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第一章 竜の国
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高い山に囲まれた高原の町、ユロが見えてくると、沿道はさらに人で埋まり、安全な行軍が困難になった。
人々は最後の生贄であるラーシアと、ついに竜と戦うことになった騎士達に声援を送りにきているのだ。
そんな人々ばかりではないと警戒にあたってきた騎士達も、民衆の声に鼓舞され、竜との戦いに向けて順調に士気をあげていた。
一人の生贄を見殺しにしてきたこの国は、ついに犠牲に向き合う覚悟を決めたのだ。
ユロを見おろす斜面の上、ラーシアはさらに馬上で立ちあがり、拳を振り上げて叫んだ。
「十三人の罪なき少女の命が奪われた。だけど、国はその十三人の命を忘れない。騎士達はこの国のたった一つの命でさえ見捨てたくはなかった。時はきた。信じてまっていてくれ!必ず私たちは竜に打ち勝つ!今年が最後の生贄の年だ!」
その声は集まったすべての人々に聞こえるものではなかった。
それなのに、ラーシアが叫び終えると、騎士達の列の向こうで群衆が歓声をあげ、同じように拳をふりあげた。
デレクはラーシアの足を支え、その勇姿を見上げた。
誰が言いだしたかはわからないが、『竜の戦士ラーシア』という呼び名はまさに、ラーシアにぴったりだった。
騎士達に約束した通り、ラーシアは生贄ではなく英雄としての姿を民衆の目に焼き付けている。
ラーシアはデレクの腕の中に戻り、馬にまたがるとデレクを振り返った。
「恐怖はあるよ。でも、戦いたい心の方が強い。騎士達と同じだ。デレク、これは大切なことだ。今度の生贄は貧しい農村の娘じゃない。今度の生贄は騎士の恋人だ。そうだろう?」
その言葉は騎士になったデレクには何よりも重かった。
貧しい地方の村に犠牲を押し付けてきた。騎士や貴族、王族から生贄が選ばれたことはなかったのだ。
だけど、今年の生贄は騎士の恋人で、民衆は国も血を流すと知る。
ラーシアを抱きしめ、デレクは黙って込み上げるものに耐えた。
ユロの町を一度通り過ぎ、騎士達と共にラーシアも野営することになった。
茂みも森もなく、降るような星空だけが上空にある。
比較的なだらかな斜面に毛皮を敷いて座り込み、火を眺めていたデレクとラーシアのもとに、ヒューがやってきた。
ラーシアの前に大きな包みを突き付ける。
「以前泊ったユロの宿に行って、預かってもらっていた物を取ってきた。全くこれを宿に置いて消えるなど信じられないな。商売道具だろう?」
出てきたのはリュートだった。
ラーシアは自分が吟遊詩人であることをたった今思い出したかのように笑った。
「そうだったな。危険な山道を行くし、夜露や朝露に濡れては大変だから置いていったんだ。一応楽器だしね」
ラーシアはリュートを奏で始めた。
それはこの国では知らぬ者はいない有名な曲だった。
竜の年のお祭りの曲だ。
騎士達が耳を澄ませ、小さく歌を口ずさむ。
それが終わると、突然誰も知らないような曲を奏で始めた。
しかし、不思議なことにそこにいる騎士達の誰かは知っていた。
それは知る人ぞ知る、地方で語り継がれる物語のような曲だった。
騎士達の中には何十年も故郷に帰っていない者もいる。
受け継がれる子守歌や、郷土に根付いた歌は、楽譜もなく、耳からでしか学べない。
地元以外で聞くなら、吟遊詩人に覚えてもらい、国中を回ってもらわなければならない。
そんな小さな歌が次から次へとラーシアの指で奏でられていく。
野営地のいたるところで、鼻をすすり、涙をこらえる声が聞こえた。
誰のために騎士になったのか、誰のために戦おうと決意したのか。
郷愁を誘うその小さな曲の数々は、騎士達に熱い思いを抱かせた。
長い時間をかけて、ラーシアは一部の騎士にしかわからない地方の曲を奏で続け、最後に生贄の歌を奏でた。
曲が止まった瞬間、周囲から拍手が沸き起こり、それは波のように広がった。
ラーシアは気取ってお辞儀をすると、突然陽気な曲を奏で始めた。
歓声があがり、野営地のあちこちで騎士達が踊り始めた。
それは王都の酒場でよくラーシアが奏でていた舞踊曲だった。
ラーシアは演奏しながら立ちあがり、テントを縫って歩き始める。
さらに歌も歌い始めた。
今度は有名な曲ばかりで、多くの騎士達が一緒に声をあげて歌った。
千人を超える騎士達の大合唱は、星空の下で力強く響き渡り、これから竜と戦うかもしれない彼らの士気を一気に高めた。
デレクとヒューは自分のたちのテントを離れず、騎士達の間を練り歩き、歌うラーシアの姿を目で追っていた。
「さらって逃げようなんて考えるなよ」
ヒューが念を押す。
「出来るわけがないだろう。この熱気を見ろ、今すぐ竜に襲われても俺達は勝利を疑うことなく戦えるぞ」
ラーシアの姿を追いかけるデレクの心は痛みに耐えている。
生贄はまさに英雄だ。しかも今年の生贄は騎士達の士気を高め、希望をもたらす。
次の十年目に竜の先触れという仕事は存在しない。
「もし、ラーシアが失敗したら、俺達の出番だ。俺には竜に対して報復の機会があるということだ。それは、今まで生贄を出してきた遺族たちからしたら羨ましく思うことかもしれないな。俺には剣もあり、鍛えてきた腕もある」
泣き寝入りするしかなかった遺族たちを想い、デレクは語った。
「今のところ、ラーシアが失敗するとは思えないけどな」
盛り上がる騎士達の様子を遠目に見ながら、ヒューは背中を斜面に倒し、上空を見上げた。
「生贄の山の火口は竜の巣で、その中で竜は眠ると言い伝えられている。
その火口に石を投げ込めば一瞬で溶けるときくが。そんな熱でも溶けない竜の体はどう燃やせばいいのだろうな。というか、剣で貫けるのか?」
「預言者様には何か策があるのだろう。あるいは、そうだな、俺達も何か考えてみるか」
デレクと目を合わせ、ヒューは頭を使ってみようと顔をしかめた。
互いにあまり頭を使うタイプではないことを知っているデレクとヒューは、にらめっこをしているような顔になり、思わず吹き出して笑い出した。
「ははははは」
「お前、なんだ、その顔はっ!ハハハ」
「お前の方こそ!ぷっ……」
体のでかい男達が笑い合っているところにラーシアが戻ってきた。
「盛り上がっているじゃないか。何の話をしていた?」
リュートを傍らに置いて、デレクの横に座ったラーシアに、二人は目を合わせ、それからまた笑って答えた。
「頭を使う話だよ」
聞いた途端、今度はラーシアが笑い出した。
「ハハハっ」
笑っていた二人の男は憤慨した。
「俺達だって頭を使う時はある」
「そこで笑うなんて失礼だぞ!」
三人が笑い出す。
生贄を捧げる旅だというのに、その夜は遅くまで勇敢な男達の笑い声がきこえていた。
ユロに続く高原の道を通り抜けたところで、デレクとラーシアは森に沈むガレンの町に二人だけで立ち寄った。
町は第十騎士団により封鎖されていたが、生贄が入れ替わった話は公になり、封鎖はとっくに解除されていた。
平和に暮らし始めたアンリとイシャリは、息子と共にデレクとラーシアを迎え出た。
明るい笑顔のラーシアを前に、アンリとイシャリは少し戸惑った顔になった。
「生贄になられると聞きました……」
竜の戦士ラーシアの噂はガレンの町にも届いていた。
ただ、生贄の入れ替わりの真相についてはかなり捏造されていた。
それも全て国の方針なのだろうとアンリとイシャリは考えた。
「そうなんだ。念願かなってね」
悲愴さの欠片もない明るい声で、ラーシアは答え、二人に笑いかけた。
「もう堂々と幸せになれるね」
アンリとイシャリは目を合わせ微笑むと、ラーシアに力強くうなずいた。
二人に向かい、デレクが頭を下げた。
「長い間苦労をかけたのは、この国の責任でもある。君たちの十年の戦いは無駄にしない」
「敵を騙すなら味方からという言葉がある。つまり、そういうことだったのですよね?」
アンリの言葉にデレクは頷いた。
「預言者様はご存じだった。様子を見る必要があったのだ」
「ら、ラルフは……彼の十年は報われるのでしょうか?」
生き残った生贄であるイシャリを守ってきたアンリは、今度こそ幸せになる。
しかし十年、恋人を探し続けてきたラルフはどうなるのか。
ラーシアがラルフの面倒をみると約束したのだ。
しかしラーシアは生贄になり、デレクと一緒にいる。
小さな村の中で、ラルフとアンリは友人同士だった。生贄の話さえなければ、その関係は大人になっても続いていたはずだ。
「ラルフは大丈夫。この国を出てシーアの母親の所へ行った。彼はこれからちゃんと幸せになるよ」
ラーシアが明るく請け負った。
アンリとイシャリは、少しほっとしたように微笑んだ。
ガレンの町を後にし、ラーシアとデレクは再び第四騎士団の隊列に加わった。
ついに最後の分岐路に到着した。
一方は華やかな王城のある王都へ続く道。もう一方は竜の訪れる生贄の山に向かう道だ。
預言者をのせた黒い馬車は王都に向かう。
第一から第三騎士団までは、ここで別れることになる。
そのほかの騎士団は生贄の山に向かう。
山頂に向かうのは第四騎士団だけだ。
第一騎士団のウィルバーが第四騎士団のルシアンを呼び止めた。
「預言者様の言葉は逐一伝える。何かあれば俺達も駆けつける。それから、生贄の日を前にふもとに野営地を設営する。国境の守りもあり、全ての騎士団をここに集結させるわけにはいかないが、生贄の日には多くの騎士達が集まることになる。呪いを受けるため、全員が要塞とその天幕内でその時が終わるのを待つ。
ラーシアが失敗したら、知らせが来る。その時俺達は外に出て、呪いを受ける覚悟で戦う。恐らく、山頂まで行く第四騎士団が一番危険な目に合うだろう」
ラーシアが竜との対話に失敗すれば、その時は騎士達の出番なのだ。
「最後まで戦う覚悟はできています」
生贄の山は、わずかな草木が育つばかりの岩だらけの山だ。
騎士が避難できる小屋はたった三か所しかなく、竜と戦うには不利な立地だ。
第四騎士団が囮となり、竜をひきつけることができれば、地上戦に持ち込めるかもしれない。
地上でも竜と戦うための準備が必要だ。
互いに役目を果たそうと、ウィルバーとルシアンは固く手を握り合った。
その日、ついに生贄の山に通じる巨大な門が開かれた。
地上から見れば、山を覆い隠すほどの巨大な要塞で、高い城壁が山の入り口を囲んでいる。
一般の人々が生贄の山に入らないように担当騎士団が見張っている。
そこを通過し、ラーシアを連れた第四騎士団はついに生贄の山をのぼりはじめた。
人々は最後の生贄であるラーシアと、ついに竜と戦うことになった騎士達に声援を送りにきているのだ。
そんな人々ばかりではないと警戒にあたってきた騎士達も、民衆の声に鼓舞され、竜との戦いに向けて順調に士気をあげていた。
一人の生贄を見殺しにしてきたこの国は、ついに犠牲に向き合う覚悟を決めたのだ。
ユロを見おろす斜面の上、ラーシアはさらに馬上で立ちあがり、拳を振り上げて叫んだ。
「十三人の罪なき少女の命が奪われた。だけど、国はその十三人の命を忘れない。騎士達はこの国のたった一つの命でさえ見捨てたくはなかった。時はきた。信じてまっていてくれ!必ず私たちは竜に打ち勝つ!今年が最後の生贄の年だ!」
その声は集まったすべての人々に聞こえるものではなかった。
それなのに、ラーシアが叫び終えると、騎士達の列の向こうで群衆が歓声をあげ、同じように拳をふりあげた。
デレクはラーシアの足を支え、その勇姿を見上げた。
誰が言いだしたかはわからないが、『竜の戦士ラーシア』という呼び名はまさに、ラーシアにぴったりだった。
騎士達に約束した通り、ラーシアは生贄ではなく英雄としての姿を民衆の目に焼き付けている。
ラーシアはデレクの腕の中に戻り、馬にまたがるとデレクを振り返った。
「恐怖はあるよ。でも、戦いたい心の方が強い。騎士達と同じだ。デレク、これは大切なことだ。今度の生贄は貧しい農村の娘じゃない。今度の生贄は騎士の恋人だ。そうだろう?」
その言葉は騎士になったデレクには何よりも重かった。
貧しい地方の村に犠牲を押し付けてきた。騎士や貴族、王族から生贄が選ばれたことはなかったのだ。
だけど、今年の生贄は騎士の恋人で、民衆は国も血を流すと知る。
ラーシアを抱きしめ、デレクは黙って込み上げるものに耐えた。
ユロの町を一度通り過ぎ、騎士達と共にラーシアも野営することになった。
茂みも森もなく、降るような星空だけが上空にある。
比較的なだらかな斜面に毛皮を敷いて座り込み、火を眺めていたデレクとラーシアのもとに、ヒューがやってきた。
ラーシアの前に大きな包みを突き付ける。
「以前泊ったユロの宿に行って、預かってもらっていた物を取ってきた。全くこれを宿に置いて消えるなど信じられないな。商売道具だろう?」
出てきたのはリュートだった。
ラーシアは自分が吟遊詩人であることをたった今思い出したかのように笑った。
「そうだったな。危険な山道を行くし、夜露や朝露に濡れては大変だから置いていったんだ。一応楽器だしね」
ラーシアはリュートを奏で始めた。
それはこの国では知らぬ者はいない有名な曲だった。
竜の年のお祭りの曲だ。
騎士達が耳を澄ませ、小さく歌を口ずさむ。
それが終わると、突然誰も知らないような曲を奏で始めた。
しかし、不思議なことにそこにいる騎士達の誰かは知っていた。
それは知る人ぞ知る、地方で語り継がれる物語のような曲だった。
騎士達の中には何十年も故郷に帰っていない者もいる。
受け継がれる子守歌や、郷土に根付いた歌は、楽譜もなく、耳からでしか学べない。
地元以外で聞くなら、吟遊詩人に覚えてもらい、国中を回ってもらわなければならない。
そんな小さな歌が次から次へとラーシアの指で奏でられていく。
野営地のいたるところで、鼻をすすり、涙をこらえる声が聞こえた。
誰のために騎士になったのか、誰のために戦おうと決意したのか。
郷愁を誘うその小さな曲の数々は、騎士達に熱い思いを抱かせた。
長い時間をかけて、ラーシアは一部の騎士にしかわからない地方の曲を奏で続け、最後に生贄の歌を奏でた。
曲が止まった瞬間、周囲から拍手が沸き起こり、それは波のように広がった。
ラーシアは気取ってお辞儀をすると、突然陽気な曲を奏で始めた。
歓声があがり、野営地のあちこちで騎士達が踊り始めた。
それは王都の酒場でよくラーシアが奏でていた舞踊曲だった。
ラーシアは演奏しながら立ちあがり、テントを縫って歩き始める。
さらに歌も歌い始めた。
今度は有名な曲ばかりで、多くの騎士達が一緒に声をあげて歌った。
千人を超える騎士達の大合唱は、星空の下で力強く響き渡り、これから竜と戦うかもしれない彼らの士気を一気に高めた。
デレクとヒューは自分のたちのテントを離れず、騎士達の間を練り歩き、歌うラーシアの姿を目で追っていた。
「さらって逃げようなんて考えるなよ」
ヒューが念を押す。
「出来るわけがないだろう。この熱気を見ろ、今すぐ竜に襲われても俺達は勝利を疑うことなく戦えるぞ」
ラーシアの姿を追いかけるデレクの心は痛みに耐えている。
生贄はまさに英雄だ。しかも今年の生贄は騎士達の士気を高め、希望をもたらす。
次の十年目に竜の先触れという仕事は存在しない。
「もし、ラーシアが失敗したら、俺達の出番だ。俺には竜に対して報復の機会があるということだ。それは、今まで生贄を出してきた遺族たちからしたら羨ましく思うことかもしれないな。俺には剣もあり、鍛えてきた腕もある」
泣き寝入りするしかなかった遺族たちを想い、デレクは語った。
「今のところ、ラーシアが失敗するとは思えないけどな」
盛り上がる騎士達の様子を遠目に見ながら、ヒューは背中を斜面に倒し、上空を見上げた。
「生贄の山の火口は竜の巣で、その中で竜は眠ると言い伝えられている。
その火口に石を投げ込めば一瞬で溶けるときくが。そんな熱でも溶けない竜の体はどう燃やせばいいのだろうな。というか、剣で貫けるのか?」
「預言者様には何か策があるのだろう。あるいは、そうだな、俺達も何か考えてみるか」
デレクと目を合わせ、ヒューは頭を使ってみようと顔をしかめた。
互いにあまり頭を使うタイプではないことを知っているデレクとヒューは、にらめっこをしているような顔になり、思わず吹き出して笑い出した。
「ははははは」
「お前、なんだ、その顔はっ!ハハハ」
「お前の方こそ!ぷっ……」
体のでかい男達が笑い合っているところにラーシアが戻ってきた。
「盛り上がっているじゃないか。何の話をしていた?」
リュートを傍らに置いて、デレクの横に座ったラーシアに、二人は目を合わせ、それからまた笑って答えた。
「頭を使う話だよ」
聞いた途端、今度はラーシアが笑い出した。
「ハハハっ」
笑っていた二人の男は憤慨した。
「俺達だって頭を使う時はある」
「そこで笑うなんて失礼だぞ!」
三人が笑い出す。
生贄を捧げる旅だというのに、その夜は遅くまで勇敢な男達の笑い声がきこえていた。
ユロに続く高原の道を通り抜けたところで、デレクとラーシアは森に沈むガレンの町に二人だけで立ち寄った。
町は第十騎士団により封鎖されていたが、生贄が入れ替わった話は公になり、封鎖はとっくに解除されていた。
平和に暮らし始めたアンリとイシャリは、息子と共にデレクとラーシアを迎え出た。
明るい笑顔のラーシアを前に、アンリとイシャリは少し戸惑った顔になった。
「生贄になられると聞きました……」
竜の戦士ラーシアの噂はガレンの町にも届いていた。
ただ、生贄の入れ替わりの真相についてはかなり捏造されていた。
それも全て国の方針なのだろうとアンリとイシャリは考えた。
「そうなんだ。念願かなってね」
悲愴さの欠片もない明るい声で、ラーシアは答え、二人に笑いかけた。
「もう堂々と幸せになれるね」
アンリとイシャリは目を合わせ微笑むと、ラーシアに力強くうなずいた。
二人に向かい、デレクが頭を下げた。
「長い間苦労をかけたのは、この国の責任でもある。君たちの十年の戦いは無駄にしない」
「敵を騙すなら味方からという言葉がある。つまり、そういうことだったのですよね?」
アンリの言葉にデレクは頷いた。
「預言者様はご存じだった。様子を見る必要があったのだ」
「ら、ラルフは……彼の十年は報われるのでしょうか?」
生き残った生贄であるイシャリを守ってきたアンリは、今度こそ幸せになる。
しかし十年、恋人を探し続けてきたラルフはどうなるのか。
ラーシアがラルフの面倒をみると約束したのだ。
しかしラーシアは生贄になり、デレクと一緒にいる。
小さな村の中で、ラルフとアンリは友人同士だった。生贄の話さえなければ、その関係は大人になっても続いていたはずだ。
「ラルフは大丈夫。この国を出てシーアの母親の所へ行った。彼はこれからちゃんと幸せになるよ」
ラーシアが明るく請け負った。
アンリとイシャリは、少しほっとしたように微笑んだ。
ガレンの町を後にし、ラーシアとデレクは再び第四騎士団の隊列に加わった。
ついに最後の分岐路に到着した。
一方は華やかな王城のある王都へ続く道。もう一方は竜の訪れる生贄の山に向かう道だ。
預言者をのせた黒い馬車は王都に向かう。
第一から第三騎士団までは、ここで別れることになる。
そのほかの騎士団は生贄の山に向かう。
山頂に向かうのは第四騎士団だけだ。
第一騎士団のウィルバーが第四騎士団のルシアンを呼び止めた。
「預言者様の言葉は逐一伝える。何かあれば俺達も駆けつける。それから、生贄の日を前にふもとに野営地を設営する。国境の守りもあり、全ての騎士団をここに集結させるわけにはいかないが、生贄の日には多くの騎士達が集まることになる。呪いを受けるため、全員が要塞とその天幕内でその時が終わるのを待つ。
ラーシアが失敗したら、知らせが来る。その時俺達は外に出て、呪いを受ける覚悟で戦う。恐らく、山頂まで行く第四騎士団が一番危険な目に合うだろう」
ラーシアが竜との対話に失敗すれば、その時は騎士達の出番なのだ。
「最後まで戦う覚悟はできています」
生贄の山は、わずかな草木が育つばかりの岩だらけの山だ。
騎士が避難できる小屋はたった三か所しかなく、竜と戦うには不利な立地だ。
第四騎士団が囮となり、竜をひきつけることができれば、地上戦に持ち込めるかもしれない。
地上でも竜と戦うための準備が必要だ。
互いに役目を果たそうと、ウィルバーとルシアンは固く手を握り合った。
その日、ついに生贄の山に通じる巨大な門が開かれた。
地上から見れば、山を覆い隠すほどの巨大な要塞で、高い城壁が山の入り口を囲んでいる。
一般の人々が生贄の山に入らないように担当騎士団が見張っている。
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