指輪特集の記事で自分が印を付けていたデザインのものだ。
 よくよく考えて見れば城のような内装の部屋にバラの花束を持って指輪を贈られるのも、これぞ理想だとしていた少女マンガに描かれていたシチュエーションそのままだ。

 ――雪路覚えていてくれたんだ。

 感動を覚えると同時に申し訳なくなり俯く。

「頼む受け取ってくれ。でないと俺は一生跪いたままになってしまう」
「で、でも、雪路は俺と番いたくないんじゃないの?」
「誰が何時そんな事を言った?」
「だって、俺の事避けていたし……」
「あれは無理矢理お前を犯してしまわないようにと気を付けていただけだ」
「そう…なの?」
「ああ。それに竜とばかりいるからてっきりそうなのかと思って気を遣っていたんだ」
「ち、違うよ! 竜ちゃんはただの友達で、そういうんじゃ……」
「なら、受け取ってくれるな?」

 何度も夢に見て、その都度諦めていた物を差し出され、戸惑いながらも葵はそれを受け取るとそのままお姫様抱っこでベッドへと運ばれた。

「あの、雪路。……俺、体調がまだ悪くて……その……」
「分かっている。セックスはお前の体調が戻るまでしない」
「なら、何でベッドに……」
「あの日伝えられなかった気持ちを伝えようと思ってな」
「あの日?」
「初めては白い部屋の大きなベッドで好きってお互いに言うんだろ?」

 理想の初体験シチュエーションを言われ、今更ながらに恥ずかしくなる。

「あれは、その…何ていうか……」

 何時もの不機嫌顔が優しく微笑み、耳に心地よいバリトンが囁く。

「好きだぞ葵」

 雪路に好きだと言われたらどんな感じだろうかと想像に想像を重ねたが、現実の効果は凄まじかった。
身体は震え、思考回路はショートした。

「お前は?」

 問われて、ただ頷く事しか出来ずにいると「言葉で言ってくれ」とせがまれた。

「お、俺も……」

 ずっと言いたくて言えなかった二文字の言葉は上手く出て来ず、葵は雪路にギュッとしがみ付いた。
 耳元で何度も呼吸を繰り返し、漸くその言葉を口にする。

「好き」

 消え入るような小さい告白に雪路は葵を力強く抱きしめた。
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