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第三章 騎士の未来
56.騎士の友
しおりを挟む竜の国から竜が消えて十年後。
第四騎士団の最上階に部屋を得たヒューは、広々とした部屋に置かれた大きな寝台の上にごろんと寝そべった。大きく開かれた窓からは透き通る青い空が広がっている。
ルシアンが王騎士として王宮に入り、ヒューは副官間近の上級騎士だった。
腕枕で横になると、懐かしい友人たちの思い出の品が視界に入った。
少しの間、相棒だったデレクの騎士の隊服についていた紋章と、ラーシアのリュートだ。
大事な商売道具だというのに、よくそんなに忘れていけるものだと、ヒューは半ば呆れたが、最近楽器の価値は見た目ではわからないと知ったばかりだった。
もしかしたら土産物屋で適当に買った、捨てても良い程度の楽器だったのかもしれない。
どちらも、なんとなく捨てられないヒューの思い出の品だった。
いろいろ手のかかる友人たちだったと普段は忘れているようなことをヒューはその日、ふと考えた。
騎士として騎士団要塞に住んでいるが、相棒と呼べるのはやはりデレクだけであり、心から欲しいと思った女もラーシアだけだった。
嫌な女だったが、なぜかひどく惹かれていた。
それが心が読めると知った途端憎くなった。
ヒューの気持ちを知っていながら知らない顔を貫いていたのだ。
態度が変わらなかったのはデレクだけだった。
普通の女なら欲しかったが、やはり思念を読む女など面倒なだけだ。
それでもやはりリュートを見れば思い出す。
どうせ何もかもさらけ出されてしまうなら、一度だけでも抱いておけばよかった。
きっとラーシアは拒まなかった。
そんなことを考えていたヒューを、突然深い眠気が襲った。
それは一瞬の出来事で、ヒューは数秒目を閉じた。
はっと目を覚ました瞬間、ヒューはわずかな違和感を感じて飛び起きた。
扉は閉まっているし、鍵もかかっている。
最上階から見える景色も空ばかりだ。
部屋に視線を向けたヒューが動きを止めた。
部屋の隅に見慣れない物がある。
そこは先ほどまでラーシアのリュートが立てかけられていた場所だ。
しかし、今そこにリュートはなかった。
目の錯覚だろうかと、ヒューは腕で目を擦った。
しかし目を凝らしてみても、やはりそこにリュートはない。
そこにあるのは、白く、先の少し尖ったまるいものだ。
まさかと思いながら、ヒューがたちあがり近づいてみると、やはりそれは巨大な卵に見えた。
かなり不自然な大きさだが、どう見ても卵だ。
持ち上げると、下に紙が挟まっていた。
ずっしりとした卵を寝台に置き、出てきた書面に目を走らせる。
******
リジー取扱説明書
1.このリジーは子孫を残せません。交尾等には使えません。
2.このリジーは炎を吐けません。餌は水のみです。
3.このリジーは飛行が可能です。
4.このリジーは重い物を運びます。重すぎると持ち上げようともしません。
5.このリジーは護衛専門です。攻撃は出来ません。
6.このリジーはあなたの寿命と共に消滅します。
7.このリジーはあなたの命令で自己消滅も可能です。
8.このリジーは猫を模して造られています。
9.このリジーは思念を読めません。命令は声に出すか、指示を覚えさせて下さい。
ヒュー、私達からささやかな土産だ。もし、不要なら望めば消える。
良いペットライフを。
ラーシアとデレクより
******
悪友たちの名前を見て、ヒューはどういうことかと、卵に目を移した。
その瞬間、ぴぴぴぴと卵の表面に亀裂が入る。
止める間もなく、バリンと卵が二つに割れた。
半分に割れた殻の中に小さな竜が座っている。
金色の目を開け、鼻をくんくんさせながらヒューを見あげている。
「り、リジー?!」
リジーがぱたぱたと飛び出し、ヒューの膝に乗った。
おそるおそる、ヒューはリジーの背中を撫でた。
温かく、鱗で覆われているとは思えないほど柔らかい。
猫のようだと思い、はっとして書面にもう一度目を走らせる。
『8.このリジーは猫を模して造られています』
猫?!
ヒューはまじまじとリジーを見おろす。
どう見ても竜だ。
しかも卵から生まれてきた。
しかし言われてみれば、その仕草や顔の形状は猫にも似ている。
もしかしてデレクとラーシアの子供だろうかとヒューは考えた。
ついに、夫の竜の目を盗み、不倫のあげく子供を作ったのかもしれない。
となれば、ラーシアは竜だったことになる。デレクはこの国の出身でどう考えても人間だ。
思念も読めるし、ラーシアが竜だったと考えれば、竜と子供が作れたのも納得だ。
だいたい、竜は南の島からきたのかもしれない。
子孫を残せないのもデレクが父親だからかもしれない。
子孫も残せず、炎もはけない竜では、竜の世界では落ちこぼれだろう。
それで捨てられるところだったのをヒューにたくしたのかもしれない。
ヒューの寿命と同時に死ぬというのもよくわからないが、精神的な結びつきが竜を生かすのかもしれない。
魔力使いの世界ではそうしたこともあると聞いたことがある。
無理矢理こじつけ、納得しようとしたが、どうしてももやもやした思いは残る。
気味が悪い気はするが、一度デレクとラーシアの子供かもしれないと考えてしまったからには、捨てるわけにもいかない。
ヒューは再び取扱説明書に目を通した。
その間、リジーはヒューの膝の上で丸くなり、気持ちよさそうに眠り始める。
いつのまにか、ヒューはごく自然にそんなリジーの背中を撫でていた。
なんとなく気まずい顔で、ヒューは膝で眠るリジーを見おろした。
「まぁ……あまり人に危害を与えるような特徴はなさそうだな……。
しかし餌は水だけだと?あのリジーは生肉を捕まえてきたが……。そんなことで竜を名乗れるのか?
まったく心配になる竜だな。まるで誰かさんのように手がかかりそうだ」
ヒューはうんざりとため息を付きながら、リジーを抱き上げ窓辺に寄った。
どこまでも青い空の向こうには雲一つ見えない。
今日は快晴だ。
「しかしリュートはどこに行ったんだ?まさかお前が食べたのか?いや、それよりどうやってここに来た?卵で飛んできたのか???」
疑問ばかりがヒューの頭を埋め尽くす。
窓から顔を突き出し、しばらく首をひねっていたヒューは、仕方なく部屋に引っ込むと、リジーを抱き上げ、騎士団要塞内の決まりについて説明し始めた。
どこかの誰かさんのように生真面目な様子で、リジーは大人しくヒューの顔を見つめて聞いている。
「わかったか?」
その瞬間、リジーは初めて口を開けて返事をした。
「にゃぁ」
それは、猫のようなふにゃふにゃした声だった。
その光景をそこから遥か頭上に浮かぶ宇宙船の中で、二人の男女が覗いていた。
虚空に浮かび上がる映像の中で、ヒューが頭を抱え、リジーに「竜らしくない」と説教をしている。
「ガオー」と声真似をしてみせるが、リジーは「みゃぁ」と答えている。
「害はないとみせるためとはいえ……これは問題では?……」
リジーの完成品をまだ目にしていなかったデレクは、難しい顔をしている。
「この世界は竜を恐れているだろう?このぐらいした方がいいのではないかと思ったんだ」
今更変更は出来ないとラーシアはデレクの問題提起を突っぱねた。
それから回収してきたリュートを膝に置き、弦の下から中に手を入れた。
「まぁ目的はこれを回収することだから」
「大事な物の割にはよくその辺に忘れていたじゃないか」
デレクが指摘する。
「まぁ、困った時に使う物だからね。それに証拠は残さないようになっている」
リュートの中に手を入れてがさがさ何かを漁っていたラーシアが、動きを止める。
「ああ、あった。」
ピッと電子音が鳴り、機械的な音声が流れた。
『爆破まで一年三か月二時間、三十秒。自己消滅機能停止しました』
目を丸くしたデレクに微笑みかけ、ラーシアはリュートを傍らに置いた。
「星の地図とか簡単なこの国の知識をざっと中に入れていた。この星にはない技術が詰まっているものだからね、念のため自己消滅機能を付けておいたんだ。爆発する前に回収出来て良かったよ。それにヒューにも誰かが必要だ。ペットでも飼えば寂しさを紛らわすことができる」
何とも言えない顔をしたデレクを前に、ラーシアはリュートを抱え上げた。
「自動演奏機能も付いてる。ひいてみようか?」
自爆装置のついているリュートだと知ったデレクは慌てて首を横に振った。
「そんな物騒な物、早く下ろせ」
ラーシアは素直にリュートを脇に置き、デレクの首に抱き着いた。
「ちなみにこの船にも自爆装置はついているぞ」
「それは考えないようにしておく」
夜でもないのに外はいつの間にか暗くなっていた。
明るい星々の輝く暗黒の世界が口を開けて待っている。
二人は遥か後方に置いてきた国のことを懐かしく思いながらも、吸い込まれるような星空の向こうを見た。
そこには、二人が生きていく過酷な世界が、牙をむいて待っている。
固く手を繋ぎ合い、どちらからともなく、二人は顔を寄せ合うと優しい口づけを交わした。
二人を乗せた宇宙船が空にまばゆい一線を走らせた。
昇っていく流れ星を、バレア国の誰かが不思議そうに見上げたが、それはほんの一瞬のことだった。
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