竜の国と騎士

丸井竹

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第二章 竜の国の騎士

44.妻を奪われた男と竜

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「彼女は祖国でもないこの国を守るために身を犠牲にして竜の子を産み、生贄を終わらせた。
さらに彼女は生贄になった少女たちの今後の面倒をみて欲しいと俺達に頼んだが、本来は俺達が守り助けなければならなかった命だ。
そんな英雄達を助けるために身を削った彼女に、この国からは何の補償もない。
彼女は異国からきた旅行者で、この国に家族がいるわけでもない。彼女には生贄になった者が手に出来る金銭的な見返りもなかった。
彼女こそ救国の英雄なのに、あんまりではないか!しかも、この国に残された竜の呪いを解いて回りたいとまで言っている。彼女はこの国の英雄だ!」

デレクの熱のこもった言葉と迫力に、騎士達は黙り込んだ。
リジーが眠そうに欠伸をし、それに気づいたデレクがラーシアに問いかけた。

「ラーシア、リジーは疲れたのではないか?寝床を用意してやるか?まだ一歳ぐらいだろう?」

ラーシアは感謝するようにデレクに微笑んだ。

「そうだな。二階の部屋を使っていいか?リジーは私と一緒じゃないと眠れない」

竜も母親と一緒じゃないと眠れないのかと、騎士達は驚き、少しだけ小さな竜を身近に感じた。
ラーシアがリジーを抱いて二階に上がっていく。
デレクは部屋の前まで送り、それから一階に戻ってきた。


 騎士達は何とも言えない顔で黙っている。
生贄の少女たちも暖炉の前に座り、これからどうなるのだろうかと不安そうに肩を寄せ合う。
ヒューが戻ってきたデレクを椅子に座らせた。

「デレク、お前も休んだらどうだ?」

ラーシアが見えなくなった途端、デレクの顔色は悪くなり、思いつめたような虚ろな目になっていた。
デレクは顔を両手で覆い、背中を丸めた。

「デレク……。生きて帰ってきたとはいえ、他の男の子供を産んで戻ってきたラーシアを迎えるのは辛かったな。しかもそれが竜の子ではな……。国のためとはいえ、辛い思いをしたのはラーシアだ。お前が彼女の前で泣くわけにはいかないな……」

ヒューの言葉に、第七騎士団の騎士達ははっとしたようにデレクの姿を見た。
デレクは騎士として、この国のために愛する女性を竜に捧げたのだ。
この国の騎士達の団結は強い。
仲間が苦しんでいればそれを支え合うのは当然だ。

竜の伝説と生贄の風習は、この国の価値観を多少歪ませたが、この国を守る者達の仲間意識は強く育てた。
竜と戦うとなれば、個人ではなく集団で戦う必要がある。
集団で生活し、常に力を合わせる訓練を積むのはそのためだ。

集団心理に左右されやすい彼らも、少しずつ小さな犠牲に寄りそうことを学んでいる。

デレクがふらりと立ち上がった。

「ラーシアにこんな気持ちを知られたくはない。外に出ている」

ラーシアは人の思念が読める。
扉に向かうデレクのために騎士達が道を空け、外に出るデレクの後ろを数名が追った。
ヒューはそれを見送り、偵察隊の責任者であるドルファに視線を向けた。

「すみません。今のラーシアの話を騎士団に報告をお願いします。私はラーシアと少し話をしてきます。小さいとはいえ、竜ですから。どの程度の危険があるのか知っておきたいと思います。兵器となるようでは困りますから。デレクの前ではそうしたことは聞けないと思うので」

冷静なヒューの言葉に、ドルファは「わかった」と表情を引き締め答えた。
ドルファは仲間達を振り返った。

「とりあえず、生贄から戻ってきた彼女たちの名前と出身地を確認してくれ」

それから少女たちに向き合った。

「あなた方のおかげで我が国は竜に焼かれることなく、平和な時を過ごすことが出来た。改めてお礼を言わせて欲しい」

ドルファは頭を下げる。

「もう二度とあなた方を我ら王国軍が見捨てるようなことはしない。この国の大切な民の一人、いやこの国を守った英雄として、私たちがあなた達を守ろう」

ドルファの言葉に他の騎士達も姿勢を正し、少女たちに頭を下げた。
暖炉の前に座っていた少女たちは顔を見合わせ、やっとほっとしたように互いに抱き合った。



 二階にあがったヒューは、ラーシアのいる部屋の扉を叩こうとして、躊躇った。
子供が眠っているなら起きてしまうかもしれない。

「入っていいよ」

ヒューの心を読んだかのように、部屋の中から声がした。
やはり気味が悪いと、ヒューはわずかに顔をしかめながら扉を開けた。
灯りを入れたランプを傍らに置き、ラーシアが寝台に横たわっている。
その腕の中には小さな竜がいる。

「やあ、ヒュー。一芝居打ってくれたみたいだね。ありがとう。デレクには悪いとは思っているんだ……」

第七騎士団の前で、竜に愛する妻を寝取られた悲劇の男としてデレクに同情的な言葉をかけたのはヒューの作戦だった。
騎士達は傷ついた仲間を支えようとするものだ。

「デレクを孤立させるわけにはいかない」

ヒューは一階にいる自分たちの思念さえも読めるラーシアをやはり気味悪そうに見て、そっけなく答える。

「わかっているよ、ヒュー」

「それで?どうする気だ?このまま生殺しか?」

デレクはラーシアの帰りを五年も待っていた。
竜に奪われた花嫁を一途に想い、五年も禁欲生活を送ってきたデレクの全身からはラーシアを抱きたい欲求が溢れている。
それを必死に隠そうとする態度まで、隠しきれていない。

長年傍にいるヒューからみたら、あまりにも痛々しい姿だ。
ラーシアは竜の羽を撫でながら、困ったように微笑んだ。

「そうだね……。ヒュー、私はいつか自分の島に帰る。君の反応は当然のものだ。預言者があんな箱に入っていたのは周囲の人々を安心させるためだ。頭の中を読まれてうれしい人はいないだろうからね。
思念を遮断して読まないこともできるが、周囲の人間がそれを信じられなければ同じことだ。
デレクは気にしない稀な人間だが、その後の事は助けられない。
彼と結婚し、子供が出来る。その子供に私の能力が受け継がれたら、それがまたその子供、さらに次の子供に受け継がれてしまったら。
どこかで迫害されないとも限らない。この能力はね、滅びた方がいい。
彼は普通の女性と結婚し、子供を持って普通に暮らすことが出来る。
その可能性を潰してしまってはもったいないと思う。
この国が好きだよ。ヒュー、君のことも、この国の人々も、私はとても気に入っている。自然もきれいだし、とても豊かな国だと思う。
ここで暮らす以上の幸せがあるだろうか。
竜の子も産んだ。私は人扱いされない方が似合っている。
デレクに、一緒にこの道を生きてくれとは言えない。
うまく、距離をとって別れるのが一番良いとわかっている」

「ラーシア、君の故郷では同じような能力を持った子供が生まれるのか?」

ラーシアに思念を読まれることを恐れるように、ヒューは扉を背にし、部屋に入ってから一歩も動いていなかった。

「そんなに頻繁なことじゃない。あの預言者ほど強い力はないし、小さな島は人がどんどん減っている。今では互いの顔も見えない距離に住んでいる。私たちは滅びに向かっている。
だから、少し外の世界を旅してみたかった。こんな風に、誰かと出会うなんて期待していなかった」

ラーシアはリジーの角に口づけをした。
母親が幼い子供にするようなごく自然な愛情表現に見えた。

「君は、デレクの気持ちをわかって、そのまま放っておく気なのか?」

「ヒュー、私は預言者と約束した仕事を終えたら島に帰る。彼は連れて行けない」

「竜の元へは帰らないのか?その子供は?」

「竜は呪いを解きたかっただけで、子供が欲しいわけじゃなかった。この子は私の子だ。だから私と一緒にいる。島に帰る時も一緒だ。人に危害を加えるようなことはさせない」

ヒューはラーシアの言葉を聞くと、重いため息を付いた。

「俺に期待するなよ」

協力する気はないぞと念を押し、ヒューは扉に手をかけた。

「ヒュー」

ラーシアが呼び止めた。

「ありがとう」

ラーシアの声を背中で聞き、ヒューは部屋を出た。
階段の下から数名の騎士がヒューの方を心配そうに見上げている。

「全く、これ以上の面倒事はごめんだ……」

ヒューは聞こえない声で悪態をつきながら、何の問題もないと安心させるように一階の仲間達に笑顔を向けた。

一階では第七騎士団の騎士達がさっそく仕事を進めていた。
少女たちに聞き取りを行い、今後の流れについて話し合いが行われている。
すでに上層部への報告を終えており、先ほどまでの緊迫した空気はだいぶ穏やかなものになった。

「デレクはまだ外ですか?」

第七騎士団分隊長のドルファにヒューは問いかけた。

「ああ。部下達が一緒だ。ヒュー、お前の言うとおりだ。彼はこの国の騎士であり、犠牲を払った。彼女がデレクの恋人であり、生贄になる直前に騎士団の前で結婚の宣誓をしたことも聞いている。
今のラーシアと一緒にいることは彼にとって辛いことではないのか?彼を一足先に王都に戻すべきかと考えているが」

一緒にいることが辛いなら引き離してやる方がいい。確かにそうかもしれないが、辛くても離れるよりはましだと思うかもしれない。
どの程度の覚悟があるかによる。

ヒューはドルファに一歩近づき、声をひそめた。

「彼の気持ちはともかく、あの竜を恐れることもなくあんな風に扱えるのは彼しかいないでしょう。
小さくても竜です。村を一つ滅ぼされ、生贄を要求されてきた。恐怖を覚える者もいるでしょうし、憎しみを抱いている者もいるかもしれない。
騎士があの竜と仲良くしている姿を国民に見せることができれば、人々はもう竜は敵ではないのだと安心するかもしれません。
生贄は終わったと王国からのお触れがあったにもかかわらず、竜の雲が現れて、あの嵐です。
人々は恐怖を感じたはずですし、今も不安に思っているはずです。
あの黒雲はなんだったのか、また生贄を求められているのではないかと。
ラーシアが連れているあれは、人に危害を加えない竜だそうです。彼が騎士の隊服を着て、あの小さな竜と仲良く出来るのであれば、この国は竜を手懐けたのだと国民に印象付けることが出来る。
幸い、用が済めば彼女と竜はこの国を去ります。
そう長い間ではない。彼には苦しみに慣れてもらう必要がある。そんな気がしています」

淡々としたヒューの言葉に、ドルファはデレクへの同情心を切り捨て、国の利益を考える立場に頭を切り替えた。

「なるほど……。あの竜は国が安全になったと宣伝する材料になるのか」

「呪いを解いて国内を回るのであれば騎士の護衛は必要です。騎士と竜が共にある姿は平和の象徴となる」

百年以上前に数百人を殺した竜は悪の象徴だ。
出来れば報復し、仇を討つべきなのだろうが、それは不可能だ。
生贄の返還と呪いの解放、それから竜の子供を従えること。

王国の勝ち取ったものを国中に宣伝出来る。

「わかった。だが彼は……」

「デレクのことなら私が支えます」

ヒューの言葉にドルファは安堵したように表情を緩めた。

「そうか、よろしく頼む」

ドルファに安心させるように軽く笑むと、ヒューは小屋の外に出た。

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