残酷で幸福な愛の話

丸井竹

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11.幻惑の実と記憶

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「不思議なことが起こったのだ。ヤーナ」

ベメは豪華なソファーに片肘をついて横たわり、生き残った寵姫が奴隷の尻を舐めるのを満足そうに眺めていた。

「故郷に返したはずの私の寵姫たちが消えたのだ。半分は問題のない死に方だ。自ら首を吊ったり、身投げをしたり、あるいは故郷の人々に恐れられ死ぬように仕向けられた。
半分は問題がある。怪しい男達が出入りしてこの城のことを聞き出そうとしたらしい。
何人かは殺す必要があった。ヤーナ、お前のところにも出入りしていた男があったな?」

四つん這いの男の尻に顔を埋めていたヤーナが顔を離し、ベメににっこり微笑んだ。

「はい。陛下……。いろいろ来ました。お金を貸して欲しいと言われて、対価をもらったのです。陛下に教えていただいた通りに遊びました」

その目はぼんやりとして焦点が合っていない。
どこか夢を見ているような舌足らずな話し方で、以前ここに居た時のヤーナとは少し様子が異なっていた。
ベメは傍らの薬師コーデルに問いかけた。

「ヤーナは幻惑の実を拒んでいたはずだが。どれだけ食べた?」

記憶を曖昧にし、洗脳を受けやすくする麻薬のような実だ。
正気でいればすぐに気が狂ってしまうため、幻惑の実を与え、頭を鈍くさせるのだ。
寵姫たちは現実に耐えきれず、自らそれを摂取する。

苦痛も屈辱もぼんやりとしたものに変わり、何も考えられなくなる。

命令を当たり前のように受け入れ、少しずつ壊れていく。
ヤーナは消したくない記憶があるらしく、それを最小限にしていた。
大抵は三か月もすれば物言わぬ人形のようになるものを、賢く頭を使って生き延びた。

「通常の量です。確かに、三年前よりは多いですね」

多くの人間を洗脳してきた薬師のコーデルが答えた。

「頭が回っていると思うか?」

ぼんやりとしているヤーナを軽く診察し、いくつか質問をするとコーデルは首を横に振った。

「逆に言えば、とてもいい洗脳状態と言えます」

少し退屈していたベメは、それならば尋問を先にしようと、ヤーナを傍らに呼んだ。
ヤーナは裸のままお尻を付け、股を開いて犬のように両手を前に着く。

「お前のところに通ってきた男の名前は?何を聞かれた?」

笑顔を張り付けたまま、ヤーナはぼんやりと答えた。

「ぎ……ぎんか……。銀貨を貸して欲しいと言ってきたので、私は対価に犬になるように命じたのです。だから、犬と呼びました」

「名前は?」

ヤーナは不思議そうに首を傾ける。

「名前は……犬です。犬と呼んでいました。犬が気に入っていたから、王宮を出て、犬と遊べなくて退屈でした」

ベメはヤーナが遊びを思いつく天才だったことを思い出した。

「犬が欲しいか?」

ベメの質問に、ヤーナはうれしそうに顔を輝かせた。

「はい。陛下が遊んで下さらない時は、おもちゃにして遊べます。したくてたまらない犬が好きです。腰を振って入れたそうにしている犬のお尻を撫でて可哀そうにと言ってやると、泣いて懇願するのです。
入れたい、入れたいと泣いて、私の足を舐めるのです」

「その奴隷はどうだ?」

ヤーナは振り返り、お尻を突き出して四つん這いになっている男を観察した。

「同じ犬です」

その途端、王が軽く後ろに合図をした。
騎士の一人があっという間に犬の首を切り落とした。
血が飛び散り、ヤーナは真っ赤に染まった。

震えながら、ヤーナは額を床に付け、血で濡れた床を舐めた。
尻を突き出し、片手を後ろに回し秘芯を指で割るように開く。

「あ、ああ……お許しください……」

恐怖に支配され、這いつくばるヤーナの姿をベメは満足そうに見下ろした。

「お前のところに通っていた犬に名前はなかったのか?」

ベメはもう一度聞いた。
ヤーナは必死に思い出そうと、眉間に皺をよせ、首をひねった。
その頭をベメが髪を掴んでひっぱりあげた。

「あっ……」

苦痛に顔を歪ませるヤーナの目をベメがじっと見据えた。

「思い出せないのか?」

「い、いいえ、いいえ。あっ……ええと、ええと、ぎ……」

話そうとすると、ヤーナの口はぴたりと止まる。
頭には浮かんでいる。デイヴィスだ。可愛いがっていた犬だ。銀貨を借りて帰り、そのうち返しにくる。王様にだってあげたくない。大切な犬だ。

「いぬ……」

「ヤーナの館に出入りした役人を呼びましょう」

騎士の一人が速やかに部屋を出ていく。
ヤーナは髪を引っ張られながら必死に微笑んだ。

幻惑の実のせいでぼんやりしていたが、ヤーナの意識はまだ残っていた。
何が起こったのかもわかっている。

自分自身にも隠してきたデイヴィスの記憶が蘇ってしまったのだ。
洗脳され、質問されたら答えてしまう。
ただの犬だと思い込み、自分の記憶を封じてしまわなければならない。

王たちは寵姫たちを幻惑の実で空っぽにし、洗脳出来ていると思っているが、
ヤーナは三年間、そう見せかけて幻惑の実をあまり食べないようにして自分の記憶を制御してきた。

幻惑の実を使わなくても、頭を空っぽにすることは出来る。
難しいが、今回は幻惑の実も多く食べているしうまくいっている。

王に見せられない記憶は、隠すのではなく、自分も忘れてしまえばいいのだ。
ヤーナは寵姫になって三年目の状態に自分を戻そうと考えた。

ベメは笑っているヤーナの手を見おろし、その指の爪を一枚剥がした。
血が噴き出し、ヤーナは笑いながら、涙をにじませた。

「風呂に入って、良く洗っておけ。きれいな指だな。全部折ったら良い音がしそうだ」

「あ、あ……陛下……お許しください……」

ヤーナの頭から手を離し、ベメは椅子にどっかりと座った。
床に落ちたヤーナはよろよろと起き上がり、血に染まった指を片手で押さえながら退室する。
それを見送り、ベメは豪華な宝石を飾った自身の指を眺めた。

「なぜ、あの女だけが無事なのか」

「幻惑の実がききにくい体質なだけかもしれません。大半の寵姫が自死ですから。ここを出た途端、正気に戻り、現実に耐えきれなくなったというのが大半の死因です。幻惑の実は人を空っぽの人形にしてしまいますが、完全に記憶を消すわけではありません。全てを思い出せば生きてはいけないと思う女性も多いのでしょう」

悲惨な話をしているというのに、薬師のコーデルは目を輝かせ、至福の笑みを浮かべている。

「ほお。正気に戻れば気が狂うだけの行為をさせて、薬の効き目が切れた様子を観察する。その瞬間がお前の至福の時か?」

「いえいえ、人が壊れていく過程が楽しいのです。
何をしても喜ばれてはつまらないでしょう?だからといって泣いて命乞いばかりされては興ざめです。
女達は自由に薬を摂取できるため、壊れかけた状態で自分を保とうとする。
恐らく脳の防衛本能のようなものでしょう。その崩壊寸前の状態が実に楽しい。
その状態であれば、人格を書き換えてしまうことも容易です。
愛した人間を憎み、殺そうとする人格に作り上げることさえ可能です。
洗脳されたことに気づいたと同時に、自ら正気に戻ることを拒絶し、脳は自動的に崩壊に向かう。
狂っていく人間は美しいと思いませんか?壊れた犬や女もまた興味深い」

ベメは残忍な王だが、それ故に残忍な人間に慕われる。どんな悪行も王が許せば想いのままなのだ。

地獄のようなこの王宮で、三年間ヤーナのようにはっきりとした意思を持ち続けた寵姫はいない。
恐らく、生き抜く理由があるのだ。何かを守っているのかもしれない。

それが犬の名前だろうかとコーデルは考える。

どこまで耐えられるだろう。そのたった一つの記憶を幻惑の実を食べながら隠し通せるのだろうか。
あるいは、その秘密を口にした時、ヤーナは一気に壊れてしまうのではないだろうか。
コーデルはその瞬間を楽しみにしていた。

「あの女の場合は、多少食べさせ過ぎても大丈夫でしょう。むしろ、今の状態では理性が勝るかもしれません」

「ほお……」

ベメも狂っていく女を見るのが好きだったが、ヤーナに関してはまた別の楽しみ方があった。
もし、自分についてこられるだけの女であれば、王妃にしても良いと考えていた。
なにせ三年目の寵姫たちを競わせた戦いでヤーナは勝利したのだ。

故郷に返すのは半分だ。半分の寵姫はここで死ぬ。勝者のヤーナに誰を殺すか選ばせた。
ヤーナは笑ってそれをしてのけた。残忍な王のそばで、残忍な遊びも考えた。
殺してくれと泣く男達をみっともなく惨めな姿にまで追い詰め、声高に笑い、楽しんでいた。

ヤーナが正気でいられる理由は、純粋に生まれながら残忍な人間だからなのかもしれない。
だとすればこちら側の人間だ。
犬を飼わせるのもいいかもしれないとベメは考えた。

「そういえば……犬がいたな、あの村だ」

唐突にベメは思い出した。

三年前、トナ村でヤーナを馬車に乗せる時だ。
ヤーナが突然、「逃げて!」と叫んだ。
恋人や娘を取り返そうと、無謀にも追いかけてくる男がいる。そうした男の首を女の前で斬ってやるのも楽しい遊びだ。

だが、あの時は斬らなかった。
逃げていく背中をちらりと見た。
所詮、ヤーナを助ける気も無い弱虫だったのだろうと思ったが、ヤーナは追いかけないでくれと懇願した。

すぐに泣いて逃げ出す弱虫を斬っても面白くない。
愛する者を奪い返そうと命がけであがくような強い男をやすやすと殺す方が楽しい。
そう考え、ヤーナに三年間生き延びたら殺さないでやると約束した。

人質を取られた女が苦しむ姿も楽しめる。
あの逃げた男が犬になったのだろうかとベメは考えた。

「ヤーナの故郷の人間を連れてこい。全員だ」

誰がヤーナの犬か知っている者がいるはずだ。
ベメはそう考え、残忍な喜びに顔を歪めた。


 その日、トナ村に役人が押しかけた。
ところが、ほとんどの村人がそこを離れていた。
元寵姫の周辺で多くの男達が残酷に処刑された話は既に知られていた。
さらに、実際館の前には死体が転がり、裏口にまで死体があった。
村の人々はヤーナが男達を寝室に招いて遊び、役人を呼び寄せて処刑させたのだと思った。

ヤーナの死体はなかったからだ。
これまでの仕打ちを考えれば、ヤーナが村を滅ぼそうと考えてもおかしくはない。

誰かが手を貸さなくても、自主的に村を捨て逃げ出したのだ。
周囲の村々を回り、なんとかトナ村の住人を一人捕らえたベメは、ついにその犬の名前を聞きだした。

その犬はヤーナが消えてから姿を見せていない。
話を聞けば、それはまさに犬であり、恐怖で支配されているわけでもないのに、ヤーナの命令に従い村人たちの前で、全裸になり股間を晒し、平気な顔をしていたのだという。

本当に犬なのか。それとも何か企みがあってそこまでしてヤーナに近づいたのか。
三年前に逃げ出したあの男なのか。

ベメは捕らえたその男の首をゆっくり斬るように命じると、それを見学しながら酒のグラスを傾けた。

毎月奉納されるはずの生首と金が少しずつ減っている。それも南と東、西と順番に減っているのだ。
ベメは最も残忍な男が指揮する部隊を南に行かせることに決めた。
同時に、東と西にも部隊を派遣する。

王に対する恐怖が薄まっているのなら、残虐な事件が必要だ。
何もなくても反乱を企てた罪を誰かに被せ、想像を絶する残忍さで殺して晒すのだ。
人々は恐怖に支配され、従順になる。

やっと首が落ちた。
ベメはそれを眺め、もっと生首が見たいから適当に集めてくるようにと部下に命じた。
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