翼が無ければ鳥でない

≪アイツ≫

三

　友和の実父・橋本正人は殺人の容疑で逮捕された。
　事の発端は二年前にあった。
　橋本容疑者は以前から麻薬に手を染めており、知人から多額の借金をしてまでその快楽を求めた。借金は最大三五◯万円にまで膨れ上がってもなお、一向に返済する姿勢をみせない橋本容疑者に対して怒りを覚えた知人の男性(当時四十二歳)は早く返済するよう、頻繁に橋本容疑者の元を訪ねた。そのことが橋本容疑者の殺意を逆撫でた。
　まず、橋本容疑者は麻薬の売人を経由してヤクザの殺し屋を手に入れた。目標を殺害するためには金が必要で、前払い制と後払い制の二通りがあった。金は後で用意するとした橋本容疑者は予定通り知人の男性の殺害に成功したが、要求された額は一五◯◯万円だったため逃走。殺し屋は仲間を連れ橋本容疑者を追い、約半年間にも及ぶ逃走劇は幕を閉じた。
　今年中、つまり残りの半年間のうちに金を用意できなければ宮刑(タマを切り落とす)と脅された橋本容疑者は、元婚約者の今田美紀の自宅へ押し掛けるようになった。初めは八月上旬に訪れ、彼女に一五◯◯万円のうちの五◯◯万円を肩代わりしてくれと頼んだものの受け入れられず、そのまましばらくは訪ねてこなかった。
　その約二週間後の八月二十二日、橋本容疑者は夕方五時頃に再び姿を現した。その日は誰とも会うことができずに終わったが、それからも月に二回ほどの頻度で今田宅を訪問しては金をしつこく要求する事態が続いた。
　タイムリミットまで残り三ヶ月を切った十月頃から二週間も経たないうちに必ず一度は訪れるようになり、それに加えて過激さも増していった。インターフォンを連続で鳴らした後、応答がなければ———今田親子は無視を決め込んでいたので応答することはなかった———、ドアの蝶つがいを壊す勢いでこじ開けようとしたという。毎度のことながら開けることができなかった橋本容疑者は、それからもこのような行動を繰り返し、二ヶ月が経過した十二月中旬、とうとう今田宅は無人になった。
　頼みの綱が途切れた橋本容疑者はタイムリミットまで残り一ヶ月を切った焦りから、ヤクザの殺し屋の立花凱之かいし(当時三十五歳)を殺害、人けのない廃墟に遺棄した。
　それから二年後、その廃墟を撤去することになった某建築会社の社員の男性が腐敗した死体を発見、警察に通報した。検察の調べにより被害者は立花凱之だと判明した。立花被害者について聞き込みをしている最中に警察へ一人の男が出頭し、自首をしてきた。その男が橋本容疑者であった。
　橋本容疑者の供述が事件と完全に一致したことから、警察は橋本容疑者を重要参考人として取り調べを続け、やがて殺人の容疑で逮捕した。動機は金に困っていたからといたってシンプルで、今田美紀に対しては供述することなく、ただ「あのアマのせいだ」と繰り返すだけだったという。