ガレオン船と茶色い奴隷

芝原岳彦

文字の大きさ
上 下
79 / 106
第三章 流転する運命

第76話 呪いの言葉

しおりを挟む
 ヨハネは促されるままに、入り口から教会に入った。



 中は、百人近くの人が入れるほど広い石造りの広間で、柱頭に支えられたアーチ型の高い天井に覆われていた。赤い身廊の左右に幾つもの木の椅子が置かれ、身なりの良い男女が座っていた。両側の壁にはそれぞれ7枚、計14枚の絵が架けられていた。部屋の奥にはキリスト像の付いた十字架が据え付けられていた。



 ヨハネは居心地の悪さを感じて、部屋のすみに立った。

 やがて黒い外套がいとうを着た赤ら顔に口ひげの男がゆっくりと歩いて出てくると、みんなの前に立った。



「我が兄弟、我が姉妹、我がはらから・・・・よ。そして良きキリスト者たちよ。よくこの日に集まりました」



 そう言うとセプールベダは右手を高く上げた。聴衆たちしばらく騒めいていたが。やがてその右手に目線を合わせ、静かに意識をその男に集中した。



 彼は話し始めた。



「神の教えを知らぬ蛮族と木石を拝む偶像崇拝者ぐうぞうすうはいしゃたちが住んでいたこの島に、勇気ある宣教師たちがたどり着き、正しき教えを広め始めてから百年、淫祠邪教いんしじゃきょう人牢ひとやは数多くこぼたれ、今では、教会が数多く立ち並んでいる。だが、悲しいかな、まだいかがわしい悪魔の教えに心奪われる者たちがいる、嘆かわしいかな、偶像崇拝者ぐうぞうすうはいしゃをかばう者もいる」



 そう言うとセプールベダは右手を降ろして胸の前で組むとしばらく時間をおいてまた話し始めた。



「我が兄弟姉妹たちよ、この島の自然を見なさい。この島の力強い木々に覆われた山の美しさを。太陽のもと光り輝く豊饒ほうじょうの海を。見渡す限り続く沃野よくやの大地を。かくもこの島の森羅万象しんらばんしょうは美しい。これらはすべて神が作り給もうた。つまりこの島の美しさはその造り手たる神の御心の美しさでもあるのだ。その真理をみな、心に留めおきなさい」



 彼はそこまで言うと一息ついてまた話し始めた。



「みなが良きキリスト者であるためには、良き家庭を築き上げなければならない。街も、国も、そして世界も、家庭と同じ人の集まりである。そして世界はキリストの体そのものであり、キリストの体こそが世界である。みな心しなさい。すべての共同体は極めて簡潔な原理から成り立っている。対になるたった2つのものである。すなわち、子供を持つための男と女、世を繋ぐ親と子、そしてより良き国を保つための奴隷主と奴隷である。これらは心を使いこの世の行く末を予見よけんする生来の支配者と、肉体の労働によって支配者が予見した事をなす生来の被支配者に言い換えられる。つまり男・親・奴隷主が支配者であり、女・子供・奴隷は被支配者である」



 セプールベダがここまで話すと聴衆たちはざわつき始めた。彼はそれを予期していたように笑顔を作って話を続けた。



「お前たちが私の話に異議を持つだろうと考えていた。だが私の話を聞きなさい。全知全能の存在がこの世を完璧にお造りになった。その中で、男女、親子、奴隷主と奴隷が存在する。この支配と被支配が存在する事実は正しい世のあり方であろうか。それは神が造り給いしこの世をよく見れば判るはずである。括目かつもくして見なさい。あらゆる共同体には支配と被支配の関係が見て取れる。支配する者は優れた知性とその行いにおいて被支配者より優れている。支配者は、精神性においては理性、肉体性においてはその達成により被支配者より優れている。よってこの両者の依存しあう関係は双方にとって幸福なのです」



 セプールベダは両手をドームの天井に上げて話し続けた。



「先日、ある兄弟姉妹からこのような問いかけを受けました。『戦争や暴力によって奴隷になった者はどうでしょうか。あまりに哀れではありませんか』と。私はこの人物の心の清廉せいれんさと慈悲深さに心打たれ、感動のあまり身を打ち震わせました。そして私はこう諭したのです。『正しい戦争によってそのような結果になったという真実は誰にも否定できません。正しい戦争による優劣判断の結果、支配と被支配の関係が正当化されたのです』と」



 セプールベダは手を降ろして胸の前に組むと、話を続けた。



「この国を例えに使いましょう。この国に住んでいたワクワクたちは、文明を知らず、泥と汚物にまみれて暮らす未開の存在で、偶像崇拝ぐうぞうすうはいの大罪を犯していました。考えてみなさい、彼らの重い罪を放置していれば、彼らにどんな思い罰が下るか。正義の戦争の後に、我々は彼らに正しい教えを伝えました。彼らは、弱者への慈悲じひを知らず、夫婦の信頼しんらいも知らず、子供たちへの憐憫れんびんも知らず、ただただ醜悪な偶像を拝めば何もかも救われると信じていたのです。そこに正しい戦争が起こり、ワクワクたちは追い散らされました。その結果、正しい信仰と文明が彼らの中に広まったのです。こう諭すと、その心優しい者は納得して帰って行きました。よって兄弟姉妹よ、お前たちよ。安心して奴隷を持ちなさい。そしてその奴隷を奴隷としてふさわしく扱いなさい。決して彼らを主人のように扱ってはいけません。決して人として扱ってもいけません。それは自然と本性によって正しく当てられた真理なのです」



 そこまで聞くとヨハネはそっと教会を出た。

 教会に響き渡っていた美しい音楽と、そのあと語られた話の奇怪さが、彼の体の中でぶつかり、得も言われぬ違和感として腹の底に沈殿した。彼は作業場の隅まで小走りすると、土の上に白い反吐を流した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

暁のミッドウェー

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。  真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。  一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。  そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。  ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。  日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。  その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。 (※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

戦国ニート~さくは弥三郎の天下一統の志を信じるか~

ちんぽまんこのお年頃
歴史・時代
戦国時代にもニートがいた!駄目人間・甲斐性無しの若殿・弥三郎の教育係に抜擢されたさく。ところが弥三郎は性的な欲求をさくにぶつけ・・・・。叱咤激励しながら弥三郎を鍛え上げるさく。廃嫡の話が持ち上がる中、迎える初陣。敵はこちらの2倍の大軍勢。絶体絶命の危機をさくと弥三郎は如何に乗り越えるのか。実在した戦国ニートのサクセスストーリー開幕。

偽典尼子軍記

卦位
歴史・時代
何故に滅んだ。また滅ぶのか。やるしかない、機会を与えられたのだから。 戦国時代、出雲の国を本拠に山陰山陽十一カ国のうち、八カ国の守護を兼任し、当時の中国地方随一の大大名となった尼子家。しかしその栄華は長続きせず尼子義久の代で毛利家に滅ぼされる。その義久に生まれ変わったある男の物語

鈍亀の軌跡

高鉢 健太
歴史・時代
日本の潜水艦の歴史を変えた軌跡をたどるお話。

処理中です...