竜の国と騎士

丸井竹

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第二章 竜の国の騎士

38.預言者の引退

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 第四騎士団の要塞にあるデレクの部屋で、ヒューは寝台に溢れかえる女性物の服や下着、小物類を呆れたように眺めていた。

「年々荷物が増えていないか?雨ざらしになり捨てられるだけだというのに」

「いつ取りにくるかわからないだろう」

鞄を広げ、デレクは丁寧に品物を詰めていく。

「取りに来ないだろう……。生贄はなくなったのに竜がここに立ち寄る理由もない」

花の形の飴や砂糖菓子などを布にくるみ、デレクはそれを壊れないように鞄の真ん中に置いた。
それから透ける下着をとりあげ、丁寧に膝の上で畳む。

どういう心境でそんなものを用意するのだろうかとヒューは首をひねる。
色っぽい下着ではあるが、それはデレクを楽しませるものではない。

「下着とか……そういうのは竜が嫌がるだろう。なんというか、妻の下着を他の男に買われたくはない気がする」

「お、俺だって夫だ」

デレクは透ける下着を抱きしめた。ヒューはとっくにラーシアは死んでいると思っているが、デレクの心に寄り添えば、竜とラーシアが仲良く暮らしていることを前提として話さなければならない。

「いやぁ……夫ではないだろう……。教会で式をあげたわけでもないし。まぁ、でもそんな贈り物も三年目だ。
悪いことが起きていないということは、竜も怒ってはいないということなのだろう」

これが一体何年続くのだろうかと、ヒューはため息をつく。
その時、扉が鳴り、副官のレイクが入ってきた。

「デレク、良かった。まだ休暇前だな。仕事になったぞ」

「え?!だめです。生贄の山に行くための休暇です。生贄の山の担当騎士団にも連絡をいれました。仕事なら他の隊員に回してください」

デレクが即座に断るが、レイクが違う、違うと手を振った。

「生贄の山に行く仕事だ。預言者様が引退を前にあの山に登り、犠牲者を弔いたいそうだ」

「引退?!」

ヒューとデレクが異口同音に叫んだ。
竜と対話できる預言者がこの国から消えてしまう。
デレクは深刻な顔つきになった。

預言者の護衛を頼みたいと聞くと、ヒューはデレクの肩を軽く叩いた。

「良い機会だな」

竜と対話できる預言者には聞きたいことが山ほどある。
ラーシアが竜と最後にどんな対話をしたのか。
生きている可能性があるのかどうか。
竜がどこにいるのか、生贄はどこに連れていかれるのか。
生きて戻れる可能性があるのかないのか。

質問したいことはたくさんあるが、質問する勇気があるのかと問われるとそれはまた別の問題だ。
しかし行き先は同じ生贄の山であり、仕事を断る理由はなかった。
デレクは預言者の護衛を引き受けた。


 三日後、預言者を乗せた黒い馬車は王都を出発した。
周囲を第四騎士団が囲む。

思念が読める預言者のことを露骨に気味悪がるものはいなかったが、黒い箱は完全に思念を遮断すると聞くと、隊員たちは少しだけほっとした顔をした。

黙々と生贄の山を目指した一行は、今年の持ち回りである第七騎士団と門の前で顔を合わせた。

「デレク、また大荷物だろう?」

生贄の山にデレクが大量の女性用品を持ち込むことを、生贄の山を監視する騎士団の全員が知っている。
引継ぎの時に必ずその話が出るからだ。

「今年の新作の香水は持ってきたのか?」

「流行のものはおさえています」

デレクはさらりと答えた。それを聞いていたヒューは額を押さえる。
完全に他の騎士達の笑い物ではないかと思ったのだが、デレクは気にしている様子もなく、第七騎士団の騎士達も普通に、女性に喜ばれる贈り物についてデレクと楽しく会話を交わしている。

形ばかりの手続きを終え門が開くと、所属の異なる騎士達は互いに手を振り合い、軽く別れを告げた。

しばらくは馬車も通れる広い道が続く。
第四騎士団は黒い箱のような預言者の馬車を囲み、生贄の山に入った。

緩やかな斜面をしばらく進むと、ついに馬車の通れる道がぶっつりと切れた。
預言者を乗せた黒い馬車は止まり、ついにその扉が開かれた。

年老いた預言者が中から現れ、慎重に馬車を下りて来ると、デレクがすぐに駆け寄り預言者のために作られた輿に誘導した。

「どうぞこちらにおかけください」

長い金色の髪の間から、預言者はちらりとデレクの姿を確認し、無言でうなずく。
騎士達が輿を担ぎあげ、山を登り始める。
日が暮れてくると、ようやく一つ目の小屋が現れた。

さっそく野営の準備に入る。
小屋には預言者を泊め、騎士達は外のテントで休む。

預言者を小屋まで案内したデレクは、急いで室内を整える。
薪を運び、食事の支度を始めると、預言者がずいぶんと離れた椅子に座っていることに気が付いた。

皮張りの椅子を暖炉の傍に置き、デレクは預言者に話しかけた。

「よろしければ、こちらに座りませんか?温まります」

躊躇いがちに預言者は立ち上がり、暖炉の前に座ると、ほっと息を吐いた。
料理を終え、食卓に皿を並べると、デレクはまた預言者に近づいた。

「お食事の用意が出来ました」

デレクが手を差し出すと、預言者は少し驚いたようにその手を見た。
怪訝な目でデレクを見上げながら、その手を借りて椅子から立ち上がる。

食卓に誘導され、椅子に座ると、預言者の前に二つのグラスが並んだ。
一方は水でもう一方は酒だった。

「お好みがわからなかったので」

淡々と給仕をするデレクに、預言者はじっと視線を向けた。

「お前は、私が恐ろしくはないのか?」

台所の片づけを始めようとしていたデレクは驚いたように預言者と目を合わせた。
すぐに預言者の方が視線を逸らした。
両手の指を絡ませ、険しい表情で下を向く。

「それは……思念が読めるからですか?」

預言者は黙り込んでいる。デレクは躊躇いがちに話し始めた。

「恐ろしくはないです。そういう方なのだと思うだけです。
ご存じだと思いますが、最後の生贄は私の恋人でした。思念が読めると言われても、何が変わったわけでもありません。彼女は人に寄り添える優しく、強い人で、私の最愛の人です。思念が読めても読めなくても、彼女への想いは変わらない。
あなたのことも、恐ろしくはないです」

ちらりと預言者は目を上げた。

「お前は、私に聞きたいことがあるはずだ。多くの疑問を抱えている。なぜ質問しない?恐れているのだろう?彼女が戻らないと言われてしまうことを。彼女が生きているのか死んでいるのか、知ってしまうことを」

あっさりデレクはその通りですと答えた。

「話さなくてもわかって頂けて有難く思います。
今話した通りです。生きていても、死んでいても、私の想いは変わらない。だから、彼女のことを知ることが良い事なのかわからないのです」

「竜と楽しくやっている。お前のことなどとうに忘れている」

そっけない口調で預言者は明かした。
デレクは一瞬、驚いたような顔になったが、ぐっと何かを飲み込んだ。
目を伏せ、それから考え込むように黙ると、拳を握った。

預言者は目の前に用意された食事に目を向け、フォークを手に取って食べ始めた。
グラスの水を喉に流しこみ、柔らかく煮た野菜を口に入れる。
デレクが立ち上がり、水差しの水をグラスに足した。

食卓を見回し、デレクは台所に引き返すと片づけを始めた。
預言者は黙って食事を終えると、暖炉の前の椅子に戻った。

「預言者様、二階が寝室になります。用意は出来ていますが、移動されますか?」

片づけを終えたデレクが後ろに立つ。

「良い。自分で出来る。もう出て行け」

暖炉に目を向けている預言者に一礼すると、デレクは小屋を出ていった。

預言者は一人になると、長い間、暖炉の炎を見つめていた。
それから憂鬱そうな長いため息をつくと、ゆっくり二階の寝室に上がっていった。



――


 預言者の世話を終え、小屋から出てきたデレクをヒューが待っていた。

「食事の準備は出来ているぞ。世話は終わったのか?交代しなくて大丈夫か?」

「ああ。もう世話はいらないと言われた」

デレクと交代で預言者の世話に入ることになっていたヒューは、胸をなでおろした。

「じゃあ朝の迎えでいいな。黒いローブを着ていたか?」

「いや……」

口数の少ないデレクに、ヒューは怪訝な目を向けた。

「心を読まれて何かショックなことを言われたのだろう」

デレクは苦笑してヒューを振り返った。

「変にするどいな」

「その言葉、ラーシアにも言われたことがあるな」

あまりうれしくもなさそうに、ヒューは言った。

「あの預言者がこの国を竜の脅威から守ったのは確かだが、性格まではわからん。
ラーシアのことは不気味に思ったが、まぁ別に慣れてしまえばどうということもなかったな。
時々、思念が読めるなんて嘘じゃないかと思ったぐらいだ」

ラーシアが思念が読めると知った途端、気味が悪いと言い出したヒューの言葉とは思えず、デレクはヒューを真顔で見返す。

「嘘か……そうかもな……」

預言者に明かされた「ラーシアは竜と仲良くやっている」という言葉がデレクの胸に棘のように刺さっている。
仲良くやっているなら生きているということだ。喜ばしいことだが、ラーシアに愛されたいデレクは竜と仲睦まじく暮らすラーシアの姿を想像するだけで辛い。預言者だからといって真実だけを口にするわけではないだろう。嘘かもしれないし、本当かもしれない。

「いや、思念を読む力は本当だったとは思うぞ。なにせ竜と対話が出来たのだから」

預言者とデレクのやり取りを知らないヒューは、デレクがラーシアの能力を疑ったのだと思い言葉を返した。

「あまり心配する必要はないさ。デレク、もうお前がどんな変人でも、俺は気にしないことにした。山頂に行って好きなだけ女物のドレスを並べて来い」

元気のないデレクを見ると、なんだか調子が狂う気がして、ヒューは柄にもなくデレクを励ました。

「そのうち山頂にラーシアの彫刻でも建て始めそうだな」

岩で出来た彫刻なら腐らないし、一年風雨にさらされても問題ない。
その彫刻を背負って山頂に登るデレクを想像し、ヒューはぞっとした。
バランスを崩せば火口に真っ逆さまだ。

「それは良いな!」

デレクの返事に、うんざりしながらヒューはデレクの肩を抱いた。

「さあ、まずは食事にしようぜ」

食事中の仲間達が、デレクとヒューに気づき喜んで席を空けた。
デレクが火の傍に座ると、すぐに食事を入れた椀が回ってくる。

「ほら、スプーン」

仲間からスプーンが差し出され、デレクはそれを受け取ると、温かな煮込みを食べ始めた。
陽気な仲間達の話し声に耳を澄ませながら、デレクは、ラーシアが仲間達の前で歌った夜のことを静かに思い出した。


 翌日、第四騎士団は、預言者を輿に乗せて第二の小屋まで山を登った。
その日も小屋に泊まる預言者の世話をしたのはデレクだった。

ヒューが「代わるか?」と声をかけてきたが、デレクは「大丈夫だ」と答えた。
一日目と同じようにデレクが食事を用意すると、預言者は帰れとだけ告げた。

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