スーパースター

原口源太郎

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 正月のおとそ気分の開けやらぬ夕暮れの空の下、寒々とした風に吹かれて、俺と吉田は震えながら歩いた。
「ちわー」
 俺たちはよく行くラーメン屋に入った。まだ時間は早く、客は一人もいない。
「いらっしゃい。あれ? 二人とも正月は帰らなかったの?」
 野菜を刻む手を止めずに店のおっちゃんが言った。
「俺は帰ったよ。明けてまたすぐにこっちに帰ってきたの。吉田はいつもの通り」
「吉田君は親に勘当でもされてるの?」
「そーゆー訳じゃないけど。家にいると窮屈で。さすがに今年は家に帰ってこいとは一言も言われなかった」
「俺も何で帰ってきたの? みたいな言い方されたからね」
 今年は正月も実家に帰らない(帰れない?)ヤツが何人もいる。
 俺と吉田はカウンターの椅子に腰かけた。
「腹減った」
「何にする?」
 俺の言葉を聞いて、おっちゃんが尋ねる。
「そーだな。今日はニラレバとギョーザ。野菜炒めも。それに生中」
「はいよ」
「僕はラーメンね」
 吉田が言った。吉田は酒のつまみもラーメン。今日の昼にラーメンを食ったばかりだってのに。
 それから俺たちは一杯やりながら陸上の話をした。主に俺の高校の時の部活のことだ。これから描く漫画の参考にしたいらしい。
 吉田は上手そうに麺をすすって、ジョッキのビールをグイッ、グイッと飲む。

 俺と吉田は学部は違うが、三年前に同じ大学に入った。吉田は一浪していた。
 小学校の頃から絵を描くことが好きだった吉田は、中学に入ると美術クラブに入り、油絵を描き始めた。高校は普通科だったが、美術部で相変わらず絵を描き、同時にデッサンの勉強も始めた。漠然と東京藝大に進学し、将来は絵を描くことを職業にできたらいいと考えていたらしい。
 しかし、自らも展覧会に出展している美術部の顧問の元で受験用の絵の勉強をしてきたが、芸大受験がどのようなものかわかってくるうちに、自分は大変な大学を目指しているという事に気が付いた。東京藝大の絵画科油絵科を受けてみたが、周りの受験生のレベルの高さに愕然としただけで、その時からさっぱりと油絵を描くことを止めてしまった。
 取りあえず一浪したが、絵を描くこと以外にこれといってやりたいことはなかったし、絵を描くことにも興味を失っていたから、どこの大学や、どのような学科に行こうなんてこともあまり考えなかったらしい。そんな調子でテキトーに入ったのがこの大学だ。俺なんかそれなりに受験生として一生懸命勉強したのに、吉田はテキトーに勉強して入ったのだから、元々の頭のデキが違うのだろう。
 ただ、浪人している時から趣味として漫画を描き始め、大学に入って親元を離れてから本格的に漫画家を目指して漫画を描くようになった。
 それらのことは三年近くかけて俺が吉田から聞き出したことだ。
 入学してからは、部屋が隣ということもあり、よく一緒に学校に行ったが、二年生のころから部屋にこもったままで漫画を描いていることが多くなり、三年になった頃にはすっかり大学に行くのを止めてしまった。
 もう大学を卒業しようなんて気はないけれど、大学に籍のある四年間は死ぬ気で漫画に打ち込み、結果が出なければ中退して仕事に就くと吉田は言っている。今、本当に死ぬ気で漫画に打ち込んでいるのか、俺にははなはな疑問な気もするけれど。

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