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 勇治は刀を下げた。切先が地面につきそうなほど右下に下げて構える。
 本で読んだのか、誰かに聞いたのかよく覚えていないが、そんな構えがあった。それでどう仕掛けていけばいいのかわからない。だが、足を狙う素振りを見せればいい。森下は足を庇う術を身に付けているのであろうか。実際に足を狙ってみても軽くいなしてしまうであろう。それだけの技を持っている。
 しかし森下は受けない。こちらが仕掛けた途端に打ってくる。こちらの剣が届くより先に森下の剣が振り下ろされて全てが終わる。
 それを予想して逃げるしかない。こちらから本当に打ち込むのではなく、森下の剣から逃げることを想定して仕掛けるのである。森下の剣に空を斬らせれば勝機は生まれる。ほんのわずかな隙を突く。打っては駄目だ。受けられる。
 突けば。体をかわす余裕がない時に突けば受けるのは難しい。
 だが森下がそれを読んでいたら。
 悩むことはない。その時は敗北。死あるのみである。
 一瞬の間にそれだけのことを考え、作戦は決まった。決まったら行くのみ。
「トァー!」
 勇治は刀を下から振り上げると同時に気合の声を発した。その瞬間に森下が動く。
 跳んだ。
 勇治も動いていた。左に渾身の力で飛び退く。相手の攻撃を予想して刀を頭上に掲げる。
 森下は予想したように左手で刀を放り投げるようにして上から叩きこんできた。
 間一髪でかわした勇治は刀を突き出した。
 慌てて体を反転させながらも森下は打ってきた。
 勇治の方が早く剣を突き出していた。
 森下は咄嗟に横振りした刀を立てて防ごうとする。
 勇治は突き進む。それが全てである。

 鈍い手応えがあった。
 勢いのついたまま数歩走って振り返った。相手の攻撃を予想して反射的に刀を構える。
 だが森下はその場にうずくまるところであった。
 刀が地に落ちる。そして小さなもの。
 ぽとり、ぽとり。
 流れる血。
 落ちたのは指であった。
 さらに二本の指が骨を断たれてぶら下がっている。
「うううう」
 森下がうなりを上げた。
 勇治の突きを刀で払おうとしたが間に合わず、柄で受けた。胸への一撃は免れたが、その代償に指を落としてしまったのである。
 数人がばらばらと森下の元に駆け寄る。
「早く病院へ」
 誰かが叫ぶ。
 背広の男二人が素早く止血をした後、森下を両脇から支えて歩き出す。他の者が地面に落ちた指を拾いハンカチに包んだ。
「待て」
 森下は両脇の者に告げ、苦痛に顔を歪めながら勇治を振り返って見た。
「俺の負けだ。俺は剣を捨てる。女は返す。せいぜい長生きしろ」
 そして森下は二人の男に体を支えられて参道を車へと急いだ。
 勇治はその姿を見送ってから、ゆっくりと自分の手にした刀を見つめた。わずかに付いた血をぬぐう。落ちていた鞘を拾い上げ、刀を納めた。
「約束だ。由紀を返せ」
 勇治は周りの者たちを見まわしながら言った。
「そういう訳にはいかない」
 そう言ったのは森下の後ろに控えていた女であった。
 小柄で華奢な女である。しかも若い。
 女はいきなり刀を抜いた。
「約束が違う、と思うが」
 勇治は冷静に言う。
「生きては返せない。あの方はいずれにしろ剣を捨てるおつもりだった。だがお前が生きているかぎり、あの方は狂人のままで常人に戻れない。お前には死んでもらうしかない」
 勇治は刀を抜いた。周りの男たちがじりじりと詰め寄る。
「馬鹿なことは止せ。俺はこれ以上斬りたくはない」
「ならば大人しく斬られよ」
 女と対峙しながら勇治は男たちの配置を頭に入れた。
 六人。女を入れれば七人。女の腕は知っている。相当できる。男たちもそれなりの使い手に違いない。どう戦うか。
 考えている余裕はない。
「きぇー!」
 女が飛び込んできた。
 勇治は横に跳び退く。
 背後の男がその背に刀を振り上げた。
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