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第二章 竜の国の騎士
45.竜のお披露目
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小屋の前に火を焚き、デレクは岩に座り込んでいる。
その周りには数人の騎士達がいるが、なんと言葉をかけたらいいかわからない様子で顔を見合わせている。
それでも一人にしておくよりはましだ。
寄り添うだけでも力になることを男達は知っている。
ヒューはデレクに近づくと、他の騎士達に軽く頷き、二人にしてくれるように合図した。
デレクとヒューを残し、他の騎士達が小屋に戻る。
二人きりになるとヒューはデレクの隣に座った。
「デレク、辛いなら、もう二度とラーシアの姿を見なくてすむようにも出来る」
固く握った拳を膝の上に置き、うなだれていたデレクの体が強張った。
「ドルファ隊長と話をしていた。お前を先に王都に返し、俺達がラーシアを護衛して王城に行く。ラーシアはこの国に留まる気はないそうだ。用が済んだら南の島に帰ると言っていた。あの竜も一緒だ」
「竜のもとに戻るのではないのか?」
顔も上げずにデレクが問う。
「その後のことは知らない。里帰りするだけかもしれない」
ヒューの言葉にやりきれないため息をこぼし、デレクは静かに話し始めた。
「前に、預言者と話しをした。彼女は竜と仲良く暮らし、子供までいると言われた。預言者が嘘を言っているかもしれないし、もし本当だとしても、彼女が幸せであるならかまわないと思っていた。
それでも会いたいのかといわれ、俺は会いたいと答えた。
彼女と竜と子供が幸せに暮らしている姿を、指一本触れられず、見ているしかできなくてもいいのかと問われた。逃げる場所も帰る場所もない。ただ、触れられない彼女を見ているだけだと。
それでも一目でも会いたいと願ったが、それは、どんなことでもいいから、彼女の力になりたいと思ったからだ。召使の立場でも構わなかった。いらないと言われたらその場で自分を捨てることすら出来ると思った。
ところが、彼女は、何一つ俺を頼らなかった。
うまくいくかどうかわからないからと、作戦も打ち明けてもらえず、相談すらしてもらえなかった。こんなにも自分を情けなく思ったことはない。
国を救い、生贄を取り戻し、彼女は犠牲の全てを引き受けた。俺はそんな彼女の夫にまでなったのに、いつまでも蚊帳の外だ」
それはヒューの知らない情報だった。預言者とデレクが二人きりになったのは生贄の山に登った二年も前のことだ。
お前こそ大事な相棒に相談も報告も無かったじゃないかとヒューは皮肉めいた微笑を浮かべた。
その表情を隠すように、ヒューは石を拾い上げ、焚火の中に投げた。
からんと音がして、炎の中に消える。
「お前に出来ることなんてなかっただろう。竜の嫁になれるか?子供が産めるか?生贄を返還して欲しいと竜語で話すのか?
だいたいラーシアが、うまくいくか不安だとお前に泣いてすがるようなことをすると思うか?彼女はなんだったらお前より男らしいだろう」
もう一つ石を拾い上げ、ヒューはそれも炎に投げ込んだ。
石で遊びながら、ヒューは淡々と話す。
「それより今からだ。ラーシアはあの竜の子供を連れて国を回って呪いを解くと言っているが、竜に恨みを持つ者もいるだろう。あんな小さな竜はすぐ殺せてしまう。護衛が必要だ。さらに、竜の子供を産んだ女だぞ?
英雄と思う者ばかりではないだろう。思念を読める上に、人以外と交わって子供を成した。
おぞましく思う者もいる。
俺達が彼女を大切に扱う姿を見せなければ、人々もそのように接してこない。
お前はこの国の騎士だ。デレク、この国でなら、彼女のためにお前にも出来ることがある。
お前は蚊帳の外で、彼女はもう他の男の物だ。子供もいる。それでも、彼女が頼れるのはこの国ではお前だけだろう?彼女がこの国を去るまで力になってやればいい。
彼女がこの国にいる間だけ、騎士として守り抜け。その間に気持ちの整理をつけろ」
ヒューは立ち上がった。
「辛い気持ちはわかる。どうしても無理なら、完全に離れることだ。ドルファ隊長にお前を先に返すと告げてくる。そうすれば、他の男のものになった彼女を見なくて済む。いいな?」
返事を待たず、ヒューは小屋に向かって歩き出した。
階段に足をかけ、登り始めたところでヒューは足を止めた。
「ヒュー!」
デレクの声に振り返る。
「お前の言うとおりだ。俺はこの国の騎士だ。心から彼女を愛している。
彼女の護衛を任せてくれ。必ず指一本触れず守りきる。彼女の傍にいたい」
ヒューはデレクの真っすぐな目を見返した。
「ならばそんな辛気臭い顔をするな。周りを心配させるなよ」
デレクが目元を拭い、両手で頬を叩いて気合を入れる。
その様子を見て、ヒューは全く世話がやけるというように首を振りながら小屋の扉を開けた。
室内に入った途端、戻っていた騎士達がヒューを振り返る。
ヒューはドルファ隊長に視線を向けた。
「デレクがラーシアとあの竜の面倒をみるそうです。彼はあの二人を恐れない。勇敢な騎士として国の平和の象徴になってくれるはずです」
「そうか」
安堵の空気が流れる。
デレクが出来なければその役目は他の騎士が引き受けなければならない。
思念が読めるラーシアと竜を守る騎士を選ぶのは大変だ。
ヒューはふとテーブルに目をやり置かれていた書類を手に取った。
生贄になった少女たちの名前が、竜に捧げられた順に書かれている。
百歳を超える少女もいる。
当然家族は生き残ってはいないし、村に戻っても覚えている人もいないだろう。
生贄制度がなくなっても、厄介ごとは続くものだ。
しかし少女たちには時間がたっぷりある。
国と騎士達が彼女たちに償う時間もたっぷりあるはずだ。
「彼女たちを手分けして背負い、下山する」
ドルファの指示に、騎士達は速やかに従った。
第七騎士団が少女たちを背負って小屋を出立した。
残ったのはヒューとデレク、それから二階にいるラーシアと竜のリジーだった。
デレクが二階にあがり、扉をそっと開けた。
ラーシアはもう起きてリジーを抱いていた。
「デレク、そろそろ出立か?預言者がいないのが心配だな。書置きぐらいしていないものかな」
部屋に入らず、デレクは扉を支えて通路で待った。
ラーシアが部屋を出てくると扉を閉める。
ヒューが一階から二人を見上げている。
「日が暮れるまでに下の小屋に到着したい。急いでくれよ」
リジーを抱いてラーシアは階段を降り、ヒューに続いて小屋を出た。
デレクが最後に小屋の扉をしめた。
「ラーシア、良ければリジーは俺が抱こうか?眠っているのだろう?子供を抱いて山歩きは大変だ」
デレクの申し出にラーシアはリジーを差し出した。
「助かるよ」
デレクは腕に竜を抱いた。固い鱗に覆われたその体は、不思議な弾力があり、ほんわり温かい。
ヒューが先頭を歩き、後ろにラーシアが続く。それからリジーを抱いたデレクが二人を追いかけた。
三人は黙々と進み、夕暮れ前にふもとに一番近い小屋に到着した。
そこには第七騎士団だけでなく、第一騎士団まで待っていた。
ラーシアが姿を現すと、王の側近たちが集まってきた。
「竜の子を産んだと聞いた。見せてくれるか?」
王騎士のウィルバーが進み出る。
ラーシアは後ろを振り返り、デレクに頷いてみせた。
まだ竜を見ていない騎士達が集まってきて、ただただ驚いてその不思議な生き物に注目した。
しかもその小さな竜は騎士の腕に抱かれている。
「噛まないのか?」
誰かが素朴な疑問を口にした。
その時、リジーの目がぱっちり開き、金色の瞳が露わになった。
「おおっ」とどよめきが広がる。
しかし、またすぐに静かになった。
小さな竜はデレクの腕の中で欠伸をして、甘えるように鼻をデレクの腕に押し付けた。
一瞬見えた巨大な牙に、表情を凍り付かせた騎士達だったが、リジーの様子を見て少しだけ力を抜く。
「な、なついているのか?」
「ペットのような物言いはやめてください。ラーシアの娘です」
デレクは少しむっとして訂正した。
「どう呼んでくれても別に私は構わないよ。竜の子供であることは確かだしね」
穏やかにラーシアが言った。
リジーはしばらくの間、デレクの腕の中で甘えたような仕草をしていたが、突然三本指の足でデレクの腕をつかみ立ち上がると、翼を広げて飛びあがった。
また「おおおっ」というどよめきがあがる。
すぐに竜は舞い降りてきて、やはりデレクの腕に戻った。
「もっと近くで見てもいいか?」
その許可を自分が出していいのかと、デレクがラーシアを振り返る。
ラーシアは軽く頷いた。
騎士達が顔を寄せ、まじまじと竜の姿を見つめる。
そのうち、角を触り、鱗をなで、翼を持ち上げ、さらに足の指を動かし始めた。
されるがままのリジーは、時々くすぐったそうにデレクの腕の中で身をよじった。
「なんとも迫力のない竜だな……」
ひとしきり竜と触れ合った騎士達は感心したように腕組みをした。
「しかしこんな生き物は見たことがない。やはり竜だろうな。角もあるし牙もある。翼があり鱗で覆われている。伝承の通りだ」
実際の竜を見た者はいないのだ。
第一騎士団の指揮官ウィルバーはラーシアと竜を王城に連れていくと決めた。
「実は預言者が予言の書というものを残していかれた。竜の呪いを解くという者が現れたら渡して欲しいと王に頼んでいかれたのだ」
「そうだろうね……。本来は預言者がしてくれるはずだった。私を待ちきれず勝手に故郷に帰ったのだ」
ラーシアは何も残されていないよりは良かったと、笑ってみせた。
竜が脅威ではないと判明し、騎士達の動きは慌ただしくなった。
少女たちは名前と出身、生贄になった年などを確認し、生きている家族がいるかどうかすぐに調査が始まった。
村に帰りたい者は帰ることが出来るが、帰りたくない者、あるいは行く場所を失った者は王城で世話をすることになった。貴族の身分を得て、相応の教育を受ける。
二、三年以内に騎士の中から夫を選ぶことになる。
幸い少女たちは十六なのだ。時間は十分にある。
ラーシアが王城に到着すると、王が直々に預言者の残していった予言の書を持ってきた。
それに目を通したラーシアは、がっくりと肩を落とした。
それからしばらくの間、ラーシアは王城に滞在した。
その間に竜は王城で人気者になった。
王の膝で昼寝をし、大臣の肩に止まった。
夜会の席では金の止まり木で羽を休め、置物のふりをして場を盛り上げた。
ついには貴族令嬢たちが争って抱きしめる騒ぎになった。
リジーは全く怒らず、まるでボールのように受け渡され、誰の膝の上でもくつろいだ。
しかし帰る場所はラーシアとデレクのいる場所だった。
宴がお開きになると、それを察したかのように飛び立ち、ラーシアかデレクを探して王城を飛び回った。
バレア国の王城に竜がいると噂が広まり、他国からも国の要人が竜を見に訪れた。
一カ月かけ、竜のお披露目がだいたい終わると、ついにラーシアは竜の呪いを解くため旅に出ると宣言した。
護衛に選ばれたデレクは喜んだが、ヒューはやれやれと肩を落とした。
その周りには数人の騎士達がいるが、なんと言葉をかけたらいいかわからない様子で顔を見合わせている。
それでも一人にしておくよりはましだ。
寄り添うだけでも力になることを男達は知っている。
ヒューはデレクに近づくと、他の騎士達に軽く頷き、二人にしてくれるように合図した。
デレクとヒューを残し、他の騎士達が小屋に戻る。
二人きりになるとヒューはデレクの隣に座った。
「デレク、辛いなら、もう二度とラーシアの姿を見なくてすむようにも出来る」
固く握った拳を膝の上に置き、うなだれていたデレクの体が強張った。
「ドルファ隊長と話をしていた。お前を先に王都に返し、俺達がラーシアを護衛して王城に行く。ラーシアはこの国に留まる気はないそうだ。用が済んだら南の島に帰ると言っていた。あの竜も一緒だ」
「竜のもとに戻るのではないのか?」
顔も上げずにデレクが問う。
「その後のことは知らない。里帰りするだけかもしれない」
ヒューの言葉にやりきれないため息をこぼし、デレクは静かに話し始めた。
「前に、預言者と話しをした。彼女は竜と仲良く暮らし、子供までいると言われた。預言者が嘘を言っているかもしれないし、もし本当だとしても、彼女が幸せであるならかまわないと思っていた。
それでも会いたいのかといわれ、俺は会いたいと答えた。
彼女と竜と子供が幸せに暮らしている姿を、指一本触れられず、見ているしかできなくてもいいのかと問われた。逃げる場所も帰る場所もない。ただ、触れられない彼女を見ているだけだと。
それでも一目でも会いたいと願ったが、それは、どんなことでもいいから、彼女の力になりたいと思ったからだ。召使の立場でも構わなかった。いらないと言われたらその場で自分を捨てることすら出来ると思った。
ところが、彼女は、何一つ俺を頼らなかった。
うまくいくかどうかわからないからと、作戦も打ち明けてもらえず、相談すらしてもらえなかった。こんなにも自分を情けなく思ったことはない。
国を救い、生贄を取り戻し、彼女は犠牲の全てを引き受けた。俺はそんな彼女の夫にまでなったのに、いつまでも蚊帳の外だ」
それはヒューの知らない情報だった。預言者とデレクが二人きりになったのは生贄の山に登った二年も前のことだ。
お前こそ大事な相棒に相談も報告も無かったじゃないかとヒューは皮肉めいた微笑を浮かべた。
その表情を隠すように、ヒューは石を拾い上げ、焚火の中に投げた。
からんと音がして、炎の中に消える。
「お前に出来ることなんてなかっただろう。竜の嫁になれるか?子供が産めるか?生贄を返還して欲しいと竜語で話すのか?
だいたいラーシアが、うまくいくか不安だとお前に泣いてすがるようなことをすると思うか?彼女はなんだったらお前より男らしいだろう」
もう一つ石を拾い上げ、ヒューはそれも炎に投げ込んだ。
石で遊びながら、ヒューは淡々と話す。
「それより今からだ。ラーシアはあの竜の子供を連れて国を回って呪いを解くと言っているが、竜に恨みを持つ者もいるだろう。あんな小さな竜はすぐ殺せてしまう。護衛が必要だ。さらに、竜の子供を産んだ女だぞ?
英雄と思う者ばかりではないだろう。思念を読める上に、人以外と交わって子供を成した。
おぞましく思う者もいる。
俺達が彼女を大切に扱う姿を見せなければ、人々もそのように接してこない。
お前はこの国の騎士だ。デレク、この国でなら、彼女のためにお前にも出来ることがある。
お前は蚊帳の外で、彼女はもう他の男の物だ。子供もいる。それでも、彼女が頼れるのはこの国ではお前だけだろう?彼女がこの国を去るまで力になってやればいい。
彼女がこの国にいる間だけ、騎士として守り抜け。その間に気持ちの整理をつけろ」
ヒューは立ち上がった。
「辛い気持ちはわかる。どうしても無理なら、完全に離れることだ。ドルファ隊長にお前を先に返すと告げてくる。そうすれば、他の男のものになった彼女を見なくて済む。いいな?」
返事を待たず、ヒューは小屋に向かって歩き出した。
階段に足をかけ、登り始めたところでヒューは足を止めた。
「ヒュー!」
デレクの声に振り返る。
「お前の言うとおりだ。俺はこの国の騎士だ。心から彼女を愛している。
彼女の護衛を任せてくれ。必ず指一本触れず守りきる。彼女の傍にいたい」
ヒューはデレクの真っすぐな目を見返した。
「ならばそんな辛気臭い顔をするな。周りを心配させるなよ」
デレクが目元を拭い、両手で頬を叩いて気合を入れる。
その様子を見て、ヒューは全く世話がやけるというように首を振りながら小屋の扉を開けた。
室内に入った途端、戻っていた騎士達がヒューを振り返る。
ヒューはドルファ隊長に視線を向けた。
「デレクがラーシアとあの竜の面倒をみるそうです。彼はあの二人を恐れない。勇敢な騎士として国の平和の象徴になってくれるはずです」
「そうか」
安堵の空気が流れる。
デレクが出来なければその役目は他の騎士が引き受けなければならない。
思念が読めるラーシアと竜を守る騎士を選ぶのは大変だ。
ヒューはふとテーブルに目をやり置かれていた書類を手に取った。
生贄になった少女たちの名前が、竜に捧げられた順に書かれている。
百歳を超える少女もいる。
当然家族は生き残ってはいないし、村に戻っても覚えている人もいないだろう。
生贄制度がなくなっても、厄介ごとは続くものだ。
しかし少女たちには時間がたっぷりある。
国と騎士達が彼女たちに償う時間もたっぷりあるはずだ。
「彼女たちを手分けして背負い、下山する」
ドルファの指示に、騎士達は速やかに従った。
第七騎士団が少女たちを背負って小屋を出立した。
残ったのはヒューとデレク、それから二階にいるラーシアと竜のリジーだった。
デレクが二階にあがり、扉をそっと開けた。
ラーシアはもう起きてリジーを抱いていた。
「デレク、そろそろ出立か?預言者がいないのが心配だな。書置きぐらいしていないものかな」
部屋に入らず、デレクは扉を支えて通路で待った。
ラーシアが部屋を出てくると扉を閉める。
ヒューが一階から二人を見上げている。
「日が暮れるまでに下の小屋に到着したい。急いでくれよ」
リジーを抱いてラーシアは階段を降り、ヒューに続いて小屋を出た。
デレクが最後に小屋の扉をしめた。
「ラーシア、良ければリジーは俺が抱こうか?眠っているのだろう?子供を抱いて山歩きは大変だ」
デレクの申し出にラーシアはリジーを差し出した。
「助かるよ」
デレクは腕に竜を抱いた。固い鱗に覆われたその体は、不思議な弾力があり、ほんわり温かい。
ヒューが先頭を歩き、後ろにラーシアが続く。それからリジーを抱いたデレクが二人を追いかけた。
三人は黙々と進み、夕暮れ前にふもとに一番近い小屋に到着した。
そこには第七騎士団だけでなく、第一騎士団まで待っていた。
ラーシアが姿を現すと、王の側近たちが集まってきた。
「竜の子を産んだと聞いた。見せてくれるか?」
王騎士のウィルバーが進み出る。
ラーシアは後ろを振り返り、デレクに頷いてみせた。
まだ竜を見ていない騎士達が集まってきて、ただただ驚いてその不思議な生き物に注目した。
しかもその小さな竜は騎士の腕に抱かれている。
「噛まないのか?」
誰かが素朴な疑問を口にした。
その時、リジーの目がぱっちり開き、金色の瞳が露わになった。
「おおっ」とどよめきが広がる。
しかし、またすぐに静かになった。
小さな竜はデレクの腕の中で欠伸をして、甘えるように鼻をデレクの腕に押し付けた。
一瞬見えた巨大な牙に、表情を凍り付かせた騎士達だったが、リジーの様子を見て少しだけ力を抜く。
「な、なついているのか?」
「ペットのような物言いはやめてください。ラーシアの娘です」
デレクは少しむっとして訂正した。
「どう呼んでくれても別に私は構わないよ。竜の子供であることは確かだしね」
穏やかにラーシアが言った。
リジーはしばらくの間、デレクの腕の中で甘えたような仕草をしていたが、突然三本指の足でデレクの腕をつかみ立ち上がると、翼を広げて飛びあがった。
また「おおおっ」というどよめきがあがる。
すぐに竜は舞い降りてきて、やはりデレクの腕に戻った。
「もっと近くで見てもいいか?」
その許可を自分が出していいのかと、デレクがラーシアを振り返る。
ラーシアは軽く頷いた。
騎士達が顔を寄せ、まじまじと竜の姿を見つめる。
そのうち、角を触り、鱗をなで、翼を持ち上げ、さらに足の指を動かし始めた。
されるがままのリジーは、時々くすぐったそうにデレクの腕の中で身をよじった。
「なんとも迫力のない竜だな……」
ひとしきり竜と触れ合った騎士達は感心したように腕組みをした。
「しかしこんな生き物は見たことがない。やはり竜だろうな。角もあるし牙もある。翼があり鱗で覆われている。伝承の通りだ」
実際の竜を見た者はいないのだ。
第一騎士団の指揮官ウィルバーはラーシアと竜を王城に連れていくと決めた。
「実は預言者が予言の書というものを残していかれた。竜の呪いを解くという者が現れたら渡して欲しいと王に頼んでいかれたのだ」
「そうだろうね……。本来は預言者がしてくれるはずだった。私を待ちきれず勝手に故郷に帰ったのだ」
ラーシアは何も残されていないよりは良かったと、笑ってみせた。
竜が脅威ではないと判明し、騎士達の動きは慌ただしくなった。
少女たちは名前と出身、生贄になった年などを確認し、生きている家族がいるかどうかすぐに調査が始まった。
村に帰りたい者は帰ることが出来るが、帰りたくない者、あるいは行く場所を失った者は王城で世話をすることになった。貴族の身分を得て、相応の教育を受ける。
二、三年以内に騎士の中から夫を選ぶことになる。
幸い少女たちは十六なのだ。時間は十分にある。
ラーシアが王城に到着すると、王が直々に預言者の残していった予言の書を持ってきた。
それに目を通したラーシアは、がっくりと肩を落とした。
それからしばらくの間、ラーシアは王城に滞在した。
その間に竜は王城で人気者になった。
王の膝で昼寝をし、大臣の肩に止まった。
夜会の席では金の止まり木で羽を休め、置物のふりをして場を盛り上げた。
ついには貴族令嬢たちが争って抱きしめる騒ぎになった。
リジーは全く怒らず、まるでボールのように受け渡され、誰の膝の上でもくつろいだ。
しかし帰る場所はラーシアとデレクのいる場所だった。
宴がお開きになると、それを察したかのように飛び立ち、ラーシアかデレクを探して王城を飛び回った。
バレア国の王城に竜がいると噂が広まり、他国からも国の要人が竜を見に訪れた。
一カ月かけ、竜のお披露目がだいたい終わると、ついにラーシアは竜の呪いを解くため旅に出ると宣言した。
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