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第三章 騎士の未来
53.国を出る騎士
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ラーシアと出会い、恋人同士になれた後の一年間は、デレクにとって人生でもっとも幸福な時間だった。
互いに惹かれ合い、自然にそうした関係になれたのだと信じていた。
それを新人で扱いやすい騎士であれば誰でも良かったのだとラーシアにきっぱりと告げられ、デレクはこれまで築き上げた関係性が崩れ落ちていくように感じた。
騙されていたのだ。愛されていたわけではないのだとデレクは絶望しかけ、後戻りが出来ないことに気が付いた。
裏切られていたとしても、デレクは既にラーシアを愛している。
昨夜のゲームで、ラーシアの愛も確信している。別れるという選択肢がどうしても浮かばない。
一番大切なのは過去じゃない、今だ。
偽りから始まった二人の恋は、嘘だったのだと割り切れるようなものだろうか。
「ならば、愛は?愛はなかったのか?」
すがるようにデレクは問いかける。
今の想いを大切にしたいと思いながらも、心に受けた衝撃があまりにも強く、溢れ出る涙は止まらない。
ぽたぽたと木の床に涙の染みがひろがっていく。
「最初は……あまりよくわからなかった。だけど、今は君が好きだ。ずっと一緒にいたいと思っている。誰よりも愛している……」
ラーシアの声は小さく、震えている。
デレクはラーシアを引き寄せ、胸に抱きしめた。
「竜よりも俺を愛しているのだろう?」
それを昨夜のゲームで確認した。だからどんな地獄が待っていようとついていこうと決めたのだ。
竜に愛されるラーシアを、ただただ間近で見つづけることになっても。
他の男との間に出来たラーシアの子を世話することになっても。
己の愛を封じ、ラーシアに仕え、その夫の竜に仕えることすら覚悟した。
ラーシアは頷く。デレクは感極まってラーシアの濡れた頬を抱いて口づけをした。
「ならば最初はどうでもいい。誰よりも俺を好きでいてくれるならそれでいい。偽りなく愛しているか?」
それ以外に大切なことはないとデレクは問いかける。
ラーシアにはまだ迷いがある。正確な情報を得られないデレクが、この国を捨てる決断をすることが本当に正しいことなのか。後悔したとしてもこの国を離れたらもう取り返しがつかない。
「デレク……こんなことになるとは思いもしなかった。思念が読めると知っても、こんな風に愛してくれる人が現れるなんて思わなかった。
だから、最初はいつか別れると思って付き合っていた。適度な距離をとって、少しの間付き合いが続けばいいと思っていた。君の人生の時間を無駄にさせていることに罪悪感を覚えていたから、出来るだけ短い時間で終わらせようと思っていた。
だけど、君の愛はあまりにも強く、まっすぐで、私はどんどん君に惹かれた。
連れていけないとわかっていたのに、別れたくないと思う気持ちをどうしても消すことが出来ず、君に恋い焦がれた。
本気で愛してしまうなんて思いもしなかった。でも、君を騙したことは事実だ。
デレク、最初だけじゃない。今も私は君を騙している」
ラーシアが隠していることは、デレクの愛を失わせてしまうような重大なことなのか。
唇を震わせ、ラーシアはデレクの腕にすがった。
「許してくれ。頼む……」
何を許せばいいのか、デレクは混乱した。
「君は……この国を守った。そうだろう?敵国の人間ではないだろう?」
騎士が敵国の間者に惚れて、国に引き込んだのならそれは大罪だ。
「敵……かもしれない。私は仕事でこの国に来た。私の国が君たちに迷惑をかけたからだ」
「どういうことだ?この国に仕事で?君はこの国から竜を排除した。生贄になる人々を救った。それは、君が?まさか、君たちの国が竜を手引きしていたのか?いや、竜を操ることなど人にはできない。では、まさか君は竜の化身?」
ラーシアは黙り込んだ。
「ラーシア!」
デレクはラーシアに続きを話してくれと促し、その体を揺すった。
ラーシアは目を閉じ、固く口を閉ざしている。
もう話す気がないのだ。
ラーシアの言葉の中からデレクは推測するしかない。
しかしこれまでのラーシアの言動を思い出すと、そのヒントはあまりにも多かった。
今の言葉と共にこれまでの記憶が蘇り、絡まっていた紐が解けるようにその答えがデレクの頭に流れ込んできた。
竜は人の姿に化ける。ラーシアは竜の国からやってきた。
預言者はラーシアと同じ故郷の人間だ。
つまり、預言者も竜でこの国から生贄をとるのはやめるように、悪さをしていた竜に説得を続けていた。
しかし竜は十年に一度の生贄で妥協すると預言者に告げてきた。
困った預言者は故郷からメスの竜が来るのを待っていた。
それがラーシアだ。
ラーシアは預言者に仕事の依頼を受けてこの国に入り、生贄の山に登るための道を探った。
生贄の山には騎士しか入れない。さらに、山頂まで登るには理由がいる。
生贄を求める竜と交渉するには生贄に選ばれるしかない。
ラーシアは計画的にデレクに近づき、既に決まっている生贄の身代わりになれるように仕掛けたのだ。
異国の人間を生贄にする理由を作るために、十年前の生贄の入れ替わりはわざと見過ごされた。
預言者が味方であれば、二人は示し合わせることができる。
預言者と顔を合わせ、仕事の打ち合わせをし、ラーシアは山に登って、この国で悪さをしている同族を説得した。
ラーシアが子供を産むことで話がまとまり、同族の竜をこの国から追い払うことに成功した。
自分たちが竜であることはきっと人に知られてはいけないのだ。
恐らく竜たちが争えば呪いが散り、この国はさらに荒らされることになる。
それ故、対話でしか竜の問題は解決できなかった。
竜の姿を見た者はいない。
それは秘密を知った人間はこの世界から消されてしまうからではないだろうか。
つまり、デレクが竜の国に行き、その秘密を目にすればもう二度と人の世界には戻れなくなる。
もしかしたら村一つ滅びたのも、竜がその姿を見せてしまい、目撃した村人たちを殺したからかもしれない。それ故、一人の目撃者も残らなかった。
ラーシアが戻ってきた時、十年に一度の竜の雲が出た。
あの中にいたのは生贄をさらっていた竜ではなく、竜の姿のラーシアだったのだ。
姿を見せた竜はリジーだけだが、まだ子供だった。人に化けられなかったのかもしれない。
竜たちと交渉し、この土地の呪いを消し去るため特別な許可を得る必要があった。そのために五年もかかったのかもしれない。あるいは、リジーが死んだ時、ラーシアはまるで諦めていたかのようだった。人に姿を見せた竜は、最初から殺すしかなかったのかもしれない。
また竜の子供を産むことは最初から決まっていたのだ。それでデレクを突き離そうとした。
全ての疑問の答えがぴたりとあった。
デレクの考えた筋書きが正しいのか、ラーシアは答えられない。
なぜなら竜の秘密は人に明かすことが出来ないから。
しかし、ラーシアにはデレクが出した答えが見えているはずだ。
デレクがラーシアと目を合わせると、ラーシアはまるで頭を読まれることを恐れるように顔を背けた。
デレクはラーシアの頬を抱いて無理矢理自分の方に向けさせた。
泣き腫らした赤い目、涙で濡れた頬、必死に心を隠そうとしている青ざめた顔。
そのすべてがデレクの推測を裏付けている。
「ラーシア……」
「デレク……すまない。本当にすまなかった。愛している。これだけは本当だ。何度も諦めようと思った。手放すべきだと思ってきた。
君はこの国で幸せに暮らせる。この国は平和で、豊かで、人々も素晴らしい。
全てが正しくなくても、誰かが正す力を持つ。大勢で支え合い、愛し合い、間違った道を行ってしまったら、誰かが気づき、手を差し伸べ正しい道を模索することができる。
この国は良い国だ。なかなかこうした国はない。
様々な国を見てきた。こんな能力を持っていては長くとどまれる国はない。孤独な生涯だ。
私とくれば、別れを惜しんでくれるような仲間はもう持てない。
普通の幸せが持てなくなる」
竜の国に行けば、石の宮殿の中でラーシアの帰りをひたすら待つような、孤独な生活になるのだろうかとデレクは思った。
人に化けた竜はさまざまな国に潜り込み、小さな事件を起こしてはラーシアに仕事が入り、それを解決するために出ていくのかもしれない。
仕事から戻れば、夫である竜のもとに戻り、愛し合い子供を作る。
確かにそんな生活にデレクは不要だ。
「ラーシア……」
やはりこの愛は手放すしかないのだろうかと、デレクの心に過った瞬間、ラーシアがデレクの頬を抱いて唇を重ねた。
「デレク、それでも頼む。一緒に来て欲しい。愛している。精一杯、君が寂しくないように傍にいる。この国の全てを捨ててついてきてくれるというなら、私はきっとデレク、君を手放しはしない。私も、もう我慢をやめる」
竜の国で、味方はラーシアだけだ。頼れるのはラーシアの愛だけ。
ラーシアが心変わりをして、もし捨てられることになれば、デレクは生きていくこともできない。
その心を読んでいるかのようにラーシアは床にひれ伏した。
「すまない、デレク。本当にすまない。だけど、だけど……どうか頼む……この愛をどうしても失いたくない」
泣きながら、ラーシアはデレクの両手を引っ張り、自分の濡れた頬に押し付けた。
いつもの自信満々で余裕のある笑みを浮かべていたラーシアとは別人だった。
小さく背中を丸め、震えながら頭を床に擦り付けデレクにすがっている。
ラーシアからこんなにも熱烈な愛の告白を受けるのは初めてだった。
愛されていると感じた途端、弱気になりかけていたデレクの心は再び力を取り戻した。
他の男と愛し合い、子供を作るラーシアを、指をくわえて眺める生活を覚悟した。
愛されたいからじゃない。愛しているからだ。
しかもいつもどこか距離のあったラーシアが、みっともなく泣いてデレクにすがっている。
これ以上の幸福があるだろうか。ずっと欲しかったものはここにある。
「ラーシア……愛している。欲しいのは君の愛だけだ」
顔をあげ、ラーシアは泣きながら微笑んだ。
「私の愛は永遠にデレクのものだ。どうか受け取ってくれ」
デレクはラーシアを抱き上げ、寝台に横たえた。
こうなればやることは決まっている。
嬉しそうに濡れた頬を染め、ラーシアが服を脱ぎだす。互いに裸になれば慣れ親しんだぬくもりがそこにある。
涙に濡れながら、二人は貪るように互いの体を求め合った。
その夜は、ふっきれたようにラーシアも積極的にデレクの体を求め、デレクは心から満たされて眠りに落ちた。
翌朝、約束通りヒューが迎えに来た。
「南国境まで一緒に行くからな」
ヒューは騎士団の制服に身を包み、深い藍色のマントをかけている。
さらに襟元の紋章も一つ増えていた。
「出世したのか?!」
それは階級が一つあがった証拠だった。
「お前は欲しい女を手に入れた。俺も欲しい物を手に入れた。俺はもっと上に行くぞ」
「ヒューなら楽勝だな」
ラーシアが請け負った。デレクも「おめでとう」と祝福の言葉をかけ、ヒューと肩を抱き合った。
ぐずぐずすることなく、三人は馬にまたがり、出発した。
これが三人の最後の旅だった。
王都は既に王国の南にあり、国境はすぐそこだった。
馬を一度も休ませることなく、三人は国境前の門に到着した。
自然と三人の馬は歩調を緩めた。
まだ昼前であり、あまり街道は混んでいない。
真ん中にヒューがいる。右にラーシア、左にデレク。
三人は横に並び互いの顔を見つめ合った。
「まぁ……悪くなかったよな」
ヒューが代表して口に出した。
ラーシアが明るく笑い、デレクは馬を寄せてヒューの尻を叩いた。
ヒューは飛び上がり、本気で怒った。
「お前!俺はお前の女じゃないぞ!自分の女の尻だけおいかけていろ!」
「ハハハっ」
笑い過ぎてこぼれる涙をぬぐい、ラーシアはうっとりと空を見上げた。
「この国は最高だった」
少し寂しそうなラーシアの声に二人の男が視線を向ける。
「生きていれば機会ぐらいはあるだろう」
ヒューの言葉に、デレクが笑った。
「会いにこいというのだな?」
「そんなことは言っていない」
速攻で否定する。三人は笑いながら最後の国境の門をくぐった。
互いに惹かれ合い、自然にそうした関係になれたのだと信じていた。
それを新人で扱いやすい騎士であれば誰でも良かったのだとラーシアにきっぱりと告げられ、デレクはこれまで築き上げた関係性が崩れ落ちていくように感じた。
騙されていたのだ。愛されていたわけではないのだとデレクは絶望しかけ、後戻りが出来ないことに気が付いた。
裏切られていたとしても、デレクは既にラーシアを愛している。
昨夜のゲームで、ラーシアの愛も確信している。別れるという選択肢がどうしても浮かばない。
一番大切なのは過去じゃない、今だ。
偽りから始まった二人の恋は、嘘だったのだと割り切れるようなものだろうか。
「ならば、愛は?愛はなかったのか?」
すがるようにデレクは問いかける。
今の想いを大切にしたいと思いながらも、心に受けた衝撃があまりにも強く、溢れ出る涙は止まらない。
ぽたぽたと木の床に涙の染みがひろがっていく。
「最初は……あまりよくわからなかった。だけど、今は君が好きだ。ずっと一緒にいたいと思っている。誰よりも愛している……」
ラーシアの声は小さく、震えている。
デレクはラーシアを引き寄せ、胸に抱きしめた。
「竜よりも俺を愛しているのだろう?」
それを昨夜のゲームで確認した。だからどんな地獄が待っていようとついていこうと決めたのだ。
竜に愛されるラーシアを、ただただ間近で見つづけることになっても。
他の男との間に出来たラーシアの子を世話することになっても。
己の愛を封じ、ラーシアに仕え、その夫の竜に仕えることすら覚悟した。
ラーシアは頷く。デレクは感極まってラーシアの濡れた頬を抱いて口づけをした。
「ならば最初はどうでもいい。誰よりも俺を好きでいてくれるならそれでいい。偽りなく愛しているか?」
それ以外に大切なことはないとデレクは問いかける。
ラーシアにはまだ迷いがある。正確な情報を得られないデレクが、この国を捨てる決断をすることが本当に正しいことなのか。後悔したとしてもこの国を離れたらもう取り返しがつかない。
「デレク……こんなことになるとは思いもしなかった。思念が読めると知っても、こんな風に愛してくれる人が現れるなんて思わなかった。
だから、最初はいつか別れると思って付き合っていた。適度な距離をとって、少しの間付き合いが続けばいいと思っていた。君の人生の時間を無駄にさせていることに罪悪感を覚えていたから、出来るだけ短い時間で終わらせようと思っていた。
だけど、君の愛はあまりにも強く、まっすぐで、私はどんどん君に惹かれた。
連れていけないとわかっていたのに、別れたくないと思う気持ちをどうしても消すことが出来ず、君に恋い焦がれた。
本気で愛してしまうなんて思いもしなかった。でも、君を騙したことは事実だ。
デレク、最初だけじゃない。今も私は君を騙している」
ラーシアが隠していることは、デレクの愛を失わせてしまうような重大なことなのか。
唇を震わせ、ラーシアはデレクの腕にすがった。
「許してくれ。頼む……」
何を許せばいいのか、デレクは混乱した。
「君は……この国を守った。そうだろう?敵国の人間ではないだろう?」
騎士が敵国の間者に惚れて、国に引き込んだのならそれは大罪だ。
「敵……かもしれない。私は仕事でこの国に来た。私の国が君たちに迷惑をかけたからだ」
「どういうことだ?この国に仕事で?君はこの国から竜を排除した。生贄になる人々を救った。それは、君が?まさか、君たちの国が竜を手引きしていたのか?いや、竜を操ることなど人にはできない。では、まさか君は竜の化身?」
ラーシアは黙り込んだ。
「ラーシア!」
デレクはラーシアに続きを話してくれと促し、その体を揺すった。
ラーシアは目を閉じ、固く口を閉ざしている。
もう話す気がないのだ。
ラーシアの言葉の中からデレクは推測するしかない。
しかしこれまでのラーシアの言動を思い出すと、そのヒントはあまりにも多かった。
今の言葉と共にこれまでの記憶が蘇り、絡まっていた紐が解けるようにその答えがデレクの頭に流れ込んできた。
竜は人の姿に化ける。ラーシアは竜の国からやってきた。
預言者はラーシアと同じ故郷の人間だ。
つまり、預言者も竜でこの国から生贄をとるのはやめるように、悪さをしていた竜に説得を続けていた。
しかし竜は十年に一度の生贄で妥協すると預言者に告げてきた。
困った預言者は故郷からメスの竜が来るのを待っていた。
それがラーシアだ。
ラーシアは預言者に仕事の依頼を受けてこの国に入り、生贄の山に登るための道を探った。
生贄の山には騎士しか入れない。さらに、山頂まで登るには理由がいる。
生贄を求める竜と交渉するには生贄に選ばれるしかない。
ラーシアは計画的にデレクに近づき、既に決まっている生贄の身代わりになれるように仕掛けたのだ。
異国の人間を生贄にする理由を作るために、十年前の生贄の入れ替わりはわざと見過ごされた。
預言者が味方であれば、二人は示し合わせることができる。
預言者と顔を合わせ、仕事の打ち合わせをし、ラーシアは山に登って、この国で悪さをしている同族を説得した。
ラーシアが子供を産むことで話がまとまり、同族の竜をこの国から追い払うことに成功した。
自分たちが竜であることはきっと人に知られてはいけないのだ。
恐らく竜たちが争えば呪いが散り、この国はさらに荒らされることになる。
それ故、対話でしか竜の問題は解決できなかった。
竜の姿を見た者はいない。
それは秘密を知った人間はこの世界から消されてしまうからではないだろうか。
つまり、デレクが竜の国に行き、その秘密を目にすればもう二度と人の世界には戻れなくなる。
もしかしたら村一つ滅びたのも、竜がその姿を見せてしまい、目撃した村人たちを殺したからかもしれない。それ故、一人の目撃者も残らなかった。
ラーシアが戻ってきた時、十年に一度の竜の雲が出た。
あの中にいたのは生贄をさらっていた竜ではなく、竜の姿のラーシアだったのだ。
姿を見せた竜はリジーだけだが、まだ子供だった。人に化けられなかったのかもしれない。
竜たちと交渉し、この土地の呪いを消し去るため特別な許可を得る必要があった。そのために五年もかかったのかもしれない。あるいは、リジーが死んだ時、ラーシアはまるで諦めていたかのようだった。人に姿を見せた竜は、最初から殺すしかなかったのかもしれない。
また竜の子供を産むことは最初から決まっていたのだ。それでデレクを突き離そうとした。
全ての疑問の答えがぴたりとあった。
デレクの考えた筋書きが正しいのか、ラーシアは答えられない。
なぜなら竜の秘密は人に明かすことが出来ないから。
しかし、ラーシアにはデレクが出した答えが見えているはずだ。
デレクがラーシアと目を合わせると、ラーシアはまるで頭を読まれることを恐れるように顔を背けた。
デレクはラーシアの頬を抱いて無理矢理自分の方に向けさせた。
泣き腫らした赤い目、涙で濡れた頬、必死に心を隠そうとしている青ざめた顔。
そのすべてがデレクの推測を裏付けている。
「ラーシア……」
「デレク……すまない。本当にすまなかった。愛している。これだけは本当だ。何度も諦めようと思った。手放すべきだと思ってきた。
君はこの国で幸せに暮らせる。この国は平和で、豊かで、人々も素晴らしい。
全てが正しくなくても、誰かが正す力を持つ。大勢で支え合い、愛し合い、間違った道を行ってしまったら、誰かが気づき、手を差し伸べ正しい道を模索することができる。
この国は良い国だ。なかなかこうした国はない。
様々な国を見てきた。こんな能力を持っていては長くとどまれる国はない。孤独な生涯だ。
私とくれば、別れを惜しんでくれるような仲間はもう持てない。
普通の幸せが持てなくなる」
竜の国に行けば、石の宮殿の中でラーシアの帰りをひたすら待つような、孤独な生活になるのだろうかとデレクは思った。
人に化けた竜はさまざまな国に潜り込み、小さな事件を起こしてはラーシアに仕事が入り、それを解決するために出ていくのかもしれない。
仕事から戻れば、夫である竜のもとに戻り、愛し合い子供を作る。
確かにそんな生活にデレクは不要だ。
「ラーシア……」
やはりこの愛は手放すしかないのだろうかと、デレクの心に過った瞬間、ラーシアがデレクの頬を抱いて唇を重ねた。
「デレク、それでも頼む。一緒に来て欲しい。愛している。精一杯、君が寂しくないように傍にいる。この国の全てを捨ててついてきてくれるというなら、私はきっとデレク、君を手放しはしない。私も、もう我慢をやめる」
竜の国で、味方はラーシアだけだ。頼れるのはラーシアの愛だけ。
ラーシアが心変わりをして、もし捨てられることになれば、デレクは生きていくこともできない。
その心を読んでいるかのようにラーシアは床にひれ伏した。
「すまない、デレク。本当にすまない。だけど、だけど……どうか頼む……この愛をどうしても失いたくない」
泣きながら、ラーシアはデレクの両手を引っ張り、自分の濡れた頬に押し付けた。
いつもの自信満々で余裕のある笑みを浮かべていたラーシアとは別人だった。
小さく背中を丸め、震えながら頭を床に擦り付けデレクにすがっている。
ラーシアからこんなにも熱烈な愛の告白を受けるのは初めてだった。
愛されていると感じた途端、弱気になりかけていたデレクの心は再び力を取り戻した。
他の男と愛し合い、子供を作るラーシアを、指をくわえて眺める生活を覚悟した。
愛されたいからじゃない。愛しているからだ。
しかもいつもどこか距離のあったラーシアが、みっともなく泣いてデレクにすがっている。
これ以上の幸福があるだろうか。ずっと欲しかったものはここにある。
「ラーシア……愛している。欲しいのは君の愛だけだ」
顔をあげ、ラーシアは泣きながら微笑んだ。
「私の愛は永遠にデレクのものだ。どうか受け取ってくれ」
デレクはラーシアを抱き上げ、寝台に横たえた。
こうなればやることは決まっている。
嬉しそうに濡れた頬を染め、ラーシアが服を脱ぎだす。互いに裸になれば慣れ親しんだぬくもりがそこにある。
涙に濡れながら、二人は貪るように互いの体を求め合った。
その夜は、ふっきれたようにラーシアも積極的にデレクの体を求め、デレクは心から満たされて眠りに落ちた。
翌朝、約束通りヒューが迎えに来た。
「南国境まで一緒に行くからな」
ヒューは騎士団の制服に身を包み、深い藍色のマントをかけている。
さらに襟元の紋章も一つ増えていた。
「出世したのか?!」
それは階級が一つあがった証拠だった。
「お前は欲しい女を手に入れた。俺も欲しい物を手に入れた。俺はもっと上に行くぞ」
「ヒューなら楽勝だな」
ラーシアが請け負った。デレクも「おめでとう」と祝福の言葉をかけ、ヒューと肩を抱き合った。
ぐずぐずすることなく、三人は馬にまたがり、出発した。
これが三人の最後の旅だった。
王都は既に王国の南にあり、国境はすぐそこだった。
馬を一度も休ませることなく、三人は国境前の門に到着した。
自然と三人の馬は歩調を緩めた。
まだ昼前であり、あまり街道は混んでいない。
真ん中にヒューがいる。右にラーシア、左にデレク。
三人は横に並び互いの顔を見つめ合った。
「まぁ……悪くなかったよな」
ヒューが代表して口に出した。
ラーシアが明るく笑い、デレクは馬を寄せてヒューの尻を叩いた。
ヒューは飛び上がり、本気で怒った。
「お前!俺はお前の女じゃないぞ!自分の女の尻だけおいかけていろ!」
「ハハハっ」
笑い過ぎてこぼれる涙をぬぐい、ラーシアはうっとりと空を見上げた。
「この国は最高だった」
少し寂しそうなラーシアの声に二人の男が視線を向ける。
「生きていれば機会ぐらいはあるだろう」
ヒューの言葉に、デレクが笑った。
「会いにこいというのだな?」
「そんなことは言っていない」
速攻で否定する。三人は笑いながら最後の国境の門をくぐった。
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