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第二章 竜の国の騎士
48.竜の目
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バレア国の観光地「竜の目」を見るには、崖の上に続く遊歩道を抜けた先の展望台に登らなければならない。
最初の遊歩道は緩やかな傾斜が続く。観光客は優雅にその高所の景色を楽しむことができるが、途中から急な階段が現れる。
頂上には展望台があり、そこからは真っ暗な地面の裂けめと、その裂け目の中にきらめく神秘的な湖の光景をみることが出来る。
しかしそれはまだ「竜の目」ではない。
その展望台から今度は谷底に通じる階段を下りる。崖の中腹にはもう一つ崖がある。それは谷底からせり上がった水晶の割れ目だった。
それが展望台から見えた湖を縁取る煌めきだ。
水晶の一方の崖に作られた展望台から下を見ると、底には薄紅色の湖がある。
その中央に、ドーム型のガラスを被せた赤く光る竜の目がある。
本物の竜の目ではないが、それはまるで、湖の底から地上を見上げている竜の目のように見えるのだ。
日中は日差しが水晶や湖の竜の目に降り注ぎ、眩しいほどに光輝いて見える。
神秘的で美しい光景だが、その透明なドームは恐ろしい呪いを封じていると言われ、預言者は絶対に近づいてはいけないと書き残している。
水晶の崖の中腹にある展望台から、それを眺めていたラーシアは、預言書に目を移し対処方法を確かめた。
薄紅色の湖の上には淡い靄がたちのぼっている。
「今回の立ち入り禁止区域は、物理的に入れないな」
ヒューは泳げないと白状した。
デレクはリジーを腕に抱いてその背中を撫でながら、湖の幻想的な光景にため息をついた。
そこが最後の呪いの地だった。三人は国内の竜の呪いを焼いて回り、ついに最難関の竜の目に辿り着いたのだ。
預言者の残した預言の書でも最後のページに書かれている。
薄紅色の湖の中央から突き出したガラスのドームの底にある不気味な赤い光は、ラーシアが持つ竜の石に呼応するように点滅している。
「なんというか、これは王国が観光地として造った偽物だと思っていた。本物の呪いだったのか?」
バレア国には数えきれないほど竜にまつわる観光地があるのだ。
ヒューは意図的に丸く削られたガラスのドームを指さし、さらに続けた。
「あれは見事な作品だ。魔道具師の仕事とみるね」
「ヒューは本当にすごいな」
感心したようにラーシアが応じる。
デレクは少しずつ口数が少なくなっていた。
少なくともこの旅は一年ほど続くと思われた。それなのに、ラルフに教わったというラーシアが選ぶ道は近道ばかりで、あっという間に竜の痕跡を巡ってしまった。
「日中にやるのは無理だな。誰かに目撃されたら、人々がリジーを恐れるようになる」
リジーの炎は地面まで溶かす。
外見が可愛くても、間近でそれを目撃すればさすがに恐怖を覚える。
三人は一旦、近くの町の宿に戻った。
ラーシアとリジーが部屋に消えると、デレクとヒューは少し離れた二人部屋に入った。
ヒューがラーシアの近くの部屋を嫌がったのだ。
今更だと思うが、デレクはその考えを否定しなかった。
寝台の下に荷物を置き、デレクは疲れたように寝台に腰を下ろした。
旅の間、ラーシアとデレクの間には常にヒューとリジーがいた。
デレクもラーシアに近づき過ぎないように気を付けていた。
「デレク、俺には思念を読む力はないが、お前が今、泣き出しそうなのはわかる」
ぎろりとヒューを睨み、デレクは顔を背けた。
この旅で、ヒューはラーシアに触れたそうなデレクの指や、切なそうなラーシアに向けるデレクの目、愛を囁きたい気持ちを飲み込むようにごくりと動くデレクの喉といった、もどかしい仕草を数えきれないほど見させられてきた。
さらに酷いことに、夜中にデレクがラーシアの名前を呼び、泣きながらごそごそと股間をいじっていることまで知っている。
よほど部屋を別にしようと思ったが、ラーシアの部屋に夜這いに行かれても面倒だった。
ヒューは枕元のランプを消した。
「デレク、俺はあの竜が嫌いだ」
「リジーだ」
「そうだ。それだ。だけど、一度話して来い。リジーは預かってやる」
「ラーシアは俺と話をしたいとは思っていない」
「そうだろうな」
ヒューは寝台に寝そべった。
「ラーシアはこれが終わったら、南の島に帰る。お前は、この国の騎士としてこれから何十年もこの国に仕える。ラーシアがこの国に住むとどうなると思う?お前には想像できるか?」
「王都で俺達は一年一緒に暮らしていた……」
背中を丸め、デレクは顔を半ば覆いながら、鼻をすすっている。
「ラーシアは有名になった。まぁ三十年ぐらい静かに暮らせばほとぼりもさめるだろうが、竜が一緒じゃそんな日はこないな。
あの竜がでかくなって、見た目じゃ中身をごまかせなくなったら、それこそ人里には住めない。しかも預言者のように頭を読む。
読めないふりを貫いても、竜と対話したぐらいだ。王城にいた預言者は王のいる城から離れた塔に住んでいた。
権力を持っている人間は、考えを読まれては困ることばかり抱えている。
ラーシアと竜を塔に閉じ込めておけば、国中の人間は安心だ。わかるだろう?」
「俺は平気だ。ラーシアに頭を読まれてもいい。リジーも、俺が傍にいることを許されるなら、どんなに巨大になっても我が子のようにかわいがる」
ヒューは大きなため息をついた。
「お前はいいな。単純な世界に生きていて。だけど他の人間はそうじゃない。見えない心に怯えて互いを探り合うように生きている。
理解できない存在は恐ろしい。自分と違う生き物は理解できない。
リジーは俺には竜だ。狂暴で恐ろしい。しかもきっとラーシア譲りの思念を読む力も持っている。父親竜もそうだったのならもっと強力だ。
人の言葉を理解し、今は従順にみえるが、成長すれば反抗期が来るぞ。
お前の反抗期はどうだった?竜の反抗期なんて想像もしたくない」
「そんな理屈で納得できるならとっくにしている!」
絞り出すような声で言って、デレクは苛立ちをぶつけるように拳で自身の膝を叩いた。
「だから、はっきり振られてこいよ。竜の股間の方がでかくて立派だったと言われてきたらいい!情けなく一人で壁に向かって腰を振っているぐらいなら、今すぐにラーシアの部屋に行って聞いて来い!竜に何度抱かれたのか、どれぐらい良かったのか!きっぱり振られて諦めて来いよ!」
珍しく、ヒューは声を荒げ、寝台を飛び起きた。
デレクは岩のように動かない。
「お前を見ていると苛々する。自分だけが聖人みたいな面をして、汚い仕事は全部こっちに押し付けられる。お前が正義を振りかざすたびに帳尻を合わせているのはこっちだ。
周囲とうまくやって国を回していく。そういう駒なんだよ!俺達は!
ラーシアとあの竜だってこの国じゃ異質なものだ。あんなものがここにあったら、迷惑なんだ!彼女はそれを良くわかっている」
動かないデレクに舌打ちし、ヒューは扉に向かって歩き出す。
躊躇うことなく部屋の外に出ると、真っすぐにラーシアの部屋へ向かい、扉を叩く。
返事を待たずに扉を開ける。
ラーシアは寝台に座っていた。リジーは向かいの椅子の上でまるくなっている。
「母親がいなくても寝ているじゃないか」
ヒューは後ろ手に扉を閉めた。
「俺は、あいつとは違う」
ラーシアは黙ってヒューを見つめている。
恐ろしい女だとヒューは思った。
寝台に近づき、ラーシアの体を乱暴に押し倒す。
孤高を保つその目が疎ましい。
唇を押し付け、その体を舐めあげるように触り、腰を押し付ける。
「お前が嫌いだ」
ヒューはラーシアの首に噛みついた。
「うっ……」
歯をたてながら、舌で優しく舐める。
「お前が……お前が普通の女なら……」
ラーシアの足を抱え上げ、ヒューはベルトに手をかけた。
ラーシアの両腕がヒューの首を抱いた。
「ヒュー……そうなんだ。お前はいつも正しい。いつも、こんな風に終わるんだ」
その声はひんやりとした響きをもっていた。
孤独な魂は誰も近づけないように強固な壁を築いている。
だけどその壁には門がある。
誰かが扉を叩き、開けてくれるのを待っているような大きな門なのだ。
冷え切った要塞に火を入れることが出来る男は一人しかいない。
ヒューはベルトから手を離した。
ゆっくりラーシアの足を下ろし、優しく、かみついた首筋に口づけをした。
「デレクの部屋に行ってくれ。竜はそのままで平気だろう?」
「ああ……」
ラーシアはするりと身を起こし、扉に向かう。
足を止め、ヒューを振り返った。
ヒューは寝台に寝そべり、天井を見上げている。
竜は隣の椅子で眠っている。
ラーシアは一人部屋を出た。
ヒューの出て行った部屋で、デレクは一人寝台に座っていた。
浅ましい想像ばかりが頭に浮かぶ。
竜に抱かれるラーシアの姿だ。
リジーは優しくてかわいい子だ。ラーシアの子供だと思うと愛しさが募る。
この仕事が終わったら、ラーシアは南の島に帰る。
その後はどこにいくのか。やはり竜のもとなのか。
何度も手に入れたと思ってはすり抜ける。
ノックも無しに、静かに扉が開いた。
ヒューが戻ってきたのだと思い、顔をあげたデレクは硬直した。
ラーシアが部屋に入ってきて扉を閉めるところだった。
「ラーシア……」
浮き上がりそうになる腰を寝台に押さえつけ、デレクは拳をにぎった。
「ヒューはリジーの隣で寝ている」
ラーシアは空いている寝台に近づき、デレクと向かい合うように座った。
「そうか……」
「そんな風に自分を卑下することはない。ヒューは君が好きだ」
まだ何も話していないのに、ラーシアはデレクの思念を読んで言葉を返した。
ちょうど、ヒューに罵倒されたことを考えていた。
驚いてデレクが目をあげる。
「忘れていたのか?私は思念が読める。知っているよ。毎日寝る前に、君は私の裸を想像している。竜とどうやって交わったのか気になって仕方がない。
人間の姿なのか、あそこは大きかったのか、それに愛し合ったのか。無理矢理だったのか。
想像するたびに頭から追い払おうとして、淫らな想像を膨らませる」
羞恥に頬を染め、デレクは少し怒ったようにラーシアを見返した。
「私は思念が読めるから、お前がその想いを口に出さなくても、いつか私がお前の気持ちを察してその質問に答えてくれるとでも思ったのか?だからヒューに頼りっぱなしになるんだ」
「俺が情けない男だということぐらい知っている」
デレクは投げやりな口調で答えながらも、ラーシアと真っすぐに目を合わせる。
「私がまだ竜の女なのか聞きたいのだろう?私が答えないということはそういうことだ。
お前の疑問は全部私の耳に届いている。デレク、最短で竜の呪いの後始末をした。
ここを終えたら、私はこの国をでる。
まずは島に戻る。竜のもとに帰るのか帰らないかはどうでもいいことだ。
私達に未来はない」
稲妻のようにデレクが動いた。
しかしその動きは読まれていた。
ラーシアは素早くデレクの腕をすり抜け、扉に向かう。
頭で読めても、訓練された戦士の動きについていけるわけではない。
次のデレクの動きはかわせなかった。
デレクはラーシアを背後から抱きしめ、無理矢理抱え上げて寝台に落とした。
「うっ」
息を詰まらせたラーシアの口をデレクの唇が覆った。
それはあまりにも優しい口づけだった。
孤独な魂を囲む強固な城壁が扉を震わせる。
「デレク……」
ラーシアの呼びかけに応じず、デレクはラーシアの服をまくりあげ、その手を滑り込ませた。
デレクの心にはひたすらに耐えてきたラーシアへの愛が繰り返されている。
デレクの体を押し返そうとしたラーシアの手は、その思念の波を受け、ゆっくり寝台の上に滑り落ちた。
最初の遊歩道は緩やかな傾斜が続く。観光客は優雅にその高所の景色を楽しむことができるが、途中から急な階段が現れる。
頂上には展望台があり、そこからは真っ暗な地面の裂けめと、その裂け目の中にきらめく神秘的な湖の光景をみることが出来る。
しかしそれはまだ「竜の目」ではない。
その展望台から今度は谷底に通じる階段を下りる。崖の中腹にはもう一つ崖がある。それは谷底からせり上がった水晶の割れ目だった。
それが展望台から見えた湖を縁取る煌めきだ。
水晶の一方の崖に作られた展望台から下を見ると、底には薄紅色の湖がある。
その中央に、ドーム型のガラスを被せた赤く光る竜の目がある。
本物の竜の目ではないが、それはまるで、湖の底から地上を見上げている竜の目のように見えるのだ。
日中は日差しが水晶や湖の竜の目に降り注ぎ、眩しいほどに光輝いて見える。
神秘的で美しい光景だが、その透明なドームは恐ろしい呪いを封じていると言われ、預言者は絶対に近づいてはいけないと書き残している。
水晶の崖の中腹にある展望台から、それを眺めていたラーシアは、預言書に目を移し対処方法を確かめた。
薄紅色の湖の上には淡い靄がたちのぼっている。
「今回の立ち入り禁止区域は、物理的に入れないな」
ヒューは泳げないと白状した。
デレクはリジーを腕に抱いてその背中を撫でながら、湖の幻想的な光景にため息をついた。
そこが最後の呪いの地だった。三人は国内の竜の呪いを焼いて回り、ついに最難関の竜の目に辿り着いたのだ。
預言者の残した預言の書でも最後のページに書かれている。
薄紅色の湖の中央から突き出したガラスのドームの底にある不気味な赤い光は、ラーシアが持つ竜の石に呼応するように点滅している。
「なんというか、これは王国が観光地として造った偽物だと思っていた。本物の呪いだったのか?」
バレア国には数えきれないほど竜にまつわる観光地があるのだ。
ヒューは意図的に丸く削られたガラスのドームを指さし、さらに続けた。
「あれは見事な作品だ。魔道具師の仕事とみるね」
「ヒューは本当にすごいな」
感心したようにラーシアが応じる。
デレクは少しずつ口数が少なくなっていた。
少なくともこの旅は一年ほど続くと思われた。それなのに、ラルフに教わったというラーシアが選ぶ道は近道ばかりで、あっという間に竜の痕跡を巡ってしまった。
「日中にやるのは無理だな。誰かに目撃されたら、人々がリジーを恐れるようになる」
リジーの炎は地面まで溶かす。
外見が可愛くても、間近でそれを目撃すればさすがに恐怖を覚える。
三人は一旦、近くの町の宿に戻った。
ラーシアとリジーが部屋に消えると、デレクとヒューは少し離れた二人部屋に入った。
ヒューがラーシアの近くの部屋を嫌がったのだ。
今更だと思うが、デレクはその考えを否定しなかった。
寝台の下に荷物を置き、デレクは疲れたように寝台に腰を下ろした。
旅の間、ラーシアとデレクの間には常にヒューとリジーがいた。
デレクもラーシアに近づき過ぎないように気を付けていた。
「デレク、俺には思念を読む力はないが、お前が今、泣き出しそうなのはわかる」
ぎろりとヒューを睨み、デレクは顔を背けた。
この旅で、ヒューはラーシアに触れたそうなデレクの指や、切なそうなラーシアに向けるデレクの目、愛を囁きたい気持ちを飲み込むようにごくりと動くデレクの喉といった、もどかしい仕草を数えきれないほど見させられてきた。
さらに酷いことに、夜中にデレクがラーシアの名前を呼び、泣きながらごそごそと股間をいじっていることまで知っている。
よほど部屋を別にしようと思ったが、ラーシアの部屋に夜這いに行かれても面倒だった。
ヒューは枕元のランプを消した。
「デレク、俺はあの竜が嫌いだ」
「リジーだ」
「そうだ。それだ。だけど、一度話して来い。リジーは預かってやる」
「ラーシアは俺と話をしたいとは思っていない」
「そうだろうな」
ヒューは寝台に寝そべった。
「ラーシアはこれが終わったら、南の島に帰る。お前は、この国の騎士としてこれから何十年もこの国に仕える。ラーシアがこの国に住むとどうなると思う?お前には想像できるか?」
「王都で俺達は一年一緒に暮らしていた……」
背中を丸め、デレクは顔を半ば覆いながら、鼻をすすっている。
「ラーシアは有名になった。まぁ三十年ぐらい静かに暮らせばほとぼりもさめるだろうが、竜が一緒じゃそんな日はこないな。
あの竜がでかくなって、見た目じゃ中身をごまかせなくなったら、それこそ人里には住めない。しかも預言者のように頭を読む。
読めないふりを貫いても、竜と対話したぐらいだ。王城にいた預言者は王のいる城から離れた塔に住んでいた。
権力を持っている人間は、考えを読まれては困ることばかり抱えている。
ラーシアと竜を塔に閉じ込めておけば、国中の人間は安心だ。わかるだろう?」
「俺は平気だ。ラーシアに頭を読まれてもいい。リジーも、俺が傍にいることを許されるなら、どんなに巨大になっても我が子のようにかわいがる」
ヒューは大きなため息をついた。
「お前はいいな。単純な世界に生きていて。だけど他の人間はそうじゃない。見えない心に怯えて互いを探り合うように生きている。
理解できない存在は恐ろしい。自分と違う生き物は理解できない。
リジーは俺には竜だ。狂暴で恐ろしい。しかもきっとラーシア譲りの思念を読む力も持っている。父親竜もそうだったのならもっと強力だ。
人の言葉を理解し、今は従順にみえるが、成長すれば反抗期が来るぞ。
お前の反抗期はどうだった?竜の反抗期なんて想像もしたくない」
「そんな理屈で納得できるならとっくにしている!」
絞り出すような声で言って、デレクは苛立ちをぶつけるように拳で自身の膝を叩いた。
「だから、はっきり振られてこいよ。竜の股間の方がでかくて立派だったと言われてきたらいい!情けなく一人で壁に向かって腰を振っているぐらいなら、今すぐにラーシアの部屋に行って聞いて来い!竜に何度抱かれたのか、どれぐらい良かったのか!きっぱり振られて諦めて来いよ!」
珍しく、ヒューは声を荒げ、寝台を飛び起きた。
デレクは岩のように動かない。
「お前を見ていると苛々する。自分だけが聖人みたいな面をして、汚い仕事は全部こっちに押し付けられる。お前が正義を振りかざすたびに帳尻を合わせているのはこっちだ。
周囲とうまくやって国を回していく。そういう駒なんだよ!俺達は!
ラーシアとあの竜だってこの国じゃ異質なものだ。あんなものがここにあったら、迷惑なんだ!彼女はそれを良くわかっている」
動かないデレクに舌打ちし、ヒューは扉に向かって歩き出す。
躊躇うことなく部屋の外に出ると、真っすぐにラーシアの部屋へ向かい、扉を叩く。
返事を待たずに扉を開ける。
ラーシアは寝台に座っていた。リジーは向かいの椅子の上でまるくなっている。
「母親がいなくても寝ているじゃないか」
ヒューは後ろ手に扉を閉めた。
「俺は、あいつとは違う」
ラーシアは黙ってヒューを見つめている。
恐ろしい女だとヒューは思った。
寝台に近づき、ラーシアの体を乱暴に押し倒す。
孤高を保つその目が疎ましい。
唇を押し付け、その体を舐めあげるように触り、腰を押し付ける。
「お前が嫌いだ」
ヒューはラーシアの首に噛みついた。
「うっ……」
歯をたてながら、舌で優しく舐める。
「お前が……お前が普通の女なら……」
ラーシアの足を抱え上げ、ヒューはベルトに手をかけた。
ラーシアの両腕がヒューの首を抱いた。
「ヒュー……そうなんだ。お前はいつも正しい。いつも、こんな風に終わるんだ」
その声はひんやりとした響きをもっていた。
孤独な魂は誰も近づけないように強固な壁を築いている。
だけどその壁には門がある。
誰かが扉を叩き、開けてくれるのを待っているような大きな門なのだ。
冷え切った要塞に火を入れることが出来る男は一人しかいない。
ヒューはベルトから手を離した。
ゆっくりラーシアの足を下ろし、優しく、かみついた首筋に口づけをした。
「デレクの部屋に行ってくれ。竜はそのままで平気だろう?」
「ああ……」
ラーシアはするりと身を起こし、扉に向かう。
足を止め、ヒューを振り返った。
ヒューは寝台に寝そべり、天井を見上げている。
竜は隣の椅子で眠っている。
ラーシアは一人部屋を出た。
ヒューの出て行った部屋で、デレクは一人寝台に座っていた。
浅ましい想像ばかりが頭に浮かぶ。
竜に抱かれるラーシアの姿だ。
リジーは優しくてかわいい子だ。ラーシアの子供だと思うと愛しさが募る。
この仕事が終わったら、ラーシアは南の島に帰る。
その後はどこにいくのか。やはり竜のもとなのか。
何度も手に入れたと思ってはすり抜ける。
ノックも無しに、静かに扉が開いた。
ヒューが戻ってきたのだと思い、顔をあげたデレクは硬直した。
ラーシアが部屋に入ってきて扉を閉めるところだった。
「ラーシア……」
浮き上がりそうになる腰を寝台に押さえつけ、デレクは拳をにぎった。
「ヒューはリジーの隣で寝ている」
ラーシアは空いている寝台に近づき、デレクと向かい合うように座った。
「そうか……」
「そんな風に自分を卑下することはない。ヒューは君が好きだ」
まだ何も話していないのに、ラーシアはデレクの思念を読んで言葉を返した。
ちょうど、ヒューに罵倒されたことを考えていた。
驚いてデレクが目をあげる。
「忘れていたのか?私は思念が読める。知っているよ。毎日寝る前に、君は私の裸を想像している。竜とどうやって交わったのか気になって仕方がない。
人間の姿なのか、あそこは大きかったのか、それに愛し合ったのか。無理矢理だったのか。
想像するたびに頭から追い払おうとして、淫らな想像を膨らませる」
羞恥に頬を染め、デレクは少し怒ったようにラーシアを見返した。
「私は思念が読めるから、お前がその想いを口に出さなくても、いつか私がお前の気持ちを察してその質問に答えてくれるとでも思ったのか?だからヒューに頼りっぱなしになるんだ」
「俺が情けない男だということぐらい知っている」
デレクは投げやりな口調で答えながらも、ラーシアと真っすぐに目を合わせる。
「私がまだ竜の女なのか聞きたいのだろう?私が答えないということはそういうことだ。
お前の疑問は全部私の耳に届いている。デレク、最短で竜の呪いの後始末をした。
ここを終えたら、私はこの国をでる。
まずは島に戻る。竜のもとに帰るのか帰らないかはどうでもいいことだ。
私達に未来はない」
稲妻のようにデレクが動いた。
しかしその動きは読まれていた。
ラーシアは素早くデレクの腕をすり抜け、扉に向かう。
頭で読めても、訓練された戦士の動きについていけるわけではない。
次のデレクの動きはかわせなかった。
デレクはラーシアを背後から抱きしめ、無理矢理抱え上げて寝台に落とした。
「うっ」
息を詰まらせたラーシアの口をデレクの唇が覆った。
それはあまりにも優しい口づけだった。
孤独な魂を囲む強固な城壁が扉を震わせる。
「デレク……」
ラーシアの呼びかけに応じず、デレクはラーシアの服をまくりあげ、その手を滑り込ませた。
デレクの心にはひたすらに耐えてきたラーシアへの愛が繰り返されている。
デレクの体を押し返そうとしたラーシアの手は、その思念の波を受け、ゆっくり寝台の上に滑り落ちた。
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