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第二章 竜の国の騎士
49.最後の呪い
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ラーシアの部屋であり、リジーも一緒だったというのに、驚くほどぐっすり眠り、ヒューは目を覚ました。
椅子の上ではリジーがまだ丸くなって眠っている。
その小さくまるい体はぬいぐるみのようで愛らしいが、伝承で言い伝えられる竜以上の力を持っていることをヒューは知っている。
ヒューは体を起こしながら、まだ寝息をたてているリジーに向かって呟いた。
「これほど安心できる寝床もないな。俺が餌として認識さえされていなければな」
なにせこの国最強の生物がここにいるのだ。護衛してくれているのだとすれば、これほど頼りになる存在はない。
控えめなノックが鳴った。
入ってきたのはデレクだった。
「まだ夜は明けていないが、そろそろ竜の目に戻るとラーシアが言っている」
眠っているリジーを起こすべきなのかと、ヒューが視線を向けると、リジーはデレクが来ることがわかっていたかのように目を覚まし、羽ばたいて部屋を出ていく。
やはり思念を読む竜の子なのだ。
ヒューはその後ろを追いかけながら、やはり気味悪そうな顔をした。
空はまだ暗かったが、夜明けが近づいていた。
朝靄の中、三人は再び遊歩道を抜け、水晶の崖にある展望台に到着すると、竜の目を見おろした。
「困ったな……」
手すりから身を乗り出していたラーシアが低く呟く。
湖から霧が立ち上り、昨日は見えていた竜の目が見えない。
ラーシアはロープを取り出し、それを腰に結び付けた。
一方の端を、手すりに結び付け、そのまま柵を乗り越えようとする。
その様子を見ていたデレクが急いで止めた。
「ラーシア、何をするのか教えてくれたら俺が行く。一人で行くわけじゃないだろう?」
ラーシアは困ったように振り返る。
「ちょっと危険な予感がする。ここの呪いが一番強い。リジーと私だけで行くよ」
「いや、リジーは竜だが、君は生身の女だろう。魔法使いでもない。ちょっと人の考えが読めるぐらいで戦う術がない。君はここに残るべきだ。俺は剣も使える」
「じゃあ、ロープを押さえておいてくれ。私が危険になったらすぐにあげてくれると助かる」
既にラーシアの両足は柵の外だ。
その体を引き上げようとデレクが身を乗り出す。
「いや、待て……」
デレクの制止をきかず、ラーシアは足で柵を蹴って後ろに飛んだ。
空中で一回転してまっすぐに湖の水面を目指す。
ロープが凄まじい速さで滑りおちていく。急いでデレクがロープを握りしめ、腰に巻きつけながら引っ張った。
がくんとロープの動きが止まり、ラーシアは湖のだいぶ手前で宙吊りになった。
ラーシアの体重をデレクの両腕が支えている。
足を踏ん張り、ラーシアの体をさらに引き上げようとする。
リジーがラーシアの周りを飛んでいる。
ヒューがラーシアを見おろしながら、デレクに声を飛ばす。
「そのまま、少しずつ下ろせ」
引き上げようとしていたデレクは、腰を後ろに引き、握っているロープを少しずつ緩めて下ろしていく。
ラーシアは靄の手前で、手を挙げて上に合図をした。
「デレク、そこで止めろ」
ヒューがすかさずデレクに教える。
デレクは両足を踏みしめ、腰に巻き付けたロープを両手で握りしめた。
ヒューはじっと湖を見おろし、ラーシアの合図を待つ。
霧のたちこめる水面で、リジーが翼をばたつかせて飛び回っている。
その風圧で、湖の中央部分だけ霧が晴れていく。
しばらくして、やっと水面に突き出るガラスのドームが現れた。
ラーシアが竜の石を取り出すと、ガラスの奥で赤い光が点滅した。
リジーがドームの上に座った。ガラスの表面を牙の先で器用に割る。
パリンと氷が割れるような音がして、ガラスの破片が赤い光の方へ落ちていく。
その瞬間、突然竜の目の真ん中から黒い蔓のようなものが噴き出した。
「引き上げろ!」
ラーシアの指示を待たず、ヒューは咄嗟に判断した。
デレクは即座に渾身の力でロープを引き上げる。
「リジー!焼け!」
ロープで引き上げられながら、ラーシアが指示を飛ばした。
黒い蔓が凄まじい勢いで、デレクとヒューのいる展望台を追い越し空中に飛び出した。
ヒューが腰の剣を抜く。
見たこともない恐ろしい魔物の姿に、デレクは速度をあげてロープを引き上げる。
ラーシアの腰が手すりを越えられず突っかかった。
デレクはロープをたぐりよせながら、ラーシアの腰を直接掴んで、手すりのこちら側に引き上げる。
「ラーシア!」
ラーシアがデレクの腕を押しのけ、下を見ようと手すりにかじりつく。
リジーが割れたガラスの真ん中に炎を吹きかけている。
竜の目の部分はマグマのように赤く煮え、そこから生えている黒い蔓が燃えている。
「あれが水に触れたら大爆発だ。すぐに避難だ」
ラーシアが蔓の上部に目を向ける。
根元を燃やされているというのに黒い蔓は獲物を探すように宙で頭をぐるぐる回す。
デレクはラーシアの体を抱いて後ろにひきあげた。
リジーが飛びながら黒い蔓の根元から上にかけてどんどん燃やしていく。
展望台より高い位置まで伸びた黒い蔓が、まるで生きているかのように獲物を探している。
と、展望台の三人の方へ向かってきた。
ヒューが剣を走らせた。
固い金属音が鳴った。
黒い蔓は剣では切れず、逆にヒューが後ろにはね飛ばされた。
剣を掴んだままヒューは一回転して展望台の床に着地する。
デレクも剣を抜いた。
「リジー!燃やせ!」
ラーシアの命令が飛ぶ。
根元を焼かれた黒い蔓は、完全に空中を飛んでいる。
それが槍のように尖り、ラーシアに向かって矢のように飛んできた。
「ラーシア!」
咄嗟にデレクが前に出た。
先端をドリルのように尖らせた蔓が、デレクの構えた剣の真ん中に当たる。
甲高い音が鳴り、剣が二つに折れた。
その時、黒い影がデレクの前に飛び出した。
肉を貫く鈍い音がして、生暖かい血液が飛び散った。
黒い蔓に貫かれることを覚悟し、体に力を込めていたデレクは、目を見開いた。
小さな体が巨大な黒い蔓にお腹を貫かれ、展望台の床に落ちている。
それはリジーだった。
蔓がデレクの体を貫く寸前、デレクを庇うように飛び込んできたのだ。
「リジー!」
絶叫し、デレクは欠けた剣を放りだした。
黒い蔓が小さな竜の体から抜け、再び勢いをつけようと距離をとる。
デレクがリジーをだきあげようとするのをラーシアが止めた。
「ヒュー!デレクを止めろ!」
ヒューは剣を弾かれたはずみで、尻をついて倒れていたが、ラーシアの指示に即座に起き上がり、デレクに飛びついて押さえつけた。
リジーは血を流しながら展望台の床の上で羽をばたつかせている。
ラーシアはリジーに駆け寄らなかった。
再び黒い蔓が矢のように飛んでくる。
ラーシアが叫んだ。
「リジー!焼け!」
「よせ!よせ!ラーシア!リジーが!」
デレクが泣き叫ぶ。
前に出ようとするデレクの体をヒューは押さえつけ、冷静にその光景を見つめている。
リジーは傷ついた体ですぐにラーシアの命令に従い、灼熱の炎を吐きだした。
空中で態勢を整え、襲ってきた黒い蔓は瞬く間にリジーの炎に包まれる。
「リジー!」
ヒューの腕を振りほどこうと暴れながらデレクが叫ぶ。
燃えあがる黒い蔓は真っすぐに再びリジーを貫いた。
その瞬間、蔓は灰になって消え去った。
しかし炎は今度はリジーのお腹を焼いている。
ラーシアがリジーの羽を掴みあげ、助走をつけて柵を飛び越えた。
下は湖だ。
「ラーシア!」
デレクはヒューを後ろにはね飛ばし、ラーシアを追って柵を乗り越える。
水音は二回聞こえた。
その瞬間、跳ねた水が溶岩に触れた。
まばゆい光が迸り、巨大な爆発音が轟いた。
大量の水が噴きあがり、展望台の上に降り注ぐ。
轟音と共に崖が揺れ、目を焼くような光が一帯を包む。
何かに掴まろうとヒューは腕を伸ばしたが、床が傾き柵の部分が崩れ始める。
ヒューは湖に落ちていく展望台から逃げ出した。
水晶の崖に飛びつき、岩によじのぼる。
眼下の湖がしばらく赤々と燃え、一気に消えた。
霧はすっかり晴れていた。
ヒューは崖にしがみつきながら湖面に目を凝らす。
竜の目があったところは黒く盛り上がった岩がごつごつと浮き出ている。
溶けた溶岩が一気に冷やされ固まったようだった。
「ラーシア!デレク!」
眼下に向けてヒューが叫ぶ。
水面の一部がぼこぼこと泡だち、デレクの顔が飛び出した。片腕に何かを抱えている。
もう片方の腕でデレクが水をかいて泳ぎ出す。
ヒューが霧の晴れた湖を見渡し、叫んだ。
「そっちじゃない!逆に向かえ!左だ!岸が近い!」
デレクは聞こえたように方向転換し、再び力強く水を蹴って泳ぎ始める。
ヒューもそこに向かうべく、崖をよじ登り、道を探し始めた。
デレクはヒューの声に従い泳ぎきり、湖の底を足でとらえた。
水草をかきわけ、ラーシアを抱えて水から這い上がる。
ラーシアの腕の中にはぐったりとした小さなリジーの姿がある。
その小さな体は無残に傷つき、金色の目は閉ざされてぴくりとも動かない。
じゃぶじゃぶと水の中を進み、浅瀬を抜けると、デレクは乾いた地面があるところまで走った。
急いでラーシアの体を地面に横たえる。
その瞬間、ラーシアが咳き込みながら水を吐きだした。
「ごほっ……はっ……はぁ……」
デレクがラーシアの上体を少し起こしてやり、横を向かせながら背中を撫でる。
残った水を吐き出し、ラーシアはぜいぜいと呼吸した。
「ラーシア……」
沈痛なデレクの声に、ラーシアは腕に抱いているリジーを見おろした。
金色の瞳は瞼に隠され、翼は固まっている。
炎を吐いている途中で息絶えたのか、口が半分開き、鋭い牙が覗いている。
そのお腹には焦げた跡があり、大きな穴が空いていた。
ラーシアは小さな亡骸を抱きしめ、がっくりと肩を落とした。
椅子の上ではリジーがまだ丸くなって眠っている。
その小さくまるい体はぬいぐるみのようで愛らしいが、伝承で言い伝えられる竜以上の力を持っていることをヒューは知っている。
ヒューは体を起こしながら、まだ寝息をたてているリジーに向かって呟いた。
「これほど安心できる寝床もないな。俺が餌として認識さえされていなければな」
なにせこの国最強の生物がここにいるのだ。護衛してくれているのだとすれば、これほど頼りになる存在はない。
控えめなノックが鳴った。
入ってきたのはデレクだった。
「まだ夜は明けていないが、そろそろ竜の目に戻るとラーシアが言っている」
眠っているリジーを起こすべきなのかと、ヒューが視線を向けると、リジーはデレクが来ることがわかっていたかのように目を覚まし、羽ばたいて部屋を出ていく。
やはり思念を読む竜の子なのだ。
ヒューはその後ろを追いかけながら、やはり気味悪そうな顔をした。
空はまだ暗かったが、夜明けが近づいていた。
朝靄の中、三人は再び遊歩道を抜け、水晶の崖にある展望台に到着すると、竜の目を見おろした。
「困ったな……」
手すりから身を乗り出していたラーシアが低く呟く。
湖から霧が立ち上り、昨日は見えていた竜の目が見えない。
ラーシアはロープを取り出し、それを腰に結び付けた。
一方の端を、手すりに結び付け、そのまま柵を乗り越えようとする。
その様子を見ていたデレクが急いで止めた。
「ラーシア、何をするのか教えてくれたら俺が行く。一人で行くわけじゃないだろう?」
ラーシアは困ったように振り返る。
「ちょっと危険な予感がする。ここの呪いが一番強い。リジーと私だけで行くよ」
「いや、リジーは竜だが、君は生身の女だろう。魔法使いでもない。ちょっと人の考えが読めるぐらいで戦う術がない。君はここに残るべきだ。俺は剣も使える」
「じゃあ、ロープを押さえておいてくれ。私が危険になったらすぐにあげてくれると助かる」
既にラーシアの両足は柵の外だ。
その体を引き上げようとデレクが身を乗り出す。
「いや、待て……」
デレクの制止をきかず、ラーシアは足で柵を蹴って後ろに飛んだ。
空中で一回転してまっすぐに湖の水面を目指す。
ロープが凄まじい速さで滑りおちていく。急いでデレクがロープを握りしめ、腰に巻きつけながら引っ張った。
がくんとロープの動きが止まり、ラーシアは湖のだいぶ手前で宙吊りになった。
ラーシアの体重をデレクの両腕が支えている。
足を踏ん張り、ラーシアの体をさらに引き上げようとする。
リジーがラーシアの周りを飛んでいる。
ヒューがラーシアを見おろしながら、デレクに声を飛ばす。
「そのまま、少しずつ下ろせ」
引き上げようとしていたデレクは、腰を後ろに引き、握っているロープを少しずつ緩めて下ろしていく。
ラーシアは靄の手前で、手を挙げて上に合図をした。
「デレク、そこで止めろ」
ヒューがすかさずデレクに教える。
デレクは両足を踏みしめ、腰に巻き付けたロープを両手で握りしめた。
ヒューはじっと湖を見おろし、ラーシアの合図を待つ。
霧のたちこめる水面で、リジーが翼をばたつかせて飛び回っている。
その風圧で、湖の中央部分だけ霧が晴れていく。
しばらくして、やっと水面に突き出るガラスのドームが現れた。
ラーシアが竜の石を取り出すと、ガラスの奥で赤い光が点滅した。
リジーがドームの上に座った。ガラスの表面を牙の先で器用に割る。
パリンと氷が割れるような音がして、ガラスの破片が赤い光の方へ落ちていく。
その瞬間、突然竜の目の真ん中から黒い蔓のようなものが噴き出した。
「引き上げろ!」
ラーシアの指示を待たず、ヒューは咄嗟に判断した。
デレクは即座に渾身の力でロープを引き上げる。
「リジー!焼け!」
ロープで引き上げられながら、ラーシアが指示を飛ばした。
黒い蔓が凄まじい勢いで、デレクとヒューのいる展望台を追い越し空中に飛び出した。
ヒューが腰の剣を抜く。
見たこともない恐ろしい魔物の姿に、デレクは速度をあげてロープを引き上げる。
ラーシアの腰が手すりを越えられず突っかかった。
デレクはロープをたぐりよせながら、ラーシアの腰を直接掴んで、手すりのこちら側に引き上げる。
「ラーシア!」
ラーシアがデレクの腕を押しのけ、下を見ようと手すりにかじりつく。
リジーが割れたガラスの真ん中に炎を吹きかけている。
竜の目の部分はマグマのように赤く煮え、そこから生えている黒い蔓が燃えている。
「あれが水に触れたら大爆発だ。すぐに避難だ」
ラーシアが蔓の上部に目を向ける。
根元を燃やされているというのに黒い蔓は獲物を探すように宙で頭をぐるぐる回す。
デレクはラーシアの体を抱いて後ろにひきあげた。
リジーが飛びながら黒い蔓の根元から上にかけてどんどん燃やしていく。
展望台より高い位置まで伸びた黒い蔓が、まるで生きているかのように獲物を探している。
と、展望台の三人の方へ向かってきた。
ヒューが剣を走らせた。
固い金属音が鳴った。
黒い蔓は剣では切れず、逆にヒューが後ろにはね飛ばされた。
剣を掴んだままヒューは一回転して展望台の床に着地する。
デレクも剣を抜いた。
「リジー!燃やせ!」
ラーシアの命令が飛ぶ。
根元を焼かれた黒い蔓は、完全に空中を飛んでいる。
それが槍のように尖り、ラーシアに向かって矢のように飛んできた。
「ラーシア!」
咄嗟にデレクが前に出た。
先端をドリルのように尖らせた蔓が、デレクの構えた剣の真ん中に当たる。
甲高い音が鳴り、剣が二つに折れた。
その時、黒い影がデレクの前に飛び出した。
肉を貫く鈍い音がして、生暖かい血液が飛び散った。
黒い蔓に貫かれることを覚悟し、体に力を込めていたデレクは、目を見開いた。
小さな体が巨大な黒い蔓にお腹を貫かれ、展望台の床に落ちている。
それはリジーだった。
蔓がデレクの体を貫く寸前、デレクを庇うように飛び込んできたのだ。
「リジー!」
絶叫し、デレクは欠けた剣を放りだした。
黒い蔓が小さな竜の体から抜け、再び勢いをつけようと距離をとる。
デレクがリジーをだきあげようとするのをラーシアが止めた。
「ヒュー!デレクを止めろ!」
ヒューは剣を弾かれたはずみで、尻をついて倒れていたが、ラーシアの指示に即座に起き上がり、デレクに飛びついて押さえつけた。
リジーは血を流しながら展望台の床の上で羽をばたつかせている。
ラーシアはリジーに駆け寄らなかった。
再び黒い蔓が矢のように飛んでくる。
ラーシアが叫んだ。
「リジー!焼け!」
「よせ!よせ!ラーシア!リジーが!」
デレクが泣き叫ぶ。
前に出ようとするデレクの体をヒューは押さえつけ、冷静にその光景を見つめている。
リジーは傷ついた体ですぐにラーシアの命令に従い、灼熱の炎を吐きだした。
空中で態勢を整え、襲ってきた黒い蔓は瞬く間にリジーの炎に包まれる。
「リジー!」
ヒューの腕を振りほどこうと暴れながらデレクが叫ぶ。
燃えあがる黒い蔓は真っすぐに再びリジーを貫いた。
その瞬間、蔓は灰になって消え去った。
しかし炎は今度はリジーのお腹を焼いている。
ラーシアがリジーの羽を掴みあげ、助走をつけて柵を飛び越えた。
下は湖だ。
「ラーシア!」
デレクはヒューを後ろにはね飛ばし、ラーシアを追って柵を乗り越える。
水音は二回聞こえた。
その瞬間、跳ねた水が溶岩に触れた。
まばゆい光が迸り、巨大な爆発音が轟いた。
大量の水が噴きあがり、展望台の上に降り注ぐ。
轟音と共に崖が揺れ、目を焼くような光が一帯を包む。
何かに掴まろうとヒューは腕を伸ばしたが、床が傾き柵の部分が崩れ始める。
ヒューは湖に落ちていく展望台から逃げ出した。
水晶の崖に飛びつき、岩によじのぼる。
眼下の湖がしばらく赤々と燃え、一気に消えた。
霧はすっかり晴れていた。
ヒューは崖にしがみつきながら湖面に目を凝らす。
竜の目があったところは黒く盛り上がった岩がごつごつと浮き出ている。
溶けた溶岩が一気に冷やされ固まったようだった。
「ラーシア!デレク!」
眼下に向けてヒューが叫ぶ。
水面の一部がぼこぼこと泡だち、デレクの顔が飛び出した。片腕に何かを抱えている。
もう片方の腕でデレクが水をかいて泳ぎ出す。
ヒューが霧の晴れた湖を見渡し、叫んだ。
「そっちじゃない!逆に向かえ!左だ!岸が近い!」
デレクは聞こえたように方向転換し、再び力強く水を蹴って泳ぎ始める。
ヒューもそこに向かうべく、崖をよじ登り、道を探し始めた。
デレクはヒューの声に従い泳ぎきり、湖の底を足でとらえた。
水草をかきわけ、ラーシアを抱えて水から這い上がる。
ラーシアの腕の中にはぐったりとした小さなリジーの姿がある。
その小さな体は無残に傷つき、金色の目は閉ざされてぴくりとも動かない。
じゃぶじゃぶと水の中を進み、浅瀬を抜けると、デレクは乾いた地面があるところまで走った。
急いでラーシアの体を地面に横たえる。
その瞬間、ラーシアが咳き込みながら水を吐きだした。
「ごほっ……はっ……はぁ……」
デレクがラーシアの上体を少し起こしてやり、横を向かせながら背中を撫でる。
残った水を吐き出し、ラーシアはぜいぜいと呼吸した。
「ラーシア……」
沈痛なデレクの声に、ラーシアは腕に抱いているリジーを見おろした。
金色の瞳は瞼に隠され、翼は固まっている。
炎を吐いている途中で息絶えたのか、口が半分開き、鋭い牙が覗いている。
そのお腹には焦げた跡があり、大きな穴が空いていた。
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