2 / 7
第一章
2
しおりを挟む
日は頭上高く上っていた。
「徳川には開戦直後から三成の軍に攻め入ると話が付いているのですぞ。家康公は怒っているに違いない」
それまでの重苦しい沈黙を破って飯田元右が言った。
「うむ」
友行はあやふやに返事をしたのみであった。
「ごめん!」
突然大声を出し、元右は太刀を抜きながら立ち上がった。そのまま正面の床几に座る山口直信に斬りかかる。
「何をする!」
床几から転げ落ちるように尻餅をついた直信の喉元に刀を突き入れた。
周りの者たちが刀に手をかけて立ち上がる。
「鎮まれ!」
元右が再び大声を上げて制した。そして友成を見る。
「殿、もう猶予はありませぬ。戦が済めばどのようなお裁きも受けますゆえ、今は戦の命令を」
元右は落ち着いた声で言った。
驚いていた友行が立ち上がる。
「わかった。おぬしにそのようなことをさせてしまい済まなかった。これより大谷陣に攻め入る。先鋒は松川伸之」
「お待ち下され」
直信の隣に座っていた毛利勝義が声を発した。直信が三成方の一番手なら、勝義は二番手という存在であった。
「殿がそう命じられるのなら、それに従いましょう。しかし私は石田三成殿に従うことを主張していたゆえ、二心あると思われたくありませぬ。私が先鋒を務めましょう」
「わかった。よいな」
友行はそう言って元右を見た。
元右は血の付いた刀を手にしたまま黙っている。
「あとの差配は飯田元右に任せる」
「は」
元右は刀の血をぬぐいながら頭を下げた。すでに昨夜のうちから、大谷陣に攻め込む布陣は決まっている。
「承服できぬ!」
家臣たちの末席付近で声を出す者がいた。
その男もまた、小早川秀秋のために豊臣から遣わされた元小早川家家臣、松沢元重であった。
「裏切りは末代までの恥である」
「承服できぬ者は去るがよい」
友成は落ち着いた声で言った。もう戦の覚悟ができている。
元重はそのまま何も言わずに陣を出ていった。
「他にも従えぬという者がいれば去れ。止めはせぬ」
友成はそう言って家臣たちを見まわした。
毛利勝義の隊が先陣を切って松尾山を駆け下りた。
攻め入ったのは三成方の大谷吉継の陣である。
その戦いの最中に徳川家康撤退の一報が入った。
「どうする?」
友成はまだ陣に残る元右に尋ねた。
「これ以上の戦いは無用。兵を引くしかありますまい」
「しかし筑前には帰れぬぞ」
「そうですな」
そう言って元右は押し黙った。
「家康の後を追うしかありますまい」
小考後に元右が言った。
「至急兵を引き、ここを下りる」
友行は命令を下した。
大谷の陣に攻め入っていた毛利勝義は引かなかった。
「大谷の軍は我らが留めておく。安心していかれよ」
そんな勝義の言葉を使者が友行に伝えた。
戦場から撤退するにあたって、多くの家臣たちが離反した。友行に従ったのは美濃の頃から永野に仕えている者がほとんどであった。
そしてその途上で徳川家康から、追手あればその場に留まり迎え撃つこと、追手無ければしんがりを務めよとの連絡があった。
半数以上の兵が離反したとはいえ、まだ五千以上の兵を永野は抱えていた。
「徳川には開戦直後から三成の軍に攻め入ると話が付いているのですぞ。家康公は怒っているに違いない」
それまでの重苦しい沈黙を破って飯田元右が言った。
「うむ」
友行はあやふやに返事をしたのみであった。
「ごめん!」
突然大声を出し、元右は太刀を抜きながら立ち上がった。そのまま正面の床几に座る山口直信に斬りかかる。
「何をする!」
床几から転げ落ちるように尻餅をついた直信の喉元に刀を突き入れた。
周りの者たちが刀に手をかけて立ち上がる。
「鎮まれ!」
元右が再び大声を上げて制した。そして友成を見る。
「殿、もう猶予はありませぬ。戦が済めばどのようなお裁きも受けますゆえ、今は戦の命令を」
元右は落ち着いた声で言った。
驚いていた友行が立ち上がる。
「わかった。おぬしにそのようなことをさせてしまい済まなかった。これより大谷陣に攻め入る。先鋒は松川伸之」
「お待ち下され」
直信の隣に座っていた毛利勝義が声を発した。直信が三成方の一番手なら、勝義は二番手という存在であった。
「殿がそう命じられるのなら、それに従いましょう。しかし私は石田三成殿に従うことを主張していたゆえ、二心あると思われたくありませぬ。私が先鋒を務めましょう」
「わかった。よいな」
友行はそう言って元右を見た。
元右は血の付いた刀を手にしたまま黙っている。
「あとの差配は飯田元右に任せる」
「は」
元右は刀の血をぬぐいながら頭を下げた。すでに昨夜のうちから、大谷陣に攻め込む布陣は決まっている。
「承服できぬ!」
家臣たちの末席付近で声を出す者がいた。
その男もまた、小早川秀秋のために豊臣から遣わされた元小早川家家臣、松沢元重であった。
「裏切りは末代までの恥である」
「承服できぬ者は去るがよい」
友成は落ち着いた声で言った。もう戦の覚悟ができている。
元重はそのまま何も言わずに陣を出ていった。
「他にも従えぬという者がいれば去れ。止めはせぬ」
友成はそう言って家臣たちを見まわした。
毛利勝義の隊が先陣を切って松尾山を駆け下りた。
攻め入ったのは三成方の大谷吉継の陣である。
その戦いの最中に徳川家康撤退の一報が入った。
「どうする?」
友成はまだ陣に残る元右に尋ねた。
「これ以上の戦いは無用。兵を引くしかありますまい」
「しかし筑前には帰れぬぞ」
「そうですな」
そう言って元右は押し黙った。
「家康の後を追うしかありますまい」
小考後に元右が言った。
「至急兵を引き、ここを下りる」
友行は命令を下した。
大谷の陣に攻め入っていた毛利勝義は引かなかった。
「大谷の軍は我らが留めておく。安心していかれよ」
そんな勝義の言葉を使者が友行に伝えた。
戦場から撤退するにあたって、多くの家臣たちが離反した。友行に従ったのは美濃の頃から永野に仕えている者がほとんどであった。
そしてその途上で徳川家康から、追手あればその場に留まり迎え撃つこと、追手無ければしんがりを務めよとの連絡があった。
半数以上の兵が離反したとはいえ、まだ五千以上の兵を永野は抱えていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
楽将伝
九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語
織田信長の親衛隊は
気楽な稼業と
きたもんだ(嘘)
戦国史上、最もブラックな職場
「織田信長の親衛隊」
そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた
金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか)
天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
最終兵器陛下
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
黒く漂う大海原・・・
世界大戦中の近現代
戦いに次ぐ戦い
赤い血しぶきに
助けを求める悲鳴
一人の大統領の死をきっかけに
今、この戦いは始まらない・・・
追記追伸
85/01/13,21:30付で解説と銘打った蛇足を追加。特に本文部分に支障の無い方は読まなくても構いません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる