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シンジのファームで僕を待っていたのは、アキという新入社員だった。丸くて人懐っこい顔をしていて、ほんのちょっぴり、ふくよかだ。
シンジはこういう女性が好みだったのか。
アキは体形に似合わずに、きびきびと動いて僕を案内してくれた。
僕はまずファームのホストコンピューターで、もう一度詳しく状況を確認した後、急いで現場に行った。
作業用ロボットの一体が壁に突き刺さっている。片方の足が取れているところを見ると、重い荷物を運んでいる時に足が外れ、壁に激突して突き破ってしまったらしい。丁度そのロボットが栓の役割をしていてハウスの気密が何とか保たれているといった状況だ。
普通ロボットはどこか壊れそうな時は、異常を感知するセンサーがホストコンピューターに連絡するようになっているし、そのセンサーが正常に機能しているかを見るセンサーもあり、それぞれのセンサーがお互いを監視するような機能も備えているので、ロボットがこのような壊れ方をするというのは普通では考えられない。でも、考えられないことが起こるから僕たち人間が必要なわけだ。
僕は宇宙服を着てハウスの外に出ると、ロボットが壁から飛び出しているところまで行き、他のロボットたちに手伝わせてその周りに仮設の外壁を作った。
そしてハウスに戻ると、中からロボットを引きずり出して、空いた穴を塞いだ。
全ての作業を終え、本社に連絡をすると、シンジの帰ってくる五日後までここに残れという指示が帰ってきた。
僕はがっかりした。あと五日もミナに会えないのか。
すぐにミナに連絡を取ると、ディスプレイの向こうのミナも僕以上に寂しそうな表情を浮かべていた。
「シンジが帰ってくる五日後までここにいることになった」
「そうなんですか」
僕が告げると、アキは嬉しそうに微笑んだ。
「私もあと五日、ここにいるんです」
「あと五日? 研修は一年間じゃなかったっけ?」
「あら、聞いていません? 私、赤ちゃんができたんです」
「ええー!?」
もちろん父親はシンジしかいない。
月では子供を産めないから、妊娠が判明すると女性はすぐに地球に帰ることになる。月の重力が胎児に及ぼす影響は大きいから、コンピューターが常に詳しくチェックしていて、本人が気付く前に妊娠を知らせてくれるらしい。
僕は早く自分のファームに帰りたい気持ちを抑え、やきもきしながら数日を過ごした。
アキは幸せそうだった。子供は成人するまで宇宙に出られないから、アキもその間、地球で子育てをする。ただ、母親はいつでも月に来られるから、地球に帰ってもたまにシンジに会いに来るだろう。
逆に僕たちは月に長く居過ぎたせいで、地球の重力に耐えられないので、子供が成人して月に来てくれるまで我が子に会うことはできない。
やがて検査を終えたシンジが帰ってくると、僕は挨拶もそこそこに急いで船に乗り込み、ミナの待つファームを目指した。早くミナに会いたかった。
その時には、僕はまたしてもコンピューターの企みに気が付いていた。
本社のホストコンピューターは、ちっともくっつかない僕たちをどうにかしようと、一計を案じたに違いない。今回のひと騒動はコンピューターによって企てられたものだ。
そう。僕たちはコンピューターの手のひらの上で踊らされている。でも、それはそれでいいんじゃないかと思った。
ファームに着くと、ミナが飛び出してきて、いきなり僕に抱きついてきた。周囲100キロ以内に誰もいない無機質な空間の中に、一人きりポツンと取り残されて、とても寂しかったに違いない。
僕もミナの柔らかい体を抱きしめて、その頬にキスをした。
全く。
すべてコンピューターの思惑通りだ。
終わり
シンジはこういう女性が好みだったのか。
アキは体形に似合わずに、きびきびと動いて僕を案内してくれた。
僕はまずファームのホストコンピューターで、もう一度詳しく状況を確認した後、急いで現場に行った。
作業用ロボットの一体が壁に突き刺さっている。片方の足が取れているところを見ると、重い荷物を運んでいる時に足が外れ、壁に激突して突き破ってしまったらしい。丁度そのロボットが栓の役割をしていてハウスの気密が何とか保たれているといった状況だ。
普通ロボットはどこか壊れそうな時は、異常を感知するセンサーがホストコンピューターに連絡するようになっているし、そのセンサーが正常に機能しているかを見るセンサーもあり、それぞれのセンサーがお互いを監視するような機能も備えているので、ロボットがこのような壊れ方をするというのは普通では考えられない。でも、考えられないことが起こるから僕たち人間が必要なわけだ。
僕は宇宙服を着てハウスの外に出ると、ロボットが壁から飛び出しているところまで行き、他のロボットたちに手伝わせてその周りに仮設の外壁を作った。
そしてハウスに戻ると、中からロボットを引きずり出して、空いた穴を塞いだ。
全ての作業を終え、本社に連絡をすると、シンジの帰ってくる五日後までここに残れという指示が帰ってきた。
僕はがっかりした。あと五日もミナに会えないのか。
すぐにミナに連絡を取ると、ディスプレイの向こうのミナも僕以上に寂しそうな表情を浮かべていた。
「シンジが帰ってくる五日後までここにいることになった」
「そうなんですか」
僕が告げると、アキは嬉しそうに微笑んだ。
「私もあと五日、ここにいるんです」
「あと五日? 研修は一年間じゃなかったっけ?」
「あら、聞いていません? 私、赤ちゃんができたんです」
「ええー!?」
もちろん父親はシンジしかいない。
月では子供を産めないから、妊娠が判明すると女性はすぐに地球に帰ることになる。月の重力が胎児に及ぼす影響は大きいから、コンピューターが常に詳しくチェックしていて、本人が気付く前に妊娠を知らせてくれるらしい。
僕は早く自分のファームに帰りたい気持ちを抑え、やきもきしながら数日を過ごした。
アキは幸せそうだった。子供は成人するまで宇宙に出られないから、アキもその間、地球で子育てをする。ただ、母親はいつでも月に来られるから、地球に帰ってもたまにシンジに会いに来るだろう。
逆に僕たちは月に長く居過ぎたせいで、地球の重力に耐えられないので、子供が成人して月に来てくれるまで我が子に会うことはできない。
やがて検査を終えたシンジが帰ってくると、僕は挨拶もそこそこに急いで船に乗り込み、ミナの待つファームを目指した。早くミナに会いたかった。
その時には、僕はまたしてもコンピューターの企みに気が付いていた。
本社のホストコンピューターは、ちっともくっつかない僕たちをどうにかしようと、一計を案じたに違いない。今回のひと騒動はコンピューターによって企てられたものだ。
そう。僕たちはコンピューターの手のひらの上で踊らされている。でも、それはそれでいいんじゃないかと思った。
ファームに着くと、ミナが飛び出してきて、いきなり僕に抱きついてきた。周囲100キロ以内に誰もいない無機質な空間の中に、一人きりポツンと取り残されて、とても寂しかったに違いない。
僕もミナの柔らかい体を抱きしめて、その頬にキスをした。
全く。
すべてコンピューターの思惑通りだ。
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