幼い日の記憶

原口源太郎

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 父が出所したと風の便りに聞いた。
 僕はいよいよチャンスが巡ってきたと知った。
 探偵を頼み、父の居場所を捜した。
 一カ月後に、父の住むアパートがわかったと連絡があった。僕は早速出かける用意をした。
 リュックに入れるのは鋭く先の尖った包丁。父が母の胸を刺したのと同じ形のもの。

 僕が覚えている一番幼い頃の記憶・・・・

 僕は悲鳴を聞いて振り向いた。
 父と母が絡み合うように立っている。
 母が天を仰ぐようにして父から離れた。その胸には包丁が突き刺さり、そこを中心に母の白いシャツがみるみる赤く染まっていく。
 母はそのまま床に倒れた。
 母を見ていた父が、僕を見る。憐れむような目だった。
 僕はただ怖くて、悲しくて、泣き続けた。
 それだけだ。それ以外のことは何も覚えていない。それは僕の最も幼い日の記憶で、父と母の唯一の記憶でもあった。

 母は死んだ。父は母を殺したあと、自首をして刑務所に入った。一人ぼっちになった僕は施設に預けられ、やがて子供のない母方の叔父の家に引き取られた。
 叔父と叔母はとても優しく、僕を本当の子供のように育ててくれた。
 僕は幸せだった。だけど、一日たりとも父のことを忘れたことはなかった。大切な母を奪った父。
 僕は叔父や叔母のために頑張って勉強をした。いい成績を取ると、二人はとても喜んでくれた。
 叔父たちは僕に大学に進学するように勧めてくれた。僕はその期待に応えようとなお一層勉強して、名の知れた一流大学に合格した。叔父はそんな僕の事を自慢し、とても誇りに思うとさえ言ってくれた。
 僕が大学を卒業し、社会人となって一年もたたないうちに叔父が亡くなった。元々あまり丈夫な人ではなかった。二年後に、それまで気丈に振る舞っていた叔母も亡くなった。二人は住んでいた家と、十分すぎる財産を僕に残してくれた。だけど、僕はまた一人ぼっちになった。

 それから何年かが過ぎた時に、父の事を聞いたのだった。それまで名前さえも知らなかった父の親戚筋に当たる人が、内緒ごとを打ち明けるように教えてくれた。
 それから僕は探偵に依頼して父の居場所を捜してもらうと同時に、母の胸に刺さっていたのと同じような型の包丁を探して歩いた。どのような包丁だったのかはっきりとした形など覚えていない。ただ、先の尖った僕のイメージに合う包丁。
 これだと思うものを探し当てて、手に入れた。あとは父の居場所がわかったという連絡を待つだけだった。
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