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第二章 竜の国の騎士
46.夜空を駆けた三人
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バレア国には竜にまつわる観光地がたくさんある。
そのいくつかは実際に竜の呪いが残されている場所であり、そうした場所は立ち入り禁止区域に指定されている。
観光客は安全に見学できるように国が用意した展望台からそうした場所を見学することが出来る。
竜に焼かれた村や竜の爪痕もそうした観光地の一つだ。
そそり立つ崖の上に建てられた展望台から黒く焦げた地面や、三本の爪痕を見学する。
そんな切り立った崖からロープ一本で暗い森に降り立ったデレクは、頭上を見上げ、次に下りてきたラーシアを抱き留めた。
それから、まだ揺れるロープからヒューを抱き下ろそうと身構える。
「おいっ!俺を抱いて下ろそうとしたら殺すからな!」
ヒューが眼下に目を向け、ロープを絡めた足を止めた。
デレクは両手を大きく広げ、明らかに横抱きする気で待ち構えている。
ヒューの隣を小さな竜が羽ばたいている。
時々欠伸をしながら、ヒューの顔を微妙に仰ぎ、ヒューの集中力を阻害してくる。
「この小さいのをどけてくれ!」
ヒューはこの旅で苛々し通しだった。
気味の悪い女だけでなく、得体のしれない生き物まで増えた。
デレク一人でも扱いが面倒なのに、彼らを連れて安全に国内を回るなど、荷が重すぎる。
デレクの手を借りず、ヒューは自力で最後までロープをおりきった。
「もしもの時はリジーが受け止める。命綱のようなものだろう?」
小さな竜を嫌がるヒューをデレクがたしなめる。
「それにリジーが傷つく。まだ一歳の女の子だぞ?!」
ヒューの片方の眉がひきつった。
その一歳の女の子は、夜の闇の中で金色の目を光らせ、まるで噴き出す炉の炎のように暗闇を照らし、食料が不足するとどこからともなく血を滴らせた獣の肉を咥えて戻ってくる。
ヒューに言わせれば、凶悪な獣以外のなにものでもない。
ラーシアは何も言わない。
自身の特殊な能力についても、リジーの存在に対しても、誰かに理解してもらおうとはまるで思っていない態度を貫いている。
非難するものにはさせておき、気にしない者を取り立てて喜び受け入れるわけでもない。
誰に対しても変わらず、一定の距離を置いている。
ラーシアは地上に到着すると、腰の物入れを探り黒い石を取り出した。
地面に赤い光がちらちらと浮かび上がる。
「これが竜の呪いだ。この石はラルフが焼かれた村から拾ってきた。リジー、この地面で光る赤い光を全て焼き払ってくれ」
ラーシアが命じると、リジーは飛んでいき、地面に向かって炎を吐きだした。
それはあまりにも高温で赤というより光そのものに見える。
眩しすぎる灯りと熱で虫さえ寄ってこない。
夜でないとよく見えないからと、ラーシア達は立ち入り禁止の柵を乗り越え、ロープを伝ってこの崖下に日が暮れてから下りてきたのだ。
ヒューが崖の上を見上げる。真っ暗でもう何も見えない。
「ラルフはここに一人で出入りしていたのか?命知らずだな」
「シーアを取り戻すためだ。彼は手がかりを探していた」
ラーシアはラルフと旅した日々を懐かしむように語った。
ヒューはロープを引っ張り、火をつけた。
導火線のようにじわじわとロープが燃え始める。
他の観光客がロープを見つけておりてきたら大変だ。
あとは森の中を進むのだ。
地面が溶岩のように燃えている。
全てがどろどろに溶け、川のように地面を伝う。
「立ち入り禁止にしておいて正解だ。これに触れたら一瞬で溶けてしまう」
ラーシアは周囲に気を配りながら、リジーの仕事を見張っている。
「だいたいこの国は竜の呪いを受けるような何か悪いことでもしたのか?」
こんな面倒な仕事を残していくなど、許せないとヒューは口に出すが、デレクは複雑だ。リジーの父親を悪く言うようなことは出来ないし、ラーシアはその竜の子供を生んでいる。
「多くを得ようとすればどこかでつけを払うことになる。竜は欲張り過ぎたのだ」
ラーシアは竜のことについて多くを語らない。
デレクは頬に触れ、腰を抱き、愛していると囁きたい気持ちを必死に押し殺し、燃える地面の前に浮かび上がるラーシアの横顔を見つめている。
三人は王都を出発し、竜花の丘、竜の滝など、預言者が残した預言書を頼りに呪いを焼いて回り、もう仕事の半分を終えていた。
王国はラーシアと竜が国内に残された竜の呪いを浄化して回ることを、騎士達を使って人々に周知させた。騎士達は管轄する区域に張り紙をし、集会所などで説明し、ラーシアと竜に危険性がないことを人々に伝えて回った。
宿や酒場、食堂で、ラーシアと竜の姿を見つけた人々は、最初遠巻きに眺めていたが、その距離はあっという間に縮まった。
ある日、酒場のテーブルの上で眠っていた竜を、酔っ払いがご馳走だと勘違いし、リジーに噛みついたのだ。
リジーは噛まれている翼をちょっと持ち上げて、酔っ払いに金色の目を向けた。
酔っ払いは、笑いながら、リジーは猫だったのかーと今度は抱き上げ、頭を撫でまわした。
少しだけ席を外していたラーシアが戻ってきて、リジーが酔っ払いに抱かれているのを見ると、気にした様子もなく隣に腰を下ろした。
宿をとって戻ってきたデレクとヒューが同じテーブルに着くと、人々はなぜか酔っ払いの後ろに並んでいた。
リジーを抱っこする順番待ちの行列が出来たのだ。
その日、町の人々全員が竜を抱くという貴重な経験をした。
そこからは大変だった。リジーを見つけた人々が目を輝かせて近づいてくるようになった。
デレクとヒューは護衛であったから、見知らぬ人々が押しかけてくる状況をあまり良しとはしなかった。とはいえ、竜が脅威でないと見せることも大切だ。
ヒューはリジーに触りたい人々を行儀よく並ばせながら、なんでこんな仕事をしなければならないのかと文句を言った。
時々、リジーは人助けもした。高い木の上にあるものを取ってきたり、山道で荷物運びを手伝ったり、一度暴走した馬を助けたこともあった。
走ってきた暴れ馬を、鞍を掴んでもちあげたのだ。
ついに竜が馬を食べるのかと、馬を追いかけてきた人々は思ったが、リジーはラーシアの指示に従い馬を丁寧に運び、柵の中に片付けた。
工事現場で丸太運びを手伝ったこともあった。
「そろそろ国から給料をもらってもいいのではないか?」
ラーシアがリジーの活躍を眺めながらそんなことを漏らすと、デレクはもっともだと頷いた。ヒューは竜への恨みを忘れていなかった。
「この程度の人助けで、数百人殺された恨みは浄化されないだろう」
「確かにその通りだ」
ついつい竜に甘くなりがちなラーシアはヒューの言葉に感心した。
デレクはそれでもリジーを庇いたがった。
「その竜とリジーは違うだろう。リジーはまだ生まれて一歳だぞ!」
親の罪を子供が償うのは違うとデレクは主張するが、やはり同じ竜であり、人の感情はそう簡単におさまるものではない。
ラーシアは一生懸命ラーシアとリジーを庇うデレクに申し訳なさそうに微笑んだ。
「デレク、ありがとう。ヒューの言葉はいつも正しい。でも君の言葉には慰められる」
この国を救ったラーシアと呪いを消してくれるリジーに純粋に感謝するだけではどうしていけないのか。
デレクには納得いかないことが多すぎた。
確かにリジーを恐れ、ラーシアを卑しむように見る人々もいるのだ。
リジーが誘拐されかけたこともあった。
ラーシアは戻って来ないリジーを心配したりしなかった。
夜になればリジーはどこからともなく戻ってくる。
ロープで縛られていても、どこかに閉じ込められていてもあまり関係ないようだった。
飛んで逃げたリジーを追いかけてきた誘拐犯たちは、リジーを探していたデレクに見つかり、あっという間に拘束された。
ラーシアは無傷で戻ったリジーを見て、誘拐犯たちを無罪放免して欲しいとデレクに頼んだ。
ヒューはどっちでもいいだろうと言った。
デレクは不満そうな顔をしながら誘拐犯を逃がした。
その事件以降、リジーの護衛はあまり意味がないと二人は悟った。
眩く燃える地面の上をリジーが戻ってきた。
竜の石に反応し、赤く光っていた地面を全て燃やしてきたのだ。
ラーシアは竜の石を再び腰の物入れに戻した。
「焼けた村の跡地と、それから竜の爪、その辺りは今夜中に終わるかもしれないな」
ランタンを掲げ、ラーシアは預言書に入っていた地図を眺めた。
次は岩山の反対側にある竜の目だった。
「この山を越えるのが大変だな。迂回するには数日かかる」
ここは崖下であり、また山の上に戻り反対側に下りる必要がある。
「リジーに持ち上げてもらえばすぐだけどね」
ラーシアは崖の上を見上げた。
素晴らしく簡単な解決方法だったが、不思議と二人の男は喜ばなかった。
一人は、一歳の女の子に運ばれるのかと、鼻に皺をよせ、難解な問題集と向き合っているような顔をした。
一人は、落とされる可能性を考え、さっきのロープは保険で残しておくべきだったと悪態をついて地面を蹴り上げた。
微妙な沈黙は続いたが、いくら待っても反論は出なかった。
ラーシアは夜が明けるまえに崖の上に戻ろうと結論を出した。
何かあれば互いを支えられるようにいっぺんに行こうとラーシアは三人を腰ひもで繋いだ。
「おい。その小さいのが三人の大人をいっぺんに上に運ぶのか?!」
ヒューはさすがに黙っていられないと怒鳴ったが、デレクは難しい顔をしてヒューを黙らせた。
「ラーシアが出来るというなら出来るのだろう。それに、手を繋いでいれば一人だけ落ちることもない」
この男は正気なのかと、ヒューは目を剥いて睨んだが、ラーシアは良い考えだと冷静にデレクの言葉を評した。
果たして、リジーの足にロープが括り付けられ、その下にラーシア、デレク、ヒューの順番で繋がれた。
リジーが小さな羽をぱたぱたと動かし、ちょっと飛び上がると、三人の体は順番にゆっくり持ち上がった。
暗い闇に覆われた森を徐々に抜け、ついに木々が視界からなくなった。
完全に体は虚空に浮かび上がり、眼下には黒々とした森が陰に沈み、正面は夜の闇と星空が広がる。
ヒューは腰から九の字に吊り下げられたまま、首をねじって上を見た。
同じような姿勢でデレクがぶら下がり、生真面目に万が一に備えてヒューに繋がっているロープを握りしめている。
ヒューはうんざりと両手、両足の力を抜いて、正面の星空を眺めた。
もうなるようになれと思ったのだ。
三人の体はゆっくりと崖の上を目指して浮かんでいく。
リジーが一定の速さで飛んでくれているため、その振動はわずかしかない。
虚空に浮いているという感覚に少しだけ慣れてきて、ヒューはぼんやりと森の向こうの空を眺めていた。
その時、遠く離れた闇夜に何かが走った。
「赤い火が走っているぞ?」
ヒューの声に、上にぶら下がっているデレクとラーシアが視線を向けた。
その瞬間、ラーシアが鋭く叫んだ。
「リジー!追え!」
その意味を考える暇もなかった。リジーは矢のように闇を引き裂き、赤い星をめがけて飛び出した。
その下にぶら下がるラーシア、デレク、ヒューもまた夜空を風を切って引っ張られる。
「うわあああっ!」
一番下のヒューはつかまるロープもない。下から上にゆっくり浮かび上がっていた体が、今は鳥のように空中を横切って飛んでいる。
巨人につかみ上げられ、山に向かって投げつけられている最中のようだ。
「デレク!手はどうした!デレク!手を繋ぐんじゃなかったのかああああっ!」
夜空に謎の悲鳴が響き渡ったが、頼みのデレクはすっかり気を失っていた。
そのいくつかは実際に竜の呪いが残されている場所であり、そうした場所は立ち入り禁止区域に指定されている。
観光客は安全に見学できるように国が用意した展望台からそうした場所を見学することが出来る。
竜に焼かれた村や竜の爪痕もそうした観光地の一つだ。
そそり立つ崖の上に建てられた展望台から黒く焦げた地面や、三本の爪痕を見学する。
そんな切り立った崖からロープ一本で暗い森に降り立ったデレクは、頭上を見上げ、次に下りてきたラーシアを抱き留めた。
それから、まだ揺れるロープからヒューを抱き下ろそうと身構える。
「おいっ!俺を抱いて下ろそうとしたら殺すからな!」
ヒューが眼下に目を向け、ロープを絡めた足を止めた。
デレクは両手を大きく広げ、明らかに横抱きする気で待ち構えている。
ヒューの隣を小さな竜が羽ばたいている。
時々欠伸をしながら、ヒューの顔を微妙に仰ぎ、ヒューの集中力を阻害してくる。
「この小さいのをどけてくれ!」
ヒューはこの旅で苛々し通しだった。
気味の悪い女だけでなく、得体のしれない生き物まで増えた。
デレク一人でも扱いが面倒なのに、彼らを連れて安全に国内を回るなど、荷が重すぎる。
デレクの手を借りず、ヒューは自力で最後までロープをおりきった。
「もしもの時はリジーが受け止める。命綱のようなものだろう?」
小さな竜を嫌がるヒューをデレクがたしなめる。
「それにリジーが傷つく。まだ一歳の女の子だぞ?!」
ヒューの片方の眉がひきつった。
その一歳の女の子は、夜の闇の中で金色の目を光らせ、まるで噴き出す炉の炎のように暗闇を照らし、食料が不足するとどこからともなく血を滴らせた獣の肉を咥えて戻ってくる。
ヒューに言わせれば、凶悪な獣以外のなにものでもない。
ラーシアは何も言わない。
自身の特殊な能力についても、リジーの存在に対しても、誰かに理解してもらおうとはまるで思っていない態度を貫いている。
非難するものにはさせておき、気にしない者を取り立てて喜び受け入れるわけでもない。
誰に対しても変わらず、一定の距離を置いている。
ラーシアは地上に到着すると、腰の物入れを探り黒い石を取り出した。
地面に赤い光がちらちらと浮かび上がる。
「これが竜の呪いだ。この石はラルフが焼かれた村から拾ってきた。リジー、この地面で光る赤い光を全て焼き払ってくれ」
ラーシアが命じると、リジーは飛んでいき、地面に向かって炎を吐きだした。
それはあまりにも高温で赤というより光そのものに見える。
眩しすぎる灯りと熱で虫さえ寄ってこない。
夜でないとよく見えないからと、ラーシア達は立ち入り禁止の柵を乗り越え、ロープを伝ってこの崖下に日が暮れてから下りてきたのだ。
ヒューが崖の上を見上げる。真っ暗でもう何も見えない。
「ラルフはここに一人で出入りしていたのか?命知らずだな」
「シーアを取り戻すためだ。彼は手がかりを探していた」
ラーシアはラルフと旅した日々を懐かしむように語った。
ヒューはロープを引っ張り、火をつけた。
導火線のようにじわじわとロープが燃え始める。
他の観光客がロープを見つけておりてきたら大変だ。
あとは森の中を進むのだ。
地面が溶岩のように燃えている。
全てがどろどろに溶け、川のように地面を伝う。
「立ち入り禁止にしておいて正解だ。これに触れたら一瞬で溶けてしまう」
ラーシアは周囲に気を配りながら、リジーの仕事を見張っている。
「だいたいこの国は竜の呪いを受けるような何か悪いことでもしたのか?」
こんな面倒な仕事を残していくなど、許せないとヒューは口に出すが、デレクは複雑だ。リジーの父親を悪く言うようなことは出来ないし、ラーシアはその竜の子供を生んでいる。
「多くを得ようとすればどこかでつけを払うことになる。竜は欲張り過ぎたのだ」
ラーシアは竜のことについて多くを語らない。
デレクは頬に触れ、腰を抱き、愛していると囁きたい気持ちを必死に押し殺し、燃える地面の前に浮かび上がるラーシアの横顔を見つめている。
三人は王都を出発し、竜花の丘、竜の滝など、預言者が残した預言書を頼りに呪いを焼いて回り、もう仕事の半分を終えていた。
王国はラーシアと竜が国内に残された竜の呪いを浄化して回ることを、騎士達を使って人々に周知させた。騎士達は管轄する区域に張り紙をし、集会所などで説明し、ラーシアと竜に危険性がないことを人々に伝えて回った。
宿や酒場、食堂で、ラーシアと竜の姿を見つけた人々は、最初遠巻きに眺めていたが、その距離はあっという間に縮まった。
ある日、酒場のテーブルの上で眠っていた竜を、酔っ払いがご馳走だと勘違いし、リジーに噛みついたのだ。
リジーは噛まれている翼をちょっと持ち上げて、酔っ払いに金色の目を向けた。
酔っ払いは、笑いながら、リジーは猫だったのかーと今度は抱き上げ、頭を撫でまわした。
少しだけ席を外していたラーシアが戻ってきて、リジーが酔っ払いに抱かれているのを見ると、気にした様子もなく隣に腰を下ろした。
宿をとって戻ってきたデレクとヒューが同じテーブルに着くと、人々はなぜか酔っ払いの後ろに並んでいた。
リジーを抱っこする順番待ちの行列が出来たのだ。
その日、町の人々全員が竜を抱くという貴重な経験をした。
そこからは大変だった。リジーを見つけた人々が目を輝かせて近づいてくるようになった。
デレクとヒューは護衛であったから、見知らぬ人々が押しかけてくる状況をあまり良しとはしなかった。とはいえ、竜が脅威でないと見せることも大切だ。
ヒューはリジーに触りたい人々を行儀よく並ばせながら、なんでこんな仕事をしなければならないのかと文句を言った。
時々、リジーは人助けもした。高い木の上にあるものを取ってきたり、山道で荷物運びを手伝ったり、一度暴走した馬を助けたこともあった。
走ってきた暴れ馬を、鞍を掴んでもちあげたのだ。
ついに竜が馬を食べるのかと、馬を追いかけてきた人々は思ったが、リジーはラーシアの指示に従い馬を丁寧に運び、柵の中に片付けた。
工事現場で丸太運びを手伝ったこともあった。
「そろそろ国から給料をもらってもいいのではないか?」
ラーシアがリジーの活躍を眺めながらそんなことを漏らすと、デレクはもっともだと頷いた。ヒューは竜への恨みを忘れていなかった。
「この程度の人助けで、数百人殺された恨みは浄化されないだろう」
「確かにその通りだ」
ついつい竜に甘くなりがちなラーシアはヒューの言葉に感心した。
デレクはそれでもリジーを庇いたがった。
「その竜とリジーは違うだろう。リジーはまだ生まれて一歳だぞ!」
親の罪を子供が償うのは違うとデレクは主張するが、やはり同じ竜であり、人の感情はそう簡単におさまるものではない。
ラーシアは一生懸命ラーシアとリジーを庇うデレクに申し訳なさそうに微笑んだ。
「デレク、ありがとう。ヒューの言葉はいつも正しい。でも君の言葉には慰められる」
この国を救ったラーシアと呪いを消してくれるリジーに純粋に感謝するだけではどうしていけないのか。
デレクには納得いかないことが多すぎた。
確かにリジーを恐れ、ラーシアを卑しむように見る人々もいるのだ。
リジーが誘拐されかけたこともあった。
ラーシアは戻って来ないリジーを心配したりしなかった。
夜になればリジーはどこからともなく戻ってくる。
ロープで縛られていても、どこかに閉じ込められていてもあまり関係ないようだった。
飛んで逃げたリジーを追いかけてきた誘拐犯たちは、リジーを探していたデレクに見つかり、あっという間に拘束された。
ラーシアは無傷で戻ったリジーを見て、誘拐犯たちを無罪放免して欲しいとデレクに頼んだ。
ヒューはどっちでもいいだろうと言った。
デレクは不満そうな顔をしながら誘拐犯を逃がした。
その事件以降、リジーの護衛はあまり意味がないと二人は悟った。
眩く燃える地面の上をリジーが戻ってきた。
竜の石に反応し、赤く光っていた地面を全て燃やしてきたのだ。
ラーシアは竜の石を再び腰の物入れに戻した。
「焼けた村の跡地と、それから竜の爪、その辺りは今夜中に終わるかもしれないな」
ランタンを掲げ、ラーシアは預言書に入っていた地図を眺めた。
次は岩山の反対側にある竜の目だった。
「この山を越えるのが大変だな。迂回するには数日かかる」
ここは崖下であり、また山の上に戻り反対側に下りる必要がある。
「リジーに持ち上げてもらえばすぐだけどね」
ラーシアは崖の上を見上げた。
素晴らしく簡単な解決方法だったが、不思議と二人の男は喜ばなかった。
一人は、一歳の女の子に運ばれるのかと、鼻に皺をよせ、難解な問題集と向き合っているような顔をした。
一人は、落とされる可能性を考え、さっきのロープは保険で残しておくべきだったと悪態をついて地面を蹴り上げた。
微妙な沈黙は続いたが、いくら待っても反論は出なかった。
ラーシアは夜が明けるまえに崖の上に戻ろうと結論を出した。
何かあれば互いを支えられるようにいっぺんに行こうとラーシアは三人を腰ひもで繋いだ。
「おい。その小さいのが三人の大人をいっぺんに上に運ぶのか?!」
ヒューはさすがに黙っていられないと怒鳴ったが、デレクは難しい顔をしてヒューを黙らせた。
「ラーシアが出来るというなら出来るのだろう。それに、手を繋いでいれば一人だけ落ちることもない」
この男は正気なのかと、ヒューは目を剥いて睨んだが、ラーシアは良い考えだと冷静にデレクの言葉を評した。
果たして、リジーの足にロープが括り付けられ、その下にラーシア、デレク、ヒューの順番で繋がれた。
リジーが小さな羽をぱたぱたと動かし、ちょっと飛び上がると、三人の体は順番にゆっくり持ち上がった。
暗い闇に覆われた森を徐々に抜け、ついに木々が視界からなくなった。
完全に体は虚空に浮かび上がり、眼下には黒々とした森が陰に沈み、正面は夜の闇と星空が広がる。
ヒューは腰から九の字に吊り下げられたまま、首をねじって上を見た。
同じような姿勢でデレクがぶら下がり、生真面目に万が一に備えてヒューに繋がっているロープを握りしめている。
ヒューはうんざりと両手、両足の力を抜いて、正面の星空を眺めた。
もうなるようになれと思ったのだ。
三人の体はゆっくりと崖の上を目指して浮かんでいく。
リジーが一定の速さで飛んでくれているため、その振動はわずかしかない。
虚空に浮いているという感覚に少しだけ慣れてきて、ヒューはぼんやりと森の向こうの空を眺めていた。
その時、遠く離れた闇夜に何かが走った。
「赤い火が走っているぞ?」
ヒューの声に、上にぶら下がっているデレクとラーシアが視線を向けた。
その瞬間、ラーシアが鋭く叫んだ。
「リジー!追え!」
その意味を考える暇もなかった。リジーは矢のように闇を引き裂き、赤い星をめがけて飛び出した。
その下にぶら下がるラーシア、デレク、ヒューもまた夜空を風を切って引っ張られる。
「うわあああっ!」
一番下のヒューはつかまるロープもない。下から上にゆっくり浮かび上がっていた体が、今は鳥のように空中を横切って飛んでいる。
巨人につかみ上げられ、山に向かって投げつけられている最中のようだ。
「デレク!手はどうした!デレク!手を繋ぐんじゃなかったのかああああっ!」
夜空に謎の悲鳴が響き渡ったが、頼みのデレクはすっかり気を失っていた。
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