竜の国と騎士

丸井竹

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第二章 竜の国の騎士

43.竜の真相

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 翼をはばたかせ、舞い降りた竜の姿に驚いたのはヒューだけではなかった。
台所の水桶に顔を突っ込み、水遊びをしているリジーの姿に、少女たちは硬直し、ヒューは剣の柄から手を離せないでいた。

デレクがヒューの前に飛び出し、彼女はリジーでラーシアの娘だと説明すると、ヒューは一瞬、気を失いかけた。

「ラーシアの娘?竜だぞ?!」

初めて見る竜の姿に、ヒューは敵なのか味方なのかもわからず、ただただ警戒心を募らせるばかりだ。
ラーシアはその様子を満足そうに眺め、リジーを呼んで腕に抱いた。

「竜に見えるだろう?立派な角もあるし、牙もある。鱗もぴかぴかだ。重い物も運べる。
リジーにこの子たちを運ばせるのは簡単なんだが、騎士達が驚いて矢で射抜いてしまっては困るからね。まずはこの子を知ってもらうことかな」

突然戻ってきたラーシアの姿にもヒューは驚いていた。
何事もなかったかのように若い姿で現れ、以前のように落ち着き払っている。

「とにかく説明が先だ。もうすぐここに第七騎士団がやってくる。その竜を隠した方がいいんじゃないか?」

「竜じゃない!リジーだ!こんなに小さいのに恐れることはないだろう」

先ほど燃やされかけたことも忘れ、デレクが怒る。少女たちは震えあがって固まっている。

「とりあえず、何か食べられないかな?」

ラーシアの言葉にデレクがすぐに立ち上がり、台所に急ぐ。
リジーがまだ水桶の上にいた。

「リジー、ちょっとどいてくれ。ここで食事を作る」

金色の目をぱちぱちさせると、リジーは飛び上がり、今度は暖炉傍の椅子に座った。

「ありがとう、リジー。ちゃんと言うことを聞いてくれるなんていい子じゃないか」

デレクがにこにこと棚から粉類や乾燥した豆を取り出して台に並べていく。

「ちなみにリジーは何を食べる?やっぱり肉しか食べないのか?」

餌は俺達じゃないのか?とヒューは表情を強張らせたが、すぐにデレクの手伝いをしようと台所に向かう。

「全く、俺はお前の方が怖いよ。なんでそんなに簡単にこの状況に順応できるのか」

ぶつぶつ言いながら、裏口から水を汲みに出る。
ラーシアは少女たちに暖炉の前の椅子を勧めた。

「さあここに座って、体を温めて待っていよう。彼らはあなた方に尽くすのが仕事なのだから」

少女たちは緊張しながらも、ラーシアの傍に集まり、火の傍に座り込んだ。
体が温まってくると、彼らは互いに顔を合わせ、同じ服装であることを確かめた。
同じ生贄だったとはいえ、十年に一度一人ずつ捧げられた少女たちが一堂に会することは不可能だ。
互いの顔も名前も知らないのに、同じ境遇であることだけはなんとなく理解できる。
なぜこんな事態になっているのか、少女たちもさっぱりわかっていなかった。

不安な時間の中、豆を煮込んだスープが出来上がり、椀に盛られて回ってきた。
少女たちがそれを受け取り、食べる間に、今度は裏のかまどでパンが焼け、かごに入れられ運ばれてくる。
ラーシアがそれをヒューから受け取り、にっこりと微笑んだ。

「さすがだね。野営に慣れている騎士達は料理の腕も良い。さらに、腕があがったんじゃないか?」

「お前が消えて何年経ったと思っている」

ヒューの仏頂面に、ラーシアは愉快そうに笑い、「ありがとう」とお礼を言った。
パンのかごを少女たちに回すと、少女たちが口々に美味しいと感嘆の声をあげた。
ヒューは少しだけ得意げに胸を張った。

デレクはリジーの前に携帯食の干し肉をぶら下げていた。

「リジー、肉はこれだけなんだ。どうだろう?食べられないかな?」

翼に鼻先を突っ込み、翼の手入れをしていたリジーは顔をあげ、首をひねっている。

「リジーの食事は気にしなくていいよ。本来は自分で狩りをする。でも勝手に私の傍を離れないように教えているからね。狩りに飛んで行った先で、魔獣と間違えられて殺されてしまっては困る」

「ということは、生の肉じゃないとだめなのか?」

デレクは心配そうだ。
ラーシアは明るく笑った。

「竜はもともとそれほど食べなくても生きられる。強い種族なんだ」

「そうか」と、デレクは少しだけうなだれた。
ラーシアはデレクの手をそっと取った。
びくりとデレクがその手を引くべきか迷い、体を少し後ろにずらした。
リジーの前で、男女の関係になるわけにはいかない。

「ありがとう。いろいろ考えてくれて。でもデレク、あれから五年だ。本当に待っていたのか?」

「まだ五年だ。ラルフは十年以上も待っていた」

その時、一人の少女が立ちあがり、椀を置いて近づいてきた。

「い、今、ラルフって……」

シーアだった。
ラルフが十年も探し続けていた少女はここにいる。
だけど、会いたいと思うかどうかはわからない。
アンリに体を奪われ、ラルフにそれを知られないために生贄になった少女だ。

「ラーシア、そろそろ皆に説明してくれ。彼女たちも不安が募るばかりだ」

リジーを警戒しながらも、ヒューがラーシアに歩み寄る。
ラーシアがちらりと小屋の扉に目を向けた。

外から男達の声が聞こえてきた。
ラーシアがリジーに隠れているように命じると、リジーは台所の陰に逃げ込んだ。
デレクが走って行き、扉を開けた。
山頂の様子を見るため登ってきていた第七騎士団の偵察部隊がようやく第二の小屋に到着したのだ。

「デレク、山頂には行ったのか?」

小屋の扉を叩こうとしていたドルファは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな口調で顔を出したデレクに問いかける。
デレクの大きな体が邪魔をして、ドルファの位置から室内の様子は見えなかった。
他の隊員たちは、背中から下ろした重い荷物を胸の前に抱え、早く荷解きをしようと命令を待っている。

デレクはどう説明したらいいのかと迷うように唇を舐めた。
その後ろからラーシアが伸びあがって顔をのぞかせた。

今上がってきたばかりの騎士達は大きな荷物を一斉に地面に取り落とした。
がくんと口を開け、それから、急いで剣に手を伸ばす。

竜の化身か、魔物だと判断したのだ。
物騒な気配を察知して、デレクが前に出る。

「ラーシアが戻ってきました。それと、これまで竜に奪われた人質も全員無事です。
しかも彼らは生贄の日に竜にさらわれてから年を取っていません。
彼らは時の無い場所に囚われ、そこでの記憶すらないのです」

急いで事情を説明したが、一気に飲み込める内容ではない。
目を白黒させている隊員たちに、ラーシアが話しかける。

「竜が人質を解放することを条件に、私は竜の子供を産むことを了承した。五年かかったが、ようやく子供を産んだ。竜は私達を解放した。さて、これからやらなければならないことがある。私には王国側に味方が必要だ。話を聞いてもらおう」

 こわごわと小屋に入った第七騎士団の騎士達は、生贄になったはずの少女達の姿にさらに驚いた。
彼らは十年に一度捧げられた少女たちであり、つまり百年以上も前に生まれた少女の姿までも、実際に目にすることになったのだ。最初の生贄は百四十年前の時代を知る少女だ。

彼らはシーアの姿にも腰を抜かした。
シーアを生贄の山に連れてきたのは第七騎士団だった。
青ざめ、震えている少女を山頂の岩に縛り付けた記憶が蘇る。

シーアは怯えたように他の少女たちと肩を寄せ合っている。
彼女たちにとって、騎士は自分を殺そうとした人達なのだ。

騎士達と少女の間にラーシアが立った。
状況が全く飲み込めていない一同を前に語りだす。

「そもそも、竜自体が呪いであったことが原因だ。竜は子孫を残さなければ死ねない呪いを受けていた。しかし竜は同族で子供を作るのは難しい。
それ故、人の国に飛んできて少し脅せばいいと考えた。村を一つ焼き、交渉相手を探した。
それが南の島からこの国に、動植物の研究に来ていた預言者だった。
預言者はかなり強い思念を読む力を持っていた。
竜は自分の子供を産めそうな若くて健康な少女が欲しいと思念で伝えてきた。
どのような手段で選んでいたのかはわからないが、預言者に竜はどこの誰が良いと伝え、預言者がそれを王に伝えた。
竜は彼女たちに自分の子供を産ませるつもりだった。ところが、彼女たちは竜と意思疎通がとれなかった。しかも恐れるばかりで話にならない。
十年経っても変化がなく、竜は新しい花嫁候補を預言者に要求した。
それが十三回繰り返された。竜は苛立っていた。生贄は吟味された若く健康な少女だ。しかし生贄の入れ替わりが行われた時、竜はそれに気づかなかった。
所詮、誰でも良かったからだ。選んでいるわりには適当で、またもや子孫を残すことに失敗した竜は、それを預言者に指摘されて激怒した。
そして、もし自分の子供を産める生贄を寄越すことが出来るなら、それで終わりにしてやると言ってきた。
つまり、生贄を選ぶ権利をこちらに投げてきたわけだ。預言者は私が南の島から来ることに気が付いた。
預言者の持つ能力と同じ、思念を読む力が少しだけある。
何も知らずにこの国に遊びに来た私を預言者は注意深く見守り、時期が来るのを待っていた。
私も竜に会いたかったし、生贄に関しては少し思うところもあり、預言者の提案を受け入れた。恐らく預言者はそのタイミングを待っていたんだ。預言者は思念を読む力の他に多少の予知能力も備わっていた。
竜に言葉はない。思念だけで話をする。とにかく子供を産んでもらえばいいと言うので、そこに生贄解放の条件を付けてなんとか産んできた。
あとは預言者との約束で、この国に散らばった竜の呪いを消す方法を教えてもらってきた。
竜の呪いは、新しく生まれた命が解くことができる。つまり私が産んだ竜の子供が呪いを消す。
これから私はこの国に散らばった竜の呪いを解きにまわらないといけない。
それから、これは当然のことだと思って欲しいが、生贄にされた少女たちがこれから幸福に暮らせるように力を貸して欲しい。
彼女たちは時を止められ、大切な家族に会えない者もいる。この国が面倒をみてやってくれないだろうか?」

話し終えたラーシアは騎士達の反応を待つ。
呆然と話を聞いていた騎士達はしばらくの間、何も言えず、互いに目を合わせることすら出来なかった。
やがて、一人の騎士が発言した。

「竜は一体どこにいる」

「それを今更知ってどうなる?死を前にした竜がそれを教えるとでも?」

「竜の子を産んだというのは本当か?」

デレクとヒューが目を合わせ、生贄たちは口を閉ざした。

「その前に約束してもらう。私の娘、リジーを殺さないと」

リジーという名前に騎士達は眉をひそめたが、黙って頷く。

「リジー、来い」

ラーシアが呼ぶと、台所の裏側から小さな竜が飛び出した。

「うわっ!」

初めて見る竜の姿に、騎士達の何人かが飛び上がり、剣に手をかけた。
冷静さを失わなかった騎士達が、剣を抜きそうになった仲間達の腕を押さえる。

リジーはラーシアの腕に抱かれ、猫のように丸くなった。

「これが二度と生贄を求めない約束と引き換えに、私が産んだリジーだ」

竜と交わったということかと、何人かの騎士はぞっとしたように顔を歪め、目を逸らした。
我慢ならないと、デレクが前に出た。


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