グルドフ旅行記

原口源太郎

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グルドフ旅行記・12 オオカミ親分の涙

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 オオカミ親分は山頂付近の岩陰から山の中腹を歩く二人の人間を見ていた。
 その後ろにドラゴンのリュウをはじめ、無数の魔物が並んでいる。
(あいつらがタツを?)
 オオカミ親分の背後にいるリュウが尋ねた。
(そうだ。旅人の姿をした方が勇者だ)
(それほど強そうには見えないが)
(強えんだよ)
 その時、遥か彼方の豆粒のような勇者が歩みを止め、オオカミ親分たちの方を見た。それほどの距離があっても勇者は親分たちの存在に気が付いたらしい。
 親分は慌てて身を隠した。
(オヤブン、隠れても無駄のようですぜ)
 同じように岩陰に隠れて勇者を見ていたドラ吉が言った。
 親分は岩陰から出て勇者たちを見た。
(何を怯えている?)
 リュウが尋ねた。
(あいつはこれだけ離れていても矢をピュッと放って俺たちを殺すことができるんだ)
(なんと)
 その勇者が手を上げた。
 オオカミ親分は以前のように矢を打ち込んでくるかと思って再び岩陰に身を隠そうとした。
 だが違った。
 勇者は片手をあげ、オオカミ親分たちに向かって大きく手を振った。
 首を傾げた親分はすぐに思い当たり、身を乗り出した。
(俺はお前の言いつけを守ってるぜーー!!)
 大きな声で叫んだ。
 もちろん勇者にはただのオオカミの遠吠にしか聞こえないだろう。それでもオオカミ親分は叫ばずにはいられなかった。
 勇者はもう一度大きく手を振ると、再び先へと歩き始めた。
 それを見つめるオオカミ親分の目からポロンと一粒の涙がこぼれた。
(どうした?)
 リュウがそれに気づいて尋ねた。
(砂埃が目に)
(オヤブン、風吹いてないっすよ)
 ドラ吉が言った。
(うるせえ。あいつはわかってくれたんだ。俺たちが約束を守っているってことを)
(オヤブン・・・・)
 ドラ吉が親分の周りをパタパタと飛んだ。
(それほどあの勇者が怖いのか?)
 リュウが再び尋ねた。
(怖え。怖えよ。だがそれだけじゃねえ。この前にあいつがここを通った時、俺たちはタツ様の敵を討とうとしたんだ。まともにやり合っても勝ち目はねえ。だからたくさんの岩を落としたり、寝込みを襲おうとしたりした。だがことごとく失敗した。そしたら、あいつは俺たちのねぐらに乗り込んできて、今後、この峠を通る人間に手を出したら俺たちを成敗すると言った。・・・・俺たちはあいつを亡き者にしようとした。だがあいつは仲間の数体を痛めつけただけで一体も殺さなかった。あいつは強えだけじゃねえ。そういうやつなんだ。だから俺もあいつの言いつけは必ず守る。それだけだ)
(ほう)
 リュウは感心したように言った。
(俺は世界征服をしようだとか、そんなことはこれっぽっちも思っちゃいねえ。ただ、勇者の言いつけを守って、自分のねぐらでのんびりと過ごしていてえだけだ)
(ほほう。そうか。タツがお前のことを気に入っていた理由が分かった気がする。もう用はない。さらばだ)
 リュウが大きな翼を広げ、空へと舞い上がった。パタパタと近くを飛んでいたドラ吉がその風圧に飛ばされて空中を転がるように舞った。
 ほかのドラゴンたちも次々と空へ飛び立つ。
 巨大な影がゆっくりと小さくなっていった。


   グルドフ旅行記・第12話 終わり
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