竜の国と騎士

丸井竹

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第二章 竜の国の騎士

41.二人一組

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 今年、生贄の山の門を守るのは第七騎士団だった。
引継ぎを終えたばかりでこんな事態が起き、緊迫した一夜を過ごした。

黒雲に気づいた見張りが急いで警鐘を鳴らし、第七騎士団は手分けをして近隣の集落に避難を呼び掛けに走った。
さらに王国全土の騎士団要塞にも連絡を入れた。
黒雲が空を覆いつくすまで監視を続け、竜の姿が現れる前に全員が要塞内に避難した。

通信が切れると、要塞内では万が一に備えて竜と戦う準備まで始めていた。
しかし嵐は一晩で去り、岩が崩れたり、要塞が焼かれるようなことはなかった。

 朝になり、要塞の門から地上を見おろしていた第七騎士団のエリックは、門に迫ってくる馬影を見つけ、急いで地上に降りた。

疾走してきた馬は門で止まり、昨日下山したばかりのデレクが駆けてきた。

「エリック様!何があったのです!」

生贄の山に登れるのは年に一度と決まっているが、今回ばかりは特例だろうとエリックは考えた。

「デレク、偵察隊を行かせたばかりだ。お前はこの山に慣れているからすぐに追いつくだろう」

デレクは、エリックの許可を得るとあっという間に山に向かって走り去る。
それを登り口から見送ったエリックは、もう一人騎士が来たと呼ばれ、驚いて門に引き返した。

それはデレクを追ってきたヒューだった。
呼吸を整える間もなく、ヒューは身振り手振りでデレクを追いかけてきたとエリックに訴える。
エリックは一応問いかけた。

「デレクを追ってきたのか。もう山に入ったぞ。数名が既に山頂を目指している。どうする?行くか?」

既に疲れ切った顔を上げ、ヒューは遥か先にある山頂を見上げた。
待つと言いかけて、一人で先走るデレクの背中が思い浮かんだ。

俺は子守じゃないぞと苛立ちを覗かせながらも、ヒューは相棒を放っておけない気持ちを優先した。

「行きます……」

ヒューのいるところから、山頂を目指す一団が蟻のように見えていた。



 坂道だとは思えない勢いで、デレクはあっという間に第七騎士団の隊員たちに追いついた。

「第四騎士団、デレクです!」

後方から走ってきたデレクに、大荷物の隊員たちは苦笑した。

「昨日も会ったな。二日連続で登りにくることになるとはな。まぁお前が山を下りたのが昨日で良かった。竜に見つかれば食べられていたかもしれないぞ」

竜の訪れがある時は必ず預言者がそれを事前に知らせてくれていた。
それ故、生贄の日も、山頂から避難するタイミングを間違うことはなかった。
しかし昨夜の嵐は預言者からの知らせもなく、突然訪れた。

雲の様子からして、竜がこの国に訪れたことは間違いない。

偵察部隊の責任者、第七騎士団ドルファは、足を止めずに、朝までに確認できたことをデレクに説明した。

「各騎士団要塞からの連絡では被害は今のところ出ていない。竜の滝や竜花の丘、竜の爪などの竜の痕跡を監視する場所からも、異常はみられないと報告が入っている。
各騎士団が小さな集落までも被害状況の確認に走っている頃だろう。
王城からは、山頂の様子を確認するようにと指示があった」

「被害はないとなれば、生贄を求めたわけではないということですね……」

「まぁ、竜の意図はわからないが、竜の脅威は去ったという預言者様の言葉を信じたいな」

 一年に一度しか山に入る者はいないというのに、道はところどころ歩きやすいように手を加えられていた。
デレクがこれから何十回も通うだろうと、通ってくるたびに道を整えているからだ。
大きな岩が取り除かれ、滑りやすくなっている場所を迂回するためのロープが張られ、最短で山頂を目指せる道に杭を打ち、目印が出来ている。

ドルファは、これはデレクの後ろを歩いた方が早いと判断し、先頭を譲った。
まるで岩ウサギのようにデレクは迷いない足取りで、あっという間に山を上がっていく。

「年に一度しか来ないのに、この山の主みたいだな」

隊員の誰かが口にすると、小さな笑いと同意の声があがった。

「何が起きたかわからないが、悪い事じゃなければいいな……」

デレクの背中はぐんぐんと遠ざかる。
隊員たちは励まし合い、デレクに追いつこうと歩調を速めた。




 山登りには悪くない季節だった。
風はそれほど冷たくなく、昨日の嵐は嘘のように静まり返っている。

夕方になり、予定より早く最初の小屋に到着した第七騎士団は、夕食の準備を始めていた。
そこに息を切らせて追いついたヒューは、篝火の傍に座り込み、手を伸ばした。

無言のヒューに、心得て隊員の一人が水筒を手渡す。
それを口にあて水を喉に流し込んだヒューは、やっと一息ついて口を開いた。

「だ、第四騎士団……ヒューだ。デレクは?まだ先に行ったのか?」

「ああ。慣れた道だからさらに登ると言っていた。大丈夫か?まぁ食っていけ」

ヒューは防寒具と寝具だけ小屋から借りると、干し肉をかじり、さらに山を登ろうとした。それを第七騎士団の隊員たちが呼び止め、携帯食を詰めた袋を押し付けた。

「俺達は二人一組が基本だが、生きていないと意味はないぞ」

「ああ。俺はそのつもりだが、あいつがそこまで考えて動いてくれているのかわからない。無鉄砲なやつを相棒に持つと命がいくつあっても足りないよ」

ヒューはそう言いながら、灯りを掲げ山道を登り始める。
すでに空は暗くなってきている。ヒューは灯り石を置きながら進んだ。
夜になれば赤くひかり、歩いた道筋が一目でわかる。

ヒューは困った相棒のことを考えた。

デレクと組んでからもう六年以上が経つ。
異国の女に惚れたと言い出し、とにかく見てわかるほど浮かれていた。
ちょっと意地悪な気持ちもあり、試しに会わせろと言ってみたら、即座に了承した。
寝取られることなど露にも思っていない様子で、デレクはうれしそうにヒューにラーシアを紹介した。

ラーシアは不思議な印象だった。
誰とも違う空気をまとっていた。
吟遊詩人として人の中心にいたとしても、ラーシアは孤高の雰囲気を崩したりしない。

良い女だと思ったが、少し怖くもあった。
何もかも見通しているような落ち着いた雰囲気に、気さくな語り口調。
男のようであり、妖艶な美女にも見えた。

デレクはラーシアに夢中で、自分の忠告など聞かないだろうとわかっていた。
仕事に支障が出なければ構わないと手を出すのをやめた。
騎士団に入り、最初に組まされた相棒は仕事では頼もしく、訓練でも腕はいい。
うまく転がせば出世の手助けになると思っていた。

デレクもラーシアのために出世する必要がある。
時々、あまりにも真っすぐなデレクに苛立ちを覚えた。
世の中はそんなにきれいには生きられない。
情に流されてもいいことはない。
頭で考えた方が負けるときがある。

騎士は決まりの中で生きる。
はみ出しそうなデレクの手綱をひっぱり、上手く制御できていると思っていた。

出世に利用できるし、いざとなったら切り捨てるのも簡単だ。

ラーシアが人の思念が読めると知った時、ぞくりと背中に恐ろしいものが走った。
皆、汚い心を隠して表向きは、きれいな顔をして生きている。
自分の利益や保身を考え、それをおくびにも出さず、信頼し合うふりをする。

ラーシアにはどう見られていたのか。
デレクは裏表のない人間だ。二股をかけようとしたり、約束も出来ないのに愛を欲しがったり、卑怯なところも全部駄々洩れだ。
国の駒に徹しきれずに、大事なところでも感情が表に出てしまう。

ラーシアがもし戻ってきたら、それは面倒なことになる。
思念が読める人間を歓迎したい者は少ないだろう。

でもデレクは喜ぶだろう。あの真っすぐな男はきっと何のためらいもなく、ラーシアを欲しいと口にする。
あの男が生贄になるラーシアを手放したのは、ラーシアがそれを望んだからだ。
頭にくるほど、真っすぐで愛情深い、単純な男だ。

ヒューは息を切らせ、足を止めた。
岩を掴み続けた手袋は指先部分が裂けて、指に血が滲んでいる。

「デレク!聞こえるか!デレク!」

上に向かって叫びながら、ヒューは再び足を動かし始めた。


 日が落ち、辺りはすっかり暗くなった。
だいぶ先を歩いていたデレクは、夜の闇を震わせる小さな声に気が付いた。
先に進みたい気持ちを押さえつけ、後ろを振り返る。
最初の小屋の方から点々と赤い光が続いている。

誰かが追いかけてきているのだ。

デレクは、灯りを岩場に置いて、両手を輪にして口にあて、下に向かって叫んだ。

「ここだ!ここにいるぞ!」

しばらく待っていると、砂利に足を滑らせながら、山を上がってくる足音と、苦しそうな息遣いが聞こえてきた。
デレクは灯りを掲げた。

「第四のデレクだ!どうした?」

掲げた灯りの下に、見慣れた顔が浮かび上がる。

「どうしただと?上官からいわれているだろう。騎士は行動するときは必ず二人で一組だ」

「ヒュー!」

デレクは岩場を滑り下りた。

「ついてきたのか?!門でまっていればいいだろう」

「それを今、ひたすら後悔しているよ。全く、一人で行って竜に喰われたら誰が報告出来る?目撃者が必要だろうが」

デレクの腕に支えられ、ヒューはやっと岩の上に腰を下ろした。

「はぁ……しかも通信具を持っていないのか」

「ヒュー、お前は気づいていないかもしれないが、俺は休暇中だ」

ランタンの明かりの中で、真顔でそれを言ったデレクをヒューは殴りつけたくなった。

「今は緊急事態だぞ!昨日あんなことがあって、今日は休日ですと休んでいる騎士がこの国に一人でもいると思うか!お前だけだ!そんなことを言い出すのは!」

息を切らせて登ってきたのに、さらに怒鳴り声をあげたヒューは、さすがに呼吸困難に陥り、空気を必死に吸い込んだ。

「大丈夫か?!」

デレクが水筒を押し付け、ヒューの背中をさする。
水を飲みながら、ヒューは無言でデレクを睨んだ。

「時々……お前を殺したくなるよ……」

「まぁ、わからなくもない」

ぽろりと本音をもらしたヒューに、デレクはあっさり答えた。
ヒューは驚き、それから嫌そうな顔をした。

汚いところも、ずるいところも、人の欠点までもまるごと受け止めて傍にいようとするのは、ラーシアにそっくりだ。

ヒューはやっと気が付いた。

「似た者同士だな……」

「何が?誰が?」

デレクは不思議そうに問い返す。
ヒューは水筒をデレクに返した。

「いや。いい。それより登るんだろう?第二の小屋まであとどのぐらいだ?」

「まだ半分あるな。歩けるか?」

ヒューはランタンの明かりに浮かび上がる石がごろごろした斜面をちらりと見回し、立ち上がった。

「こんなところで寝られるわけがないだろう」

デレクが先頭を歩き、その後ろをヒューが続く。
少し進むたびに、ヒューは灯り石を近くの岩の上に置く。

ここで何かあって動けなくなれば、助けに来てもらう必要がある。
騎士が一人消えればおおごとだ。
捜索隊も出さなければならないし、事故原因の調査もある。

人に迷惑をかけないように考えて行動しなければ余計な仕事を生む。
ヒューはデレクの背中を見上げ、こいつはそんなことを考えたことがあるのだろうかと、頭の痛くなる疑問を心の中で呟いた。

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