目撃者

原口源太郎

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「今、君たちの車を調べている。君たちの話が事実ならガラスの割れたドアに君たちの知らない人間の指紋が付いていることになる」
 そうだ、あの時、確か男は素手で窓枠を掴んでいた。
 それから澄玲は指紋を取らされた。
 それは犯罪者の一人に加えられることのような気がした。
 澄玲は無性に悲しくなってきた。私たちはどうなってしまうのだろう。聖人は今、何をして何を考えているのだろう。何を話しているのだろう。
 そしてとても不安になってきた。誰かそばにいてほしい。聖人は今どこに?
 すぐ近くいるはずだ。心配したことはない。
 澄玲は自分に言い聞かせた。
 部屋の外に出ていた刑事たちが帰ってきた。
「指紋は出なかった」
 刑事が言った。
「え?」
 どういうことだろう。
「誰の指紋もなかった。事前に何者かが指紋を拭き消したらしい」
「どうして?」
 私はそんなことはしていない。聖人だってそんなことをしている暇などなかったはずだ。それにそんなことをする必要もない。
 澄玲は冷静になろうと努めた。あの時のことを考えてみる。男がドアに捕まっている時、本当に素手だったのだろうか。そう思い込んでいただけかもしれない。
「犯人は手袋をしていたかも」
 澄玲は自信なさそうに言った。
「ドアノブ辺りからも指紋は検出されなかった。君たちの指紋さえもなかった。だから誰かが拭き消したと考えるのが妥当だと思う」
 澄玲はもう一度考えてみる。あの時犯人がドアに付いた指紋を消す余裕があっただろうか。とてもそんな余裕があったとは思えない。聖人が車のブレーキを踏んだ時、男は振り飛ばされた。
 ということは、指紋を拭き消す事ができるのは私たち以外にいない?
 そんなことを私たちがするとしたら、いるはずのない犯人がいたという嘘のためにそんなことをしたということ?
 警察の人たちはきっとそう思っているのだろう。
 ということは、私たちが殺人を犯した犯人と思われている?
 そこまで考えが行き付いた時、澄玲は全身の力が抜けていった。

 聖人の顔を見たら、ふわっと胸が軽くなって、目頭が熱くなった。堪えようと思ったけれど、とてもそんな気力はなかった。
 澄玲は聖人に涙を隠そうともしなかった。
 聖人が澄玲の袖を引っ張る。
「来いってさ」
 澄玲はされるままに付いていった。
「ごめんよ」
 聖人の呟くような声を聞いて、澄玲は顔を上げた。
 聖人は澄玲の袖を引っ張って前を向いている。
 澄玲は何も言えず、ただ首を二度三度横に振るだけで精一杯だった。
 二人はまた取調室に入れられた。
 そこでいくつかの質問をされた。
「それも知りません。遠いところでしか見ていないし、じっくり見ていたわけでもないですから。でも、知り合いでないことは確かです」
 聖人はやっぱり冷静で落ち着いている。そんな空気感が伝わってきて、澄玲も気持ちが落ち着いた。安心でるような気分だった。
「君は?」
 刑事が澄玲に尋ねる。
「私も知りません」
 澄玲もきっぱりと答えた。質問されているのは主に殺された男と殺した男についてだ。
 質問はすぐに終わり、刑事たちは部屋を出ていった。
 またしばらく待たされるのかと思うとうんざりとした。
 しかしすぐに優しい顔の刑事が顔を出した。
「もう帰っていいよ。ご苦労さん」
 澄玲は拍子抜けな気がした。
 今晩は帰れないかと思っていたのに。お前が犯人だろう! さあ、洗いざらい吐いちまいな。さあ、吐け! 吐け! とか言って刑事が机をバンバンと叩くかと思っていたのに。
 見ると聖人も間の抜けたような顔をしている。
 澄玲は放心したような聖人の頬を指で突いた。
 澄玲を見て聖人がふにっと笑った。
「さ、帰ろう」
「うん」
 今日は散々だったけれど、いいこともあったな。
 澄玲は前を歩く聖人の、今日は特別に長くて格好よく見えてしまう足を見ながら思っていた。
 聖人って意外といい人だ。男同士いつも騒いでいて、いじられ役みたいだから、元々いい人には違いないんだろうけど、女の人は苦手なのだろうか、あまり親しげに話をしているところを見たことがない。もう少し女の子たちとも打ち解ければ、人気が出そうなのに。
「どうした?」
 振り向いた聖人と目が合って、澄玲は思わず頬がかーっと熱くなるのを感じた。
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